第二十話 恋する魔法少女
「それじゃあ、俺はこれで────」
「待って……」
同人誌を渡して立ち去ろうとする俺を、美月がとても小さな声で呼び止めた。
「あの……その……」
俺が振り向くと美月は俯いて、もじもじとしながら言い淀んでしまった。
その様子からは、この子がいつもクールで自信に満ちあふれていた、あのマジカル・ノクスだなんて普通は想像もつかない。
でも、なんだろう? まだ何か用事があるんだろうか?
「えっと、何かな?」
「あの……ステラに助けられた事があるって本当?」
「え? ああ、うん。マジカル・ステラという存在に助けられたのは本当だよ」
俺自身がステラだから本当は違う──けれど、まったくの嘘でもない。
ステラという存在は何の力も無い俺に、人々を守る力を与えてくれた。
だから、俺はヒカリに出会って魔法少女になったあの日から、ある意味マジカル・ステラという存在に救われている。
「じ、じゃあ……写真……」
「え?」
「ステラの生写真……見せて。あと私にも写真を送ってほしい……!」
「ええ!?」
何を言い出すのかと思えば、そんな事!?
驚いて思わず俺は大きな声で驚いてしまった。
そのせいでまた店の人達の注目が集まって、少し恥ずかしい……。
「……お願い!」
美月は頬を赤く染めて、少し涙目になりながらさらに懇願をしてきた。
すごい必死だ……。そんなにもステラの写真が欲しいなんて。
ステラの同人誌を大地と取り合った件といい、まさかとは思うがこの子は……。
「……そんなにステラが好きなの」
「ち、違う! 写真を貰うのも、この本もその……資料……だから」
「資料……?」
「そ、そう資料! 私は取材で魔法少女について調べてるの……」
「資料って……」
その言い訳は無理があるだろう……。
ネットや聞き込みで目撃情報とか集めるのならともかく、アニメショップでグッズを買い漁る事のどこが資料集めなんだ?
大体、一緒に買ってるマギキュアのグッズは、魔法少女とは関係ないし……。
そう思いながら、俺は美月のカゴの中のマギキュアグッズを見つめた。
すると、
「あるの! マギキュアも魔法少女にちゃんと関係がある! 」
まだ俺は何も言ってないのに、美月は大きな声を出して否定してきた。
……そのせいでまた店の人達の視線が集まってしまっているけど、美月はそんな事は全く気にせず、聞いてもいないのに早口でマギキュアと魔法少女の関係について説明をし始めた。
「いい? まず、マギキュアは七年も続く人気アニメシリーズ。とくに初代マギキュアは圧倒的な人気を誇っていた。そして、魔法少女達はおそらくほぼ全員が十代前半の少女達。つまり年代的に、彼女達は初代マギキュアを見て育ったと言っても過言じゃない。だからそのマギキュアが、魔法少女達が思い描く魔法少女像そのものに、大きな影響を与えているのも間違いない。ということはマギキュアを詳しく調べる事は、今いる魔法少女達のルーツを調べる事でもあるわけ。例えば、最近コンビの魔法少女として有名になりつつあるマジカル・ローズとコスモスの衣装は、あきらかに二年前のブロッサム・マギキュアの主人公二人を参考にしているし、他にも有名な魔法少女では────」
すごい早口だ……。
ついさっきまでもじもじとしていたのに、美月はマギキュアについて語り始めた途端、饒舌に語りだし始めてしまって、しかも止まる気配が全くない。
「わ、分かったから!」
このまま放っておいたら延々と語り続けそうだと思った俺は、慌てて会話を止めた。
「……そう」
すると、美月はまだまだ語り足りないのか、すごく不満そうな顔をしながら渋々はそれ話すのを止めてくれた。
「……ほんとに分かった?」
「充分、わかったよ」
色々言い訳しているけど、君がただのマギキュアオタクだという事が……。
俺がそんな事を考えているとは知らない美月は、何事もなかったかのように「こほん」とわざとらしく咳をして、
「……とにかく写真は資料として欲しい。そういうわけだから」
澄まし顔で髪の毛をかき分けながら、改めて写真を求めてきた。
「あー……えっと写真はパソコンの方にデータ移しちゃったから今は無いかな」
俺は頬をぽりぽりと掻きながら目を逸らし、そんな言い訳を口にした。
だって……そもそもステラの写真なんて無い。
そんな写真がスマホにあったら、俺は変身して自撮りしてるただの痛い奴だ。
