第二話 憂鬱な魔法少女

「はあ……」

「勇輝~朝からため息なんてついてると幸せが逃げちゃうよ~?」


 寝ぼけ眼をこすりながら起きる俺に、白い猫のような生き物が声をかけてきた。


「誰のせいだと思ってんだよ……」


 こいつの名前はヒカリ──俺に取り憑いている化け猫みたいなやつだ。


「今、なにかとても失礼な事考えてなかった? 何度も言ってるけど化け猫じゃないからね。猫の妖精さんだからね?」

「急にマジなトーンで怒るなよ……。あと俺の心を読むなよ……」

「読んでないよ~。顔に出てるよ~。朝から胡散臭い奴の顔見て憂鬱だ~って顔してるよ~」


 どんな顔だ。


 ともかく、この二本足で立つ化け猫──もとい、自称猫の妖精さんの名前はヒカリ。

 こいつは三ヶ月前、俺の前に突然現れた。


 そして、喋る猫を見て混乱する俺に、この世界を滅ぼそうとする怪物──『魔獣』と戦って欲しいと頼んできた。

 なんでもその魔獣とやらと戦うための特別な力を与えてくれるらしく、その力で変身して魔獣と戦ってほしいそうだ。


 魔獣との戦いは危険も多く、よく考えて引き受けるかどうか決めて欲しいとヒカリは言っていた。


 だが、『変身』という言葉に心がときめかない男子が、果たしているだろうか?

 いや、いない。日常に退屈を憶えている平凡な中学生にとって、その申し出は劇薬でしかなかった。


 いい加減、中学生にもなれば特撮も卒業して、正義のヒーローに憧れたりする歳じゃない。

 現実も見えてきて、大半の人間の一生は平凡で、特別な力や運命的な出会いなんて虚構の世界にしかないと、誰もが気づく。


 ────けど、本当に特別な力で変身出来たら話は別だ。


 ヒカリの話を聞いた時、俺は自分の人生が平凡なものではなく、特別な意味が──使命があったんだと、心が踊った。


 そうして俺が二つ返事で引き受けると、ヒカリは『オーヴァム・ストーン』と呼ばれる楕円形の宝石を渡してきた。

 ヒカリが言うにはこの宝石を手にして強く思いを込めれば、俺の思いに応えて魔獣と戦う力と姿を与えてくれるらしい。


 俺は言われた通り宝石を握りしめ、思いを込めた。


 ────力を……魔獣と戦う力を!


 そう願いを込めた瞬間、ヒカリの言う通り宝石が光り輝いた。

 光は俺の体を飲み込み、魔獣と戦うための姿を与えてくれたのだが……。


「それで……なんでこんな姿なんだよ! おかしいだろ!」

「ちゃんと変身したし、魔獣に戦う力も与えたでしょ~? 何が不満なの~?」

「姿だよ! 姿! もっと言うと性別! なんでがこんな……こんな……!」


 ────こんな、美少女に!


 魔法少女『マジカル・ステラ』に変身したは憤りながら、鏡の前であらためて自分の今の姿を振り返った。


 鏡に映る今の私の目は大きくぱっちりと開かれ、蒼い瞳はキラキラと輝いていて、まるで宝石のようだった。

 腰まで伸びた髪は黄金色に輝いていて、まるで砂金のようにサラサラと流れている。

 身体は少女らしいスラっとした体型だが、出る所はちゃんと出ていて……胸も大きい。

 高くなった声は、透き通るような綺麗な声色だ。


 そして……男として一番肝心なアレが……アレが無くなっている……。

 変身後の私は、完全に女の子になってしまっていた……。


「はぁ……」


 私は思わず、深いため息をついた。


 身体だけじゃない。衣装の方も問題だった。

 ステラの魔法少女の衣装は、全体的にピンクを基調としたデザインなのだが……本来、男である私には少し可愛すぎて辛い。


 まず、上は頭の後ろで編み込まれた髪にはピンクのリボン。

 ノースリーブに、白い長手袋とマント。胸元には魔宝石『オーヴァム・ストーン』が輝いている。

 そして、下はミニのフリルスカートで、そこから伸びるスラッとした足はピンクのニーソックスに包まれ、ヒール付きのショートブーツを履いている。


 どこからどう見ても、完璧に魔法少女だった。

 

 私の本当の性別が男でさえなければ!


「こんな……こんな格好。私はもっと特撮ヒーローみたいなのがよかったのに!こんな……!」


 こんなに可愛い──じゃなかった!

 恥ずかしい格好をさせられるなんて……!

 

「くっ……」


 私は困惑しながら、なんとなく鏡の前でくるっと一周してみた。

 すると、フリルのスカートがふわっと浮き上がった。

 

「うわっ!?」


 慌ててスカートを抑えた。

 鏡に目を向けると、そこには赤面して恥ずかしがっている美少女の姿が映っていた。


「うぅ……」


 何度見ても慣れない……。

 ほんとに目の前の美少女が私なのか?

