第十二話 二人の魔法少女

「アンタは……!」


 マジカル・ノクス──アタシと凛々花を襲った、黒い魔法少女!

 どうしてこいつがこの場所に……!


「くっ……!」


 アタシは慌ててノクスから飛び退いて、魔宝石『オーヴァム・ストーン』を輝かせて、マジカル・ローズへと変身する。


 余裕のつもりなのか、ノクスはアタシが変身するまで待ってから、腰のカードホルダーから二枚のカードを取り出し、魔法の杖『オーヴァム・ロッド』に挿入していく。


「おいで……『ケルベロス』『ミノタウロス』」


 そしてノクスが魔獣の名前を呟いた瞬間、奴のオーヴァム・ロッドが光り輝いた。

 光はアタシに向かって降り注ぎ、二体の魔獣が目の前に姿を現した。


「こいつらは……!」


 あの日、コスモスと二人がかりでようやく倒した魔獣『ミノタウロス』。

 そして、そのミノタウロスと同じか、それ以上に強い魔獣『ケルベロス』。


 ノクスが召喚した二体の魔獣が今、唸り声を上げてアタシを威嚇している。


「────っ!」


 二体の魔獣の迫力に気圧されて、アタシは思わず後ずさる。

 逃げないと──そう思ったけど、二体の魔獣はアタシの左右にさっと回り込んで、逃げ道を塞いでしまう。


《ローズ……ヤバイぜ、この状況……》


 ルビーが不安そうな声で、アタシに言う。


《言われなくても分かってるわよ! そんな事!》


 ミノタウロスとケルベロスはとても強力な魔獣だ。

 その二体を従えているノクスの魔力の総量だって、どのぐらいあるのか想像も出来ない。


 多分、一人じゃ勝てない────


「くっ……この!」


 怖くて体が震える

 ノクスはそんなアタシを見てニヤリと笑いながら、ゆっくりとこっちに向かって歩き出す。


「あなたとコスモス、どちらかがステラと離れて行動するのを待っていた。それも人気のない場所とは好都合……」

「ふ、ふん! ステラさんが怖いからこそこそとチャンスを伺ってたってわけ? あの時も不意打ちだったし卑怯な奴ねアンタ!」


 アタシは負け惜しみを言いながら、じりじりと後ろに下がる。

 そして、ノクスに気づかれないように、アタシもこっそりとオーヴァム・ロッドを生成した。


「…………」


 余裕ぶっているノクスは、アタシが魔法杖オーヴァム・ロッドを隠し持っている事にも気づかない。

 平然と歩いてくる。

 

「これでも……くらえ!」


 アタシはノクスが充分に接近したのを見計らい、オーヴァム・ロッドを振りかざし、『幻惑』を見せる薔薇の花弁を吹き付けてやった。


「ふん……」


 ノクスは馬鹿にしたように鼻を鳴らしながら、花弁を振り払おうと手を左右に動かした。

 そして、ヤツの手が花弁に触れ、その瞬間──アタシの『幻惑』のギフトが発動した。


「……やった!」


 これでもうアイツはアタシを認識できない! 


 一人分の『幻惑』じゃそう長くは持たないけど、一瞬だけ目を眩ませる事が出来れば十分。

 この隙に逃げてやる!


 だけど、アタシがノクスに背を向けて走り出した瞬間、


「逃がさない……ミノタウロス!」


 ノクスの命令を受けたミノタウロスが、地面を思い切り殴つけた。


「なっ……!?」


 足元がぐらっと大きく揺れ、地面から石の壁のようなものがいきなり現れた。

 そして、壁はアタシとノクスの四方をあっというまに取り囲み、逃げ道を塞いでしまう。


《ローズ! これってあの結界の……》

「あ!」


 ルビーに言われて、ようやく気が付いた。

 この壁はミノタウロスの魔獣結界で見た迷宮の壁だ!


「アンタ……魔獣の能力を!」

「そう、私の魔獣は元々持っていた能力をそのままに召喚される。魔獣結界にいた時ほどの力はないけど、これで十分。この山は迷宮と化した。もうあなたは逃げられない」


 ノクスは淡々とした口調でアタシにそう告げると、また新たなカードを取り出した。

 そして、オーヴァム・ロッドにそのカードを挿入しながら、まっすぐ向かってくる。


「────え?」 


 そう、


 ノクスは『幻惑』のギフトに囚われているはずなのに。

 なぜか、何の迷いもなくアタシの方に向かって歩いて来ている。


 ────まさか、『幻惑』のギフトが効いてない!?


