第十一話 すれ違う魔法少女

 ────優愛と出会ったのは二年前。

 アタシ達がまだ小学五年生のときのことだった。


「は、はじめまして……茅野優愛……です。お父さんのお仕事の都合で転校してきました……あの……よろしくお願いします……」


 教室の中で、みんなに見られておどおどとしながら、とても小さな声で自己紹介をする優愛。


 第一印象は、大人しくて静かな子──悪く言うと暗くて地味な子だった。


 実際、人と話す時はいつも下を向いておどおどとしているし、喋る声も小さい。

 全体的になんだか暗い雰囲気があって、一緒にいても楽しくなさそうな……そんな子だった。


 しかも、優愛は人に話をあわせる事が出来なかった。


 アイドルグループ、バンド、服の話、ネットの話題──アタシ達ぐらいの年頃の女の子なら、誰でも知っている話題を知らない。


 知らないだけじゃなくて、優愛は興味も持とうとしない。


「ねえねえ! 茅野さんって俳優は誰が好き? 好きなバンドは?」

「えっと……ごめんね。私、あんまりテレビとか見ないしバンドも詳しくないの。あ! でも、クラッシックはたまに聞くよ?」

「そ、そう……。じゃあ、ネットで話題の────」

「ごめん、それもあまり……」

「ネットも!? ……えっと、そうだ! その服いいよね! どこで買ったの?」

「ごめん、お母さんが買ってきた服だから、分からない……」

「そっか……」


 ────たとえ本当は興味が無い話題でも、周りに合わせて興味のあるフリをしないと輪の中に入れない。

 そんな単純な事すらも優愛は知らなかった。

 いや、もしかしたら知っていて輪の中に入る事に興味がないのかもしれない。

 

「ねえ、もう行こう……」

「茅野さんって、なんか……ねえ?」


 ともかくそんな調子だから、みんなは優愛の事を無視するようになった。


 優愛を気にするのは、もうアタシだけだった。

 それも心配して見ていたんじゃなくて、孤立する優愛を内心小馬鹿にしながら見ていただけ。


「ふん……馬鹿なヤツ」


 きっとそのうち心細くなって、学校にも来なくなるんだろうな。

 いや、その前に誰かにいじめられるかも──なんて酷い想像を私はしていた。


 だけど……意外に優愛はタフだった。

 

 友達がいない子は普通、休み時間は寝たふりをするとか、教室の外へ行くとかして時間を潰す。

 休み時間に教室で一人でいると周りの目が気になるし、馬鹿な男子にからかわれたり、女子に馬鹿にされたりするからだ。


 けれど、優愛の奴は違う。


 休み時間になっても教室を出ていかずに、何かの本を読んでいた。

 女子に陰口を叩かれても、男子にからかわれても、平気そうな顔で。

 例外は本を馬鹿な男子に取られた時だけ──そういう時だけ、優愛は先生を呼んできて、男子に取られた本を返させた。


 先生に告げ口をするなんて、普通はなんとなく恥ずかしくて誰もしないのに。

 

「ちくりが……」


 からかっても面白くないし、すぐに先生を呼ぶから面倒なだけ──みんなにそう思われた優愛は、とうとう完全に無視されるようになった。

 

 まるで空気みたいに。

 優愛のことなんて誰も見ないし、相手にもしない。


 それなのにアイツは……やっぱり平気そうな顔で本を読んでいた。


「何よアイツ……」


 周りの目が気にならないの?

 意外と神経が図太いのか、それともただの馬鹿?


 みんなと同じように無視すればいいのに。

 アタシはなぜか優愛が気になって気になって、しょうがなかった。

 教室に優愛の姿ない時は、友達にトイレに行くと嘘をついてコッソリ探しに行ってしまうほどに。


 「あいつ……今日は一体、何の本を読んでるの? 表紙の絵からすると多分花の本?」

 

 ……これじゃまるで、優愛のストーカーだ。

 そう自分でも思いながら、アタシは図書室の中にいる優愛を見るのを辞められない。


「ふん……。変な意地を張るからこうなるのよ。馬鹿な奴」


 そして、アタシはいつものように優愛に悪態をつく。

 

 いつも一人で何も気にしていません──みたいな顔で本を読んでいるけど、本当は友達が欲しいに決まっている。

 きっとあいつが本を読んでいるのは、寂しさを紛らわすためだ。


 ────アタシはあんな馬鹿とは違う。


 ちゃんと周りの空気を読んで、どんなに興味の無い話題でもきちんと話しを合わせている。

 何かを褒める時も、誰かの悪口を言う時だって、そうだ。

 アタシは空気を読んで、みんなと同じ事を口にする。

 褒めたくないものだって無理に褒めるし、好きなものでも悪く言ったりもする。


 そのおかげで周りには大勢の友達がいるし……アタシは、優愛のような暗い子とは全然違う!

