第五話 邂逅する魔法少女

 日和に誤解された翌日。

 とヒカリはとある魔獣結界の迷宮の中を彷徨さまよっていた。


 迷宮の中には様々な罠や魔獣の使い魔が潜んでいて、それらを退けながら私達は進んでいたのだが……その足取りは重かった。


 迷宮が入り組んでいて中々最奥部にたどり着かないのと、昨日の出来事──私がステラわたしの下着を見ていたと、日和に誤解されてしまった事が原因だ。


「はあ……日和に誤解された……。死にたい」


 私が魔法少女である事は誰にも秘密だ。

 というか秘密にしないとヤバイ。変態扱いだ。

 だから、私は妹に誤解されても弁明出来ず、今も口を聞いて貰えない。


 ああ、これが秘密を抱え、孤独に戦う私という魔法少女に課せられた試練なのか、と私は嘆くしかなかった。


「誤解じゃないと思うけどな~。そもそも正体知ってても、アレは軽蔑されると思うよ~。自分のパンツを見て欲情────」

「してない! してないから!」

 

 くそ……大体、なんで男の私が魔法少女なんだ? 

 ヒカリの話によると、男の魔法少女は私だけらしいけど……。

 色々と不都合な事が多すぎる。


 なにせ正体が男だから、他の魔法少女と一緒に協力して戦う事も難しい。

 ダメージで変身解除なんてする事があったら、死ぬ事になるからだ──もちろん社会的に。


「はぁ……」


 また溜め息が出た。

 なんだか魔法少女になってから溜め息をつくことが多くなった気がする。


 そうして憂鬱な気分のまましばらく探索を続けていると、私達はいつのまにか迷宮の最奥部近くまでにたどり着いていた。

 最奥部からは、人の声と何かが激しくぶつかる音が聞こえている。

 

「……まさか、他の魔法少女が先に来ていたのか?」


 私は迷宮の壁にさっと身を隠しながら、声と音の聞こえてきた場所の様子を窺う。

 すると、そこには魔獣と戦う二人の魔法少女がいた。


 魔獣の方は牛の頭部を持つ怪人のような外見だ。

 この迷宮のような結界の特性からすると、


「『ミノタウロス』か」


 私は魔獣の正体を確認して、そのまま物陰に隠れ続けた。


「……いや、なんで物陰で見てるだけなの~? 早く加勢しようよ~」


 ヒカリが頭をペシペシと叩きながら急かしてくる。

 それでも、私は頑として物陰から出ることなかった。


「まだ余裕そうだし、危なくなったら行くから……」


 戦いの途中で正体がバレるかも──という理由だけじゃない。

 そもそも加勢する必要が無いぐらい、二人の戦い方は安定していたからだ。 


「行くよコスモス!」

「う、うん! ローズ!」

 

 ローズとコスモス──花の名を冠する二人の魔法少女達。


 二人は息の合ったコンビネーションで、ミノタウロスを徐々に追い詰めていく。

 ミノタウロスを追い詰めているのは、二人の杖から放出される花弁だ。

 どうやらあの花弁が幻覚を見せているようで、ミノタウロスは混乱してあらぬ方向に攻撃をし続けていた。


 おそらくあれは幻惑系の魔法、もしくはギフトだろう。


「よーしトドメ!」


 赤色の衣装の魔法少女──ローズが杖を剣の形に変化させ、ミノタウロスへと迫り、とどめを刺そうと剣を大きく振りかぶった。

 

 だが、その時。


「────っ!? あぶない! ローズ!」

「え!? きゃあ!?」


 薄紫色の衣装の魔法少女──コスモスがローズを突き飛ばした。


 そして、その刹那────


「……っ!」


 巨大な黒い影がコスモスに襲いかかり、巨大な前足で彼女を殴り飛ばしてしまった。


「うっ……!」


 殴り飛ばされたコスモスは数メートル程吹き飛ばされていく。

 そして、地面に激突してそのまま意識を失ってしまった。


「コスモス!? コスモスしっかりして!コスモス!」


 ローズは気絶したコスモスに慌てて駆け寄り、大声で呼びかけた。

 だけど、倒れたコスモスからの返事はない。気絶したままだ。


「……まずいよ~!」

 

 ヒカリが焦ったような声を出した。

 ローズがコスモスに呼びかける事に必死で、自分に近寄る黒い影──三つ首を持つ黒犬の魔獣『ケルベロス』に注意を向けていないからだ。


「…… 助けないと!」


 私がくだらない羞恥心で、すぐに参戦するのを躊躇したせいであの子達が……!


