第十三話 夜明けの魔法少女

「よかった……」


 どうやら私とノクスが睨み合っている間に、ローズとコスモスは仲直りすることが出来たようだ。

 しかもその影響か、今の二人は強い意思が魔力へと変換され、全身に漲っている。


 もうローズとコスモスは、ノクスが言うような弱い魔法少女なんかじゃない。

 立派な一人前の魔法少女だ。


「…………」


 けれど、ノクスが二人に向ける視線は、相変わらず冷ややかなままだった。

 眉一つ動かさず、カードホルダーへと手を伸ばしていく。

 新たな魔獣を召喚するつもりだ。


「想いの強さ──たしかに、魔力は魔法少女の情報エネルギーを変換して生みだされるモノ。影響は大いにある。けど、所詮はたった二人分の強さ。そんな程度では私には勝てない」


 ノクスはそう断言しながら、カードホルダーから魔獣カードを取り出した。

 その数はなんと──四枚・・


《嘘!?》

「まさか……!」


 一度に四体の魔獣を召喚するつもりか!?

 驚愕する私とヒカリをよそに、ノクスは魔法杖『オーヴァム・ロッド』にカードを全て挿入していく。


 そして──……


「……くっ!」


 ノクスの杖の先端の結晶から光が放たれ、魔獣が一斉に召喚されてしまった。


「さあ、現れなさい」


 現れた魔獣は四体──イフリート、スプリガン、ヒポグリフ、ワイバーン。


 先に召喚されていたケルベロスを含めて、ノクスは一度に五体もの魔獣を使役している。

 しかも、余力を充分に残したまま……。


「魔獣カードは封印された魔獣の魔力を内包している。そして、使用していない魔獣カードは私の魔力源にもなる。これがどういうことか、わかる?」

「……つまり、五体もの魔獣を召喚しても尚、まだ余力を残している君の魔力総量と魔獣のカードの枚数は……」


 戦慄するしかなかった。


 なにせ私が同時に使役出来る魔獣の数は、三体が限度だ。

 つまり、こと魔獣カードの枚数と魔力総量においてノクスは……私よりも圧倒的に強いということになる。

 

「理解した? いくらあなた達が強くなろうとしても、使えるギフトは一つだけだし、魔力総量にも個人の限界がある。けど、私は封印した魔獣の数だけ魔力も使えるギフトの数も増えていく。私に限界はない。そしてステラ……同じギフトを持つあなたも」

「私も……?」


 私が聞き返すと、ノクスはほんの少し表情を和らげ、


「ステラ、あなたも私と共に来ない? 同じギフトを持つあなたなら、私と共に戦うのを許してあげてもいい」


 こちらに手を差し伸べながら、そんな事を言いだした。


「なんだって……?」

「私と共に来なさい、ステラ。魔獣からこの世界を救えるのは、『始まりの魔法少女』と同じギフトを持つ私達二人だけなの」

「始まりの魔法少女……?」


 ……一体、誰の事だ?

 ノクスが一人で戦おうとする理由と、その魔法少女がなにか関係しているのか?

 分からない──けど、私の答えはもう決まっている。


「断る! そもそも、どうして他の魔法少女とは一緒に戦わないんだ? なぜ力を奪うような真似をする?」


 私が逆に質問をすると、ノクスは和らげていた表情をまた固くしてしまう。

 そして、なぜかローズとコスモスを睨みつけながら、質問に答え始めた。 


「……元々、魔法少女の力は『始まりの魔法少女』一人だけのモノだった。けど、彼女が自分を犠牲にして魔獣から世界を救った時に、魔法少女の力は世界中に拡散していった。そして生まれたのがあなた達、紛い物の魔法少女」

「紛い物……」


 あまりにも突拍子もない話だ。

 ノクスの言っている事が本当かどうか分からない。

 だけど、仮に本当だとしても、他の魔法少女を襲って力を奪おうだなんて……。

 

「だから始まりの魔法少女の後継者である私が、あなた達から力の欠片を返してもらうのは当然の事。それに私はあなた達の弱さが許せない。あなた達のような魔法少女が……」

「……ん?」


 ……聞き間違いか?

 今、ノクスがあなた達のような『可愛い魔法少女』が、と言ったような……?


