第二十四話 集う魔法少女

「掴まって! ステラ!!」


 ノクスが私の名前を叫び、ワイバーンの上から手を伸ばす。

 その背後には、無数の光弾を背にした天使の姿があって、今にも私達に向けて発射されそうだ。


「────っ」


 もう一刻の猶予もない──私は慌ててノクスの手を掴んだ。


「うわっ!? 」


 そして、私の体がぐいっと引っ張られ、ワイバーンが急上昇した。

 みるみる天使と地面から離れていく。


「ちょ、待って!」


 ワイバーンが急上昇したせいで背中に乗り遅れた私は、ノクスに向かって抗議する。


「……早く! もっと!」


 けれど、そんな私の抗議はノクスの耳には届かない。

 ノクスは天使の光弾から遠ざかるために、ワイバーンは上昇させ続ける事に必死だ。


「くっ……」

 

 仕方がないので、私は自分でワイパーンの体にしがみつき、背中にどうにかよじ登る。

 そして、そのまま振り落とされないようにノクスの背中にしっかりとしがみついた。


「ひゃうっ!?」


 すると、なぜかノクスが急に変な声を出した。

 振り向きはしないけど、耳が真っ赤になっていて、体が少し震えている。 


《ちょっとステラ~……こんな時にセクハラ~?》


 そんなノクスの反応を見たヒカリが、私を念話で咎めてきた。


《ち、ちが……何もしてないって! 腰に手を回しただけだよ!?》


 大体、後ろから天使の光弾が発射されようとしているのに、そんな事するわけがないだろ!

 だというのに、


「しっかり掴まってて! ……あと変な所は触らないように!」


 ノクスまでそんな事を言い出した。


「いや、触らないよ!?」



 ────と、ノクス達とそんな気の抜けたやりとりをしている間に、天使の攻撃の準備が整っていた。

 背後に視線を向けると、さっき見た時よりも天使の光弾の数が増えている。


「来る……!」


 ノクスがそう呟いた瞬間、天使が広げた両手を前へと突き出した。

 そして、その動きに連動するように、宙に浮かんだ無数の光弾が次々と発射されていく。


「……っ! やっぱり、早い!」


 充分に距離は取ったはずなのに!


 高速で発射された無数の光弾は、あっという間にワイバーンに追いついてしまった。

 もう数秒もしないうちに、光弾が私達に命中してしまう!


「躱しなさい!」


 ノクスが命令し、ワイバーンは光弾を回避しようと大きく旋回する。

 だけど、光弾は旋回するワイバーンを追って軌道を変えて、追尾してくる。


 ────避けきれない!


 私の血の気がさあっと引き、次の瞬間────


「────っ」


 ワイバーンに光弾が何発か命中し、その背中に乗っていた私達の体が大きく揺れた。


「グオオオオ……!」


 悲鳴を上げ、苦しむワイバーン。


 最悪な事に、命中した光弾はワイバーンの片翼に大きな穴を開けてしまっている。

 そのせいで、ワイバーンはもがき苦しみながら、私達を乗せてみるみる地上へと落下していく。

 

「そんな!? このままじゃ……」


  落下していく私達を、第二、第三の光弾がさらに追尾してきている。


 このままじゃ、地面に落下するよりも前に、私達は空中で無数の光弾の餌食になってしまう!


