第二十二話 逢瀬の魔法少女

 ────土曜日の朝。


 俺は今、とある駅前の改札口近くであのマジカル・ノクス──星空美月が来るのを待っていた。


 ステラの事について話したい事がある──そうメールで美月に俺が連絡し、これから実際に会ってその話しする事になっているからだ。


 しかし、本当に会ってくれるなんて……。正直、断られると思っていたのに。


《あ、そろそろ時間だね~》 


 ヒカリに念話で指摘されて、俺はスマホに表示されている時間を確認した。

 いつの間にか待ち合わせの時間の五分前になっていて、電車も到着する時間だったのか、改札から人が流れ出てきている。


 ────出てくる人の邪魔にならないように移動するか。


 そう考えて、改札に俺が背を向けて歩きだそうとした、その直後────


「……おはよう」


 改札から美月が出てきて、俺に挨拶をした。


 普通だ──失礼かもしれないが、今日の美月を見て俺はそう思った。


 今日の彼女は、アニメショップで見た魔法少女グッズを楽しそうに見ている美月でとも、ステラと敵対しているノクスとも違う。


 普通の可愛い女の子だった。


「……おはよう、星空さん。今日は来てくれてありがとう」


 そんな彼女のギャップに内心ドキドキしながら、俺は挨拶を返した。

 

 今日の目的は彼女と交友を深めて、いずれは魔法少女を狩るのをやめさせる足がかりにする事だ。

 だけど、まさか男の方の姿で先に会う事になるなんて思ってもみなかった。


《ふふ……デート頑張ってね~。勇輝~》


 ヒカリに念話でからかわれて、俺はハッと気づく。

 そうだ……よく考えたら土曜日に女子と二人で出かけるとか、デートみたいなものだ。

 しかも俺は今、巴に言われて購入したとある映画のチケットを持ってきている。

 これを取り出して「まずは映画でもどう?」なんて言うとか、もう完全にデートだ。


「────」


 ……駄目だ。

 デートだと意識したら、急にすごく緊張してきた。

 なんだか胃も痛くなってきた気もする。


 優愛ちゃんと凛々花ちゃんと遊んだ時は沙希だったし、巴とはただの取材だったしから、デートなんて生まれて初めてだ。

 向こうにはその気は無いかもしれないけど、上手く会話が出来るか不安だ。


「……で、マジカル・ステラについて話したい事って何?」


 そんな俺と違い、美月は全く緊張していないようで、平然とした様子でさっそく本題に入ってきた。

 彼女からすれば、今日はステラの話を俺か聞きに来ただけで、デートだなんて全く思ってないだろうし、当然だ。


 ……なんだか一人でデートだなんだと、緊張していた俺が馬鹿みたいに思えてきた。

 俺は少し冷静になりながら、美月に返事をした。


「あー……その前にせっかくの日曜だし、一緒に映画でもどうかな?」

「映画?」


 俺がそう提案した途端、美月が怪訝そうな顔でこちらを見てきた。

 その表情からは「映画なんて興味無いし、さっさとステラの話に入ってよ」と考えているのがありありと伝わってくる。

 だけど、今日の目的はさっきも言った通り、美月と少しでも交友を深めるのが目的だ。


 ステラの話をだけをして、はいさようならでは困る。


「この映画なんだけど……」


 なので、俺は巴から買うように指示された例のアレ──とある映画のチケットを取り出した。

 巴の話によると、美月は可愛い女の子とマギキュアにしか興味が無いらしい。

 なので、そんな美月に対して巴が用意した映画のチケットは当然────


「あ! それは……『マギキュア・オールスターズ!みんなでおこす奇跡の魔法!』の前売り券!」


 予想通り──いや予想以上の食いつきだ。


 巴が自信満々に『あの子はマギキュアの大ファンなんで、この前売り券を見せれば絶対食いつきますよ先輩! 間違いありません!』と言っていたけど、まさかここまで目の色を変えるなんて……。


 まあ、それはともかく、ひとまず『マギキュア・オールスターズ』について説明しようと思う。


 ────マギキュア・オールスターズ。


 それは全てのTVシリーズのマギキュア達が共演する春の定番映画である。

 今年のオールスターズも例年通り四月の初週に公開されていて、今は五月半ばだから公開からはもう一ヶ月以上経っている。

 美月がマギキュアの大ファンだと言うのなら、多分もう一度か二度は見ているはずだ。


 だが、この映画は週替りで来場者特典が切り替わっていて、五月の二週目の来場者特典はマギキュアのTCGアーケードゲーム『マギキュア・マジカルコレクター』の劇場限定カードだ。