 急いで助けに入ろうと、私は物陰から飛び出そうとした。

 だが、その直前。


「待ってステラ! 誰か来るよ!」

「え!?」


 ヒカリが私を呼び止め、ケルベロスの背の上に指を向けた。

 ケルベロスの背の上──そこには黒い影がふわりと舞い降りていた。


「安心して──殺してはいないわ」


 影の正体──それは黒いマントに身を包んだ、長い黒髪の魔法少女だった。


「アンタ誰よ! 殺していないってどういうこと!? アンタが魔獣にこんな事をさせたの!?」

「私の名はノクス──マジカル・ノクス」


 黒い魔法少女──ノクスは自らの名前を告げ、コスモスを攻撃された怒りに震えるローズを冷ややかな目で見つめた。


「……ノクス」


 たしか……ラテン語で『夜』を意味する名前だったはず。

 私は物陰に身を隠しながら、ノクスを観察した。

 

 ノクスは長い黒髪を紫のリボンで左右で纏めている、ツインテールが印象的な魔法少女だった。

 黒いマントを羽織り、胸元には紫色の魔宝石『オーヴァム・ストーン』が光っている。


 そして……

 

「ステラ、あれを見て!」

「あれは……!?」


 私は驚いて、思わず声を上げた。

 ノクスが翼の飾りのついたオーヴァム・ロッドとを持っていたからだ。


「似ている……」 


 そう。驚く事にノクスのカードホルダーは、私のギフトで生み出されたものにとてもよく似ていた。


「しかも……」

「え!?」


 私はごくり、と生唾を飲み込んだ。

 ノクスのミニのフリルスカートから伸びる足──これもまた、驚くほど眩しかったからだ。

 ガーターベルトも、白いふとももを際立たせている。


「……足の方の解説いらないよね? こんな時に何いやらしい事考えてるのかな~」


 余計な事を考えたせいで、ヒカリの冷ややかな視線が突き刺さった。


 ……ともかく、だ。

 どういうわけか、ノクスは私と同じギフトを持っている可能性が高い。


 あの魔獣──ケルベロスを操っているのが、その証拠だ。

 おそらく私が魔獣の力を借りるのと同じように、ノクスは魔獣そのものを召喚しているのだろう。


「ノクスだかなんだか知らないけど、アタシのコスモスをよくも傷つけてくれたわね! 絶対に許さないわよ!」


 気絶したコスモスを抱えながら、ローズはノクスを睨みつけて叫んだ。

 だが、ノクスは表情一つ変えない。

 相変わらず冷ややかな目をローズ達に向けている。


「────貴方に許して貰おうなどと思わない。私は全て魔法少女の敵だから」


 ノクスはローズ達にそう宣言すると、腰のカードホルダからを取り出し、ミノタウロスに向かって投げ放った。

 投げ放たれたカードはミノタウロスの体に命中した瞬間、紫色に発光し、そして……やはりと言うべきか。

 カードはミノタウロスを光の粒子に変換して、吸い込み始めた。


「やっぱり、そうか……」


 予想通り、ノクスは私と同じ能力──『封印』のギフトを持っているようだ。

 ミノタウロスはあっという間に吸い込まれて消滅した。

 そして、役目を終えて戻ってきたカードをノクスは受け止めた。

 

