第十六話 登山をする魔法少女
土曜の朝──早朝、五時。
何度も鳴り響くスマホの着信音で、目が覚めた。
「ん……」
寝起きでぼんやりとしながら、俺はスマホを手に取った。
画面を確認すると電話の着信は終了していて、SNSの通知メッセージだけが画面に表示されていた。
『巴:先輩、玄関の扉を開けてください』
……なんで?
俺はわけもわからず、寝巻きのまま玄関へと向かい、言われた通りドアノブを回す。
そして、寝ぼけ眼をこすりながら扉を開けると、
「おはようございます、先輩」
そこには登山ウェアに身を包んだ、巴の姿があった。
「ああ、巴。おはよう……?」
えっと、どうして巴がいるんだっけ?
まだ頭がぼんやりとしているせいで「今日の巴は眼鏡をかけていないけど、あれは伊達だったのか」なんて、どうでもいいことしか考えられない。
「やだなぁ先輩。寝惚けてるんですか? 今日は先輩の訓練を密着取材するって約束じゃないですか」
首を傾げる俺に、巴が言う。
「ああ……」
そうだった。
今日は俺の日課の訓練を巴が取材する日だった。
たしか近くの駅で六時に待ち合わせを──……
「いやいや!? なんで、もうここに!?」
眠気が一気に吹き飛んだ。
なんせ約束の時間よりも一時間も早く、巴がいるのだから当然だ。
それもなぜか待ち合わせの駅ではなく、俺の家の玄関に!
「えへへ、来ちゃいました♪ 」
笑って片目を瞑り、舌を出す巴。
可愛い子ぶって誤魔化しても駄目だ!
「来ちゃいました、じゃないよ!? なんでうちに来た!? というか住所なんで知ってる!?」
「ああ、それはですね────」
巴が俺に説明をしようとした、丁度その時────
「……お兄ちゃん? 誰か来てるの?こんな朝早く……」
「日和!?」
俺が玄関で大声を出したせいか、目を覚ました日和が玄関に来てしてまった。
まずいぞ……。また大地の時みたいに、巴が俺をからかうために日和に余計な事を吹き込むかもしれない。
……いや、かもじゃない。確実に言う。
「日和、この人はその……」
俺はなんとか誤魔化そうと喋り始めたが、突然日和が巴の顔を見て「あっ!」と声を上げた。
そして……
「
日和はそんな、とんでも無い事を口にした。
「はぁ!?」
「巴さーん!」
戸惑う俺の脇を通り抜けて、日和は巴の元へ駆け寄っていく。
「日和ちゃん! おはよー!」
「はい! おはようございます!」
そして二人は笑顔で挨拶を交わす。
なんだかやけに親しそうというか……顔見知りなのか?
「日和……巴を知ってるのか?」
「うん。前にお兄ちゃんの事を知りたいから色々教えてって言われて、巴さんに喫茶店でお話したよ」
巴のやつ、いつの間に……。
「知らない人について行っちゃ駄目だろ!?」
「えー……だって巴さん、彼女さんなんでしょ?」
「なっ!? 違う! さっきも言ってたけど、なんでそんな話になってるんだ!?」
「なんでって……ほら、これ」
日和は自分のスマホを操作して何かを表示して、その画面を俺に突きつけてきた。
「あっ!」
画面には、ネカフェの個室で肩を寄せ合っている、俺と巴が写っていた。
「おま……巴!」
「てへっ!」
俺が震えながら顔を向けると、巴はまた笑って片目を瞑り、舌を出した。
しつこいし、古いぞそれ!
