第十八話 語る魔法少女

 二日間の訓練を終えて数日後の放課後──俺は巴の自宅へと赴いていた。

 なんと巴は、まだ中学生のくせにマンションで一人暮らしをしているらしい。


『……私の親は心配なんてしませんよ』


 巴が前に自分で言っていたように、彼女の親は本当に放任主義のようだ。

 うちの家も似たようなものだから、あんまり人の事は言えないが……。

 ともかく俺は一階の出入り口のパネルに巴の部屋番号を入力し、エレベーターに乗って目的の階まで移動した。

 そして巴のいる部屋のチャイムを鳴らした。


「はーい……。どうぞー……上がって下さい先輩……」


 ついさっきまで寝ていんだろうか。

 巴は寝ぼけ眼をこすりながら、けだるそうに玄関の扉を開けて俺を迎え入れてくれた。

 今日の巴はデニムのショートパンツに長袖Tシャツを羽織っただけの、とてもラフな格好だった。

 ちなみに眼鏡はかけている──この間、裸眼だったのは伊達じゃなくて、コンタクトだったのか?

 などと、余計な事が気になりながら、俺は巴の家に足を踏み入れる。


「えっと、お邪魔しまーす……」


 事前に聞いてた通り、家には誰もいない。

 夜まで待っても、誰も帰って来ないと巴は言っていた。

 女の子の家に上がるのは優愛ちゃんの時に続いて二回目だが、あの時は巴の両親が家にいた。

 けど今日は巴の言う通りだとすると、今の俺は両親のいない女の子の家に上がっている事になるわけで──今更ながら、凄く緊張してきた。


《……勇輝》


 案の定、そんな俺の心情を察したヒカリが、咎めるような硬い声で俺の名前を呼ぶ。

 いやまだ何もしてないし、するつもりは無いんだけど……。


 ともかく俺は緊張を紛らわすために、巴が気だるそうにしている理由について聞く事にした。


「どうしたんだ? 今日は元気がないな……寝てたのか? 学校はどうした?」

「先輩の特訓についていったせいで、全身が筋肉痛なんですよー……マギメモの特集記事の編集もありましたし、今日は自主休学です……」


 そういえば前に放課後に待ち合わせした時も、巴は放課後になってすぐに俺の学校の校門にやって来ていた。

 もしかしてあの時も巴は学校を休むか早退して、俺の学校に来ていたんだろうか?

 ……いや、人にはそれぞれ他人に言えない事情もある。、この事について考えたり追求するのは今はよそう。


 俺は巴が学校をサボっているかも、という話題を避けて会話を続ける。


「どうせひと目がない山なんだから、移動の時は変身してついてきたらよかったのに」

「それじゃ取材の意味が無いんですよー……。先輩が生身の時は同じように生身でついていって、体感しないと密着取材にならないんです……」

 

 よく分からないけど、そういうものなんだろうか?


 ともあれ巴は二日間の訓練にきちんとついてきて、特集記事も完成させた。

 後でサイトに掲載された記事を確認したが、見事な出来栄えだった。

 最初は巴がマギメモの管理人というのは半信半疑だったが、ふざけてるように見えて巴はきちんとプロ根性のようなものがあるようだ。


「あ、この部屋です。どうぞ、入ってください」


 巴が部屋の扉を開けて、俺に入るよう促した。


「へえ。ここが巴の────」


 部屋に入ると中は暗く、パソコンと大きな三台のモニターが置いてあるのが目に入った。

 その周囲にはよく分からない機器がいっぱいあって、映画のハッカーとかがやってそうなデスク周りだと俺は思った。

 

 そうか、この暗い部屋で夜な夜な魔法少女の情報を集めて──などと想像していたら、


「あ、電気つけますねー」


 巴は普通にスイッチを押して電気をつけた。


「…………」


 まあ、暗い部屋で作業する意味とか無いといえば無いか……。

 俺はなぜだか少し残念な気持ちになりながら、照明に照らされて明るくなった巴の部屋を改めて見渡した。


 すると、そこには……


「……うわぁ」


 積み上げられた本や雑誌、脱ぎ散らかされた衣服、放置された洗い物、溜め込んだゴミ袋など、色々なものが床一面に散乱していた。


 ────ゴミ屋敷だこれ……俺は巴の部屋の惨状に正直、ドン引きした。


 巴はそんな俺の様子に気付いた様子もなく、平然とそのゴミ屋敷と化した部屋へと足を踏み入れると、ゴミや物を蹴って道を作りながら進んでいく。

 そしてPCの前の椅子に辿り着くと、床からガサゴソと物を探し始め、座布団らしきものを取り出した。 


「ちょっと散らかってますけど、どっかその辺に座ってくださいねー」


 発掘した座布団を俺に手渡しながら、平然とそんな事を言い放つ巴。


「……ちょっと?」


 どこが? そもそも、その辺とはどこに座ればいいんだ?