 全国のマギキュアファン達は、子供も大きなお友達もみんなこのカードを目当てに何周も映画を見ているらしい。


 正直、日曜朝に放映してる子供向け映画で、こんな悪どい商売はどうかと思うが……。

 ともあれ今日は土曜日の朝、来場者特典が切り替わる日だ。

 きっと美月も食いつくはず……。


「早く! 早く行きましょう! 良い席が取られてしまうじゃない!」

 

 やっぱり食いついた。


 ほんの数分前まで無愛想だったのが嘘のように、美月は目を輝かせながら、俺の袖をぐいぐいと引っ張って早く映画館に行こうと急かしてくる。

 巴の情報によると、美月は公開から一ヶ月経った今でも毎週オールスターズを見に来ているらしいが、特典だけが目当てではなく映画の内容自体も良い席で楽しみたいようだ。


「大丈夫だよ。この前売り券は使用済みで、もう席は予約してチケットもちゃんとあるから」

「そ、そう……」


 席が予約してあると聞いた美月は、すうっと大きく深呼吸をした。

 そして、すまし顔で髪をかき分け始めた。


 いや、今更そんな何もありませんでしたよ、みたいな顔されても……。


「……あなたがどうしても見に行きたいというのなら、私も付き合ってあげてもいい。どうしても見に行きたいと言うのなら」


 なんだか釈然としないけど……。

 とにかく俺達は『マギキュア・オールスターズ』を見るために、さっそく近くの映画館へと移動した。




 他の映画の公開日な事が多い土曜日なせいか、映画館の中はたくさんの人で賑わっていた。

 俺と美月は売店でポップコーンとコーラを注文した後、劇場入り口でチケットを提示して半券と劇場限定カードを受け取った。

 カードは二種類あり(本当に悪どい……)俺と美月はそれぞれ別のカードを受け取り、半券に提示されたスクリーンへと移動して、その中に入った。


 そして席に着いて、まだ明るい場内を見渡しながら座っていたら……


「…………」


 隣の美月から食い入るような視線を感じた。

 正確に言うとその視線は俺の手の中──受け取ったカードに向けられていた。


 なので、


「はい、あげるよ」

「え?」


 俺はカードを彼女にあげる事にした。


「……くれるの? あなたの限定カードだけど本当にいいの?」

「ああ。今日は俺が誘ったんだし、カードは星空さんに上げるよ」

「……ありがとう」


 美月は小声でお礼を言いながらカードを受け取り、手にした二種類のカードを見て小さく笑みをこぼした。


 マギキュアが本当に好きなんだな──もう何度も見たはずのマギキュアの映画を、楽しみでたまらないといった表情で始まるのを待っている美月を見ていると、映画に誘ったのは正解だったと俺は思った。

 

《美月ちゃんに喜んでもらえて良かったね~。でも、勇輝もカード欲しかったんじゃないかな~? あげちゃって後悔してないの~?》

《いいんだよ俺は。元々、グッズは全部追いきれないし、家に置いて日和に見られたら困るから集めてないし……。》

《あ、欲しいのは否定しないんだ……》


 

 それからほどなくして、劇場内が徐々に暗くなり、予告が流れ始めた。


「…………」


 俺は予告を見ながら、横目でさりげなく美月を観察する。


 やっぱり……今の美月はどこにでもいる、マギキュアが大好きな普通の女の子だ。

 嬉しそうに映画が始まるのを楽しみにしている今の美月を見ていると、彼女がノクスとして魔法少女から力を奪い続けてるなんて想像も出来ない。


 だけど、ノクスとして戦う時の美月は違う。

 冷徹な態度で力が無いと判断した魔法少女を遅い、の説得にも全く応じない。


 俺はそんなノクス──美月に今日、正体を打ち明けるつもりだ。

 説得をするのもその後にするつもりで、そうする事は巴には伝えていない。


 沙希の姿で会うという手段もあったが、偽りの姿では彼女の心と正面から向き合う事は出来ない……と思う。

 例え正体が男だということで彼女に軽蔑されたとしても、お姉さんを亡くして悲壮な決意で戦う彼女に嘘はつきたくない。


《うんうん。正直に打ち明けるのがいいと思うよ~。きっと巴ちゃん美月ちゃんも分かってくれるよ~》


 そうだといいけど……。

 正直に言うと、俺は美月に正体を明かす事を想像すると怖い。


 巴の時は俺が正体を明かしたわけではなく、あっちが勝手に俺の正体をつかんでいた。

 それに巴は……美月を救いたいと言っていた言葉に嘘はないと思うけど、何か隠し事をしてるような気がする。

 初めて会った時も脅しのような事を言ってきていたし、ノクスを止める以外にも俺を何かに利用しようとしているような、そんな予感がする。

 