「何!? 今の!?」

「これでミノタウロスの力は私のもの」


 ノクスは驚くローズにそう告げると、黒いオーヴァム・ロッドの翼の飾りを左右に展開し、そこに封印したばかりのミノタウロスのカードを挿入する。

 カードが挿入されたオーヴァム・ロッド、その先端の宝石が紫色に輝き、そこから一筋の光がローズに向かって放たれていく。


「さあ──現れなさい『ミノタウロス』」


 そして、ノクスの宣言と同時に、ローズの目の前に封印されたばかりの魔獣──ミノタウロスが出現した。


「魔獣を召喚した!? そんなギフトが……!?」

「────魔法少女は私一人でいい。さあ、行きなさい。ケルベロス、ミノタウロス」


 主人であるノクスの命令を受けて、ケルベロスとミノタウロス──二体の魔獣がじりじりとローズとコスモスの二人へと詰め寄っていく。


「くっ……魔獣が二匹同時なんて、そんな……!」


 ローズの表情には焦りがあった。

 気絶したコスモスを守りながらでは、ローズが圧倒的に不利なのは誰が見ても明らかだった。


《ああ! やられちゃうよ~!》

「────っ」


 もう迷っている場合じゃない!


 私は今度こそ物陰から飛び出し、身体能力を魔力で爆発的に向上させ、走り出す。

 魔力は私の全身を発光させ、さながら一条の光の矢ごとく一瞬でローズとコスモスの目の前へと射出する。


 そして────


「そこまでだ!」


 私はノクスとローズ達の間に割り込み、声を張り上げた。


「あなたは……マジカル・ステラ!?」

「現れたわね──マジカル・ステラ」


 同時に私の名前を同時に口にする、ローズとノクス。

 ローズは驚きの目で私を見つめ、ノクスは敵意ある目で睨みつけている。

 

「そのコスモスって子を連れて、早く逃げて!」


 私はノクスの前に立ち塞がりながら、ローズに指示を出した。


「え? あ、あの……」


 私は戸惑うローズの答えを待たずに、カードホルダーから『ジャックフロスト』のカードを取り出し、それをオーヴァム・ロッドへと挿入する。


 そして、先端の結晶をノクスの二体の魔獣へと向け、


「現われろ! ジャックフロスト!」


 氷の魔獣──『ジャックフロスト』を召喚した。


「ステラも魔獣を召喚した!?」


 ローズがまた驚いて声を上げた。


 そう。普段はあまり使わないけど、私の固有能力ギフトは封印したカードから力を借りるだけじゃない。

 ノクスと同じように出現させ使役する事も出来る。


「二人を守れ!」


 私がそう命令するとジャックフロストは雄叫びを上げ、口から冷気を吐き出した。

 冷気はローズとコスモスの眼の前に氷の壁を作り上げ、二人をノクス達から覆い隠した。

 

「やっぱり──同じ能力……」


 ノクスがぽつりと呟いた。

 私がノクスのギフトを見て同じ能力だと思ったように、彼女もまた私を見て同じ能力だと驚いているようだ。


 だが一体、彼女は……?


「ノクス! 君は一体何者だ! なぜこんな事を……。それにどうして────」

「『どうして同じようなギフトを持っているのか?』 と聞きたいの? それはこちらのセリフ」


 ノクスは私の言葉を途中で遮り、逆に訊き返してきた。


「あなたは弱い魔法少女ではない。けれど、そのギフトを持っている以上は見逃せない」


 淡々とそう宣言するノクス。

 静かな口調だが、彼女の目には激しい敵意が滲んでいる。


「くっ……!」


 私はその敵意に気圧され、思わず身をすくめた。

 ノクスは全身から強大な魔力を漂わせながら、私達に向かってゆっくりと歩いてくる。


《ステラ。この子……》

《ああ……。わかってる》


 この魔力は……間違いない。

 魔力量に限って言えば、ノクスは私よりも明らかに強い。

 よほど強さに自身があるのか、唸り声を上げて威嚇する私のジャックフロストを気にもとめない。

 

「喋るつもりがないというのなら、無理矢理にでも────」


 だが、あと三メートル程の距離まで近づいた、その時だった。


「────」


 ノクスは突然目を見開いて、なぜか立ち止まった。


「…………」


 そして、視線をキョロキョロと上下に動かして、私の体を頭の先からつま先まで、余す所なく観察し始めた。


「…………?」


 なんだろう……舐め回すように見られているような気がするのは、私の気の所為なんだろうか?

