第十九話 出会う魔法少女

 昨日はそれなりにシリアスな流れだったはずなのに……。

 なぜ俺は今、アニメショップの前にいるんだろうか。


 そんな事を考えながら、俺は巴達と一緒にアニメショップの外から中の様子を窺っていた。


「あそこのアニメショップで、マギキュアや私達、魔法少女関連のグッズを買い漁ってるのがマジカル・ノクス──星空美月です」


 巴はそう言うと、アニメショップの中にいる長い黒髪の少女を指差した。


「あれがノクス……」


 その黒髪の少女──星空美月は、腰まで伸びた艶のある黒髪と落ち着いた佇まいで、一見すると気品あふれる深窓の令嬢といった雰囲気をまとっていた。

 たしかに外見だけならあのクールなノクスのイメージとも一致するし、あの少女が正体でも不思議じゃない。

 

 だけど、キョロキョロと周囲を気にしながら、買い物カゴにマギキュアと魔法少女のグッズを投入していく姿はオタクそのものだ。


「……本当にあの子が?」


 とてもじゃないが、あれがあのマジカル・ノクスだなんて信じられない……。

 というか信じたくない。俺の知っているノクスとはあまりにも違いすぎる。


 そうして、しばらく美月ノクスを呆然としながら眺めていると、アニメショップの中にいる他の客や店員が彼女をチラチラと見ている事に気づく。


 当然だ。高級ブランドの洋服を身に纏った見るからにお嬢様な美月がアニメショップの中にいて、しかもグッズを買い漁っているんだから、気になるにきまっている。

 服装だけなら何かのコスプレに見えなくもないが、完璧な着こなしのせいでそうも見えないし、店の中で明らかに浮いてしまっている。

 

「……ノクス、いや美月って子は、もしかしてマギキュアと魔法少女が好きなのか? 彼女がお姉さんを失った経緯からすると、魔法少女という存在そのものを憎んでいてもおかしくない気がするけど……。実際そんなような事を本人も言ってたし」

「はい。あの子も口ではそういう事言うし、今もマギキュアと魔法少女のグッズをチェックするのも魔法少女を倒すために研究してるだけだって言い張ってるんですけど……まあ、見ての通り……」


 そう言いながら、巴は困ったような顔で店内を見た。

 

 巴の視線の先にいる美月は、マギキュアや魔法少女のグッズを眩しいものを見るような目で見つめていた。

 グッズを手に取る時も一つ一つ吟味しながら丁寧に扱っている。


 魔法少女を倒すための研究、なんていうのがただの方便なのは明らかだ。


「元々、マギキュアのファンだったんです、美月は。だから魔法少女として活躍する姉のルクスをとても尊敬していました。だから、ルクスが消えてしまってから、責任や後悔を抱えてしまっている今でもきっと好きなんですよ……魔法少女やマギキュアが」


 巴はどこか遠い目をしながらマギキュアと魔法少女グッズを買い漁る美月を見つめ、そう語った。


「そうか……」


 たしかに目の前の美月は同人誌コーナーでマジカル・ステラの同人誌のサンプルを手に取り、それを真剣な様子で読み込んでいる。


 よっぽど好きなん────……

 

「────って、 同人誌!? マジカル・ステラの!?」


 いつの間にそんなのが!?

  聞いていないぞ、そんなの!


「え? 知らなかったんですか? 私達魔法少女の同人誌があるって。グッズも出てるんですから、そりゃ本だってありますよー」


 そんな一般常識でしょ? みたいに言われても困る!


「いやいや、おかしいだろ!? 肖像権とかは!?」

「一応、目撃者が多くてもまだ世間ではギリギリ都市伝説扱いですからね。都市伝説や噂を本やグッズにしても法律的には問題無いんじゃないんですか? 多分」

「マジかよ……」


 知らなかった。


 しかも、扱っている量も多い。

 アニメショップの中には魔法少女の特集コーナーまで出来てる。


 その中でも、俺──マジカル・ステラを扱った同人誌は人気が高いようで、新刊が平積みしてあった。


「そっか、ステラは人気なのか……」


 別に嬉しいわけじゃないけど、人気だと聞くとまあ……悪い気はしないな。

 ……などと思っていると、


「先輩……なーんか、ちょっと得意げな顔してません?」


 巴は俺を、なぜか呆れたような目で見つめていた。


「し、してないけど!?」

「ほんとですか? なんだか凄く嬉しそうなんですけど……」

「嬉しくない! ないから」


 俺は慌てて左右に勢いよく首を振って否定する。

 だが、その仕草が必死すぎたせいか巴だけでなく、ヒカリ達も一緒になって俺をからかい始めてしまった。


「勇輝~マジカル・ステラが人気でよかったね~」

「鼻の下が伸びているぞ、この変態が」

「 伸びてないし! 変態でも無い!」


 人気だと知ってたしかにちょっと勘違いしたけど、冷静になると嬉しくとも何ともない!