「嘘、そんなはず……」


 そうだ……そんなはずない!

 ノクスはただ適当に真っ直ぐ歩いているだけで、目の前のアタシが見えているわけじゃないはずだ!


 そう自分に言い聞かせながら、アタシはゆっくりとノクスの脇を通り抜ける。

 ノクスはアタシに気づきもしなかった。

 

 心底ほっとした。

 なんだ……やっぱりアタシの事は見えてない。


 安心したら、どうせ壁のせいで逃げられないんだから、逆に今度はこっちから攻撃してやろうという気になった。


 アタシはノクスの背後に回り、杖を思い切り振りかぶった。

 だけど、その時だった。


《ローズ!》


 突然、念話でルビーがアタシの名前を叫んだ。

 まさか──アタシはルビーの叫び声に嫌な予感がしながら、急いで背後を振り返る。


「嘘!?」


 すると、そこにはノクスと一緒に幻惑の中にいるはずのミノタウロスが、


「────捕まえた」

「なっ!?」


 油断していたせいで、アタシは何も出来なかった。

 ミノタウロスの巨大な両手にアタシはがしっと掴まれてしまう。


「あ、あああぁ!」


 痛い!

 ミノタウロスの締め上げられて、体に痛みが走った。

 でも、どうして……どうしてアタシの姿が!?


 疑問が顔に出ていたのか、ノクスがとあるカードを取り出して、アタシに見せてきた。


「答えはこれ」


 そのカードは魔獣カードとはデザインが少し違っていて、杖を持った少女の絵が描かれていた。


 少女……人……。

 それにアタシの力を奪うって……。


「まさか、それ……」

「そう。あなたの幻惑を見破ったのは『マジカル・ファクトゥム』のギフト『真眼』の力。あなたが『幻惑』のギフトでいくら幻を見せようと、このギフトの前では真実を隠すことは出来ない」

「……っ! アンタ……他の魔法少女の力を!」

「最初に言ったはず。あなたの魔法少女の力を奪いに来た、と」

「ふざけ……うっ!」


 アタシはミノタウロスの手を振りほどこうと、必死にもがいた。

 けれど、ミノタウロスの怪力の前では無力だった。

 巨大な両手はアタシをがっちりと拘束していて、びくともしない。


「弱い──『幻惑』のギフトを破られれば、もう手も足も出ない。所詮、それがあなたの限界」

「あああ……っ!」


 ミノタウロスの締め上げる力が増して、アタシの身体にさらに痛みが走った。


 痛い! ものすごく痛い。

 アタシを馬鹿にするノクスに、怒る気持ちも気持ちも湧いてこないぐらい痛い!


「弱いからこんな苦しい目に遭う。弱いという事はそれだけで罪」

「うぅ……う……ぁ」


 情けなく泣きわめくアタシを、ノクスはさらに容赦なくなじり続ける。

 口調は淡々としているけど、ノクスの目はものすごく怒っていて……アタシはどうしようもなく怖かった。


 痛みと悔しさ、それに恐怖で涙が溢れて、視界が滲んでいく……。


「あなたのような弱い魔法少女は、いずれ強い魔獣と戦って死ぬ。だからこうして死ぬ前に私がその力を奪ってあげる」


 ノクスはそんな勝手な事を言い終えると、真っ白なカードを取り出した。

 あれはたしか──ミノタウロスの魔獣を封印した時のカードだったはず。


「ま……さか……」


 さあっと血の気が引いた。

 ノクスはあのカードでアタシの力を────


「ぃ……やだぁ……! やめ……て! 」


 次に自分が何をされるか悟って、アタシはみっともなく泣き喚いた。

 ノクスはそんなアタシを今度は冷ややかな目で見つめている。


 そして……


「…………さよなら」


 容赦なく、ノクスは白いカードが投げ放った。

 白いカードはくるくると回りながら、アタシに向かって飛んでくる。


「ひっ!」


 もう駄目──アタシは怖くて目を瞑った。

 だけど、その直後。


「────させない! 魔力障壁バリア!」


 誰かの声がして、何かが弾けるような音がした。


「え?」


 助かった? 驚いて目を開けると、白いカードは花びらのような魔力障壁バリアに弾かれて、消滅していた。

 