 そんな一秒先の未来が頭を過ぎり、焦りが募る。

 だけど、何も出来ない。苦し紛れに魔法障壁バリアを貼ったところで割られてしまうだけだ。


「くっ……」


 そうして私が何も出来ずにいると、ノクスは苦渋の表情で魔獣カードを取り出していた。

 そして、背後から迫る光弾が命中する直前、


「『バティン』!」


 ノクスは空間移動の魔獣『バティン』の力を発動し、墜落するワイバーンの落下先に『孔』を出現させた。


「ステラ! ここは一旦、引く!」


 ノクスが悔しげに、私にそう言った。

 私達は墜落するワイバーンの体ごと、そのまま孔へと落下。

 空間を跳躍した。


 その先には────


「あ! ステラだ! ステラがいるよ、ママー!」

「ステラ!? 私達を助けに来てくれたの!?」

「助かったぁ……」

「ステラたん!? うおー! ステラたんだ!!」


 結界に囚われた人々の姿があった。


 突然、現れた私達を見て、助けが来たと思っているのか、人々はみんな安心したような表情をしている。


「…………」


 だけど、私達の表情は固かった。


 あの無数の光弾から逃げ切るためとはいえ、人々の大勢いる最初の場所に戻ってきてしまったからだ。

 このままじゃ、あの天使が私達を追ってた時、この人達を戦いに巻き込んでしまう事になる。


「……すぐに戻らないと!」


 私は天使がいた最奥部の方へと走りだそうとする。

 けれど、


「………っ」


 このまま戻ったところで、勝ち目はあるのか? ──そんな弱気な考えが頭をよぎり、思わず私の足は止まってしまった。


「………」


 ノクスはそんな私を少しの間黙って見つめいた。

 そして、しばらくすると私から視線を外し、天使のいる結界最奥部を向き直り、


「……ステラ、あなたはここにいて。あいつは私が倒す」


 そんなことを言い出した。


「なっ!? 一人で戦うつもりなのか!? 正気か!?」


 無理だ! あの天使は普通じゃない!


 いくらノクスが私よりも多くの魔獣を封印していて魔力も多いとしても、あれと一人で戦うのは無謀すぎる。

 そんな事はノクスだって分かってるはずなのに、どうして……。


「こんなに早くアレが出てくるなんて予想外だったけど、それでも私は奴らを倒すために準備をしてきた……。たとえまだ力が足りなくても、必ず倒してみせる」


 ノクスの決意は固い。

 勝算が無くても、彼女は最後まで戦うつもりだ。


「それなら私も!」


 一緒に戦う──そう言いかけた私は、


「────っ」


 ノクスにゾッとするような冷たい目で睨まれ、続く言葉を口にすることが出来なかった。


「あなたに何が出来るの? さっきも私がいなかったらやられていたくせに」

「それは……」


 何も言い返せない……ノクスの指摘は正しい。


 私が咄嗟に貼った魔力障壁バリアもあっさりと砕かれてしまったし、ノクスが助けてくれなかったら、こうして離脱する事も出来なかった。


「けど! やっぱりあれはノクス一人じゃ───」

「駄目」

 

 食い下がる私を、ノクスは首を振って拒絶した。

 そして、私の背後──人々がいる方に指を向ける。


「ステラ、後ろを見て」

「……あ」


 ノクスが指を向けた方向──そこには縋るような目でこちらを見つめている人々の姿があった。

 人々の目は、自分達を置いていかずに守ってほしい──そう訴えかけていた。

 

「さっきはこの人達に見られないようにこっそり走り出した。けど、今は違う。私達はもう姿を見られていて、あの人達は助けを求めている。そんな人々を置いて二人で奥に行くのが正しいと思う?」

「それは……」


 天使を倒すことを優先するのが正しいとしても、人々の気持ちは納得しないはずだ。

 突然、結界の中に閉じ込められたせいで、みんなは不安でしょうがないのだから。


「それにさっきは生まれる前の魔獣だと思ったから、私達はこの人達を置いて奥へと進んだ。けど、天使は生まれてしまっている。もし、あの天使に結界内を移動するような能力があったらどうするの? 私達二人を相手している間に、普通の魔獣のように使い魔を出してここの人達を襲わせるかもしれない。そうなった時、ここの人達は誰が守るの?」