 だけど、本当に巴が俺を何かの目的のために利用するつもりだけだとしても、別に構わない。

 俺の正体が男なのが、巴にとってはステラに言うことを聞かせるための脅迫材料に過ぎないというなら、むしろその方が気持ちが楽だ。

 色々と負い目を感じずに済む。


 けど、美月は違う。


 

 美月は俺がステラだと知ってどう思うだろうか?

 軽蔑するだろうか。それとも怒るのか……想像も出来ないし、するのも怖い。


 俺は……ちゃんと美月に正体を明かす事が出来るんだろうか……。


『劇場内での映画の撮影・録音は──』

 

 そんな事を延々と考えていると、いつの間にか予告が終わっていて、劇場マナーの映像が流れ始めていた。

 そして制作会社のロゴが映り、いよいよ本編が始まろうとしたその時────


「なっ!?」


 突然、辺りの景色が歪み始めた。


《勇輝!この気配は……》

《ああ……間違いない。魔獣結界だ!》


 いくら魔獣の発生が増えているとはいえ、まさかこんなタイミングで魔獣結界が発生するなんて……。

 隣にいる美月に気づかれないように、俺はヒカリと念話で会話をしながら周囲の様子を窺う。




「なにここ……何なの……?」

「怖いよぉ……ママぁ……」


 まずい……。

 劇場内は突然歪み始めた景色のせいでパニックになり始めていた。


「映画は!? マギキュアの映画は!? ステラたんに会いたいから巻き込まれたいって言ったけど、何もいまここで巻き込む事ないだろ!!」


 怯える親子連れと大きなお友達の中に、見知った声が聞こえた気がした。

 この無駄に大きな声、それにステラとか大声で言う馬鹿は、俺が知る限り一人しかいない。


「…………」


 嫌な予感がしながら声の方を見ると────



 そこには大人用マギキュアライト(映画内でマギキュアを応援する時に使うライトで、中学生以上には配布されず売店で販売している)を握りしめながら憤る大地の姿があった。


「うわぁ……」


 俺はドン引きして、思わず声を漏らした。


 あいつ……。

 とうとう魔法少女だけに飽き足らずマギキュアにまでハマったのか。


「許せない……」

「え?」


 ぼそっと呟いた美月の方を振り向くと、彼女は肩を震わせていた。

 拳もぎゅっと血が出そうなぐらい固く握っていてこれは──すごく怒っている。


「よくも映画の邪魔を……! 日向……さん。あなたはここにいて!」


 そう言うと美月は勢いよく立ち上がり、


「ちょ……星空さん!?」


 俺が止める間もなく、まだ未完成の魔獣結界の奥へと勢いよく走り始めてしまった。

 楽しみにしていた映画を邪魔されたせいだろうか。凄く怒っていたな、あれは……。


《勇輝、私達も行こうよ~》

《ああ、そうだな》


 俺はヒカリに返事をして立ち上がり、困惑する人達の中から抜け出した。


 ────魔獣は人々をある程度怯えさせた上で、恐怖の感情から情報エネルギーを喰らう。


 基本はすぐには殺さないし、発生したばかりの魔獣結界なら魔獣は生まれたばかりで本格的な活動を始める前のはずだ。

 とりあえず、近場にいた人間達を結界に引き込んだだけ、といったところだろう。

 それならば、ここで引き込まれた人たちの側で魔獣の出方を見るより、美月のようにすぐに魔獣結界の奥へと向かって倒す方が妥当な判断だろう。


《よし、行くぞヒカリ!》

《うん。早く倒して映画を見ようね~》


 当然だ。あの前売り券は俺がお金を支払って手に入れたものだ。

 小遣いの少ない中学生に、映画二人分の前売り券代は結構な痛手だ。


 美月と同じく、俺だってこの魔獣を許すわけにはいかない!


 俺はちゃんと劇場が後で見直しをさせてくれたりするのかを心配しながら、先を行く美月を追って魔獣結界の奥へと走り出した。 

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