……実は自分で撮った事はあるけど、保存はしていないから俺はギリギリ痛い奴じゃない。
「じ、じゃあ連絡先交換して……家に帰ったら即、写真を送って!」
「うわっ!?」
やっぱり必死すぎる。
写真が無いと言った途端、美月はすぐに迫ってきて俺の肩を鷲掴みにしてきた。
正直、今の美月はかなり残念な感じで、さっきの大地と大差ないレベル──は言い過ぎだとしても、ちょっと必死過ぎて怖い。
「いや、まだ写真あげるとは一言も……」
「そんな……」
俺が写真をあげるのを渋ると、美月はこの世の終わりのような表情で呆然としてしまった。
「ああ……」
そして、美月はそのまま膝から崩れ落ちて、店の床に手をついて落ち込んでしまった。
……前言撤回。大地と同レベルだ、この子。
「え? 何してるの、あの子……」
「さっきも誰かと騒いでたけど……」
「痴話喧嘩か何か?」
うわぁ……まずい。
せっかく、うるさくしていた大地が立ち去ったのに。
美月が四つん這いになっているせいで、また周りの人たちの注目を集めてしまっている。
しかも、
「痴話喧嘩か何か?」
「男の子の方が土下座させてるの?」
「うわ……酷い」
なぜか周りの人達の非難めいた視線が、俺に向けられてしまっている。
もしかして、俺が美月に土下座させてると誤解されてる!?
「分かった、分かった! あげるから! だから、早く立って! ほら!」
これ以上注目を集めたなくて、俺は仕方なくそう返事をした。
「ほんと!?」
すると美月は返事を聞いてすぐに頭を上げて、パッと顔を輝かせた。
「ありがとう! 本当に……ありがとう!」
よっぽど嬉しいのか、美月は俺の手を握って、満面の笑みで何度も何度も感謝の言葉を口にした。
「………」
なんだかこうして喜んでいるのを見ていると、今の美月は本当にマギキュアと魔法少女が好きなだけの、普通の……いや、ちょっと変わっているだけの女の子にしか見えない。
この子が本当にあの魔法少女達を襲って、変身能力とギフトを奪っていたあのマジカル・ノクスなのだろうか……。
「あ……」
美月は自分の行動にドン引きされていると勘違いしたのか(正直、勘違いでもないけど)慌てて手を離し、俺から少し距離を取った。
もう今更遅いと思う。
「じゃあ、よろしく……写真は必ず送って」
美月はまた顔を少し赤くしながら上目遣いに俺を見つめて、しつこく念押しをしてきた。
「ああ。必ず送るよ」
俺は美月にそう約束し、後で写真を送るためにスマホで互いの連絡先を交換した。
しかし、凛々花ちゃんに優愛ちゃんに巴、そして今度は美月か……。
女子の連絡先なんて幼馴染の茜と妹の日和ぐらいしか載っていなかった俺のスマホも、最近は随分と充実してきた気がする。
別に充実させたかったわけじゃないけど。
「その……。改めてありがとう……えっと……」
美月はまた俺にお礼を言いながら、スマホのアドレス帳に乗っている俺の名前を確認している。
「俺は勇輝。日向勇輝」
俺は美月が名前を確認するよりも前に、自分の名前を告げた。
すると美月はこくりと頷き、
「私は星空美月」
彼女もまた自分の名前を告げた。
「写真の事もだけど、さっきの同人誌の事も本当にありがとう……」
また頭を下げる美月。
「どういたしまして」
「それじゃ、その……さようなら」
「うん、さようなら」
美月は俺に向かってもう一度小さく頭を下げたると、そのまま足早に店の外へと飛び出してき、すぐに姿が見えなくなる程遠くへと行ってしまった。
「あれが星空美月……マジカル・ノクスか」
なんだか変わった子だったけど、悪い子じゃなかったな。
いや、まあ……大地から同人誌を取り上げようとはしてたけども。
そうして、俺が美月が走り去った方角をしばらく眺めていると、
「先輩、やりますねー。友達をダシにして上手いことあの子の連絡先ゲットしたじゃないですかー」
「ヒカリ知ってるよ~? あれってナンパって言うんだよね~?」
入れ替わるように物陰から巴とヒカリが現れ、ニヤニヤとしながら俺をからかい始めた。
うん。まあ、絶対そんな風にからかってくると思ったよ……。
たしかに、傍から見ているとそんな感じだったかもしれないけど。
「……少し様子を見に来るだけのはずが、思いがけず直接話す事になるなんてな……しかも男の姿のままで」
