第七話 提案する魔法少女
「ステラさ──じゃなかった! 沙希さんって高校生なんですか?」
「いや、中学生だよ。中学二年生」
私は飲んでいたコーヒーをカップに置きながら、凛々花ちゃんの質問に答えた。
ちなみに凛々花ちゃんと優愛ちゃんは、それぞれオレンジジュースとミルクティーを注文している。
「え? そうなんですか?じゃあアタシ達の一個上ですね! 沙希さんってとても落ち着いてて大人っぽいから、高校生のお姉さんかと思ってました!」
「ハハ、それは言い過ぎだよ」
私は凛々花ちゃんと笑顔で会話をしながら、横目でちらりと優愛ちゃんの様子を窺う。
「………」
優愛ちゃんは俯いて黙り込んだままだ。
凛々花ちゃんと違って、全然打ち解けてくれない……。
もう十五分以上会話しているのに、ずっとこんな調子だ。
もしかして人見知りなんじゃなくて────
《嫌わてるんじゃないかな~?》
《うっ……やっぱり、ヒカリもそう思う?》
《うん。きっと、いやらしい目で見てたからだよ~》
《いや、見てないよ!》
……見てないはず。
「そういえば、沙希さんって魔法少女としてどのぐらいの期間活動してるんですか? もしかして一年ぐらいとか?」
「いや、まだほんの三ヶ月程度だよ」
「へえ……意外です! アタシ達も一ヶ月ぐらいしか戦ってないんですけど、沙希さんは戦い慣れてる感じだったからもっと先輩かと思ってました!」
「そ、そうかな……?」
凛々花ちゃんが尊敬の眼差しを向けてくるのが眩しい。
正体を隠しているせいで気まずくて、私はふと優愛ちゃんの方に視線を逸す。
「あっ……」
私は優愛ちゃんが時々顔を上げていることに、ようやく気がついた。
どうやら会話に参加するタイミングを窺っているようだが、
「ノクスと戦った時もあっという間にやってきて……こう、びゅびゅっと! めっちゃ早かったですよね!」
優愛ちゃんのか細い声は、凛々花ちゃんの大きな声に何度もかき消されてしまっていた。
「………ぁ」
そうしているうちに優愛ちゃんはタイミングを何度も逃し続け、またうつむいて黙り込んでしまう。
《嫌わてるわけじゃなかったんだね~》
それはよかったけど、優愛ちゃんが会話に参加出来ていないのは可哀想だ。
なんとかしてあげたい。けれど、どうすればいいのか分からない。
自慢じゃないが、私だってコミュニケーション能力があるほうじゃないのだ。
「なんでそんなに戦い慣れてるんですか?」
「えっと……」
私は優愛ちゃんの様子が気になりながら、ひとまずその質問に答える事にした。
「いや、戦い慣れてるだなんて、そんな……。ようやく戦いに慣れてきたのはつい最近の事だよ。魔法少女になって最初の二ヶ月とか本当に酷かったし」
「へえー、全然そんな風には見えなかったです! ギフトも使いこなしてるみたいでしたし」
「ありがとう。けど、君たちもギフトを使いこなして、とても息の合ったコンビネーションで魔獣を翻弄していたね。二人はずっと一緒に戦っているの?」
「はい! 二人で一緒に二つの卵を見つけてからずっと……あ! 卵っていうのはあの妖精が産まれた卵の事です!」
「……え?」
何それ、知らない……。
卵から妖精が生まれるなんて初耳だ。
だって、ヒカリは最初から妖精として
《へえ~。普通の妖精は卵から生まれるんだね~》
《ヒカリも知らないのか?》
《うん。覚えてないよ~》
《そうか……》
凛々花ちゃんの口ぶりからすると、普通の魔法少女の妖精はタマゴから生まれるらしいが、だったらヒカリが最初から妖精の姿で現れたのは一体……。
もしかして私が男なのに魔法少女になれた事と何か関係しているのか?
