第四章 天使編

第二十一話 夜の魔法少女

 私の名前は星空美月。またの名をマジカル・ノクス。

 始まりの魔法少女──マジカル・ルクスから魔法少女の力と使命を受け継いだ、ただ一人の正統後継者だ。

 私の使命は魔獣を全て倒し、紛い物の魔法少女達からその力を……。



 ────とある魔獣結界の中。


「ちょっと、やめてよー!」


 自らのギフトで作り出した『風』で飛翔して逃げ回る魔法少女を、


「逃さない!」


 私は召喚した魔獣『ワイバーン』に乗って、追いかけていた。

 彼女を追いかける理由はもちろん、魔法少女の力を返してもらうためだ。


「やだー!」


 背後から迫る私とワイバーンを見て、風の魔法少女が悲鳴を上げ、『風』のギフトでさらに加速する。


 けれど、いくら逃げても無駄──結界を作り出した魔獣は拘束してある。

 私が拘束した魔獣を封印するか倒すかしない限り、彼女は現実の世界へと帰還する事はできない。

 結界の出入り口も、私が別に召喚した魔獣が塞いでいる。


 逃げ場はどこにもない。


 風の魔法少女はそうとは知らずに、必死に出口を目指している。

 私から逃げ出すため、精一杯の魔力を振り絞りながら。


 けれど、それも終わりの時が来た。

 風の魔法少女にワイバーンが追いついてしまったからだ。

 

 ワイバーンは数メートル後ろから風の魔法少女の背中に狙いをつけ、口から火球を放った。


「────っ」


 背後から火球の熱を感じたのか、風の魔法少女はさらに加速しようとする。

 けど、もう遅い。放たれた火球が一瞬早く風の魔法少女の背中に命中し、そして──大きな爆発音が結界内が響き渡った。


「きゃああああ!」


 同時に、風の魔法少女の悲鳴も響き渡る。

 風の魔法少女は全身を爆炎に包まれ、悲鳴を上げながら墜落していく。

 そして、そのまま地面に激突し、数メートル程転がった後、ほとんど動かなくなった。

 