 ……反論できない。ノクスの言う通りだ。

 あの天使の能力が未知数な以上、ここでどちらかが結界に囚われた人々を守る必要がある。


 そう頭では分かっている。

 けど……やっぱり、一人であの天使を倒すのはいくらノクスでも……。


「…………」


 私は反論する事も、かといって反論することも出来ずに、黙り込むしかなかった。 


「……ここの人達に万が一のことがないように守っていて」


 そうして、ノクスが魔獣結界の奥へと走り出すのを止める事も出来なかった。

 できるなら、私もすぐにその背中を追いかけたい。


 けれど、


「怖いよママぁ……ステラぁ……行かないでぇ……」

「ステラ! 私達を……娘を守って! おねがい!」

「俺達を置いて行かないでくれよぉ……」


 ノクスが立ち去った事で、人々が不安を口にし始めていた。

 この上、私まで立ち去ったら、人々の不安はさらに増してしまう。

 私が立ち去った後、人々が勝手に結界内を逃げ回ったりするかもしれないと考えると結局、忠告通りにその場に留まざるを得なかった。


《どうするステラ……強がってたけど、多分ノクス一人じゃ勝てないよ~……》


 ヒカリが不安そうな声で私に訴えかける。 


 わかってる。ノクスを一人で戦わせるなんて出来ない。

 けど、怯える人々を放っておくこともできない。


 ノクスが指摘した通り、魔法少女が一人減った事で人々がパニックになり始めたからだ。


「……おい! お前も魔法少女って奴だろ!? さっきの奴を追いかけなくていいのかよ!」

「あんた何言ってるの!? ここにいて守ってもらわないと危ないじゃない!」


 何人かが言い争い、怒鳴りあっている。

 子供達も怯えてしまっている。


「みなさん! 落ち着いてください!」

 

 私は慌てて、言い争いを始めた人達に呼びかける。


「うるさい! そもそもお前らがさっさと怪獣だかなんだか知らないが、化け物を倒さないのが悪いんだろ!」

「いいえ駄目よ! 私達を守ってもらわないと!」


 だけど、焼け石に水だった。


 言い争いはさらに加熱して、他の人達にも苛立ちが伝播してしまっている。

 もうそこら中で言い争いが始まって、収集がつかない。


 これじゃ魔獣が来るより前に、人々は恐怖と混乱でどうにかなってしまいそうだ。


 一体、どうすれば……。


「みんな! ステラたんが困ってるだろ!」


 その時……突然、大地が怯える人々に向かって大声を出した。


「ここで言い争っても仕方ないだろ? 不安なのは分かるけど、ちょっと落ち着こうぜ!」


 そして、大地は人々に向かってそう呼びかけてくれた。


「大地……」


 正体を知らないとはいえ、友達が自分のために奮起してくれたのを見て私は少し感動した。

 だけど、そんな大地の説得は私同様に効果はなく、

 

「いきなり何よあんた! こんな時にステラたんなんて言ってふざけてるんじゃないわよ!」

「このお兄ちゃんキモイよママぁ……」

「ステラたんとか馴れ馴れしいぞお前!」


 私と同様に、彼は人々から罵声を浴びせかけられてしまった。


「大地……」


 だけど大地はその罵声に怯む事なかった。

 むしろ、なぜか誇らしげな様子で、


「うるせー! ふざけてねえよ! 俺は真剣にステラたんを思ってステラたんって呼んでるんだよ!キモくねえよ!」

 

 堂々とそんな宣言をするのだった。


「…………」


 あまりにキモい上に場違いなその宣言に、人々が静まり返った。


「……へへっ」


 大地は黙り込む人々を見て何を勘違いをしているのか「やり遂げたぜ」とでも言いたげな表情で、私にウィンクをしてきた。


「〜〜〜〜っ」


 瞬間、私の背筋がゾワっとした。


《……たしかにちょっと、キモいね~》


 あまりのキモさに、ヒカリまでかなり引き気味だ。

 まあ……結果的に争いは収まったし、良かった……のか?


 私はひとまず人々が落ち着いた事に安心して、ほっと息を漏らした。

 だけど、そうやって安心出来たのはほんの一瞬の事だった。

 

 遠くから大きな爆発音が聞こえてきて、結界が激しく揺れたからだ。

 

「……始まったか!」


 きっと、結界最深部でノクスと天使の戦いが再開したんだ。

 爆発の振動と音が、最深部から遠く離れたここにも伝わってきているぐらいだから、ノクスと天使はかなり激しい戦いを繰り広げているようだ。


「うわああああ!」

「もうヤダ!」

「怖いよぉ! ママ!」


 まずい……せっかく大地のおかげでみんな落ち着いていたのに!

 爆発音のせいでまたパニックになり始めている!


「くそ……」


 しかも、遠くから聞こえてくる爆発音は、徐々にに激しさを増している。

 きっと、ノクスは苦戦しているに違いない。

 けど、人々がこんな様子では、ますます置いていくわけには……。


  せめて……せめて、あと一人魔法少女がここに来てくれたら……。

 すぐにでもノクスを助けに行けるのに!