 むしろ勝手に自分の同人誌なんて作られて迷惑なぐらいだ!

 一体、どんな事を描かれているのかわかったものじゃないし!


 ……後で変な内容が描かれていないか、あとでこっそり確認しよう。


「はいはい……って、あれ? あの人、先輩の友達じゃないですか?」

「え?」


 友達? 誰だろう。

 巴に言われて俺が顔を上げると、


「あ、ほんとだ。大地じゃないか」


 美月の隣に、カゴに大量の魔法少女の同人誌を入れた俺の幼馴染、大地が立っていた。


「けど、何やってんだあいつ……」


 ステラのファンだって聞いてたけど、マギメモを見てるだけじゃ飽き足らずにまさか同人誌にまで手を出してたなんて。

 しかも、今あいつが読んでいるのは……。


「────なっ!」


  マジカル・ステラを扱った同人誌のサンプルじゃないか!


「最悪だ……」


 俺がドン引きしながら見ている事も知らずに、サンプルを読み終えた大地は満足げな様子でそれを元の場所に戻した。

 そしてサンプル元のステラの同人誌を手に取り、それを自分の買い物カゴ中に入れた。


「…………」


 なんだか知り合いがエロ本を買っているのを目撃したような気まずさだ。

 ステラの同人誌をゲットして満面の笑みを浮かべている大地をこれ以上見てられない。

 俺はそっと目を逸らした。


 しかし、大丈夫だよな?

 同人誌って言っても成人マークは無かったし、そういうんじゃないよな?

 あの同人誌は純粋に見て楽しむだけだよな……。そうであってくれ……。


「~♪」


 物陰から俺が見ている事も知らず、大地は意気揚々と同人誌を入れたカゴを持って、そのまま会計へと向かっていく。


 だが、


「ちょっと……待って」


 そんな大地を、なぜか美月が硬い声で呼び止めた。


「え? 俺の事?」


 大地は何で自分が呼び止められたのか分からず、きょとんとした顔をしている。

 美月はそんな大地をきつい目で睨みつけて、


「その本は私が買うつもりだったんだけど……」


 そんな事を言い始めた。


 どうやらあの同人誌は残り一冊だったようで、美月は目の前でその同人誌を持っていった大地に文句言っているようだった。

 

