第十一動


 宝辺たからべ一等空尉は戦闘機パイロットらしく、幾分小柄だった。日焼けした精悍な顔立ちで、中々渋みのある整った顔立ちである。今は気の毒そうに、夢見の「意志」を見つめている。

「君の心をとりこむつもりはなかった。しかし話を聞いて欲しかった。

 こんなことになってしまって、申し訳ない」

「わたし、もどれるの」

「多分な。でも奴の意思が……いや本能が邪魔をするかな」

 上も下もない漆黒の闇に二人は浮いている。それでも迷彩戦闘服姿の夢見は、古いパイロットスーツ姿の宝辺がはっきりと見える。

 ただし感覚はない。明瞭すぎる夢のようでもある。

「奴ってあの、コピーされた意思ね。そして…あなたの精神の一部でもある」

「ああ。奴には理性なんかない。ただ本能的に怖れている」

「その……どんな異星人なんでしょう」

「判らない。想像も出来ない。精神をコピーして探査艇を操れる連中さ。

 俺は一度死んだんだ。自らの死は確信している。しかし奴の意思が俺の精神に介入したことによって、こうして生きている。いや生きているとも言えないな。

 君は、外から俺の姿を見たか」

「ええ、あの……。一応人間の形をしていたけど、光り輝いていました」

「そこまで変化したか。いったい誰だ、氷付けの俺を目覚めさせた奴は」

「もしあなたがここから出たら、その、どうなるの」

「判らない。多分俺にもとめられない。そして恐ろしいことがおきる。

 奴らは、何十光年も離れた世界から無人探査宇宙機を送り込んだ連中はもう個人的な欲望もない、純粋に知性的な存在だったろう。戦争も嫉妬もない超生物。

 しかし奴等も我々人類と同じく、原始的な生命から進化し、かつてはさまざまな本能を持っていたはずだ。それを理性で抑えこんでも、本能は消えないさ。

 宇宙探査機を操作するために精神をコピーしたときに、それら本能やとっくに忘れ去っていた原始的な欲望も、一緒にコピーしてしまったらしい。

 俺の意識を侵しているヤツは、話し合いもなにも通じない。ひたすら怖れて、周囲を攻撃するしかないんだろう。恐怖感と防衛本能だけだ。

 頼む。俺に世界を滅ぼさせないでくれ。俺を抹殺してくれっ!」

「………判りました。かならず抹殺します」

 宝辺はうれしそうに敬礼した。夢見は泣き出しそうな顔で、答礼した。


 武装機動特務挺進隊長来島郎女いらつめは、国防省国防施設局破棄資材暫定集積所中央棟のコントロールルームで撤収の指揮をとる元木課長に、最後の談判をしていた。

「だから時間を稼いでもどうしようもないだろう。

 大神二曹の精神を返してくださいと、下に行って頼んで見るかね。だいたい精神がまるごととりこまれるなんて、勘違いではないのかね。一種のショック状態かも知れないし。ともかくあと少しで全研究データの転送が終わる。

 君たちの『あまこま』にわたしも乗るから、待機していたまえ」

 来島にも判っていた。元木の言うことが正しいことが。

「……夢見、すまない」

 元木二佐は、市ヶ谷の石動に報告した。すでに全職員と重要書類を脱出機で待機させている。

 木下と部下たちも、別の大型ヘリ「あまこま」に乗りこみつつある。そしてまだ正式実戦配備されていない「あまこまⅡ型改」には第十一課「全員」が乗り込むことにしていた。

 あとは木下たちが遠隔起爆装置取り付け完了を言ってくれば、脱出できた。

「少しこまったことが起きている」

 普段は地方人が興味を示さない厚着基地に、航空機マニアや記者が集まりつつあると言う。

 すでにフロギストン爆裂筒を装着した「おおわし」改造胴体は到着しているが、格納庫から出せない状態にあった。

「なにものかが情報をばらまいている。でもいざと言うときは演習名目で『おおわし』を発進させるわ。そちらの爆破を急いで。同盟国以外の周辺諸国が騒ぎ出す前に、始末しなくては」