分からないけれど……ここはとりあえず話を合わせておこう。
「あ、ああ……あれね! あの卵、卵ね! うんうん……」
「そうそうあの卵です。いやー他の人には卵は見えないし二人で不思議だなーって思ってたら、中から妖精が産まれて、あの時はほんとビックリしました!」
私もビックリだ。
妖精が卵生だったなんて知らなかった。
私は内心の動揺を隠しながら、澄まし顔でコーヒーを口にする。
うっ、苦い……。砂糖を足しておこう。
「それで産まれた妖精達から魔法少女と魔獣の事を聞いて、これはもうアタシ達もやるっきゃないって! 二人で魔法少女になったんです!」
凛々花ちゃんはそう語りながら、拳をしゅっしゅと前に突き出してやる気をアピールする。
「……私は最初、反対したけどね」
突然、今まで黙っていた優愛ちゃんが呟くように言った。
やや棘のあるような声だ。
「え? 何か言った?」
「別に……」
優愛ちゃんは少しむっとした顔でそう言うと、また黙り込んでしまった。
そして、黙り込んだ優愛ちゃんの代わりに、
「凛々花は最初からやる気だけは一人前だったぜー!」
どこからか、元気な男の子のような声が聞こえてきた。
「ちょっとルビー! 人前で出ちゃ駄目でしょ! ここ喫茶店だよ!」
声はテーブルの下から聞こえていて、凛々花ちゃんがそこに向かって小声で叱りつけ始めた。
すると、テーブルの下から小さな赤い小鳥が勢いよく飛び出し、凛々花ちゃんの肩に止まった。
小鳥は「よっ!」と
「もう! 仕方ないなぁ……。えっと、この子はアタシの妖精です」
「ルビーだぜ! よろしくな!」
元気な顔で挨拶をする鳥の妖精──ルビー。
明るい雰囲気が、どことなく凛々花ちゃんに似ている……気がする。
「……あいかわらずルビーはうるさい。もっと声量を抑えるべき……」
そんな元気いっぱいのルビーを、気怠げな声が咎めた。
気怠げな声はルビーと同じくテーブルの下から聞こえている。
そして、そこから優愛ちゃんの妖精がのそのそと姿を現した。
「えっと……この子は私の妖精で……モルガって言います」
「……そう、私はモルガ。よろしく……」
優愛ちゃんの妖精──モルガが、低血圧気味な声で挨拶をした。
モルガは薄紫の色をした小さなクマのぬいぐるみのような姿をしていて、なんだか元気がない。
凛々花ちゃんとルビーのように、やっぱり優愛ちゃんとモルガも雰囲気がよく似ている。
「じゃあ、私の妖精も紹介しておこうかな。ヒカリ」
「はいは~い、ヒカリだよ~。みんなよろしくね~」
今度は私の呼びかけに応じてヒカリが姿を現し、みんなに挨拶をした。
「よろしく!」
「よろしく……」
凛々花ちゃん達と優愛ちゃん達も(また対称的な声量で)挨拶を返した。
私達はしばらく雑談を続けた後、喫茶店を出てからどこへ遊びに行くかについて話し合う事になった。
「みんなは何か、これからしたい事とかある?」
私は二人に意見を訊いた。
なにせ、女子と日曜日にデートなんてしたことないから、この後どうすればいいのかさっぱり分からないからだ。
《デートじゃないからね~。今の君は
また私の考えを読んだのか……。
ヒカリが細かいツッコミを入れてくる。
「はいはーい!」
凛々花ちゃんが元気よく手を上げた。
何かを思いついたのだろうか。
「じゃあ、今日はみんなで遊びませんか? 買い物したり、カラオケに行ったり!」
「うーん……そうだね。日曜日だし。たまには魔法少女の使命を一旦忘れて、羽を伸ばすのもいいかもしれないね」
「やったー! じゃあ早速行きましょうよ、沙希さん! 優愛も今日は遊ぶって事でいいよね?」
今にも飛び跳ねそうな勢いで喜びながら、凛々花ちゃんは優愛ちゃんに同意を迫る。
「う、うん……」
優愛ちゃんは、凛々花ちゃんのそんな勢いに何も言えなかった。
小さな声でただ一言だけ返事をすると、また俯いてしまった。
「…………」
なんだか気になる……。
凛々花ちゃんはあまり気にしてないけど、優愛ちゃんは明らかに乗り気じゃない。
さっきから私と全然目を合わせてくれないし。
やっぱり、私のことがあまり好きじゃないのかも……。
「じゃあ、早速買い物行きましょう! ほら、優愛も!」
「う、うん……」
凛々花ちゃんが立ち上がって、私達を急かした。
元気のない優愛ちゃんの様子が気にかかりながらも、私は二人と一緒に喫茶店を出るのだった。
□□□
まずは最初に向かったのは服屋だ。