 恥ずかしい──けど、それ以上に目の前の少女から、なぜだか目を離せない。


 だって……自分で言うのもアレだけど、めちゃくちゃ可愛いから。


「────っ」


 急に背後に視線を感じたような気がした──それもなんだかじとっとした感じの……。

 はっとして振り返ると、ヒカリがものすごく軽蔑したような目で私を見ていた。


「ねえ~……毎朝、毎朝、気に入らないとか言いながら、変身してさあ~。鏡の前で変身した自分を見てニヤニヤするのやめようよ~。見た目は美少女でも、ちょっと気持ち悪いよ~?」


 き、気持ち悪い!?


「な!? ニヤニヤしてないよ! これは……アレだよ!変身した時に周りにスカートの中身とか見られたりしないように動きを確認してるんだよ!」


 私は必死に言い訳──もとい、弁明をしたが、効果はなかった。

 軽蔑の表情が、呆れ顔へと変わっただけだ。


「毎朝、毎朝、脳内でナレーション付けながら自分に見惚れてるけど、よく飽きないね~」

「見惚れてないよ! あとなんでナレーション付けてるとか分かるの!? やっぱり心読んでるだろ!」

「だから顔に出てるんだってば~」

「どんな顔!?」


 その時だった。

 突然、ドアノブがガチャリと回され、


「お兄ちゃん?学校に遅れるよ? 朝から誰かと電話でもして────」

 

 部屋の中に私の妹──日和ひよりが入ってきた。


「────え?」


 そして、マジカル・ステラを見て、日和は固まってしまう。


「あ……」


 私は日和が固まっている隙に、さっと扉を締めた。

 その数秒後、再びドアが勢いよく開かれた。


「ええええええ!? マママママッ!マママジカル・ステラ!?……あれ?」


 だが、そこにはもうステラの姿は無い。

 何食わぬ顔で椅子に座っている、兄であるの姿があるだけだ。


「おはよう、日和。そんなに慌てて、どうかしたのか?」

「え?だっていま、マジカル・ステラがそこに……」

「ステラ? ああ、日和がよく話をしている魔法少女……だったか? よくわからないけど、俺の部屋にいるわけがないだろ。まだ寝ぼけてるんじゃないか?」


 俺は困惑した表情で部屋を見渡す日和に、澄まし顔でそうとぼけてみせた。

 我ながら、なかなか演技力だと思う。


「え、ええ~?そうかなぁ…でも、よく考えたらお兄ちゃんの部屋なんかにいるわけないか。うん……」

「そうそう、いるわけないない」


 危なかった──内心では俺はビビリまくり、心臓もどくんどくんと激しく音を立てていた。


「昨日、夜遅くまでマギメモを見てからかなぁ……。あ! お兄ちゃんはマギメモってサイト知ってる?」

「知らない」


 嘘だ。本当は知っている。


 『マギメモ』──それは魔法少女達の目撃例や写真、動画などを集めた情報サイトだ。


 公式ブログやTwitterも日々更新されていて、子供や女性から大きなお友だちと幅広い層に人気があるらしい。

 嫌々とはいえ魔法少女としての使命を帯びた俺も、魔獣や他の魔法少女の情報を得るために、マギメモを毎日チェックしている。


 ちなみに、マジカル・ステラは今日のマギメモの『注目の新人魔法少女ランキング』で日刊部門で1位だった。


 興味は全く無いが。


 ちなみにこれは余談だが、魔法少女の存在はマギメモの読者にかぎらず、世間一般にも認知され始めているらしい。

 近々、政府も動くのでは? ──と、もっぱらの噂だ。


 魔法少女が世間から認知されつつある背景には、ここ数ヶ月程の間に魔獣の発生が爆発的に上昇した事が関係している。

 魔獣の増加に伴って魔法少女の数自体が増えたため、被害者からの目撃例も増えて世間に知れ渡り始めたというわけだ。


「ふーん……。ま、お兄ちゃんは男の子だしそうだよね。お兄ちゃんがマギメモなんて見てたら、オタクみたいでキモいし」

「うっ……」


 何気なく呟いた日和の一言が、俺の心を抉った。


 本当はマギメモを見ているどころか、毎日チェックしているだなんて口が裂けても言えない。

 だけど、俺はオタクではない。魔法少女そのものだから違う。


 もっとアウトな気もするが、とにかく違う。


「じゃあ、朝ごはん出来てるから早く来なよ~。あーあ、マジカル・ステラとほんとに会えたらなぁ……」


 ふぅ……良かった。

 ようやく日和が俺の部屋を出て、リビングへと向かってくれた。。

 今度から変身する時は鍵をかけておこう。


「バレなくてよかったね~勇輝。それじゃあ、早く朝ごはん食べに行こうよ~。マジカル・ステラのお兄ちゃん♪」

「やめろ! マジでやめろ!」


 こうして、朝からヒカリにからかわれながら俺──日向勇輝ひなたゆうきの一日が始まった。

 男子中学生としての──そして、魔法少女『マジカル・ステラ』としての一日が。

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