「…………」


 私はいつも通り、風の魔法少女が十分に弱りきったの確認してから、慎重に近寄っていく。

 すると、


「うぅ……。なんで……こんな事をするの?」


 近寄って来た私を、倒れた風の魔法少女が怯えた顔で見上げ、問いかけて来た。


「…………」


 私は風の魔法少女の問いかけを無視して、彼女の体の状態を改めて確認する。

 やっぱり遠くから確認した通り、風の魔法少女の概念体は火球のダメージで崩壊寸前だった。

 今のシルフィにはもう抵抗する力も、逃げる力さえもまともに残っていない。

 見下ろす私をにらみ返す気力すらなく、ただ怯えて震える事しかできない。


 ────弱い。


 事前に調べた通り、風の魔法少女──マジカル・シルフィは弱かった。


 この弱さではいずれ魔獣に敗北し、死ぬか大怪我をするに違いない。

 だからそうなる前に、私はシルフィを過酷な魔法少女の運命から解き放つ──たとえ本人が望んでいない事だとしても。


 私はカードホルダーから空白ブランクカードを取り出して、倒れたシルフィに狙いを定める。 


「───最初に攻撃した時に言ったはず。私はあなた達から魔法少女の力を返してもらう、と」

「ひっ……!」


 私はそう宣言して、弱り切って怯えているシルフィを睨みつける。


 ……きっとこの後、力を奪われた彼女は私を恨み、憎むに違いない。

 あるいは、同じ魔法少女に襲われたことで心に傷を負って、悲しみに暮れる事になるかもしれない。


 私は使命のためならどんな行いも許される──などと言うつもりはない。

 どんな言い訳をしようと、私がやっている事はただの略奪であり、暴力だ。


 ────それでも、魔法少女達を傷つけ、悲しませ、憎まれる事になったとしても死んでしまうよりかはずっといい。


 あるいはお姉様──ルクスのように、誰かが死よりも残酷な結末・・・・・・・・・を迎える事になるぐらいなら、私は────……


 そうして、倒れたシルフィを見下ろしながらお姉様ルクスの事を考えていた、その時────


「────っ!?」


 突然、私とシルフィの間に一筋の眩い光が射し込んだ。


「そこまでだ! ノクス!」


 この光と声は────


 私は顔の前に手を翳し、光の眩しさに耐える。

 そして、光と聞こえてきた声の方向へと視線を向ける。

 光は次第に形を変えて、やがて煌めく星の様な美しさを持つ魔法少女へと姿を作り出した。


「……ステラ」


 ────マジカル・ステラ。


 私と同様に、始まりの魔法少女マジカル・ルクスと同じギフト持つ、もう一人の魔法少女。

 その魔法少女──ステラが今、蒼い瞳が私を見つめている。 


「……ぁ」


 綺麗──そう改めて思う。


 宝石、あるいは水晶のように透き通ったステラの瞳に、私は声を失った。


「さあ、今のうちに……逃げて!」

「……ありがとう! ステラ!」


 ……あ、しまった。


 私が見惚れている間に、ステラはシルフィに魔力を与えて、逃してしまった。

 しかも、ここにステラがいるという事は出入り口に召喚した魔獣も既に倒されているはず。


 このままじゃ、シルフィに結界の外へと逃げ切られてしまう。


「くっ……!」


 一体、何をやってるの、私!

 このままじゃ、いけない。目の前のステラは敵! 敵!


 私は頭の中で自分にそう何度も言い聞かせる。

 そして、呆けた頭を左右に大きく振って気持ちを切り替え、もう一度敵であるステラを睨みつけた。


「何度も、何度も……私の邪魔をしないで」


 今日だけじゃない。

 ローズとコスモスから力を奪い損ねたあの日から、私は何度もステラに邪魔をされている。

 いつ、どこの魔法少女を襲おうとしても、彼女は私の使命を妨害しようとやって来る。

 

 私がどの魔法少女の力を狙っているかを、事前に完全に把握しているとしか思えない。

 だけど一体、どうやって……。


「そういうわけにはいかない……君が魔法少女を襲うのを止めるまで何度でも邪魔をするよ」


 ステラはそう言うと、蒼く透き通るように綺麗な瞳で、私を見つめ返してきた。


「うっ……」


 また、そんな目で──見つめ合っていると、また頭がぼうっとしてしまいそう。


「……!」


 駄目、駄目! しっかりしないと!


  私は魔法杖オーヴァム・ロッドをぎゅっと握り締めて気合を入れ直し。


「私だって引くわけにはいかない……!」


 ステラにそう宣言した。


「来なさい!ケルベロス!」

 

 そしてカードホルダーから取り出した魔獣カードを魔法杖オーヴァム・ロッドに挿入して、ケルベロスを召喚する。


「グオオオオォ!」


 召喚されたケルベロスが三つ首から唸り声を上げ、ステラを威嚇する。


「……」


 だけど、ステラは威嚇するケルベロスに怯まず、一歩も引き下がらない

 それどころか逆に闘志を燃やして、ケルベロスを睨みつけている。


「────」


 ああ、なんて凛々しい……。

 せっかくの決意も虚しく、私はステラを見ながらぼんやりとし始めてしまった。


「……来い! ヘルハウンド!」

「……あっ」


 ステラの声に、私はハッと我に返った。

 私がぼうっとしている間に、ステラはいつのまにか魔獣カードを魔法杖オーヴァム・ロッドに挿入して、魔獣『ヘルハウンド』を召喚していた。


「グルウウアアアァ!!!」


 そして、ステラのヘルハウンドは雄叫びを上げながら私のケルベロスが飛びかかり、口から火球を放った。

 私のケルベロスも三つ首の口からからそれぞれ三つの火球を放ち、ヘルハウンドの火球に応戦した。


 その直後、合計四つの火球が、火の粉を撒き散らしながらぶつかりあい、衝撃で結界を激しく揺らした。


「くっ!」


 拮抗し、空中で静止する四つの火球。

 だが、数の差のせいだろうか。私のケルベロスの火球が徐々にヘルハウンドの火球を押し返し始めた。


 そして、ケルベロスの火球はついに完全にヘルハウンドの火球に押し勝ち、ヘルハウンドをステラごと吹き飛ばしてしまった。


「くっ……ああああ!」


 悲鳴を上げて、爆炎に飲み込まれていくステラ──それを見た瞬間、


「────っ!? ステラ!」


 気づくと、私は敵である彼女の名前を大声で叫んでいた。


「そんな……」


 そして、ステラがいた場所が跡形もなく消し飛び、もうもうと煙が立ち込めてしまっているのを見て、愕然と声を漏らした。


 そんな私を落ち着かせようと、


《落ち着いて、ステラは概念体だよ》


 バロンが念話でそう言った。


 たしかに、変身している魔法少女の身体は『概念体』と呼ばれる変身前とは違う別の身体へと変化しているから、ダメージが概念体の許容量を超えたとしても、変身が解除されるだけで本来の肉体は無傷のままだ。


「だけど……」


 私の不安はそれでも消えなかった。


 だって……もし今の爆発のせいでステラの変身が解除されていたとしたら?