 周囲には薄紫色の花弁が舞い散っていて、そこに────


「遅くなって、ごめんね!」


 コスモス優愛が、アタシの前に降り立った。


「やっぱりこの山にいた……。いつも訓練に使っている場所に」

「コスモス……」

「今度はちゃんと守れたよね? ローズ!」


 コスモスが微笑みながら、アタシに言った。


 けど、今度はちゃんと守れた?

 コスモスの言っていることの意味が分からない。

 だって……あの時、守られたのはアタシの方だったのに……。


「ローズから離れてもらうよ!」


 また別の誰かの声が聞こえきた。

 今度は沙希スタラさんの声で、ミノタウロスの頭上で大剣を構えていた。


「────オオオォ!!」

「きゃあっ!」


 ミノタウロスは雄叫びを上げながらアタシを放り出し、背後を振り返る・

 けど、もう遅い──ステラさんは一瞬早く大剣を振り下ろし、ミノタウロスの体を真っ二つに両断した。


「すごい……」


 ミノタウロスは断末魔の悲鳴をあげる暇もなく、光の粒子を血のように流して、消滅した。


 不意を突いたとはいえ、アタシとコスモスが二人がかりでどうにか倒したあのミノタウロスを、ステラさんは瞬殺してしまった。

 それに剣のことはよくわらかないけど、素人の私が見ても惚れ惚れとする太刀筋だった。


「よく一人で頑張ったね。ローズ」

 

 ステラさんは倒れたアタシを抱き起こし、微笑んだ。

 ついさっきまで複雑な気持ちでいたことも忘れるぐらい、眩しい笑顔だった。


「ステラさん……」


 うぅ……なんだか頬が熱い。胸もドキドキする。


 やっぱりステラさんは強く格好良かった。

 アタシをお姫様抱っこする今のステラさんは、まるで王子様みたいだ。


「ステラ……!」


 ノクスが憎たらしそうに、ステラさんの名前をつぶやいた。 

 奴の目はアタシはもちろん、自分のカードを弾いたコスモスさえ眼中にない。

 ただ真っ直ぐにステラさんだけを睨みつけている。


「ステラさんだけじゃありません! ここには私と、そしてローズがいます!」


 そんなノクスに向かって、コスモスが力強く啖呵を切った。


「コスモス……」


 あの目──アタシにマギキュアが好きだと言い切った、あの時と同じだ。

 誰に何を言われても曲げない、強い意思を持った目だった。


 昔と変わらず駄目なままの、情けないアタシとは大違いだ……。


「…………」


 思い返すと、いつもそうだった……。

 肝心な時はいつも本当は優愛の方が強い。

 アタシは昔から嘘つきで、臆病者で……そして────


「弱い魔法少女に用はない。必要なのはあなた達が持っているギフトだけ」


 弱い……そうだ。

 ノクスの言う通り、アタシは弱い。

 親友に、自分の思っていることを打ち明ける勇気すらないぐらいに。


「そんなことはさせない」

 

 ステラさんはアタシを地面に下ろすと、二枚の魔獣カードを取り出した。

 そして、オーヴァム・ロッドにその二枚を挿入して、魔獣『ヘルハウンド』と『ジャックフロスト』を召喚した。


「二人に手は出させない!」


 ステラさんはアタシ達をかばうように前に出て、召喚した二体の魔獣をノクスの魔獣と対峙させた。


 そして、合計四体の魔獣達は睨み合い、場が硬直する。


「ローズ!」


 その隙に、コスモスがアタシの元に駆けつけてきた。

 そして申し訳なさそうな顔でアタシに話しかけてくる。


「今日はごめんね。見てたんだよね? 私とステラさんの特訓……」

「それは────」


 まさか二人の特訓を見ていたのが、コスモスにバレていたなんて……。

 アタシは恥ずかしくて、何も言えなくなった。


「…………」


 コスモスも一瞬、黙り込む。

 けど、すぐにアタシに向き直ると、


「あのね、正直に言うとね……私って凛々花ちゃんにとって、大勢いる友だちの一人にすぎないんじゃないかなってずっと不安だったの」


 そんな内心をいきなり、ぶちまけてきた。


「え?」


 驚いた。

 てっきり、沙希さんと二人だけで特訓していた事の言い訳を聞かされると思っていたのに……。


「なにそれ……」


 アタシが優愛を大勢いる友達の一人でしかないと思っている?