 一面ゴミや物で散乱していて、足の踏み場もないのに。


 俺は仕方なく、辛うじて床が見える今さっき巴が歩いた場所に座布団を置いて、そこに座る。

 左右にはそれぞれゴミや物が積み重なっていて、こうして座ってしまうとそのゴミ山の中に埋もれてしまったような気分だ。


「巴、お前これは…………」


 人の事についてとやかく言うつもりはなかったが、これはあまりにも酷い……。


 一人暮らしで大変なのかも知れないけど、それにしたってこれは年頃の女の子の部屋じゃない。

 先に優愛ちゃんの可愛らしい部屋を見ていたせいか、余計にそう感じる。


「な、なんですか!? その目は! 本や雑誌は読みかけだからその辺に置いてあるだけですし、服や食器も最近忙しかったからちょっとサボっただけです! ゴミだって袋に入れて縛ってあるじゃないですか!」


 俺に呆れた目で見られている事にようやく気づいたのか、巴はあたふたとしながら今更そんな言い訳をし始めた。


「それにしたってなぁ……」


 言い訳を続ける巴を俺がより一層呆れた目で見つめていると


「だからいつも言ってるだろう巴! 服も食器もその場ですぐ片付けろと! そうしないと溜まっていく一方だぞ! 大体、巴はいつもいつも……」


 妖精のアルが現れた。

 そして言い訳を続ける巴をくどくだと叱りつけ始める。


「あー……もうアルはうるさいなー。後でやるって言ってるでしょー」

「なんだその口の聞き方は! 後でやると言って、ほんとに後でやった試しが無いだろう!」


  ……なんだか今のアルと巴は、まるで子供を叱りつける父親と叱られて不貞腐れている子供のようだ。


 周りがゴミ屋敷状態なせいで、会話を抜きにすると今のアルは部屋に沸いたネズミのようにしか見えないけど。


 そんな考えが顔に出ていたのか、


「……おい! 貴様、今なんか失礼な事を考えていただろ! ゴミ屋敷にネズミはお似合いだな、とか考えていただろ!」


 アルが俺を怒鳴りつけてきた。


 たしかに似たような事は考えていたけど、なんでどいつもこいつも俺の心を読めるんだ……。


「だから~、勇輝は思ってる事が顔に出ちゃってるんだよ~」


 アルに続き、ヒカリもまた姿を現して会話に加わってきた。


「うおお!?」

 

 前回のネットカフェの時のように、アルはヒカリを見てまた体をビクッと震わせ始た。


「貴様! 急に出てくるんじゃない!」


 妖精でもやっぱりネズミだから猫は本能的に駄目なんだろうか。

 声と全身をブルブルと震わせながら後退りしている今のアルの姿は、見ていて少し可哀想な程だ。


「アル君だ~。久しぶりだね~。まだヒカリが怖いの~?」

「こ、怖いわけがあるか!」


 そう言って、胸をむんと逸らすアル。

 だけど足の方はガクガクと震えたままで、強がりなのがバレバレだ。


「ほんとに~?」

「うおおおおおお! ち、近寄るんじゃない!! や、やめろ……食べないでくれぇ……」

「食べないよ~」


 怯えるアルを怖がらせないために、笑顔で近寄っていくヒカリ。


 その様子はもう完全に獲物のネズミを追う猫にしか見えない。

 もしかしてアルと同じように、ヒカリも狩猟本能に目覚めたのか……。


 どうでもいい疑問は尽きないけど、そろそろ本題に入らないといけない。

 今は二人の事は放っておこう。


「で、どうだ? 巴、俺の人となりは二日間の訓練で分かったか?」


 たった二日だったけど、俺は普段通りの訓練をありのまま巴に見せた。


 終始不満げな様子だったのが気になるけど、魔法少女として真面目に活動している様子は示す事ができたはずだ。

 例の始まりの魔法少女の話を聞くのにも合格しているはず……。


「はい……。あの二日間で先輩が色んな意味で非常識なのが、よーく分かりました……」

「ええ!?」


  やっぱり訓練が泊まりになるのを、最初に言っておかなかったのがマズかったか……。

 だけど今更、始まりの魔法少女について話を聞けないのは困る。


「だから、泊まりなのを言ってなかったのは悪かったって……」

「いや、そこもおかしいですけど、単純にあんな訓練を毎週やってるのは頭おかしいですよ……。平日も早朝と寝る前に訓練してるんですよね? なんでそんなに訓練ばかりしてるんですか? 修行マニアなんですか?」