 今の彼女は炎と煙に、生身の身体が晒されていて危険かもしれない。


 そう思うと、私はもう不安でしょうがなかった。


「死んでいない……よね? ステラ……ステラ!」


 邪魔な敵だとは思っていても、殺すつもりなんてなかったのに!

 

 不安になった私は煙の中に向かって呼びかける。

 だけど、返事がない。


「ステラ……!」


 こうなったら、煙の中に飛び込むしか!

 魔獣の攻撃による爆炎だから私も危険かもしれないけど、そんな事言ってられない!


「ステ──」


 そうして、冷静さを失った私が煙に飛び込もうとした、その時────



「なっ!?」


 いきなり、煙の中から鎖が勢いよく飛び出してきた。


「……っ! これは!」


 これはステラの魔法が生み出した鎖──そう気付いた時にはもう遅かった。


「くっ……ああ!」


 あっという間に、私の右腕と魔法杖オーヴァム・ロッドはステラの鎖によって縛り上げられてしまった。

 しかも、カードホルダーも鎖によって雁字搦めに縛られていて、もう新たに魔獣召喚する事ができない。


「捕まえたよ、ノクス」


 鎖を片手に、煙の中から無傷のステラが姿を現した。


「無事だったのね……」


 どうやらステラはあの一瞬の間に魔力障壁バリアを展開して、ケルベロスの火球から身を守っていたようだ。


 当然だ。

 あの強くて、凛々しいステラがあの程度の攻撃でやられるはずがない。

 そんな事、少し考えれば分かった事なのに──無駄な心配をしてしまったと、私はとても後悔した。


「悪いけど、こっちに近寄ってもらうよ!」


 ステラは捕まえた私を、縛った鎖ごと自分の手元に強引に手繰り寄せる。


「あ! くっ……!」


 不意を突かれた私は、あっという間に彼女の目の前まで引き寄せられてしまった。 

 

「あっ……」


 そして、またあの蒼い瞳と目が合ってしまった。


「ああ……あぅ」


 ────近い……近い、近い、近い! ステラが近い!


 さっきとは違う意味で不意を突かれた私の心臓が、どくんどくんと早鐘を打ち鳴らしている。

 

「魔獣カードと魔力量では私に勝ち目はないけど、この距離なら……!」


 ステラが目の前で何かを言っているけど、内容が耳に入ってこない。


「ぁ……あぁ……」


 顔にかかるステラの吐息、鈴を転がすような綺麗な声──それらが私から正常な思考を奪っていく。

 私はもうステラの事でいっぱいいっぱいで、とてもじゃないけど戦える状態じゃなかった。


《……ノクス? ちょっと、大丈夫?》


 普段、私が魔法少女を襲っている時は何も言わないのに。

 あまりにも様子がおかしい私を心配して、念話で話しかけてきた。


 多分というのは、私は目の前のステラに心を奪われてしまっていて、相変わらず言葉の内容が頭に入ってこないからだ。

  