 意味がわからない……。


 困惑するアタシに、コスモスは困ったような笑顔を浮かべながら話を続ける。

 

「だからね、ステラさんと一緒に戦うって言い出した時は怖かったよ。『優愛は弱いからもういらない』って言われるんじゃないかって……」

「────っ!? そんなこと!言うわけ──」


 ないじゃない──そう言いかけてアタシは、はっと気づいた。

 アタシと同じように、コスモス優愛も自分だけ置いていかれるかもって不安だったんだ、と。


 だから、ステラさんと一緒に訓練して強くなろうとしていたんだ。


 そもそも、最初に何の相談もなくステラさんを誘って、優愛を傷つけたのはアタシの方だ。


 なのに、アタシは自分の事しか考えていなかった……。

 

「うん、言うわけないよね……。分かってた。分かってたのに不安で、私強くならないと捨てられちゃうかもって思って……。それでステラさんに特訓してもらってたんだ……」

「優愛……」


 痛々しい笑顔を浮かべる優愛に、アタシはもう何も言えなかった。

 こんなにも優愛を不安にさせて、傷つけていたなんて……アタシは想像すらしていなかった。

 優愛の苦しみを想像すると、アタシの胸もぎゅっと締め付けるように痛くなっていく。


「馬鹿だよね……。凛々花ちゃんがそんな事するはずないのに。結局、弱かったのは私の心だったんだよ。分かってたのに、私は自分がされて嫌だったことを凛々花ちゃんにしちゃってたんだね……。ごめん、凛々花ちゃん……」

「ちょ……なんでアンタが謝るのよ!」


 謝りながら頭を下げるコスモスを、アタシは慌てて止めた。


「悪いのは最初にアンタに相談もせず、ステラさんを誘った私でしょ!? それに優愛は弱くないし! 私の方がもっと弱いし! アタシこそ……ごめん!」


 アタシはコスモスに謝って、頭を深く下げた。

 すると、急に胸の中のモヤモヤが、すぅっと消えていくような感じがした。

 やっと素直に優愛に謝れたから……なんだろうか?


「優愛……」


 アタシは顔を上げると、コスモスは深く頷きながら、


「凛々花ちゃん……ならさ、弱い者同士強くなろうよ。私は凛々花ちゃんを守れるぐらい強くなりたい。凛々花ちゃんと二人で強くなりたい!」


 本屋で友達になったあの時のように、手を握ってくれた。


「二人で強く……」

 

 そうだ。

 アタシがステラさんに一緒に戦ってくれるように頼んだのは、怖かったからだ。

 アタシの弱さのせいで優愛を失うのが怖くて──それで強いステラさんに守ってもらいたいと思ったんだ。


 けど、ほんとは……アタシが優愛を守りたい。

 強くなって優愛を守ってあげたい。


 それがアタシの本当の願い。

 そして、目の前のコスモス優愛も同じ事を願ってくれている。

 そのことがたまらなく嬉しかった。


 アタシはコスモスに頷き返して、


「分かった……一緒に強くなろう優愛!」


 はっきりと、大きな声でそう宣言した。


「うん……うん! 凛々花ちゃん!」


 コスモス優愛は泣きながら、嬉しそうに何度も頷いた。

 アタシも釣られて涙を流しながら、コスモスを抱きしめた。


 そうだ……悩む事なんて最初から無かった。

 アタシと優愛、二人の気持ちは最初から一つだったんだ。

 それなら──もう何も怖くない。


 優愛と一緒ならどんな敵だって怖くない!


「……よし!」


 アタシは涙を拭って、顔を手でおもいきり叩いた。

 そして立ち上がり、今度は怯えずにノクスの顔をコスモスと一緒に睨みつける。


「もう怖くない!」


 アタシは……アタシ達は負けない!


 同じ願いで戦うアタシ達二人の心の輝きが、一人で戦うノクスなんかに負ける筈がないんだから!

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