「ところでお義母様ですけど、早朝ですしまだおやすみですか? これから長い付き合いになるんでご挨拶をと思ったんですけどー」
巴は怒りに震える俺をよそに、キョロキョロと部屋の中を見渡し始めた。
「寝てるに決まってんだろ……」
大体、土曜の早朝に来ておいて「おやすみですか?」も何もない。
図々しいにも程があるな、こいつ……。
それに何がお義母様だ。
「あ! いまお母様の言い方がお義母様って感じだった! やっぱり彼女だ! 彼女さんだ!」
「あぁ~……」
最悪だ……。
巴が誤解するような事を言ったせいで、日和がはしゃぎ始めてしまった。
吹けもしない口笛で「ひゅーひゅー!」などと言いながら、俺を肘でつんつん突いてくる。
めちゃくちゃ鬱陶しい……。
「だから違うって! 巴もからかうのはやめろ! 日和は向こう行ってなさい!」
「はーい! デート楽しんできてねー」
「デートじゃないから!」
結局、日和は最後まで勘違いしたまま、自分の部屋に戻っていった。
巴だけじゃなく、家でまで日和にからかわれるのだと思うと、なんだか頭が痛くなってきた……。
後でちゃんと説明しとかないと……。
「はあ……で、なんでこんな朝早くに来たんだよ。俺の家までわざわざ……」
「言いましたよね? 先輩の全てが知りたいって。『かわいい後輩とデートだ!』って変に気合入れた格好の先輩じゃなくて、普段の土曜の朝でダラダラとしてる素のままの先輩が見たかったんです」
自分で可愛いとか言うか? 普通。
まあたしかに……性格はともかく、容姿は可愛いけども。
「そりゃ、どうも。期待通り、寝癖ついたままの素の俺が見れて満足か?」
俺はニコニコとしている巴に向かって、不満そうな態度を隠さずに言ってやった。
だけど巴はより一層楽しげな顔をして、
「はい! 大満足です! 今日の密着取材もこんな調子でよろしくお願いしますよ、先輩♪」
俺に向かってペコリと頭を下げるのだった。
□□□
『……どうしてノクスや私が、始まりの魔法少女の事を知っているのか──それはノクスが彼女の妹で、私はそのノクスの友達だったからです』
あの日、ネットカフェで巴から聞かされた『始まりの魔法少女』にまつわる話。
その続きを聞くための交換条件として、俺は今日一日、巴の密着取材受ける事になっている。
なんでも、密着取材をして俺の人となりを見たうえで、続きを話すか判断したいらしい。
たしかに重要そうな話だから、話す人間を選ぶのは当然かもしれないけど……。
何か裏がありそうな感じがあるんだよな、この子……。
「どうしたんですか?」
俺が視線を向けると、すぐ隣に座っている巴が不思議そうに首を傾げた。
「いや……」
またヒカリの時みたいに考えている事を読まれたくなくて、俺は巴から目を逸らし、電車の窓の外に視線を向けた。
移り変わる窓の外の景色は、徐々に人里から離れている。
俺達はこれから街から少し離れた山に入る。
休みの日の俺の日課──魔法少女の訓練を行うためだ。
「ねえ、先輩」
しばらく黙っていると、巴が俺と同じように窓の外に視線を向けながら話しかけてきた。
「今日はこれからどこに行くんですかー? なんか山に行くとか言ってたんで、一応登山ウェアで来ましたけど。多分、ひと目につかない様に山の中で訓練するんでしょうけど、山の中って言っても登山客とかいるんじゃないんですか? あと全然関係ないですけど、先輩って彼女いるんですかー?背、中学生にして結構大きいですよね? 百七十ちょっとあるんですかー? もしかして結構モテたりしますかー?」
始発のガラガラの車内だからなのか、巴は遠慮なく矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。
「……土日はいつも市街の山の中で訓練をしているから、今日はそこに行く。あんまり人気の無い山だから、登山客も多分大丈夫だと思う」
俺は彼女がどうこうの話題をスルーして、巴の質問に答えた。
ちなみに普段は電車代を節約のために変身して、人目につかないように物陰に隠れながら移動している。
「ふむふむ、なるほど。で? 彼女は?」
「…………」
しつこく訊いてくるが、無視。
どう答えてもからかうのは目に見えてる。
「勇輝はね~。変身後はモテるんだけど、変身前は頑固で真面目すぎだからあんまりモテないんだよ~。あ、でも幼馴染の~……」
「って、おい!」
せっかくスルーしたのに……ヒカリのやつ!
