第八話 悩める魔法少女


「────逃さない!」


 広い草原のような魔獣結界の中──ローズのオーヴァム・ロッド から放たれた薔薇の花弁が、とある魔獣を翻弄していた。


 翻弄されているのは人型の魔獣──『ハーピィ』だ。


 ハーピィはローズの薔薇の花弁がもたらす『幻惑』のギフトの中に閉じ込められ、頭を振り乱して苦しんでいる。


「捕らえた! 今です! ステラさん!」

「うん! 任せてローズ !」


 私はローズに返事しながらハーピィに接近し、オーヴァム・ロッドを変化させた大剣を叩きつけた。

 大剣はハーピィの片翼に命中し、バターのようにあっさりと切断した。


 片翼を切断されたハーピィは、美しい顔を醜悪に歪ませながら絶叫する。

 そして、残った片翼をバタバタとはためかせながら、地に伏した。


「トドメだ! 『ホーリー・バインド』!」


 私はすぐに呪文を紡ぎ、魔法の鎖を作り出した。

 鎖をハーピィに向けて射出し、身体を雁字搦めに拘束した。


 よし、これで奴はもう動けない。

 私はブランクカードを取り出して投げつけ、ハーピィを封印した。


 そして、その瞬間──魔獣結界がぐらっと大きく揺れた。

 景色が徐々に砕け散っていく。


 ハーピィが消滅した影響だ。

 おそらく、あとほんの数十秒もしなうちに、この草原のような世界は消滅するはずだ。

 

「やりましたね! ステラさん! お見事です!」


 ローズが私を褒めてくれた。

 満面の笑みだ。


「ローズの方こそナイスアシストだったよ。幻惑のギフトのおかげで楽に魔獣を捕まえることが出来たよ」

「えへへ、ありがとうございます!」


 私も微笑みながら褒め返すと、ローズは照れて頬を掻きながら、勢いよく親指をビシッと立てた。

 

「作戦どおりですね!」


 そう。事前の打ち合わせでは、まずはローズとコスモスの幻惑のギフトで魔獣を翻弄し、その隙に鎖で拘束してから魔獣を封印する。


 そういう段取りだった。

 そして、作戦は無事に成功し、魔獣も封印することも出来たのだが……一つ問題があった。


 どういうわけか、今日のコスモスはローズと全く息が合っていなかったのだ。


「ちょっと、コスモス! 今日は一体どうしちゃったの? 全然息合ってないよ!?」

「ご、ごめんなさい……」


 ミノタウロスに対して見せた、あの見事な連携は見る影もなかった。


 今日のコスモスはずっと集中力を欠いていて、考え込んだり、あたふたとしたりと落ち着かず、連携に支障が生じていた。

 コスモス自身もそのことをよく分かっているようで、申し訳なさそうに縮こまってしまっている。


「まあまあ、私が入ったばかりでいつもと勝手が違ったんだよね? コスモス。みんなで徐々に合わせていこうよ」


 私は落ち込むコスモスに慰めの言葉をかけてみた。


「は、はい……がんばります……」

 

 けれど、コスモスの返事は消え入りそうなほど小さい。

 私の慰めは効果はなく、むしろ余計に落ち込ませてしまったようだった。

 

