第四話 炎の魔法少女
「さあ、行くよヒカリ」
「お~! 今日もがんばろうね~」
飛び込んだ魔獣結界の中には、まるで冬の雪山のような景色が広がっていた。
それも猛吹雪だ。一面が雪に覆われていて、視界が悪い。
おそらく魔法少女の姿じゃなかったら、結界に入って数分で凍え死ぬ程の寒さなはずだ。
「ここに連れ去られた人がいたとして、ちゃんと無事なのかな? 結界の中はこんな寒さだし……」
「魔獣は連れ去った人間をすぐには殺さないからね~。ちょっとずつ人間から情報エネルギーを吸い取って食事をするから、すぐに死なないように生かしてあるはずだよ~。それに結界も出来てまだそんなに時間も経ってないから、まだ大丈夫なんじゃないかな~?」
「そっか……良かった。でも、急がないとね」
「だね〜」
私達は早速、魔獣と捕らわれた人々の探索を開始した。
膝まで雪に埋もれながら、ひとまず雪山の中を歩き回る。
するとほんの数分で魔獣の気配を感じ取る事が出来た。
それも魔獣の手下──使い魔ではなく、結界の主である魔獣本体のだ。
魔獣の強さと結界の広さや複雑さは比例する。
こんなにも早く魔獣の気配を感じ取れるということは、この結界はそう広くはないはず。
おそらく魔獣もまだ生まれたばかりで、それほど強くないに違いない。
だが、油断はしない。
私達は警戒しつつ、結界の奥へとさらに進んでいく。
そして、さらに数分後。
私達は結界の最奥部に辿り着き、そこで巨大な雪だるまのような外見を持つ魔獣──『ジャックフロスト』を発見した。
「あいつか!」
「おっきな雪だるまだ~! 今回も伝承を元にした魔獣だね~」
一見するとかわいい外見をしているが、奴もまた人を襲う魔獣である事に違いはない。
その証拠に、魔獣の周囲にある氷の中には捕まった人達の姿があった。
氷の中の人達はみんな苦しげな表情で凍りついていて、ジャックフロストに絶望や恐怖の『情報エネルギー』を捕食され続けている。
「なんて事を……!」
魔獣の非道な行いに、私の中で激しい怒りが、炎のように燃え盛っていく。
そして、そんな私の怒りに呼応するかのように、腰のカードホルダーの中から『ヘルハウンド』のカードが光りを放ち始めた。
「ちょうどいい。この『ヘルハウンド』のカードで倒すよ!」
「お~! この間の魔獣のカードだね~!」
私は手の中に魔法の杖『オーヴァム・ロッド』を出現させ、杖上部にある翼の飾りを左右に展開させた。
そして、展開させた翼の下にあるカードスリットに『ヘルハウンド』のカードを挿入し、封印を解き放った。
封印を解いたヘルハウンドの力は、胸の魔宝石『オーヴァム・ストーン』を赤く輝かせ、私の全身を炎で包み込みこんでいく。
炎は私の魔法少女の衣装をピンクから赤へと変化させ、消え去った。
この力は、魔法少女が魔法の力と共に与えられる固有能力──『ギフト』だ。
ギフトは魔法少女ごとにそれぞれ違っていて、私の
ヘルハウンドの力を開放した今の私は、炎の魔法少女。
炎の力を自在に操る事が可能で、私はその力で全身から炎をたぎらせながら、ジャックフロストを睨みつけた。
すると、ジャックフロストは「フオオォ」っと唸り声を上げながら私を睨み返してきた。
そして、二メートル程の氷の塊を投げつけてきた。
「攻撃が来たよ! ステラ!」
ヒカリが叫ぶ。
私は即座に反応し、炎の
ジャックフロストの氷はその炎の
「無駄だ」
今の私はヘルハウンドの力を持つ、炎の力に特化した魔法少女。
氷の力しか持たないジャックフロストには万に一つも勝機はない。
その事実をジャックフロストも悟ったようだ。
ジャックフロストは「フオォ……」と弱々しい鳴き声を上げながら、私に背を向けて逃げ出していく。
だが、判断が遅い。
もう私の炎から逃れる事は出来ない。
「炎よ!魔獣を捕らえろ!『フレイム・バインド』!」
私は呪文を詠唱し、オーヴァム・ロッドから炎の輪を放った。
炎の輪は逃げるジャックフロストに命中し、奴の体をぎゅっと締め上げる。
「フオオォ!」
ジャックフロストが炎の輪に体を溶かされ、悲鳴を上げた。
そして、自分の体を締め付ける炎の輪から逃れようと、激しく暴れまわる。
だが、それは逆効果だった。
もがけばもがくほど、炎の輪はジャックフロストの雪で出来た身体を熱で溶かしていく。
ただ溶けるスピードが早まるだけだ。
「フオオ……」
そうして一分も経たないうちに、ジャックフロストの身体は炎の輪にほとんど溶けて、どろどろになった。
これで奴はもう動けない。
「よし! これなら!」
いつものようにジャックフロストが十分に弱ったことを確認した私は、カードホルダーから白いカードを取り出した。
この白いカードは魔獣を捕まえるための専用のカード──
私はそのブランクカードを、動けなくなったジャックフロストへと投げつける。
カードはジャックフロストの身体に命中し、奴を光の粒子に変換して取りこんでいく。
そして、封印はすぐに終わり、カードはまたすぐに私の手元へと戻ってきた。
私はその戻ってきたカードを受け止め、カードホルダーに収めた。
おそらく、今日手に入れたジャックフロストのカードは『氷』の能力を宿しているはずだ。
「お疲れ様~、ステラ」
「……うん。ありがとう、ヒカリ」
私が光にお礼を言った、その時だった。
魔獣結界が、いつものようにパリンと音を立てて崩壊した。