わざわざ姿を現して、俺の代わりに勝手にペラペラ喋りやがって……。
大体……幼馴染の、何だよ。
「変身前はやっぱりモテないんですか。顔をともかく、女の子との会話するの苦手そうですもんね。すぐ顔赤くするし」
「ぐっ……」
ムカつくけど……ほんとの事だから言い返せない。
「ところで今日の特訓ですけど、夕方ぐらいまでやるんですか?」
もう俺をからかうのには飽きたのか、巴が窓の景色をぼんやりと見ながら訊いてきた。
あれ? 言ってなかったかな……。
「いや、夜まで──というか泊まり込みだな。まずはいつも使っている山小屋に荷物を置きに行って、それから」
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
今日と
「泊まり……なんですか?」
「……? ああ、そうだけど?」
それが一体、どうしたんだろう?
驚かれた理由がわからなくて困惑していると、巴の妖精のアルがいきなり現れて、俺を怒鳴りつけてきた。
「おい、貴様! こんな山奥で泊まり込みで巴に何をするつもりだ! そもそも、泊まりになるのを事前に言わない! 寝込みを襲うつもりか!?」
「ええ!?」
まさか、一緒に泊まる事になると勘違いされてるのか!?
俺は誤解を解くために、慌てて説明を補足した。
「いやいや、巴は夜になったら帰っていいんだよ!? 親御さんだって心配するだろ」
「……私の親は心配なんてしませんよ」
……なんだろう?
親の話題を出した途端、巴はさっきまでニコニコとしていたのが嘘のように、不機嫌な顔になってしまった。
「……それより」
巴は少し大きめの声で、露骨に話題を変えた。
訊かれたくない話題だったんだろうか……?
「もしかして毎週泊まり込みで訓練をしてるんですか? 先輩の方こそ親御さんは何も言わないんですか?」
「ん? ああ。どうしてもやりたい事が出来たから、土日は外泊させてくれって言ってある。学校の成績を落とさない事を条件に親父は了承してくれたよ」
「先輩のお義父さん、いくらなんでも放任主義すぎでしょそれ……」
失礼な。それだけ親父からの信頼が厚いのだと理解してほしい。
まあ……巴の言う通り、どうでもいいから放任しているだけかもしれないけど。
というかドサクサに紛れて「お義父さん」とか言うな。
「平日は学校もあるし、夕方からは魔獣探索や退治があって訓練は早朝と寝る前ぐらいしか出来ないからな。だからこうして土日に集中して特訓するんだ。もちろん夜は魔獣退治にも行くけど、終わったらまたここに戻ってきてそのまま泊まる。効率的だろ?」
「いや効率的って……。平日も……早朝から訓練、ですか?」
巴はなんだか引き気味だ。
気味の悪いものを見るような目で、俺を見つめている。
「なんだよ……。別に珍しい事じゃないだろ? そもそも魔法少女は人の生死がかかってるんだ。生き残るためにこれぐらいの努力をする奴は珍しくないと思うけど」
「あー……まあ、魔法少女の活動に全てをかけてるみたいなタイプの子はいるにはいますけど……」
「だろ? それに俺は見ての通り男だから仲間も作りづらいし、一人でもある程度戦えるように最低限の努力はしないと」
「最低限……ですか」
なぜだだろう……。
俺が説明すればするほど、巴のテンションがみるみる下がっているような気がする。
他人が一日ずっと特訓してる所なんて見てても退屈だろうし、しかも場所が山の中だ。
その事に今更ながら気付いて、密着取材を申し込んだ事を後悔し始めてるのかもしれない。
《絶対、違うと思うけどね~……》
□□□
電車が目的の駅に到着した。
下車した俺達はまず、近くのコンビニと巴が泊まるための食料と……下着などを購入した。
一旦、帰っていいと言ったのに。どうやら巴は一緒に山の中に泊まり込むつもりらしい。