 本当にどうしたんだろう。

 私が一緒に戦うようになってから、コスモスはずっとこんな調子だった。


「コスモス……」


 ローズも元気のないコスモスを心配そうに見つめている。


 こうなった原因は、私という異物が加わったせいなんだろうか。

 やっぱり、あの時の凛々花ちゃんの申し出は断るべきだったかもしれない……。



□□□



「アタシ……ノクスに襲われて、ステラさんに助けられたあと、色々考えたんです。このままじゃ駄目だ……アタシ達はまだまだ弱いって……」

「────っ」


 凛々花ちゃんの言葉に、優愛ちゃんははっと息を呑んだ。

 多分、彼女も凛々花ちゃんと同じように、自分の未熟さを実感していたのだろう。

 優愛ちゃんはまた表情を曇らせて、俯いてしまった。


「だから……しばらくの間でいいんです! 沙希さんの元で戦い方を学ばせてください!」


 凛々花ちゃんはそう言うと、私に向かって頭を深く下げた。

 周りの人達もジロジロと見ているけど、そんなことはお構いなしだ。


「えっと……さっきも言ったように、私は君たちと魔法少女歴は二ヶ月しか変わらないんだよ? 人に何かを教えれるようなもんじゃ……」

「そんなことないです! 沙希さんが一人でたくさん魔獣を倒してるのは、マギメモの記事で見て知ってます! 実際に見たギフトも凄かったですし!」


 うっ……凛々花ちゃんの尊敬の眼差しが眩しい……。


 一人で魔獣を倒してるのは事実だけど、それは正体を隠すためにやっているだけだ……。

 嘘じゃないけど、なんだか騙してるようで心苦しい。


「だから……どうか! どうかお願いします! 沙希さん……いや、ステラさん!」


 凛々花ちゃんの決意はとても固いようだ。

 必死に頭を下げ続ける凛々花ちゃんの態度からは、強い覚悟を感じる。


 よく考えたら沙希の姿のおかげで、もう正体がバレる心配も無いし、私としても一緒に戦える魔法少女がいるというのは心強い。


 それなら……私の答えは一つだ。


「分かった。一緒に戦おうマジカル・ローズ」

「ステラさん!」


 まだ未熟な私が、ちゃんと二人に教えられるかは不安だ。

 けど、それでも凛々花ちゃんの熱意に応えるたいと思い、私は二人に戦い方を教える事にした。


「ありがとうございます! 優愛もいいよね?」

「私は……凛々花ちゃんがそうしたいならそれでいいけど……」


 事後承諾をする凛々花ちゃんに、優愛ちゃんは表情を曇らせながら、小さな声で返事をした。


 こうして、私達は三人でしばらく一緒に戦うことになったのだが……。

 いま思えばこの時既に、二人の歯車は噛み合わなくなっていたのだと思う。


 

□□□



 そうして、気まずい空気のまま魔獣退治を終えた私達は、帰宅するために電車の中にいた。


「それじゃ、アタシは電車こっちなんで!


 自宅の最寄り駅についた凛々花ちゃんが立ち上がった。


「沙希さん、また明日もよろしくお願いします! ……優愛もまた明日、学校でね!」


 そして、私達に手を振りながら電車の外に出ていく。


「あ、うん。また明日もよろしく」

「……またね、凛々花ちゃん」

 

 私と優愛ちゃんは手を振り返し、電車のドアが閉まった後もしばらく凛々花ちゃんの姿を見つめた。

 電車は徐々に動き出し、凛々花ちゃんの姿はすぐに遠ざかり、やがて見えなくなった。


 そして、私達の車両には人がいなくなった。

 私と優愛ちゃんの二人きりになってしまった。


「……………」

 

 おかげで沈黙がとても気まずい。

 優愛ちゃんは凛々花ちゃんと同じ学校に通っているから、おそらく次の駅で降りるはずなのだが、そのたった一駅がとても長く感じる。


 間が持たない──かといって、黙ったままでいるのにも耐えられそうにない。

 無理にでも、私から何か話しかけるべきだろうか……。

 

《悩んでないで、早く話しかけなよ~!》


 うじうじ悩む私をヒカリが急かす。


《わかってるよ! けど……》


 だけど……やっぱり、何も話題が思いつかない。

 優愛ちゃんが人見知りだとか言っていたけど、私も人のことを言えない。


 そうして、私が黙り込んでいたら、


「あの、沙希さん」


 なんと優愛ちゃんの方が先に口を開いた。

 そして、とても申し訳なそうな顔で、深々と頭を下げてきた。


「その……今日はすみませんでした……」

「あ、いや……」

「今日はその、誤解させちゃったかもしれませんけど……私は沙希さん、いやステラさんと一緒に戦うのが嫌というわけじゃないんです。むしろ、ステラさんみたいに強い魔法少女と一緒に戦えて心強いです。ただ……」