「せっかくだし、このまま攻略したらいいんじゃないんですか? 愛する先輩の言うことならなんでも聞くようにしちゃうとか!」
「おま…仮にも自分の友達を攻略しろとかお前……」
またふざけた事を──俺が呆れていると、巴は意外な事に真面目な顔をしていた。
「いや、結構真面目に言ってますよ? そりゃまあ、先輩じゃ口説き落とすなんて無理でしょうけど、話し相手ぐらいにはなれるでしょ? あの子は私以外に友達いないし私とも疎遠になってるんで……。今回の事をきっかけにして、先輩があの子の話し相手になってあげてくれませんか?」
なるほど……どうやら巴は美月の事を友達として真面目に心配しているようだ。
それなら、ステラの写真を送った後も、美月が俺に会ってくれるか分からないけど、やるだけはやってみよう。
彼女の話を聞く事で、戦って止める以外の解決の道筋が見えてくるかもしれないし。
「まあ、話を聞くぐらいなら……」
「……ありがとうございます」
俺が了承すると、巴は頭を下げてお礼を言った。
だけど、頭を再び上げた時、なぜか巴はニヤッと笑っていた。
そして、
「 じゃあ、とりあえず先輩。変身して写真、撮りましょうか」
突然そんな事を言いだした。
「え?」
俺は一瞬、何を言われているのか分からず、口をぽかんと開けたまま固まってしまった。
「先輩の友達と美月、二人に送る写真ですよ」
「あ……」
そうだった……考えないようにしてたけど、ステラの写真が今は手元に無い。
だから、俺は改めて自分で写真を撮って二人に送らないといけなかったんだ。
「可愛いのを撮って、二人に送ってあげようね~」
「先輩、安心してください! みっちゃんと先輩の友人が大喜びするような、素敵な写真を撮って見せますから!」
「ええ!?」
全然、安心できない! そんな写真撮ってくれなんて頼んでない!
何が悲しくて大地と美月相手に、そんなに気合入れた写真を送らなきゃならないんだ!
「適当でいいから! 適当にパシャっと撮って送れれば、それでいいから!」
俺はそう言って後ずさり、二人から少しずつ距離を取り始める。
だけど、
「駄目だよ、それじゃ~。二人共、ステラのファンなんだからちゃんと可愛くポーズも決めたのにしないと~」
「そうですよ! どうせなら私の家に移動して、使ってない空き部屋を簡易撮影スタジオにして、それから……」
巴とヒカリはニヤニヤとしながら、後ずさる俺ににじり寄り、距離を詰めてきた。
しかも……なんかヒートアップしている!?
このままじゃ、どんな二人に写真を撮らされるかわかったもんじゃない。
「やっぱりね~。ポーズが重要だと思うんだよね~。二人が喜びそうなポーズを考えよう!」
「さっすがヒカリちゃん! 分かってますね! だったら、こういうポーズを取らせるのが────」
よし、逃げよう!
俺は二人がろくでもない相談している間に、また少しずつ後ずさった。
そしてくるっと反転して、そのまま逃げようと走り出そうとした。
だけど、走り出した瞬間────
「さあ、行きましょう、先輩♪」
「可愛く撮ってあげるからね~」
巴に肩をガシっと掴まれて、俺は逃げ切る事が出来なかった。
「いいから! 本当にいいから! やだ……やだー!」
「ほらほら、行きますよー」
結局……俺は抵抗虚しく、巴のマンションまで連れて行かれてしまった。
そして、空き部屋でステラに変身させられて、本当に撮影会が始まってしまった……。
「駄目、駄目~! 全然、気持ち籠もってないよ~!」
「笑顔か硬いですよー! もっと自然に……そうそう! そんな感じ!」
巴が用意した高価そうなデジカメ(いつ買ったんだ)で、俺は何度も何度も……本当に何度も撮り直させられた。
最後は半ばヤケになりながら、二人の要求に応じてポーズを取り続けた。
「疲れた……」
撮影会は日が落ちて、辺りがすっかり暗くなった頃にようやく終わった。
「最ッ高ですよ、先輩! これならみっちゃんも先輩の友達の人も大喜びですよ! 大興奮間違いなしですよ!」
「本当だよ~! すごく可愛く撮れてて、きっと二人もメロメロになるに違いないよ~!」
二人は納得する最高の一枚を撮り終えて、大喜びだ。
「…………」
俺はそんな二人を死んだ目で見つめながら、取り終えた写真を大地と美月に送信した。
後日────
「うおおお! ありがとう、勇輝!」