「じゃなきゃ密着取材じゃないでしょ?」
いつの間にか機嫌が直った巴は、平然とそんな事を言う。
だが、それも三十分程歩き、目的の山に到着した頃には……
「……まだ歩くんですか?」
もうヘトヘトになっていた。
……急に荷物が増えたとはいえ、体力が無さすぎだ。
まあ、それでも優愛ちゃんよりは遥かに体力はあるけど。
「大丈夫か? 山小屋まではあと一時間ぐらいあるけど……」
「ええ〜……そんなぁ……」
うんざりしたような声を漏らす巴。
だが、ぐちぐちと文句を言いながらも、俺の後ろをどうにか引っ付いて歩いている。
《お! 巴ちゃん、魔力を使ってるね~》
後ろを巴を俺を通して見たヒカリが、感心したように呟いた。
「ふむ……」
たしかによく観察してみると、巴は身体から魔力を発しながら歩いていた。
おそらくあれが、体力の無い様子の巴が、今もこうして俺に着いていけている理由だ。
巴は今、身体能力を強化する魔法を使っているのだろう。それも生身で。
あの魔法を変身せずに出来るということは、魔力の扱いを熟知しているという証拠でもある。
いつもふざけた態度を取っているけど、魔法少女としてはなかなかやるということか。
「もう……無理……」
元々の体力が無さすぎて、魔法を使っても辛そうではあるけど……。
────そうして歩き続けて一時間程が経った頃。
ようやく、目的地の山小屋が視界の奥に見え始めた。
「ほら、あれが俺達が泊まる山小屋だ」
「ええ~……」
俺が山小屋を指差すと、巴がまた不満そうに声を漏らした。
「あの……山小屋って、有人のと無人の避難小屋があると思うんですけど……」
「当然、無人の避難小屋の方だ。正体を隠してるんだから、人がいる場所で訓練するわけないだろ?」
「ですよねー……。ところで先輩。避難小屋って基本的にその名の通り雨風を凌ぐために一時的に避難する場所であって、宿泊する場所じゃないんですよ? 分かってます?」
「ああ、もちろんわかってる。シュラフはちゃんと用意してある。一人分だけど、一応用意してあるだけで俺は元々使ってない。巴が使ってくれていいよ」
俺がそう答えると、巴は「そういう事じゃないんですよー……」とつぶやきながらガックリとうなだれてしまった。
よっぽど山小屋で泊まるのが嫌なようだ。
「だから夜は帰っていいって。大体、嫌だろ? 男と二人で寝泊まりなんて……」
「たしかに夜の森で、野獣と化した先輩に襲われないか心配ですねー……」
「だったら……」
「いや! でも泊まりますよ私も! 密着取材ですから!」
巴はそう言うと顔を上げ、俺に両手を顔の前で握ってガッツポーズを作った。。
どうやら本気で俺の訓練を最後まで取材するつもりのようだ。
「よし、そこまで言うなら俺もこれ以上は何も言わない。最後まで俺の訓練にしっかりついてこいよ、巴!」
「はい、頑張ってください先輩! しっかり、見させてもらいますからね!」
「ああ! 行くぞ!」
「はい!」
こうして俺達は、最後はなんだか妙なテンションになりつつ訓練を開始した。
そして同時に、巴の『ステラ密着取材』もとうとうスタートするのだった。
□□□
「じゃあ、山小屋でジャージに着替えて、準備運動をしてから訓練開始だ!」
「……ええー!? もう、この時点でだいぶ運動したと思うんですけど!? わ、私はやらなくていいですよね? 見てるだけですし?」
「何を言ってるんだ? これからまだ三十分以上歩くんだぞ? この先はひと目を避けてより険しい道を進むから、やらないと足をくじくぞ?」
「そんな!? まだ歩くんですか!? もう……やだぁ!」
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