「ただ?」


 私が訊くと、優愛ちゃんはまた俯き、黙り込んでしまった。

 けれど、一呼吸置いた後、優愛ちゃんはまた顔を上げ、声を震わせながら続きを話してくれた。


「私……凛々花ちゃんが沙希ステラさんを誘ったのは、私が頼りないからなのかなって……。もういらないんじゃないかなって……そんな風に考えちゃって」


 

 そうか……。やっと腑に落ちた。

 それで今日はずっと元気が無かったのか。


「……ごめんなさい、こんな話されても迷惑ですよね?」

「いや、そんな事はないよ」


 私は落ち込む優愛ちゃんの肩にぽんと手を置いて、自分の考えを伝えることにsちあ。


「優愛ちゃん。私は凛々花ちゃんが君の事を頼りないとは思ってないと思う。実はあの時、ノクスが君たちを襲う前にしばらく物陰から様子を見ていたんだ」

「え? そうだったんですか?」


 驚いた顔をする優愛ちゃん。

 私は頷き、安心させるように微笑みながら話しを続けた。


「私が手を出さなくても君たちのコンビネーションは完璧で、魔獣をちゃんと追い詰めていたからね。ギフトによる連携も見事だった」


 これは本当の事だ。

 優愛ちゃんを慰めるために無理に褒めているわけじゃない。

 二人で連携して魔獣を逃げ場のない幻惑の中に閉じ込め、疲労してできた隙をついて、どちかがトドメを刺す。


 傍から見ていても、とても見事なコンビネーションだった。


「あの時もノクスが不意打ちをしなかったら、君たちはあの魔獣に勝っていた」

「でも……私は先に気絶しちゃって、ステラさんが来てくれなかったらローズは……凛々花ちゃんは……」

「それは違うよ。ローズを最初に救ったのは君じゃないか。君がかばわなかったらローズが先にやられていたよ」

「でも……」

「君が倒れた時、凛々花ちゃんは君の事をとても心配してたし、襲いかかったノクスにも怒っていたよ。『アタシのコスモスをよくも!』ってね」


 私がローズの声色を真似ながら、あの時の様子を話すと、優愛ちゃんはようやく少し頬んでくれた。


「ふふっ……凛々花ちゃんらしい」


 よく考えたら……私はこの時、初めて優愛ちゃんの笑顔見たかもしれない。



「だからさ……そんなにも優愛ちゃんの事を大事に思っている凛々花ちゃんが、君のことをいらないなんて思っているはずがないよ」

「…………」


 私が話し終えると優愛ちゃんは涙ぐみ、また少しうつむいた。

 だけど今度はすぐに顔を上げ、何かを決意したような顔で私を真っ直ぐに見つめてきた。


 迷いの晴れた、とても良い顔だった。

 

「……沙希さん、ありがとうございます。おかげで胸の中でモヤモヤしていた感じが、少し晴れた気がします」

「そっか。よかったね」

「はい!」


 優愛ちゃんは今日──というか最初に会ってから始めて満面の笑みで、元気よく頷いた。


「 あの……相談に乗って貰った上にこんな事を言うは図々しいかもしれないんですけど……一つお願いを聞いて貰っていいですか?」

「お願い?」


 ……なんだろう?

 なんだかこのパターン、つい最近もあったような……。


「沙希さんのおかげで、私が凛々花ちゃんに頼りないと思われてるわけじゃないのは分かりました。けど、それでも二人だけじゃまだまだ弱いと思ったから、凛々花ちゃんは沙希さんに戦い方を教えて貰おうとしたんだと思うんです」

「それは……」


 たしかに、凛々花ちゃんはそんなことを言っていた。


「それで……ですね。私も強くろうって。凛々花ちゃんに置いていかれないようにしようって思うんです」

「うん」


 立派な目標だ。

 やっぱり高め合う仲間がいるって、いい事だな……。


「ところで明日は日曜だからまだ休みですよね?」

「うん。……うん?」


 なんだ? いきなり話しが変わったぞ?

 要点が見えてこない。なんで明日の休みの話に?

 

「────だから沙希さん……。今日は私の家に泊まってくれませんか?」

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