巴とヒカリの言う通り、大地は俺が送ったステラの写真を見て大喜びしていた。
そして俺は自分が送った
口は災いの元とは、まさにこの事だ。
写真をあげるなんて、あんな事言うんじゃなかった……。
───────────────
アニメショップで出会った男の子──日向勇輝にステラの写真を貰える事になった私は、足取りも軽やかに自宅の屋敷前へと帰宅した。
周囲を確認し、私は誰も見ていない事を確認する。
「よし……誰もいない」
人の気配がない事を確認し、私は
そしてそのまま変身はせずに、生身の身体を強化して二階の自室の窓まで跳躍し、中へと入る。
「パ……お父様はいない……よね?」
別にお父様に禁止されているわけじゃないけど、アニメショップでグッズを買っている事は恥ずかしいし隠したいので、私はこうして自分の家に忍び込むように出入りをしている。
「~♪」
ああ、それにしてもいい気分。
私は鼻歌を歌いながら、早速今日手に入れたグッズを机に広げて確認する。
今日は狙っていたステラの同人誌も無事手に入ったし、なかなか良い収穫だった。
「ふふ……」
達成感に、私は思わず笑みがこぼれる。
嬉しすぎて、しばらく机の上で私がニヤニヤしていた。
すると、
「なんだか上機嫌だね、美月。ステラの写真が手に入るのがそんなに嬉しいのかい? ステラの写真なんてネットにいくらでもあるじゃないか」
部屋の中に二本足で立っている黒猫が現れて、私に問いかけてきた。
この野暮な事を言う生意気な黒猫の名前はバロン。
お姉様が自分の好きだったアニメ映画から付けた名前だ。
そう……こいつはかつて、始まりの魔法少女であるお姉様──マジカル・ルクスの妖精でもあった。
「……別に上機嫌じゃない。それに今回のはネットには上がっていない写真の可能性が高いし。宿敵の資料を少しでも集めるのは当然の事」
「宿敵、ねえ……」
私がそう言うと、バロンはため息をつきながら机の方へと視線を向ける。
視線の先──机の前の壁に貼られたコルクボードには、印刷して張り出されたステラの写真が何枚も貼られている。
机の上にも今日買った以外のステラや他の魔法少女の同人誌、マギキュアのグッズなどが大量に置かれていて、どれも話が集めたものだ。
「資料かぁ……」
バロンは昼間合った日向勇輝のように、「これのどこかが資料?」とでも言いたげに、ジト目で見つめてくる。
相変わらず、生意気で腹が立つヤツ……。
私はバロンにいつも通りの言い訳を口にした。
「何度も言ってるけど、この写真やグッズは胆を嘗めて報復の志を忘れまいとするようなもの……いわば臥薪嘗胆。私の邪魔をした邪魔なステラへの敵意を常に忘れないようにしてるだけ」
そう、だから私が実際にステラと戦った事で、彼女の美しさと強さに一目惚れをしてしまった、なんて事は絶対に無い。
絶対に────
「あ、写真が送られてきたみたいだよ、美月」
「え!?」
バロンに言われて私は慌ててスマホを確認した。
写真の送信相手はあの日向勇輝だった。
どうやら、約束通りにステラの写真を送ってきてくれたようだ。
私は素早くスマホを操作して添付ファイルの写真を確認して、
「────っ!?」
思わず息を呑んだ。
「ああ……」
なんて、綺麗……。
日向勇輝から送られてきた写真には、こちらに向かってやや恥ずかしそうに、困ったような微笑みを浮かべているステラが写し出されていた。
きっと、あの日向という少年に写真を求められて、照れながら撮影に応じたのだろう。
戦いの時に見せる覚悟を決めた凛々しい顔も素敵だけど、優しく微笑む顔も魅力的で抱擁力のようなものを感じて、これは……。
「あのー……美月? なんか顔赤いし、陶酔しちゃってるけど……美月? おーい……」
バロンが私に呼びかけている。
けど、どこか遠くから聞こえてくるように感じる。
それぐらい、私はステラの美しさに心を奪われてしまっていた。
「ステラ……」
同じ力を持ちながら私と対立して魔法少女を庇う、いずれ倒さなければいけない宿敵。
敵意以外の感情を彼女に持ってはいけない。そう心に決めていたのに……。
────けれど、もうこれは認めるしかない。
私は彼女の──マジカル・ステラの美しさと強さに、どうしようもなく心を奪われてしまったのだと。
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