同時に、氷の中に捕らわれていた人達も開放され、地面に倒れ込む。
全員気を失っていたが命に別状は無いよう様子だった。
そして、魔獣結界が崩壊したことで、景色も一瞬で変わり────
「……え!? な、なんだ!?」
「おい! 人が倒れているぞ!」
「誰か救急車を呼んでくれ!」
現実世界に戻った私達を、大勢の人々の声が取り囲んだ。
「しまった……」
こっそり帰るつもりだったのに……。
結界の入り口である『孔』が、よりにもよってスーパーマーケットの前にあったせいで、私はそこにいた大勢の人々に目撃されてしまった。
しかも、夕方だったせいでスーパーの前は買い物客でごった返していた。
魔獣結界が消えた後の帰還場所は選べないから、仕方がない事だけど……。
「あー! ママー!ステラだよー」
「ほんとだ! マジカル・ステラだ!」
「ステラたん、はぁはぁ……」
遠巻きにして眺める人、スマホで撮影する人、笑顔で手を振る子供、大きなお友達。
大勢の人たちが、興味深そうに私を見つめている。
「うっ……」
恥ずかしいような、嬉しいような……複雑な気分だ。
私が本当に女の子だったら、素直に歓声に応えられたんだろうか。
「あ、あはは……さよなら」
無視するのも悪いので、私は周りの人達に手を振って応えた。
そして、全身を光の膜で覆い、跳躍──ビルの屋上へと一瞬で飛び移った。
え? なぜ全身を光の膜で覆うのかって?
理由は単純で、光で隠さないとスカートの中を誰かに撮られてしまうからだ。
というか、一回撮られてネットに晒された……。
……死にたい。
そうして、私はそのまま逃げるように立ち去ったのだが……。
この時、私は気づいていなかった。
「彼女が……マジカル・ステラ」
夕闇に紛れ、
「私と同じ
□□□
そして、もう一つ気付いていなかった事があった。
「あああああ!? 下着が見えてる!? なんで!?」
あれほど気をつけていたのに!
マギメモの新着記事『マジカル・ステラ!スーパーマーケットに現る!』のコメント欄に、ステラのスカートの中身を盗撮した写真のURLが貼られていた……。
写真はすぐに管理人の『クローラ』さんによって削除されたけど、一瞬とはいえアレを何人かが見ていたと思うと……死にたい。
「どうして……どうして……」
俺は机の上で頭を抱えた。
モニターには光で隠したはずのステラの下着が、くっきりと写し出されていた。
「おお~。見えてるね~。画像編集ソフトとかで明るさとか補正されちゃったのかな~? 」
「があああああ!油断した!次からはもっと覆う光の明るさを上げないと!」
「そんな事したら、ステラの光で通行人の目が潰れちゃうね~」
自分の相棒が盗撮されているのに、ヒカリの態度は完全に他人事だ。
それどころか、何が面白いのか笑っている。
なんて酷い奴だ。
俺は盗撮犯と笑うヒカリに腹を立てながら、改めて写真を確認した。
「くそ……こんな写真をサイトに貼るなんて非常識だぞ、こいつ! こんな……こんな……」
こんな──ステラってこんな下着が履いてたのか……?
「────」
俺は確認の……そう、確認のためね?
とにかく、変な下着じゃないかを確認するために、消される前に保存したステラの写真を再度確認した。
「おお……」
────淡いピンクの下着だった。
俺はいつの間にか画面を食い入るように見ていた。
そうして、しばらく画面を眺めていた俺は、
「……あのさ~、変身してるとはいえさあ~……自分で自分のパンツに欲情するのは、かなりキモいよ?」
ヒカリの声ではっと我に返った。
「ちが! 違うから! 欲情してないから!」
俺は慌てて、軽蔑するような視線を向けてくるヒカリに言い訳をした。
必死だった。そのせいで俺は部屋の扉をノックする音にも、ドアノブが回されている事にも気づけなかった。
そして……
「お兄ちゃん? 晩御飯だよ? 最近、元気になったのはいいけど……一体、一人でなに騒いで……」
「あっ……」
モニターを消す前に、日和が部屋の中に入るのを許してしまった。
「────」
部屋に入ってきた日和が凍りついたかのように動かなくなる。
日和の目の前には、モニターに大きく表示されたステラの下着と、それをガン見している俺の姿があったからだ。
「あの……これは、その。違うんだ!」
俺はまた慌てて言い訳をして、画面を消した。
だが、もう何もかも遅かった。
「……日和?」
恐る恐る呼びかけたが、返事はなかった。
凍りついていた日和の顔が、怒りでみるみる赤くなっていく。
「……最低」
そして、日和はそう一言だけ言い残すと、扉を乱暴に閉めて部屋を立ち去ってしまった。
部屋を出ていく時の日和の目は……俺を心底軽蔑していた。
「日和!? 待って日和!? 誤解だ、日和! 日和ィー!」
俺はすぐに扉を開け、日和を追いかけたが……。
結局、その日は誤解は解けることなかった。
それどころか口を聞いてくれない有様で、俺は為す術もなく部屋に戻るしかなかった。
もうどうしようもない。
完璧に誤解されてしまった……。
「うぅ……ああ……あああぁ!」
俺に出来るのは部屋の中で、ただただ
ただ、それだけだった。
「いや、誤解じゃないでしょ~?」
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