「お呼びですかー? 先輩!」


 とその時、私の耳に聞き覚えのある生意気な声が届いた。

 そして、目の前で雷鳴が轟かせながら、目の前に一人の魔法少女が現れる。


 私を先輩と呼ぶ魔法少女………そんなのは一人しかいない。


「君はまさか────」


 私が呼びかけると、その魔法少女はにっこりと微笑み、駅で初めて会った時あの時のように、名前を名乗った。


「はい! 私は先輩の愛しい後輩の巴ちゃん! そして魔法少女としては、あなたの先輩なマギメモ管理人──マジカル・クローラちゃんです♪」


 ああ、間違いない。

 この聞き覚えのある生意気な声、それに私をからかう生意気なこの態度──間違いなく、あの巴だ。 


「ふふ~ん! どうです? 私の魔法少女としての姿は。かっこいいでしょう?」


 得意げにそう言って、その場でくるっと一周してみせるクローラ


 彼女の衣装は全体的に黄色で統一されていて、両耳にアンテナのようなものがついたヘッドギア、首元にはマフラー、そして手足は装甲に覆われていた。

 全身はぴっちりとしたインナースーツのようなもので覆われていて、その姿は魔法少女というより、特撮ヒーローに近い。


 ……悔しいが、ちょっとかっこいい。


「来てくれたのか!」

「ええ。いやー先輩のデートを外で見守ってたら、いきなり魔獣結界が発生してビビりましたよ。ギフトで外から見てたんですけど、先輩とノクスもいるから最初は私の出る幕もないかなぁ……なんて思ってたんですけどね。どうやら、何かヤバイ魔獣が出たみたいですね」

「ああ、そうなんだ! 天使型の魔獣なんだけど、とてつもなく強い! すぐにノクスを追いかけないと! ここの人達を頼めるか!?」


 早くノクスを追いかけないと!


 焦った私が興奮気味にそう頼むと、クローラは頷いて了承してくれた。


「オッケーです。私の『情報』のギフトは支援に特化した力なんで、ここの人達を守りながら最深部に向かう先輩を支援する事は可能です」

「……助かるよ」


 本当に……助かった。

 クローラがいなかったら、私はここで何も出来ずに、ただノクスがやられるのを待つしかなかった。


 クローラはいつも通りの飄々とした態度で私を安心させながら、


「あ、それとですねー、ここに来る時にマギメモとギフトを通じて、近くの魔法少女達にSOSを出しておきました」


 私にウィンクをしながら、そう言った。


「SOS…?」


 私が聞き返したその時、目の前に一陣のが吹き抜けた。

 そして、の花弁が視界を覆った。

 

「この花弁は……」


 どこか見覚えのある花弁──それが徐々に私の目の前で人の形を二つ作り出し、やがてどこかへ消えた。


 そして……私の目の前に、


「お久しぶりです! ステラさん! 微力ながらアタシ達もお手伝いに来ました! 魔法少女は助け合い……ですよね!」

「ステラさん……ローズと一緒に助けに来ました。前に言っていた一人では手に負えない魔獣がとうとう現れたんですね? 私達も力になります!」


 数日前に一緒に修行をした二人の魔法少女──ローズとコスモスが姿を現した。


「ローズ! コスモス! 君達も来てくれたのか!」


 まさかローズとコスモスまで来てくれるなんて!


 救援に駆けつけてくれた仲間達の登場に、私の胸が熱くなった。

 そうして、感動して少し泣きそうになっていた私に、


「ちょっと待って! 私もいるよー!」


 もう一人、誰かの声が届いた。


「え?」


 まだもう一人?

 聞き覚えのない声だけど……。


《誰だろう? 他に知り合いの魔法少女なんていたかな〜……》


 ヒカリも思い出せないみたいだ。……本当に誰だろう?