 

「ふん……」


 アタシは優愛を見下して、そんな風に思い込もうとしていた。



 ────だけど、優愛が転校してきて一ヶ月が経ったある日。

 優愛の印象が変わるような出来事が起きた。


「……大丈夫だよね? 誰も見てないよ?」


 電車に乗って、少し遠出をしてやって来た遠くの街の本屋。

 アタシはそこで帽子を深く被って顔を隠しながら、キョロキョロと辺りを見渡していた。


 帽子で顔を隠す理由は、魔法少女アニメ『マギキュア』の最新作、『ブロッサム・マギキュア』のノベライズ本を買おうとしているからだ。


 『マギキュア』──それは妖精に導かれた普通の女の子が、魔法少女になって悪い悪魔と戦うアニメだ。


 もう五年も続いているシリーズで、最新作は花の力で変身する二人の魔法少女が主人公の『ブロッサム・マギキュア』。

 その『ブロッサム』で変身する二人のマギキュアの衣装は、花をモチーフにしていて……とても可愛い。

 戦闘シーンはかっこよくて凛々しいし、ストーリーも主人公の二人が戦いの中で友情を深めていく様子は……上手く言えないけどとってもキラキラしていて、毎週見ていて飽きない。


 そう、実はアタシは『マギキュア』の大ファンなのだ。


 だけど、その事を誰にも話したことはない。

 だって女子は五年生にもなると、幼児向けの魔法少女のアニメなんてもう見ないからだ。

 もし見ていると周りにバレたら、幼稚な子だと他の子に馬鹿にされてしまう。


 男子はまだまだガキだから、特撮とかアニメの真似をしてごっこ遊びなんてしてる連中もたまにいるけど、女子はそうじゃない。

 同年代の男の子の事を子供だと馬鹿にして、大人っぽくなろうとしてみんな背伸びをする。

 かわいい服の話をしたり、恋愛の話をしたり、同年代の男の子はまだまだ子供だよねーなんて言いながら、クラスのカッコイイ男の子をみんなで牽制しあったりする。


 ……正直、アタシはそういうのが苦手だった。

 かわいい服も恋愛の話も嫌いじゃないけど、マギキュアほどじゃない。


 だけど、みんなに仲間外れにされたくなくてアタシは、大して興味のない恋愛の話に乗ってみたり、「アニメなんて見てる男子はガキだよねー」だなんて言って、みんなと一緒になって馬鹿にした。


 でも、そうやって風に陰口を言い合ったり、友達に仲間外れにされたなくて自分に嘘をつくなんて……全然キラキラしていない。

 アタシが好きなマギキュアの主人公達とは、まるで正反対だ。


 ────アタシはそんな自分が嫌いだった。


 けど、それでも周りに嫌われたり、無視されたりはしたくない。


 だから、その日もアタシは誰にも見つからないように、慎重に『マギキュア』の本に手を伸ばした。


 けれど……


「……四宮さん?」

「え?」


 アタシは運悪く、優愛とバッタリ遭遇してしまった。


 ……これは後で聞いた話だけど、この日の優愛はお母さんと遠くの街に服を買いに来ていたらしい。

 で、お母さんが用事を済ませている間に本屋に入ると、そこにはマギキュアの本に手を伸ばすアタシの姿あった──というわけだ。


「茅野……さん?」


 優愛に見つかったアタシはさーっと血の気が引いて、顔が青ざめていくのが自分でもよく分かった。


「四宮さん……!」


 そんなアタシと違って、優愛はぱあっと顔を輝かせて喜んでいた。

 