「……んんっ!」


 訝しむ私の視線を感じたのか、ノクスは誤魔化すように軽く咳払いをした。

 そして、何事も無かったかのように、済まし顔でノクスは言い直し始める。


「あなた達のようなか弱い・・・魔法少女が私は許せない。あなた達は自分の弱さが回りにどんな不幸をもたらすのかが分かっていない」

「…………」


 ……なんだ。言い間違いか。

 とりあえず、そういう事にしておこう。

 私も気を取り直して、話も続ける。


「……だから強い君が、一人でこの世界の魔獣を倒すと? それは傲慢だよ。魔獣の数は増えつつあるんだ。君は自分の強さには限界が無いと言ったけれど、世界中のあちこちで発生する魔獣を君一人で全部倒すなんて無理だ。それは君もよくわかってるだろ?」

「……魔法少女はみんなが私やあなたのように強いわけじゃない。力が足りず、魔獣に破れ散っていく魔法少女もいるはず。ステラ、あなたはそんな魔法少女の事はどう思ってるの?」

「それは……」


 ノクスは私の返事を待たず、徐々に声を荒げながら捲し立てる。


「魔獣と戦う使命を持つ魔法少女だから人々を守り、命を散らすのは仕方のない事だとでも言うの? 魔法少女だって人間なのに!たまたま妖精なんかに選ばれたからみんなの代わりに戦って死ねと言うの!?」

「ノクス……」

 

 驚いた……冷徹な印象があったあのノクスがまさか、魔法少女について語りだした途端、こんなにも怒りを顕にするだなんて……。

 

 たしかに、弱い魔法少女は魔獣に負けて犠牲になってしまう──という彼女の主張は一理ある。

 だけど、それは論点のすり替えだ。世界中に存在する魔獣を相手に、ノクス一人ではどうにもならないという事の答えにはならない。

 あるいは……ノクス自身もその事を分かった上で、それでも他の魔法少女が犠牲になるのが許せないのかもしれない。


「ノクス、君は────」


 もしかして、彼女は弱い魔法少女を憎んでいるんじゃなくて、そんな弱い魔法少女達が戦わされる今の現実そのものを憎んでいる……のか?


 私はそう問いかけようとしたが、ノクスに拒絶するように言葉を被せられてしまう。


「……誰にも理解して貰おうなんて思っていない。私は私が正しいと思う事をするだけ。ローズとコスモスの魔法少女の力は私が貰う。ステラ、私が間違っていると言うなら力づくで止めて見るといい。出来るものなら……」


 ノクスは言い終えると、ローズとコスモスを再び睨みつけた。

 強い怒りと憎しみが籠もった視線だ。


「……フン。随分とまあ好き勝手言ってくれたわね、アンタ!」


 だけど、今のローズとコスモスはそんなノクスの視線にも動じることなかった。

 二人は逆に強い決意と覚悟を籠めた目で、ノクスを睨み返している。


「私達が弱いと言うのなら、今この場で私達二人の強さを証明して見せます!」

「コスモス! アンタ言うようになったじゃない! ええ、その通り! アタシらの強さを見せてやろうじゃないの!」


 そして、二人はノクスにそう力強く宣言し、互いの手を固く握り合った。


「ローズ、コスモス……」


 私にはそんな今の二人が、最初に会った時と同じぐらい……いや、前にも増して強く結びついてるように見えた。


「ステラさん!魔獣は私達が相手をします!」

「ステラさんは先に行ってノクスをぶっ飛ばしてやってください!」

「……ああ、任せたよローズ! コスモス!」


 私は二人を頼もしく思いながら頷き、オーヴァム・ロッドと魔獣カードを取り出し、新たな魔獣を召喚した。


「来い! 『ハーピィ』!」

 

