第三話 日常の魔法少女

「ねえねえ、聞いた? ステラ様がまた活躍されたそうよ!」


 学校に登校すると、同級生の女子──梅宮茜が俺に話しかけてきた。

 俺の幼馴染で、前髪に付けた撫子のヘアピンが印象的だ。


「ああ~……ステラ様。やっぱり最高よね! 昨日のマギメモ見た!?」


 俺の返事を待たずに、自分の世界に入り始める茜。

 ………見ての通り、茜は俺──マジカル・ステラの大ファンなのだが、最近はちょっと信者っぽくなってきてて……正直怖い。


「い、いや。見てないよ」


 俺は今朝に引き続き、嘘をついた。

 ステラにも魔法少女にも興味が無い──と周りには言ってあるからだ。


「なんだよ勇輝。昨日はステラちゃんの記事が更新されてたんだぜ? いま話題のあの新人魔法少女の!」


 そんな俺に、もう一人の幼馴染──梅宮大地が話しかけてきた。

 名字から分かるように、茜とは姉弟だ。


「いや知らない……。ていうか、大地までマギメモ見てるのかよ……」

「当然だろ? ていうかみんな大きな声で言わないだけで、男子だって全員見てるって! 写真に写った魔法少女はみんな美少女だし! ていうか現実にいるなんて信じられないレベルだぜ!? そんな美少女だらけの魔法少女の中でもステラちゃんは別格だなぁ~。キリッとした蒼い瞳! サラサラの金髪! 結構大きい胸! ニーソックス! あぁ~…ひと目でいいから生で見たいよぉ~ステラたん……はぁはぁ……」


 ……見ての通り、こいつもマジカル・ステラの大ファンだ。

 最近、こいつはステラに『たん』とか付けたり、鼻息を荒くしながら早口に語るようになって……正直、キモい。


 同性の幼馴染に変身後の自分の姿で興奮される気分は……もう最悪だ。


「大地、あんた朝からうるさい! キモい!」


 そんな大地を叱りつける茜。

 俺も同感だった。本当にうるさいしキモい。

 他の男子が大きな声で言わない事なら、もっと声のボリュームを落としてほしい。

  

「二人とも朝からやけに騒いでるけど、魔法少女なんて都市伝説だろ? いないんじゃないか?」


 俺がそう言うと、大地は「チッチッチッ!」なんて口で言いながら、人差し指を顔の前で振り始めた。

 そして、ドヤ顔で俺の机の上に新聞を広げると、ある記事の見出しを指差した。


「いや、それはないね! ほら、今日の朝刊の見出し見てみろよ」


 大地が指差したのは、『行方不明者数「戦後過去最悪」背後には魔法少女と魔獣の存在?』と見出しだった。


 記事の内容を確認するとそこには、今年度の行方不明者数が戦後過去最悪の記録を更新した事と、発見された行方不明者の多くが魔法少女に助けられたと証言していた事が書かれていた。

 当初は被害者達の妄想、あるいは集団催眠などが疑われていたが、全国的に同様の事例が相次いだため、国も本格的に調査に乗り出す事になった──とも書かれている。


 ちなみに、記事にはマギメモの記事から引用された、マジカル・ステラの写真も掲載されていて、大地はその写真をうっとりと眺めながら「ステラたんは写真でも可愛いなぁ」なんて言っている。


 勘弁してくれ……。


「そもそもこのクラスの中にも、実際に魔法少女から助け出されたって奴が結構いるし、もう都市伝説なんて言ってる奴の存在の方が都市伝説だぞ?」


 たしかにそうかも知れない。


 あまりにも魔獣による行方不明者が多すぎるからだ。

 魔法少女と魔獣だなんて荒唐無稽な話なのに、政府すら無視出来ないほどに。

 魔獣の数も俺が魔法少女になった三ヶ月前と比べても、明らかに増加傾向にある。

 増えた魔獣に比例するように魔法少女の数も増えているけど、それでも俺達の手から零れ落ち、救えなかった人々も存在する。


 噂だけじゃなく、本当に国が動くことになったのは当然の流れと言える。

 もしかしてそのうち役所とかで登録しないと、魔法少女として活動出来なくなるんだろうか?