 だけど、こんなのどうしようもない。


 だって、長い睫毛に覆われた彼女の蒼い瞳と、桜色の唇が、私のすぐ目の前にあるのだから。


「あ、ああぁ……あわわわわ……」


 私の心臓の鼓動はますます早くなり、頬も熱を帯びていく。


 ステラの透き通る水晶のような瞳から目を離したいのに、離せない。

 それどころかステラの目に私は吸い込まれてしまいそうで、頭も沸騰してしまいそうな程熱くなってきた。


「……悪いけど、このまま君を倒させてもらうよ!」


 当然、こんなに平静を失った状態では、ステラの攻撃を避ける事なんて出来るはずもない。

 私はぼうっとした頭で、自分の首元に向かうステラの手刀をぼんやりと見つめるしかなかった。


 だけど、攻撃が私に届こうとしたその時、


「グオオオオォ!」


 召喚したまま放置していたケルベロスが、背後からステラを襲った。


「……っ! そうか、魔獣がまだ残っていたか!」


 ステラは私を拘束していた鎖をすぐに消し、ケルベロスの攻撃を回避した。

 そして、私から離れてしまった……。


「……そう甘くはいかないか」

「え? あ、ええ……当然よ。甘く見ないで」


 私は動揺を誤魔化しながら、すまし顔でステラにそう強がってみせた。


 本当はあなたに見惚れていて、召喚したケルベロスの事なんてすっかり忘れていた──なんて事を言えるはずがない。


 そんな私の内心を知らずに、ステラは魔法杖オーヴァム・ロッドを構えたまま、こちらの出方を窺っている。


 その構えは全く隙がなく、見惚れる程に美しかった。


「……うぅ」


 駄目……しっかりしないと。


 また頭がぼうっとしそうになるのを必死にこらえた。

 そして、私も魔法杖オーヴァム・ロッドを構えて、ステラをにらみ返す。


 だけど……。


「……くっ! うう……」


 駄目……やっぱり、ステラを見ていると頭がぼうっとしてしまう。

 相変わらず心臓も痛いほど鼓動していて、どうやっても平静を保てない。


 ────ステラよりも魔法少女歴が長い私が、近接戦闘で彼女にいつも遅れを取ってしまう理由の一つがこれだ。


 ステラの顔を近くで見ていると、私の頭は霧がかかったようになってしまって、正常な判断が出来なくなってしまう。

 そうでなければ、いくら近接戦闘をステラが得意としていると言っても、ここまで一方的になってしまうはずがない。


 まるで彼女のギフトが本当は『魅了』の効果を持つ能力で、私はその虜になってしまったかのようだ。

 実際に一度、本気で彼女のギフトの効果である可能性を疑ってバロンにも相談して……鼻で笑われてしまった。(むかつく!)


「き、今日の所はこのぐらいにしておいてあげる……」


 もうこれ以上はまともに戦えない──そう判断した私は、ステラに負け惜しみを言いながら魔獣カードを取り出し、それを魔法杖オーヴァム・ロッドに挿入した。


「待て!」

「────っ」


 呼び止めるステラの声に吸い寄せられそうになるのを必死に堪えながら、私は『バティン』の力で呼び出した孔の中に勢いよく飛び込んだ。


 そして、私はその孔を通じて自分の部屋の中に逃げるように転がり込むと、変身を解除しながらベッドに飛び込んだ。


「……~~~っ!!」


 また……またステラを見てぼうっとしてしまった。

  

 あまりにも恥ずかしすぎる! 私は枕に顔を埋めて、足をバタバタとさせた。

 穴があったら入りたいなんて本当に思ったのは、生まれて初めてだ。


 それぐらい、今日の戦いは今までで一番、酷かった。


「美月……」


 そんな私にバロンが声をかけた。

 枕につっぷしたままでも、バロンが呆れたような目で私を見ているのを感じる。

 私が同じ立場でも呆れてものも言えないだろうから、文句を言ってやる事も出来ない。


「分かってるから……何も言わないで……」


 ……あの日、アニメショップで出会った男の子──日向勇輝にステラの写真を貰ってから、ずっとこんな調子だ。

 あの写真を見てからというもの、ステラの顔を見ただけで私の心臓の鼓動が激しくなってしまって、まともに戦う事ができない。


「一体、どうしたら……」


 私と共に来ない以上、同じ力を持っていてもステラは倒すべき魔法少女の一人にすぎないのに……。


 出会うたび、戦うたび、マギメモで彼女の記事を追いかけるたび、貰った彼女の写真を見返すたび──私の症状はどんどん悪化していく。


 まるで病気だ。

 何の病気かと問われれば当然……いや、恥ずかしいからこれ以上もう考えたくない。


 そんな風に、私が自己嫌悪に陥りかけていたのチャンスだと思ったのか、


「もういい機会だし、こんな事やめなよ美月」


 ため息をつきながら、バロンがお決まりの文句を口にしだした。


「はぁ……」


 まただ……いい加減しつこい。

 バロンはいつも事あるごとに、私に魔法少女狩りを辞めろとしつこく言ってくる。

 私はそれに対し、いつもお決まりの文句を返していて、今日も同じ文句を口にする。


「……うるさい。これは私の使命。止めるつもりなんてない」

「でも、まともにステラと戦えないんだろう? それはどうするの?」

「それは……」


 ……どうすればいいのだろう?