 

 なんでって言われても……。

 予想もしていなかった事で責めれられて、俺は困惑した。


「いや、だからあれぐらいはやってる魔法少女も他に……」

「いません! 普通の魔法少女は土日に訓練しても、山で寝泊まりなんてしません! それも毎週!」


 そう断言して、俺をなぜか怒る巴。


 最初に会った時の巴は俺の事をからかってばかりだったのに、土日の訓練の取材を終えてからはずっとこんな感じだ。


「……大体、先輩は特集記事を監修して、文章にも手を加えてましたよね? だったら私の元の文章を見て、一般的には過酷な訓練してるって自覚ぐらいあるじゃないんですか?」


 むすっとした顔のまま、巴が俺に聞いてきた。


「まあ、多少は……。けど、俺は正体が男な事もあって他の魔法少女と仲間になるのは難しいし。一人で戦わざるをえない以上、人より少しは努力しないと」


 正直、あまり過酷だとは思っていないけど俺はもっともらしい言い訳を口にする。


 だって、やればやるほど結果に繋がるなんて、部活や勉強でもそうそうない。

 けど、魔法少女の訓練はやればやるだけ強くなって、魔獣から大勢の人を救えるになるのだから、楽しくて仕方がない。


 必ず見返りがある訓練が過酷だなんて、俺は全く思わない。 


「まあ、納得しかねますけどー、とりあえず今はそういう事にしておきます。ちなみに訓練内容は先輩が考えたんですか?」


 アルにじゃれつくヒカリを横目で見ながら、巴がそんな事を俺に聞いてきた。

 ちなみにアルの方は本気だ。必死にヒカリから逃げ回っている。


「いや、訓練内容はヒカリが考えた。……他の魔法少女から聞いた話なんだが、普通の妖精はヒカリみたいに効率のいい魔法の訓練とかの知識があるわけじゃないらしいな」

「そうですね。妖精は卵に接触した女の子の心や記憶から生まれる存在で、変身した魔法少女と魔宝石オーヴァム・ストーンをつなぐインターフェースのような役割を担ってるのは知ってますよね? うちのアルも卵から産まれた時から魔法少女と魔獣の存在がどういうものかという知識はありましたけど、魔法の扱い方とかそういった知識は最低限のものでした」


 やっぱり凛々花ちゃんと優愛ちゃんの妖精と同じように、他の妖精も最低限の知識しか持たないらしい。


 それはそうと、また『卵』だ。

 いい加減、妖精が生まれという卵についても巴に聞いておいた方がいいだろう。

 そう考えた俺は、巴にヒカリが現れた時の状況を説明した。


「その卵の事なんだけど、実はヒカリは卵から産まれたわけじゃないんだ。最初から妖精の姿で俺の前に現れたんだ。これってやっぱり俺だけ男なのに変身出来た事とか、ヒカリが魔法の扱いに詳しい事と何か関係してるのか?」

「……ヒカリちゃんに理由は聞いてみなかったんですか?」

「もちろん、聞いた。けど自分が卵から産まれたのか憶えてないらしい。気付いたら妖精として存在していて、ヒカリには記憶が無いそうだ。」

「そう……ですか。記憶が……」


 巴は独り言のようにそう呟き、


「あれ~? 寝ちゃったのかなぁ~……」


 なんて言いながら、ぐったりとしたアルを前脚でつつくヒカリの見て目を細め、微笑んだ。


「あ、あああ……あぁ……」


 いや、微笑ましい光景を見ているような表情をしているけど、君のパートナーの妖精は失神寸前なんだけど…。


「先輩、ヒカリちゃんの記憶の件ですが、私の方でも手がかりが無いか調べておきます。なので、今日の所は本題に移ってもいいでしょうか?」


 そう言うと巴はヒカリ達から目を離し、俺に向き直って背筋をピンと伸ばした。


「ああ、ありがとう。ヒカリの件について調べてくれるのは助かるよ」


 いよいよ、始まりの魔法少女についての話が始まるのか──俺も巴と同じように背筋を伸ばし、気持ちを切り替える。


「本題って言うのは、始まりの魔法少女とノクスの件についてだよな? 結局、俺に話してくれる気になったのか?」

「はい、始まりの魔法少女とノクスについて、先輩に全てをお話します。たしかに先輩は非常識で、修行マニアで、特集の監修を見る限り自分に酔ってる所がある変人ですが……魔法少女の使命には真摯な気持ちで向き合ってるのはよく分かりましたので」