 本当にそうなると、正体が男であるステラとしては非常に困るわけだが……。

 

「あーあ、俺も魔獣? っていうのに、俺も襲われてえなぁ……。そしたら俺もステラたんに助けてもらえるかもしれないしなぁ……」


 馬鹿な事を言い始める大地に、俺と茜は顔をしかめた。

 いくらなんでも不謹慎すぎる。


「ちょっと大地、アンタそれ不謹慎……」

「冗談でもそんな事言うな大地」


 俺と茜が咎めると、大地は少しバツが悪そうな顔をした。

 そして、唇を尖らせ、肩をすくませながら言い訳をし始める。


「いや、姉貴も勇輝もそんなマジになんなよ……冗談じゃん! 冗談! ていうか魔法少女は信じてないんじゃなかったのかよ、勇輝」

「……魔法少女が本当にいるかはともかく、行方不明者も大勢いるんだ。その人達の気持ちを考えたら、そんな事を冗談でも言うのはよくない」

「そうよ! ステラ様だって、わざと捕まろうとする馬鹿なんて助けないわよ! 馬鹿! 馬鹿大地!」

「馬鹿馬鹿言うなよ姉貴! 大体、姉貴だってステラ様に助けられたいなぁ~、とか言ってたじゃん!」

「は、はあ!? 言ってないわよ!」

「いや、言ったじゃん! ていうか家ではいつも言ってるじゃん!」

 

 茜と大地の喧嘩がヒートアップしていく。

 だがまあ、いつものことだ。

 周りの同級生達も「やれやれ、またか」と言いたげな表情で見ているぐらいに日常の光景だった。

 

「ふぅ……」


 俺は喧嘩をする二人から少し離れて、ため息をついた。

 まったく、騒がしくて困る──けど、これが俺の大事な日常だ。

 ……本人達には恥ずかしいから言わないけど、二人の元気さに救われているところがある。


 二人は俺が楽しい時も、辛い時も、いつも一緒にいてくれた大切な幼馴染だ。

 そして、俺が魔獣と戦うのは、そんな大切な人達を守るためでもある。


 大地と茜、そして日和と父さん。

 ……それに母さんや、その他大勢の人達を魔獣から守る。


 その為に俺は魔法少女となったんだ。


 ────大きな代償を払って。



□□□

 


《大きな代償って大げさじゃない~? むしろ、勇輝にとってはご褒美なんじゃないかな~?》

「だから人の心を読むなよ! それにご褒美じゃないし! どこの世界に魔法少女になって喜ぶ男の子がいるんだよ!」

《え~? いっぱいいると思うけどなぁ~。大地君とか~?》

「それはまあ……そうかもしれないけど」


 放課後──俺とヒカリは、魔獣探索のために街を見回っていた。


 ちなみに、今のヒカリは姿を消している。

 声だけは頭の中に直接聞こえてくるが、姿は俺や他の人にも見えていない。


「たしか、マギメモによるとこのあたりでここ数日、行方不明者が相次いでいるらしいけど」


 俺はスマホの画面──マギメモの『魔獣出現予測アプリ』を起動して、周囲を見渡した。

 今いる場所は夕方の商店街で、アプリによるとこの近くに魔獣が潜んでいるらしい。


《マギメモ情報は便利だね~。やっぱり同じ魔法少女が運営してるのかな~?》

《かもな》


 周囲の人達に独り言だと思われそうなので、俺は頭の中──念話でヒカリに返事をした。


 しかし、マギメモか……。

 たしかに便利だけど、色々と謎も多いサイトだ。 


 マギメモには魔法少女の記事の他に、魔獣出現予測マップや行方不明者多発エリアの情報も記載されていて、こうして専用のアプリまである。

 かなり詳細に情報が記載されていて、まだどこの新聞やニュースサイトの記事にも載っていないような情報まであったりする。


 それこそ魔法少女でしか知り得ないような情報まで……。


 ヒカリの言うとおりマギメモは魔法少女が運営していて、他の魔法少女達に情報を共有する事が本来の目的なのかもしれない。


 そんなことを考えながら歩いていると、


《あ! あったよ~。魔獣結界だよ~》


 スーパーマーケットの入り口の近くに『孔』が空いているのを、ヒカリが発見した。

 あの孔は魔獣の住処──『魔獣結界』へと続く入り口だ。


 孔は壁にではなく、空中の

 あきらかに不自然だけど、孔の存在をこの商店街にいる人達は認識出来ていない。

 俺達魔法少女と妖精以外には見る事も出ることも不可能なのだ。


 魔獣結界とは、読んで字のごとく魔獣が作り出した結界で、動物で言う縄張りのようなものだ。


 魔獣達はその中に人々を迷い込ませ、捕食する。

 と言っても、物理的な意味ではなく(そういう個体もいるらしいが……)、精神的な意味での捕食を行う。

 ヒカリが言うには、魔獣は人間の感情──絶望や恐怖から得られる『情報エネルギー』というものを糧にしているらしい。


 そして、この目の前の結界の中にもおそらく何人かの人間が囚われているはず。

 

 一刻も早く、助けに行かないと!


「よし、行くぞヒカリ!」

《おっけ~!》


 俺は魔宝石『オーヴァム・ストーン』を輝かせてステラへと変身し、魔獣結界の孔の中へと飛び込んだ。


 ……いよいよ、俺の──いやの魔法少女としての戦いが始まる。


「……ねえ~、そのナレーションつけるのは毎回やらなきゃ駄目なの~?」

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