「うーん……」


 駄目だ。頑張って思い出してみても、やっぱりわからない。

 私は首をかしげるしかなかった。


「私だよー!」


 そうして考え続けていたら、またあの誰かの声がして、風が吹き抜けた。

 そして、私の目の前に緑色の衣装に身を包んだ、少しパーマの入った緑色のショートボブの魔法少女が姿を見せた。


「思い出した? ねえねえ!」


 緑色の魔法少女は期待した目で私を見つめてくる。


「えっと……」


 けど、やっぱり見覚えが無い。

 期待してもらって悪いけど、さっぱり思い出せない。


「え!? 憶えてない!? もしかして忘れられてるー!?」


 私の反応から覚えられてないのを悟り、緑色の魔法少女は涙目で「酷いよー……」とぼやきながら地面に手をつき、そのまま突伏してしまった。


「ああ!」


 地面に倒れた彼女の姿を見て、私は声を上げた。

 ようやく、目の前の魔法少女が誰なのかを思い出す事ができたからだ。


「もしかして……この間、ノクスに襲われていた……」


 たしか……『風』のギフトの魔法少女だったはず。


「お……おおー!」


 私がそう言うと、シルフィはすぐに立ち上がった。

 そして、ぱあっと顔を輝かせながら、


「そうそう! 私だよ私! この間、あなたにノクスから助けられた風の魔法少女! 『マジカル・シルフィ』だよー!」


 シルフィは満面の笑みで自己紹介をして、私の手を掴んだ。

 よっぽど嬉しいのか、私の手を握ったままぶんぶんと上下に振り回している。


「そうか……シルフィ。来てくれてありがとう」

「どういたしまして! こっちこそ、あの時は助けてくれてありがとう! 」


 私は一度会っただけの魔法少女まで助けに来てくれた事に、改めて感動した。


 ……これならあの天使を倒す事もできるかもしれない。


 私はそんな希望を抱きながら、集まってくれた魔法少女達に、今の状況を説明する事にした。


「────と、いうわけで私とノクスはこの結界の中で天使型の魔獣と戦っていたんだけど、その天使は私の魔力障壁バリアを一撃で砕くほどの強さで、一度はこうしてここまで撤退せざるを得なかった」

「ステラさんとノクスが……」


 私の説明を聴き終え、全員が深刻な表情をしている。


 クローラを除いて、みんな一度はあのノクスの強さは身をもって知っているのだから、その反応も無理もない。

 私は全員が事態の深刻さを受け止めたのを確認しつつ、話をさらに続ける。


「そして、今はノクスが先行して一人で戦っている。……正直、ここにいる全員で戦っても危険な相手だ。……みんなは自分の力を奪おうと襲ってきたノクスにあまり良い印象は無いと思う。だけど、どうか今日だけは力を貸してくれないだろうか! 頼む!」


 私はみんなに深く頭を下げた。


 クローラ以外の三人は敵だったノクスに良い印象が無いどころか、憎んでいてもおかしくはない。

 だから、私に出来るのはこうして頼む事だけ──もし断られたら、その時はこの場をみんなに任せて、私とクローラだけで助けに行くしかない。

 

 そう考えていたが──果たして、そんな心配は杞憂だった。


「もちろんですよ! ノクスを倒すのはアタシとコスモスだ! 魔獣なんかにやらせるかー!ってやつですよ!」

「頭を上げてください、ステラさん。たしかにノクスには酷いことされましたけど、不思議とあの子を憎む気になれないんです。私もノクスを助けたいです」

「えー? 正直、あんまり気は進まないけど死なれたら後味悪いし、ステラが助けたいって言うなら……まあ、いいよー」

「みんな……」


 みんな、一度ノクスに襲われているのに……。

 ノクスを助ける事を拒否する魔法少女は誰一人いなかった。

 でも、考えてみれば当たり前の事だった。


 だって、彼女達は魔法少女だ。

 過去の事を引きずって、恨みに思うなんて事をするはずがない。


 一瞬でもみんなノクスに恨みがあるから断られるかも、と考えた自分が恥ずかしい。


「ありがとう……みんな本当にありがとう」


 私はもう一度深く頭を下げ、改めて全員にお礼を言った。

 みんなには感謝してもしきれない。本当はもっと頭を下げ続けていたいけど、時間がない。

 私はすぐに頭を上げて、


「じゃあ、クローラ。ここの人達の事を頼む」


 クローラに結界に囚われた人々の事を頼んだ。


「はい。……お気をつけて」


 少し緊張した表情で返事をするクローラ。

 私はそんなクローラを安心させるために少し微笑み、


「さあ、行こう! みんな!」


 ローズとコスモス、そしてシルフィに呼びかけ、ノクスと天使が戦っている結界最深部へと向けて走りだした。

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