 ……前半のボロクソな評価はともかく、一応は巴に認めてもらえたみたいだ。

 巴は真剣な表情でこちらを見据え、始まりの魔法少女について俺に語り始めた。

 

「まず始まりの魔法少女についてですが、ノクスのお姉さんだというのは前に話しましたよね?」

「ああ、そしてノクスは君の友達だった話も聞いた。ノクスが魔法少女から力を奪っているのは、やっぱり彼女のお姉さんが自分を犠牲にして魔獣から世界を救った、という話が関係しているのか?」

「はい。世間一般には、魔法少女は今から約一年前に現れた存在ですが、実はマジカル・ルクスという、この世界で最初の魔法少女がいたんです」

「マジカル・ルクス……」


 なるほど、それでノクスがそのルクスを『始まりの魔法少女』と呼んでいたのか。

 それにしても他の魔法少女が現れるよりも、さらに二年も前にそんな魔法少女がいたなんて……。


「三年前、始まりの魔法少女──マジカル・ルクスは|自分の存在そのものの・・・・・・・・・》を情報エネルギーに変えて、世界中の魔獣を封印しました。先輩の言うとおり、その事が今のノクスの行動に深く関わっていると思います」

「自分の存在そのものを……?」


 ギフトや魔法は魔法少女のああしたい、こうなりたいという願望を情報エネルギーに変換して形になる。

 だから人間そのものを情報エネルギーに変える事が出来れば、大規模な魔法を行使する事がおそらく可能だろう。


 けど、そんな事をすれば──


 巴は俺の顔を見て頷きながら、


「そう……そんな事をすれば情報エネルギーに変換された魔法少女本人は、この世界から消えて無くなります」


 悲しげな表情で、そう言った。


「そんな……」

「魔獣は『世界卵』が読み取った世界の人々の負の情報から産まれた、いわば闇そのものです。ルクス一人がいくら輝いても、世界を覆う闇を全て照らす事は出来なかったんです。そして、彼女の一年にも及ぶ奮闘も虚しく、世界は増え続ける魔獣に脅かされ、とうとう人類の人口は三分の一にまで減少し・・・・・・・・・・──」

「待て待て! 世界卵!? 人類の人口が三分の一に減少!? 何の話だ!? 本当に三年前にそんな事があったっていうのか!?」


 巴の話を疑うわけじゃないけど、さすがにそんな事が三年前にあったら俺だって覚えてるはず。


「…………」


 巴は俺が驚くの予想していたようだ。

 目を伏せて、俺が少し落ち着くまで待ってくれた。

 そして一呼吸置いた後、巴はゆっくりと口を開き始めた。


「まず『世界卵』についてですが、私も詳しくは知りませんが。この世界に魔獣と魔法少女を生み出したものだとルクスは語っていました。そして三年前の件ですが、正しくはあったというべきでしょうか。彼女が自身を犠牲にした魔法によって魔獣は封印され、三年前に魔獣が発生したという事実自体が無かった事になったんです」

「事実自体を無かった事に?」


 そんな事が可能なのか?


 いくら魔法少女そのものを情報エネルギーに変換したとしても、魔獣の被害があった事実すら無かった事にするなんて……。

 そんな世界自体を改変するような魔法は、普通に考えたら無理な気がするけど……。


「誤解があるようですが、ルクスは情報エネルギーに変換したのは自分の命だけじゃないんです。彼女は本当の意味で自分の存在そのもの・・・・・・・・・を変換したんです」

「存在そのもの……?」

「はい。マジカル・ルクスは改変前の世界ではただ一人の魔法少女として、人々にとって希望の存在でした。その彼女がこの宇宙に存在したという事実そのものと、人々の心に刻まれた希望の魔法少女という情報。この二つの大きな情報を変換すれば全ての魔獣を封印し、被害を無かった事にするのも可能です」

「ルクスがこの宇宙に存在したという事実そのもの……。それじゃあ、彼女はただ消えただけじゃなくて……」

「はい、この宇宙には最初から存在しなかった事になり、人々の記憶にも残っていません。友人やルクスの両親さえ……」

「そんな……」


 それは……死ぬよりももっと辛い。

 自分の存在が消えて、家族や友人と過ごした時間そのものさえ消えるなんて……。

 

「でも、だったら何で巴とノクスは消えたルクスの事を覚えているんだ? 宇宙に存在していた事実さえ消えたというなら君達も忘れるはずじゃ……」

「それは……分かりません。ただ、私は卵を手に入れて魔法少女になるまでは忘れていました。元がルクスの力の欠片だったから思い出せたのかもしれません。ただ、ノクスはなぜか最初から憶えていたようですけど……」