 よし、これで私達は魔法少女が三人と魔獣三体。

 五体の魔獣を従えるノクスと数の上では互角──後は二人を信じて任せるだけだ。


「はい! ステラさん! 行くよコスモス!」

「うん! ローズ!」


 ローズとコスモス、そして私の魔獣達が、ノクスの召喚した魔獣達の元へと突っ込んでいく。


「ノクス!」


 私は二人と魔獣達に背を向けて走り出し、ノクスの名前を叫んだ。


「……ステラ!」


 ノクスもまた私の名前を叫びながら、こちらに向かって突っ込んでくる。

 私達は互いに接近し合い、オーヴァム・ロッドを剣へと変化させ、ぶつけ合う。


「……くっ!」


 ぶつけ合った瞬間──剣を持つ手に凄まじい衝撃が走った。

 やはり、魔力では私を圧倒的に上回っているノクスの剣は重く、私の剣が砕かれてしまいそうな程だった。

 重量ではなく、剣に込められた魔力量が違いすぎる。


「それなら!」


 私は一撃の重さではなく、手数の多さで攻める事にした。

 剣をなるべくぶつけ合わず、かわしながら素早く剣を振るい、ノクスを攻撃する。


「小細工を……!」


 どうやら接近戦の技量では、私に僅かに軍杯が上がるようだ。

 ノクスは次第に私の剣を捌ききれなくなり、額には汗が滲み始めていた。


「……チッ!」


 このままでは埒が明かないと判断したのか、ノクスは全身から魔力を放出し、私から大きく距離を取った。

 と同時に、剣を弓の形に変化させ、魔力を籠めた矢で私を狙っている。


 おそらく、遠距離から膨大な魔力量で私を一方的に攻撃するつもりだ。


「させるか!」


 私は体に魔力を流し、全身を光の膜で覆う。

 これは身体強化の魔法の発展形──魔力を全身に纏って、自身を一条の光の矢とイメージする魔法だ。

 この魔法なら、一瞬でノクスの元へと距離を詰める事が出来る。

 魔力の消耗が激しく、全身を覆う光を維持出来るのはほんの一瞬だが、それで十分。


 光に覆われた私は一条の矢となってその場から飛び出し、ノクスの弓から魔法の矢が放たれるより前に、一瞬で距離を詰める。


「なっ!?」


 攻撃をするよりも前に追いつかれるとは予想していなかったのか、ノクスは驚愕し、弓を構えたまま一瞬、固まった。

 おかげで隙だらけだ──私はノクスに向かって、剣を振り下ろした。


「……チッ!」

 

 ノクスは不愉快そうに舌打ちをして、魔力を貯まり始めていた矢を捨てた。

 そして、弓を剣へと戻し、私の剣をどうにか受け止める。


「────っ」


 そのまま鍔迫り合いになる私達。

 けれど、ノクスの表情にはもう余裕が無くなっている。

 魔獣を五体も召喚し、剣にあんなに大量の魔力を籠めていたのだから、それも当然だ。


「君はたしかに私より強いかもしれない。けど、今この状況に置いては君は私に勝ち目はない。私は一人じゃないからだ。ほら、あっちでも勝負がつきつつあるようだよ」


 私が剣を押し込めながらそう指摘すると、ノクスは忌々しそうに顔を僅かに動かし、視線を背後へと向ける。


「くっ……!」


 ノクスの視線の先──そこでは、ローズとコスモスが幻惑のギフトで五体の魔獣を翻弄していた。


「ほらほら、こっちよ!」

「……こっちですよー!」


 二人のコンビネーションは絶妙で、本能のままに暴れるしかない魔獣では幻惑のギフトを振り切る事はかなわない。

 ノクスの魔獣達は二人の『幻惑』のギフトに翻弄され、私が召喚した三体の魔獣達によって次々に倒されていく。


 一体、さらにもう一体と倒され──そして、ついには全滅した。


「やったわねコスモス!」

「うん! やったねローズ!」

「……っ」


 ノクスの剣を持つ手が、怒りに震え出した。 

 自分の魔獣達を倒して喜ぶローズとコスモスを、ノクスは忌々しそうな顔で睨みつけていた。

 だが、ノクスはすぐに冷静さを取り戻し、魔力を放出して跳躍する。


 そして、私から距離を取り、新たな魔獣カードを取り出した。


「あれは……!」


 たしか空間転移の力を持つ魔獣のカード── 逃げる気だ!


「待て! ノクス!」


 私は急いで距離を詰めようと走り出すが、間に合わない。

 ノクスの方が一瞬早く、空間転移の魔獣の力を開放し、空中に『孔』を出現させてしまう。


 ノクスは私を睨みつけたまま、じりじりと孔の方へと後退していく。

 

「……今回は引いておいてあげる。だけど……ステラ。きっとあなたは今日の事を後悔する。私の言うことを聞いておけば良かった、とね」

「ノクス、君は……」

「……それが嫌なら、せいぜい強くなりなさい。次はこうはいかないから。……また会いましょう、ステラ」


 そして、ノクスはそんな捨て台詞は残し、孔の中に消えてしまった。

 孔もすぐに空中から消えて、後には静寂だけが残された。


「ノクス……」


 今日の事を後悔する……か。

 たしかにノクスの言う通り、魔法少女の中には魔獣に苦戦し、傷つく子もいるかもしれない。

 力を奪い、危険な戦いからは遠ざけるべき方が、魔法少女とその家族にとっては良いのかもしれない。


 けれど……


「ステラさん!」


 私の名前を呼び、微笑むローズとコスモス。


 あの二人も自分の弱さに傷付き、一度は挫折した。

 けど二人はその弱さと向き合い、そして互いに支え合いながら、再び立ち上がった。 


 そんな二人を見ていたからこそ、私はノクスの考えが間違っているとハッキリ言える。

 

 魔法少女には、たとえ傷ついても再び立ち上がり、そして強くなれる心の強さがあるのだと。


 私は今なら、そう信じられる。

 信じたいと……思った。


「あ、見てみて~」


 ヒカリが実体化して声を上げ、遠くの山を指差した。

 私はその方角に視線を向け、差し込んできた光の眩しさに目を細めた。

 

「夜明けか……」


 山の端から顔を覗かせる朝日が、森と私達を明るく照らし出していく。

 私はその朝日を見て、ようやく夜が明けた事を──ノクスとの戦いが終わった事を実感するのだった。

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