「もしかして……あなたもマギキュアが好きなの!?」

「……は?」


 そして、何を勘違いしたのか、そんなことを言い出した。

 いや、まあ……勘違いじゃないし、本当の事だ。

 けど、マギキュアが好きだとみんなに言いふらされたら困るから、アタシは慌てて言い訳をした。


「ち、違うって! うちの妹が話題にしてたから、どんなものかちょっと気になっただけだから!」


 本当は妹なんていないけど、誤魔化すためにアタシは嘘をついた。

 けれど、その嘘は落ち着かせるどころか、優愛を逆に興奮させてしまった。  


「じ、じゃあ、興味はあるんだよね!? 子供向けだって思うかもしれないけど、意外と話はしっかりしてて面白いよ! 出て来る女の子達の衣装もすっごく可愛いんだよ!」

「ちょ……声がデカイよ!」


 優愛はアタシが困っているのも気にせず、ぐいぐいとマギキュアを勧めようと迫ってくる。

 急に大きな声を出すし、早口だし……最悪だ。


「うぅ……」


 苦手だ。こういうオタクみたいな奴は。

 自分だってマギキュアが好きなくせに、アタシは優愛みたいな根暗なオタクと一緒にされたら嫌だなぁ、なんて思っていた。


 けど、マギキュアのファンが同級生の中にいたことは、少し嬉しかった。

 だから同じマギキュアファンのよしみで、アタシは優愛に忠告をすることにした。


「……あのさ、あんまりこのアニメ好きだって他の子に言わないほうがいいよ」

「え? なんで?」

「なんでって……」


 察しの悪い奴……!


 優愛の反応に本気で苛ついて、アタシはつい優愛を大きな声で怒鳴りつけてしまう。


「あのね……マギキュアは小さい子が見るアニメでしょ!? 五年生にもなって見てたら馬鹿にされちゃうよ? 茅野さんだってみんなに馬鹿にされたら恥ずかしいでしょ!?」


 怒鳴ったせいで、店内の人達の視線がアタシに集中して、ものすごく恥ずかしい……。

 だけど、いくら図太い神経のこいつでも、さすがにこのくらい強めに言えば、

怯えて何も言い返せないはず。


  ────そう思っていたけど、甘かった。


「……ないもん」

「は?」

「……恥ずかしくないもん!」


 今度は優愛が大きな声で、そうハッキリと言い切った。


「ちょ……」


 そのせいでまた周りの視線が突き刺さって、ものすごく恥ずかしい。

 けど、教室の中にいる時と同じで優愛は少しも気にしない。

 

 そして、怯えるどころかアタシを睨み返して、反論までしてきた。


「だって……好きだもん! それに私が何を好きでも! 他の子達に関係ない ……と思うし……」

「────」


 なんて意固地な奴──優愛の言葉に、アタシは驚いて声が出なかった。

 最後の方は声も小さくなっていたけど、こんなに堂々とマギキュアが好きだって言うなんて……。 


「────っ」


 ムカつく。

 アタシだって我慢してるのに、なんでこいつは……!


 自分勝手な理由なのは分かってるけど、アタシは優愛に腹が立って仕方がなかった。

 そのせいで、アタシは八つ当たりで優愛に凄く嫌なことを言ってしまう。


「ふーん……でもさ、アタシがみんなに茅野さんがマギキュアを見てるって言いふらしたら、みんなきっと茅野さんを馬鹿にするよ? それでもみんなの前でも好きって言える?」

「────」


 さすがの優愛も絶句していた。

 もし自分が同級生にこんな事を言われたら……きっと、怖くて何も言い返せないと思う。


 それぐらい、酷くて最低な言葉をアタシは言ってしまった。


 だけど……


「……いいよ、言っても」

「……え?」

「言ってもいいよ。だって……私はマギキュアが好きなことが恥ずかしいと思わないもん! 私はマギキュアが好きだもん!」


 とても小さい声で、涙目で、体を震わせながら……。

 それでも優愛は「マギキュアが好きだ」と、はっきり言い切った。


「────」


 今度こそ、アタシは何も言い返せなくなった。

 そして、ものすごい衝撃を受けた。


 自己紹介をした時はあんなにも気弱で、おどおどとしていたのに。

 まさか自分の好きなものに関しては、ここまで一途だったなんて……。


「………」


 そんな優愛と違って、今のアタシはどうだろう?