 私は一応、オーヴァム・ロッドを構え直して警戒するが、ノクスはその場に立ち尽くしたまま、全く動こうとしない。

 

《どうしたんだろうね~?》

《……さあ?》


 私とヒカリは首を傾げるしかなかった。


 そうして私を眺め続けていたノクスだったが、


「……戻りなさい」


 しばらくして、バツが悪そうな顔でそう言って自分の魔獣達を消してカードの中へと戻した。

 そして、カードをホルダーに戻しながら私達にくるりと背を向け、この場から立ち去っていく。


「待て!」


 一体、何の目的で二人を襲ったのかを聞くために、私はノクスを呼び止めた。

 すると、ノクスは足を止め、私達に背を向けたまま、


「────あなたが何者で、何故同じようなギフトを持っているのかは知らない。けれど憶えておいて。私は全ての魔法少女の敵。あなたも例外じゃない」


 そんな意味深な言葉を残し、いつの間にか取り出していた新たな魔獣カードをオーヴァム・ロッドに挿入した。


「────っ!」

 

 新たな魔獣を召喚するつもりか!


 私は警戒して身構えたが、そうではなかった。

 オーヴァム・ロッドから放たれた光は、魔獣ではなく空中に黒い孔を出現させたからだ。


「あれは……」


 空中に空いた孔は、魔獣結界の入り口にとてもよく似ていた。

 ノクスはその中へと姿を消し、孔自体もすぐに消滅してしまった。


 おそらく、別の空間に移動する能力を持つ魔獣のカードだったのだろう。


「ノクス……あの子は一体……?」


 彼女がなぜ私と同じギフトを持っていたのかは分からない。

 他の魔法少女を敵視している理由も謎だ。


 けれど、『全ての魔法少女は敵』というあの言葉が本気なら……。 

 ノクスとはいずれ、戦う事になるかもしれない。


「マジカル・ノクス……か」


 私は孔が消滅した虚空を見つめながら、彼女と再び対峙する未来を予感していた。



□□□



 ノクスが孔に消えてから、数分後。

 とある屋敷の一室で、ある少女がと会話をしていた。 


「……美月、どうしてあの場でステラと戦わなかったんだい?」


 黒猫は二本足・・・ で立ち上がりながら、黒髪の少女──美月に問いかける。

 当然、喋っている黒猫は普通の猫ではなく、妖精だ。


「…………」


 黒猫を無視して黙り込む少女もまた、ただの人間ではない。

 その正体は先程ステラと戦った、あの黒い魔法少女──マジカル・ノクスであった。


「同じギフトを持つ彼女を警戒したのかい? それとも、ようやく魔法少女の敵になる事を諦めてくれたのかな?」


 黒猫は僅かに期待を込めながら、美月に問いかける。

 だが、美月はベッドの上で枕に突っ伏したまま首を左右に振り、黒猫の言葉を否定する。


「違う……魔法少女は全部倒す。私以外の魔法少女はいらない。魔獣は私が全部倒す。けど……」

「けど?」


 黒猫が聞き返すと、美月は枕から顔を上げた。


 そして……


「けど、本物のステラは──写真より何百倍も可愛いくて、綺麗で、凛々しかった……」


 美月は頬を赤らめながら、どこかうっとりとした顔でそんな事を言いだした。


「えぇ……?」


 黒猫が困惑し、思わず声を上げた。

 いや、呆れていたのかもしれない。

 

「ふふ……」


 美月はそんな黒猫の反応もお構いなしだった。

 ステラの姿を思い出しながらニヤニヤと笑う。


 そして、髪の毛の先を指でくるくると丸めながら、を、恍惚とした表情で見つめる。


「はぁ……」


 黒猫は今度こそ完全に呆れたようなため息を漏らし、部屋を見渡した。


 部屋の中にはステラのポスター以外にも、他の魔法少女のポスターブロマイドや、ぬいぐるみ、キーホルダー等、非公式のグッズがそこかしこに散らばっていた。

 

 どう見ても、オタクの部屋としかいいようがない──これが美月の自室だった。

 

 そう……魔法少女の敵を自称するマジカル・ノクス──星空美月は、実は魔法少女オタクでもあった。

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