 そう俺に答えながら、うつむく巴。

 消えたルクスの事を語るのは、巴にとって辛い事だったのだろう。

 巴はとても悲しげな顔をして、次にノクスの話に移った。


「ノクスとは……ルクスに魔獣から救われた事がきっかけで友達になりました。けど、世界が改変された事でその事実は無かった事になって……私はルクスと、彼女がきっかけで出会ったノクスの事を忘れてしまいました。ノクスは憶え続けてくれていたのに」

「ノクスだけが最初から憶えていたのは、彼女が語った始まりの魔法少女の正統後継者というのにも関係してるのか?」


 俺の質問に巴は首を振った。


「そこまでは分かりません。彼女がなぜ彼女と同じギフトを持っているのか。いつ魔法少女になったのかまでは。ただ彼女が他の魔法少女の力を奪うのはおそらく自分の姉のような犠牲者を出さないためだと思います」

「ああ……ノクスも似たような事をたしかに言ってた。魔獣と戦う使命を持つ魔法少女だから人々を守り、命を散らすのは仕方のない事なのかと。魔法少女だって人間なのにみんなの代わりに戦って死ねというのかと怒っていた。そして魔法少女は自分一人でいいとも言っていた……」

「やっぱり……そうなんですね……」


 ノクスが言っていた言葉を伝えると、巴は目を瞑って顔の前で両手をぎゅっと握った。


「巴……」


 その姿は祈るようでもあり、何かに許しを請うようでもあった。


「…………」


 俺は巴の気持ちが落ち着くまで、少し待つことにした。

 そして一分ほど経った頃────


「もう大丈夫です……」


 巴はゆっくりと顔を上げた。

 とてもまっすぐな目で俺を見つめながら、巴は話を再開した。


「私がマギメモを作った理由は、サイトを通して魔獣の情報を魔法少女達に提供し、同時に彼女達の活躍を一般の人達に知ってもらうためです。魔獣は人間の負の感情から生まれます。だから人々が魔法少女の活躍を見て希望を持てば、魔獣が増える勢いに少しでも歯止めがかかるかも──そう考えてマギメモを今まで運営してきました。けど……」

「そのマギメモの掲示板の中で、魔法少女を襲うノクスの事が噂になり始めた」

「はい……。だから、掲示板の内容を検閲するのは不自然なので、せめて私が作った記事の中ではノクスの事はなるべく触れないようにしてきました」


 たしかにマギメモは日本で一番の、そして世界でも有数の魔法少女の情報サイトだ。

 けど、いくらマギメモ内だけで情報規制をしたところで────


「……はい。人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので、マギメモでノクスに関わる記事をいくら作らないようにしても、他のサイトやSNSなどの噂に上がってくるのはどうにも出来ませんでした。このままだといつか他の魔法少女が結託して、ノクスを倒すなんて話にもなりかねない……。だから、そうなる前に止めたいんです。そして、彼女を止めれるとしたら同じギフトを持つ先輩しかいないんです! 先輩……ノクスを──私の友達の美月を一緒に止めてくれませんか? お願いします!」


 巴はそうまくしたてるように言うと、俺に深々と頭を下げた。


「巴……」


 マジカル・ノクス──美月という少女を止めて欲しいと真剣に懇願する今の巴からは、いつもの飄々とした態度は影も形もない。

 友達を心から心配する、一人の少女がそこにいた。


「頭を上げてくれ」


 俺は頭を彼女の肩を掴み、頭を下げるのをやめさせた。

 友達を助けたいという巴の想いに応える事にした俺は、彼女の目をまっすぐに見つめ、


「分かった。一緒に止めよう」


 そう力強い口調で言い切った。


「先輩……」

「元々俺もノクスがしている事は止めたいと思っていた。だから、彼女を止めるために最善を尽くしてみるよ。巴のほうこそ、ノクスを止めるために力を貸してくれると助かるよ」

「先輩……! 本当に……本当にありがとうございます……」


 よっぽど嬉しかったのか、巴は涙を流しながら俺に感謝の言葉を口にした。


 ────きっとこの涙に報い、ノクスを止めてみせる。

 そう決意を新たにし、俺は巴の家を後にした。



 そして翌日──俺と巴はまず美月ノクスに会うために、彼女がよく目撃されるというアニメショップ・・・・・・・まで足を運んだのだが────


「あそこのアニメショップで、マギキュアや私達、魔法少女関連のグッズを買い漁ってるのがマジカル・ノクス──星空美月です」


 そこにいたマジカル・ノクス──星空美月の姿は、どこからどう見てもただの魔法少女オタクそのものだった。

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