「いや、そんな事言ったって残り一冊だし、俺が先にカゴに入れたんだから俺のだろ?」

「違う、先に手に取ったのは私。サンプルを読んでいる間に、あなたが横から掠め取っただけ」

「はぁ!? 無茶苦茶だ! そんな事言いだしたら、俺はこの作家さんはネットで知って前から目をつけてたし!」

「なら、あなたはネット通販で委託本を買えばいい」


 メチャクチャだ……。

 いくらあの同人誌が欲しかったからって、あまりにも理屈が通ってない。

 あれじゃ、ただの言いがかりだ。


「うわぁ……みっちゃん……」


 ため息をつきながら顔に手を当てて、美月のあだ名らしきものを口にする巴。

 メチャクチャな事を言う友人に落胆している様子だけど、俺も正直同じ気持ちだ。


 あんなノクスは見たく無かった……。


「いやだ! 俺は今この本が欲しいの!」


 俺の友人である大地も、残念さでは美月には一歩も引けを取っていないかった。

 大地は言いがかりをつける美月に対して、大きな声で同人誌の所有権を主張し始めた。


「この本は俺のだ! ステラたんの事に関して俺は一切譲る気はないね!」


 たしかに、言ってる事は間違ってないんだけど……。


「ステラたんって……あなた多分、私より年上でしょ? それも男の子なのに、ステラたんとか言ってて恥ずかしくないの?」


 そうそう、俺もそれを言いたかった。

 美月も大概だけど、アニメショップで大声でステラを「たん」付けで呼ぶとか恥ずかしいからやめてほしい。


 だけど、大地は美月に言われて顔を赤くするどころか、逆に胸を張って、


「ないね! ステラたんを愛する気持ちに恥じる所なんて無い!」


 堂々とそんな言葉を口にしてしまった。


 頼むから恥じてくれ大地……。


「とにかく、これは私のだから!」

「いーや! 俺のだ!」


 お互い引くこと知らず、二人の言い争いはヒートアップしていく。

 そのせいで、店内の他の客や店員からも注目され始めてしまっている。


「先輩、これは止ないとまずいんじゃ……」


 巴がそんな二人を見ながら、俺に耳打ちした。

 たしかに、このままじゃお店の人にもお客さんにも迷惑が掛かってしまう。


 というか、もう掛かってるなこれは……。


「仕方ないか……」


 今日の所は美月の様子を見るだけのつもりだったが、こうなったら仕方がない。

 俺はアニメショップの中に入り、騒ぎを鎮めるために仕方なく二人の間に割って入る事にした。


「おい、大地! お前こんな所で一体何をしてるんだ? それも年下の女子相手に」

「げ!? 勇輝!? おま、何でここに……?」

「たまたまお前がアニメショップに入っていくのを見かけてな。気になってついてきたんだ」


 俺が呼びかけると、大地はあたふたと慌て始めた。

 さすがに見られて恥ずかしいって気持ちは大地にもまだあったんだな、と少し安心しながら俺は美月にも視線を向けた。


「……誰?」


 すると、美月は怪訝そうな顔で俺を睨みつけ、


「その人の知り合いなら、私から取った本を返すように言ってほしいんだけど」


 大地に指を向けて、そんな事を言いだした。


「取ってねえし! 勇輝、信じてくれよ! 俺の方が先にこの本を手にしたんだよ!」

「それは嘘。この人が私の本を取った」

「違うって! なあ、勇輝……ほんとだよ? ほんとに俺取ってないんだよぉ……信じてくれよぉ……」


 うん、見てた……お前は悪くないよ、大地。


 ただちょっと傍から見ると、必死過ぎてキモいだけだ。

 俺は大地の肩をポンポンと叩きながら、慰めの言葉をかけた。


「なあ、大地……気持ちは分かるけど、ここはこの子にその本を譲ってあげてくれないか? 相手は年下だし、ここは少し大人になって本は通販とかで後で買えばいいじゃないか」

「うぅ……けどよぉ……勇輝ぃ……」

「おい、お前マジか……」


 このままだと泣き出しかねない勢いで悔しがる大地に、俺は正直ドン引きした。


「なにこの人……」


 美月の方もそんな大地にはドン引きしていて、そっと距離を取っている。

 中学二年生の男子が魔法少女の同人誌を欲しがって泣いている姿は、正直見るに耐えないから、仕方がない。


「大地……」


 しかし、そんなにステラが好きか……。

 キモい事はキモいけど、キモいだけで今回は大地は何も悪くない。

 むしろ言いがかりをつけれた被害者だ。キモいけど。


「…………」


 だけど美月もドン引きしてはいても立ち去らずに大地のカゴの中を食い入るように見つめていて、一歩も引くつもりはないようだ。

 このままじゃ店内で延々と言い争いが続いてしまう。


 なので俺はこの場を収めるため、大地にある提案をする事にした。


「なあ、大地。実は俺も最近ステラに助けられた事があってな……それで────」

「え!? マジで!? ステラたんに生で会ったの!? いつ!?」


 ステラに助けられた事があると語った途端、落ち込んでいた大地が顔を上げて俺の肩を掴んで激しく揺さぶってきた。


「うおっ!?」


 早い、早い! まだ本題に入ってない!

 大地が大声を上げたせいで、また店の中の視線が集中してきて恥ずかしい。

 

「お、おい! 落ち着けよ! で、助けられた時にステラに写真を取らせて貰ったんだ」

「マジで!? 生ステラたんの写真を!?」

「あ、ああ……それでお前がその同人誌をその子に譲ると言うなら、その写真を後でお前のスマホに送ってもいい。どうす────」

「譲る! 譲るよ勇輝!」


 俺の提案に、大地が食い気味に返答した。

 返事も今日一番大きい声を出していて、興奮して俺の手を握ってブンブンと振り回している。


「…………」


 そんな大地の奇行に美月も、物陰で見守っている巴達もドン引きしていた。


 ……こいつ、日に日に奇行が酷くなっていくな。

 ステラを知る前の大地はこんなんじゃ無かったのに……。

 だとすると、大地がキモくなったのは俺のせいか?


 そう思うと、なんだか少しだけ罪悪感を覚えてきたかも……。


「約束だぞー! 頼んだぞ勇輝ー!」


 大地は約束通りステラの同人誌を手放すと、俺に手振りながらスキップしてその場を立ち去っていった。

 店内で大声で名前を呼ぶのはやめろ。


「ふぅ……」


 なんだか疲れてため息が出た。

 でも、なんとか同人誌は譲ってもらえた。


 俺は大地から受け取った同人誌を、


「ほら、これ欲しかったんだろ?」


 物欲しそうに見つめている美月に手渡した。


「……ありがとう」


 美月はうつむきながら小声でお礼を言うと、俺からおずおずと同人誌を受け取った。


「どういたしまして」


 結局、今日の所は遠くから観察するつもりだったのに、思いがけず美月とはのまま話す事になってしまった。


 ────なんとも、締まらない話であるが……これがお互い魔法少女の姿ではない、本当の姿で美月と出会った最初の出来事だった。

 

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