 クラスの子達に嫌われたくなくて、好きなものを好きだとも言えずに、いつも嘘をついている。

 その癖、アタシは優愛を『空気を読めない根暗な奴』だなんて、内心馬鹿にして、見下している。


 そんな嘘だらけで陰湿なアタシと、本当の気持ちをはっきりと口にした優愛。

 一体、どっちが本当は根暗で気の弱い子なんだろう……。

 

「………」


 急に、今の自分が恥ずかくなった。

 酷い事を言ってしまった後悔と罪悪感も、頭の中をぐるぐると駆け巡っている。


「……ごめん、意地悪い事言っちゃって……。あの、ほんとはさ……アタシも好きなんだ。マギキュア……」


 そうして、アタシは気がつくと頭を下げ、優愛に謝っていた。

 しかも、自分の本心まで一緒に吐き出してしまった。


「え!? ほんと!? 四宮さんも!?」


 アタシの言葉を聞いて、優愛はまたぱぁっと顔を輝かせて喜んだ。


「ちょ! また、声が大きいよ! ……もう」


 まったく、さっきまで泣きそうになっていたくせに。

 アタシはそんな優愛の態度に少し苦笑しながら、


「……凛々花でいいよ。同じマギキュアが好きなもの同士でしょ? だから、その……」


 アタシも名前で呼んでもいい?


 ……と言いかけて、途中で止めた。

 照れくさいし、さっき嫌なことを言ったくせにどの口が言うんだろうと思うと、最後まで言えなかった。


「…………」


 そうして、アタシはそのまま俯いて黙り込んでしまう。


「あ……」


 その時、手がほのかに暖かくなった。

 驚いて顔を上げると、優愛がアタシの手を両手でぎゅっと握っていた。

 優愛は微笑みながら、


「うん、名前で呼んで……凛々花ちゃん」


 そう言って、アタシが言えなかった言葉の続きを口にしてくれた。


「う、うん……優愛! 」



 ────こうして、アタシと優愛は友達になった。


 上辺だけじゃなく、本音で言い合える本当の友達が初めて出来た、最初の日だった。


 

 ……そのはず、だった。

 


□□□



「なによ優愛のヤツ……」

  

 スマホをベッドに放り投げながら、アタシは唇を尖らせた。

 

 優愛はノクスの奴にやられてから、ずっと思い詰めていたから少しは気分転換になればいいなと思って、遊びに行こうと誘ったのに……。

 今日は『急な家族の用事が出来た』なんて言われて、断られてしまった。


 沙希さんと約束していた、夜の魔獣退治までには間に合うみたいだけど……。


「ふーん。マギキュアグッズでも探しに行こうと思ったのになぁ……」


 まあ、予定が合わないなら仕方ないか……。


 アタシは気持ちを切り替えて、もう一度ノクスが襲ってきても返り討ちに出来るように、自主練をする事に決めた。

 

 早速、朝から前々から優愛と目をつけていた人目の付かない山奥へ移動して、


 ────次は必ず優愛を守る!


 なんて考えながら自主練をした。


 集中していたせいか、時間はあっという間に過ぎた。

 時間は午後四時半ぐらいで、日も暮れようとしている。


《そろそろ、言ったほうがいいぜ?》

「うん。でもまだ大丈夫」


 そう、まだ待ち合わせの時間までには少し余裕がある。

 だから、ギリギリまで自主練を続けよう──そう考えたアタシは、今度はとある工場跡地へと向かった。


 そこも優愛と目をつけていた場所で、人気ひとけもないから自主練にはもってこいの場所だった。

 しかも、約束していた集合場所とも近い。

 自主練を終えたらそのまま二人に合流出来るし、一石二鳥ってヤツだ。


 だけど……そんな風に呑気に考えていたアタシは、辿り着いた工場跡地で信じられないものを見てしまった。


「────え?」


 今日は家族の用事がある──そう言っていた優愛が、なぜか沙希さんと二人で特訓をしていた。


「どう……して……?」

 

 なんで……アタシに黙って、沙希さんと会ってるの?

 家族の用事は嘘だったの?


 アタシはふらふらになりながら、建物の影に隠れた。


「うん、今日の特訓でやった事を毎日少しずつ続けていけば、君はまだまだ強くなれるよ。これからも頑張ってね」

「はい!」


 昨日まで元気がなかったのに。

 優愛はとても嬉しそうな顔で、元気よく沙希さんに返事をしている。


 信じられない……。

 家族の用事がどうこうも嘘だったのもショックだった。

 言ってくれれば、アタシも一緒に特訓をしたのに。

 わざわざ嘘までついて、どうしてアタシをのけものにするんだろう。


 どうして……どうして!