 たしかにこのままじゃステラを倒すどころか、まともに戦う事すら出来ない。

 今のこの状態をどうにかしないといけないけど、その解決方法が分からない。


「はぁ……」


 誰かに相談したい。


 けど、相談出来るような友達は、私には一人もいない。

 ……過去には一人いたけれど、今は疎遠になっている。


 バロンにしたって、とても相談出来るような相手じゃない。


「……なんだい?」


 私がちらりと視線を向けたのに気づきいたのか、バロンが反応した。


「別に……」


 私は枕を顎に乗せながら、バロンにそっけない返事をしてやった。

 口には出さないけど、私はお姉様を死なせたこいつを信用していない。

 

「……そっか」


 バロンの方もそっけない返事をしてきた。

 涼しい顔をしているけど、腹の底では一体、何を考えているのか分かったもんじゃない。


「はぁ……」


 それはともかく、やっぱり今日の戦いは酷かった。

 こうして思い返すたび、私は思わず深い溜息をついてしまうぐらいに。


「はぁ……」


 そうして、私が何度目かのため息をついていると、スマホが振動して誰かからのメールを知らせてきた。

 ちなみにSNSとかはやってないから違う。一緒にやる相手もいないし。


 だから、どうせメールも広告か何かだと思って無視する事にした。


「ちょっと、美月。確認ぐらいしなよ」


 バロンはそう言うと、私のスマホの通知センターを勝手に確認し始めた。


 またおせっかいを……。


「美月。君にあの男の子からメールが来てるよ」

「え?」


 私は枕から顔を上げて、スマホを手にとって確認する。


 メールはたしかにあの日向勇輝という少年からのもので、そこにはステラの事で私に話したい事があるので、またどこかで会えないかと書かれていた。


「おお、これは……ステラの事は口実で、これはデートのお誘いだと見たね、僕は」


 そんな日向勇輝からのメールの内容に、なぜか少し興奮気味のバロン。

 けれど、私の方はそんなバロンとは対照的に、とても冷めた気持ちでそのメールの文面を見つめていた。


「デートって……面倒くさ……」


 なんで、一回あっただけの男の子とデートなんか……。


 あの時助けてくれた事と、ステラの写真をくれた事には感謝してるけど、それとこれとは話が別だ。

 私の頭の中は今……っていけない、いけない! また、ステラの事を考えてしまっていた。


 バロンはステラの事を忘れようと頭を左右に振っている私を呆れた目で見ながら、


「まあ、いい機会なんじゃない? どうせステラの事で頭がいっぱいで何も手が付かないんだろう? なら男の子とデートでもして気分転換でもしたら?」


 そんな事を言い出した。

 そして、どうせ君は断るんだろうけどさ、と言いたげな様子で両手を左右に広げてため息をつく。


「デートか……」


 たしかに普段の私なら「そんな暇はない」って断っているはず。


 だけど、この状態のまま魔法少女を狩りに出かけても同じ事だ。

 どうせまたステラと出くわして、今日のように情けなく逃亡するハメになってしまう。


「気分転換……」


 だったらバロンの言う通り、いつもとは違う事をして気分転換をするのもいいかもしれない。


 あの男の子も写真をお願いするぐらいステラが好きだったようだし、話が合うかもしれないし。

 ついでにステラを見てぼんやりとしてしまう件についても、本当の事をぼかしながらそれとなく相談しようかな。


「うん……してみよっかな。デート」

「だよねー。当然、ことわ……って、ええ!? 本当にするの? 美月が? 男の子と!?」


 私の返事にバロンが驚いて大きな声を出した。

 

「……デートしてみたらって言ったのはバロンでしょ」


 なにその大げさな驚き方。

 私は少しむっとして、バロンを睨んだ。


「それはそうだけど……いや……驚いたよ、ほんと」


 本当に心の底から驚いた、みたいな態度でバロンは目を丸くしている。


 まったく……本当に失礼な奴。


 私は別に同性愛者というわけじゃない。

 ただ単にその辺の男の子よりも、可愛い女の子の方が私は好きだというだけの話だ。


 とにかく、今のままではステラとはまともに戦えない。


 だから、私は『今度の土曜日なら会えます』と日向勇輝にメールを返信し、彼とのデートがステラを振り切る何かのきっかけになればと、ほんの少しだけ期待する事にした。

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