何軒かの店に入り、服を(ヒカリに睨まれながら)試着をしたりした。
雑貨屋も見て回った。
アクセサリーなどを購入して、買い物を思う存分楽しんだ。
お昼になると今度はケーキ屋に入った。
私達は全員パスタとケーキのセットを注文した。
パスタはもちろん、ふわふわのシフォンケーキも絶品でとても美味しかった。
そうして、昼からは摂取したカロリーを消費すべく、私達はカラオケで歌いまくった。
二人はマギキュアという魔法少女のアニメのファンらしく、私は一緒になってそのアニメのOPを熱唱した。
カラオケの近くにはゲームセンターがあって、そこで初めてプリクラ(……まだあったんだ)を撮ってみたりもした。
思えば……魔法少女になってからずっと、放課後も休みの日も戦いっぱなしだったから、すごく久々に誰かと遊んだ気がする。
女の子と遊ぶのも初めてだから緊張したけど、私は段々楽しくなってきて、時間はあっという間に過ぎた。
空を見上げると、日が落ちかけていた。
……名残惜しいけど、もう帰る時間だ。
私達は自宅に帰るために、近場の駅へと向かった。
「今日は付き合ってくれて、本当にありがとうございました!」
「ありがとうございました……」
駅に着くと、凛々花ちゃんと優愛ちゃんが私に頭を下げて、お礼を言った。
「いや、こちらこそありがとう。今日はとても楽しかったよ。二人からのプレゼント、大事にするね」
二人にプレゼントして貰った、ペパーミントのアロマキャンドルを鞄から取り出しながら、私も二人にお礼を言った。
このアロマキャンドルは昼間、雑貨屋に寄った時に二人が選んでくれたものだ。
なんでも、私がノクスから二人を助けた事のお礼らしい。
同じ魔法少女同士、助け合いは普通なんだからそんなに気を使わなくてもいいのに……。
最初はそう思ったけど、断るのも悪いので私は素直に受け取る事にした。
《ふう……なんとか乗り切った!》
改札を抜け、上りと下りの路線への分かり道で、私はほっと胸をなでおろした。
《そうだね~……ちゃんと宣言通り、完璧に女の子になりきってたもんね~……。試着室に入るぐらいに》
ヒカリがまだぐちぐちと嫌味を言ってくる。
姿は見えないのに、あの蔑むような顔が浮かんできそうな不機嫌な声だった。
《き、着替えるためなんだし、仕方ないだろ! 大体、なんでヒカリが怒るんだよ! 二人の着替えを見たわけでもないのに……》
《それは……もう、しらない!》
ヒカリは何かを言いかけて途中で止めると、それきり黙り込んでしまった。
「…………」
黙り込むと言えば、優愛ちゃんも相変わらず言葉数が少ない。
優愛ちゃんは今日一日、ずっと元気がなかった。
さっきは誤解だと思ったけど、やっぱり嫌われてるんだろうか。
ショックだけど、凛々花ちゃんとは仲良くなれた。
今日のところは、それで良しとするか。
「それじゃあ、今日はこれで……」
私は別れを告げ、二人に背を向けた。
そして、違う路線へと歩き出したのだが……
「────あの! 沙希さん!」
……まただ。
魔獣結界で出会ったあの時と同じように、また凛々花ちゃんが私を呼び止めてきた。
《今度は出来ないお願いをされたら断るんだよ~?》
《わかってるよ……》
私はヒカリに釘を刺されながら、恐る恐る後ろを振り返った。
しかし、凛々花ちゃんはなぜか目を泳がせていて、中々喋ろうとしない。
「あの……えっとですね……」
しばらくしてようやく口を開いた。
「その……」
けれど、凛々花ちゃんは私に何かを言おうとして、途中で言葉を詰まらせる。
昨日今日会ったばかりだけど、ハキハキとモノを言う凛々花ちゃんにしては珍しい態度だ。
なんだか言うかどうか、それ事態を迷っているような……そんな感じだ。
「凛々花ちゃん……?」
凛々花の態度から何かを察したのか、優愛ちゃんは少し不安そうな表情をしている。
一体、凛々花ちゃんは何を言おうとしているんだろう?
「…………」
そうして、凛々花ちゃんはしばらく黙り込んでいたが、突然すぅっと大きく息を吸い込み、また息を吐き出しながら顔を上げた。
「沙希さん」
凛々花ちゃんは私の名前を呼んだ。
そして、とても真剣な眼差しでこちらを見つめ、
「……もしご迷惑じゃなければ、これからは三人で一緒に魔獣と戦いませんか?」
私にそんな提案をするのだった。
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