「うっ……」


 胸がぎゅうっと苦しい。

 頭の中もぐちゃぐちゃになって、吐き気もする。


 ほんの数メートル先で笑い合っている優愛と沙希さんが、なんだか遠く感じる。

 アタシの知らない人達が、笑い合っているような……そんな違和感があった。


「うぅ……」


 怖い。

 今はあの二人が怖い。

 話しかける勇気が出せない。


 そうしてアタシは……


「……ん?」


 沙希さんが振り返った瞬間──その場から逃げ出した。



□□□



 そして……気がつくと、アタシはいつの間にかさっきまでいた山奥に戻っていた。


 必死に走り続けたせいで、足もクタクタだった。

 アタシは体も心も疲れ切って、地面に座り込んで膝を抱えた。


 ポケットの中のスマホが振動している。

 優愛からだ──履歴によると何度も電話がかかってきていて、SNSとかメールの通知もたくさん来ていた。


 けど、アタシは電話に出る気にはなれなかった。

 なにもかも、どうでもよかった。


 もう何も考えたくない。

 

《凛々花……。きっと、さっきのはなにか理由があったんだって! 電話に出て確かめようぜ!》

《……理由があるなんて、わかってるよ。そんなの……》


 ルビーに言われなくたって、出会ったばかりの沙希さんはともかく、優愛がアタシを仲間外れになんてするわけがないのは分かってる。


《だったら────》

《でも、怖いの……!》


 そんな子じゃないと思っているけど……もしかしたら、アタシが気づかないうちに優愛に嫌われるような事をしていたのかもしれない。

 そう思うと、電話に出るのも、SNSやメールの文面を見るのも怖い。

 言い訳じみた言葉を聞いたり、文面を見る事になるかもと思うと……怖い。


 怖くて、怖くて、どうしようもない。


 結局、あの日の本屋で優愛に名前を呼んでと言えなかった頃から、アタシは何も成長していない。

 人に嫌われたり無視されたくなくて、誰にも本音を言えなかったあの頃と同じで、アタシは今もどうしようもなく臆病なままだった。

 

「はあ……最悪」


 優愛を信じきれない自分に嫌気が差した。

 沙希さんの事だってそうだ。

 アタシ達を助けてくれたのに、優愛を取られたみたいな気持ちになって、沙希さんに嫉妬している自分がとても恥ずかしかった。


 恥ずかしすぎて、いっそこのまま消えてしまいたい。


「何やってんだろうアタシ……」


 ルビーの言う通り、さっさと電話に出て確認すれば済む話なのに……。

 臆病なアタシにはそれが出来ない。

 結局、スマホの電源も切ってしまった。

 

「…………」


 アタシはぼんやりと月を見上げた。

 山の中にいるせいか、街の中にいる時よりもハッキリと見える気がする。


 ────ああ、綺麗な月だなぁ。


 アタシは深い溜息をつきながら、思い出した。

 優愛とこの山の中で訓練を終えた後、二人で月を少し眺めてから帰っていた事を。


 ……だけど、今は隣に優愛はいない。


 アタシは山の中で一人で月を見上げている。

 ひとりぼっちだ。

 

 まあ一応、ルビーもいるけど。


「はぁ……」


 また、ため息が漏れた。


 廃工場から逃げ出して、どのぐらい時間が経ったのだろう?

 それなり長い間、月を見上げていたと思うけど……。

 もうスマホや腕時計で時間を確認する気になれなかった。


 そうして、アタシはいつまでもぼんやりと月を眺めていると、


「あ……」


 月にひとつの影が差した。


 その影はちょっとずつ大きくなっていき──


「────こんばんは、マジカル・ローズ」

「……え?」


 影は呆気にとられるアタシに向かって、一言そう挨拶をした。


 そして────

 

「あなたの魔法少女の力──奪いに来た」


 その影はとても鋭い眼差しでアタシを睨みつけ、そう告げてきた。 


「アンタは……!」


 影の正体──それはあの日、魔獣結界の中でアタシと優愛を襲った、あの黒い魔法少女。


 ────マジカル・ノクスだった。

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