「新しく遠隔爆破装置を取り付けました。テストすればすぐに退避します」

「最終データを確認した。空気が一部プラズマ化しているし、この中性子量は核融合反応ととか思えないな」

 元木は冷や汗をかいていた。想像したよりもよほど大変な事態になっている。 しかしうまく作戦を完遂できれば、まさに名誉挽回どころか昇進のチャンスだった。

 すでに集積所にはほとんど人がいない。木下とその部下数名、そして元木だけだった。

「困ったことになった。出発待ってください」

 エレベーターシャフトからやってきた、「マル特戦」と呼ばれるロバート木下特務曹長が厳しい表情で近づいてくる。

「遠隔点火装置が作動しない。地下三階の影響で、二階も電子機器がほとんどだめです。さっきより酷くなっています」

 元木定第十一課長は、淵なし眼鏡が落ちるほど驚いた。

「なんだって。ならどうすればいい!」

「まさか長い導火線使うわけにもいかないから、原始的な起爆タイマーで吹き飛ばすしかない。

 しかし一度動かしたら、時間の調整ができませんぜ」

「……かまわん。君の部下は職員とともに先に発進させたまえ。

 君の原始的なタイマー起動を確認したら、わたしといっしょに脱出だ」

 木下は意外そうな顔を見せてから、不敵な笑みを浮かべた。

「無理せず、先に退避してもいいですよ。ここは部下と自分でなんとかします」

「現場での最高指揮官はわたしだ。最後まで確実に見届ける義務がある!」


 東光寺一佐は、きらきらと輝く東京湾を見下ろす高台に車をとめていた。ハンドル横の平面モニターに写る田巻の顔は、いつになくやつれ青ざめている。細い目も赤い。

 体力のないこの男に、徹夜は無理だった。通常は酒をくらって早く寝て、早朝に起きる。

「上田先生には直接話せてへんけど、不破秘書には打ち明けましたわ。

 軍機クルクス乙号資材、いや昔の航空自衛隊エースパイロットの秘密を守るための免責、取引も仕方ないやろ」

 統合防衛大はじまって以来の秀才は、目立たないようにため息をついた。

「ただしや。一佐殿のお仲間は多分全滅でっせ。気の毒に。

 集積所から脱出して生き残ってはるのは、佐伯梓三尉だけやそうです」

「……なにぃ。景山たちもか。確かなのか」

「石動閣下への報告を聞きました。ほとんど遺体すら回収てきてへん。

 外務省情報総局第三課の小島はん、政友党の右派重鎮の息子さんとか。あの人は警視庁へ任意同行。いろいろ聞かれてはるみたいや」

「小島がか」

「新昭和通商相談役で統合防衛大教育研究所理事やったかな、山本さん。財界にもエラい顔のきくお方やったけど、なんか事故死しはったそうですわ」

「なんだと? 事故だとっ! …………手を、手を回したのか」

「……さあねぇ。そんな真似やるとしたら第十課やろうけど。なんでも首都外周高速道を二百五十キロ近い速度で走って、カーブから飛び出したそうです。

 ほんの半時間ほど前のことですわ。自殺言うことも考えられますな」

「……同志が次々と。まさに全滅か」

 東光寺の脳裏に、同志達とかたらった日々がありありと浮かぶ。

「これもこんなところで言うたらあかん話やけど、東亜黎明協会の影のスポンサーに元クライネキーファー商会極東総支社におった、トーマス・ホールドマン言うおっさん、いてはりますやろ。スイスのクライネキーファー本家に反旗翻した過激派や」

「……さすがだな。あの国際的財閥にたてつくだけあって、中々の理論家だ。

 我々の高度国防防災国家建設に、理解を示してくれた」

「危険な相手で、日本に来るたびに内閣情報総局が監視してます。

 あのホールドマンは、情報の世界では中々有名やし。あまりよくない意味で」

「アメリカの資産家、メディア王の一人としてかな」

「もっと裏がある。なんちゅうか、先進国裏同盟みたいな秘密組織の主要メンバー。

 世界的な環境汚染と人口爆発、自然破壊の根本原因は増えすぎた人類にある。

 だから人類を大幅に淘汰して優秀なモンだけ二十億人ぐらい残そう言う、とんでもないこと考えてる連中だそうですわ。

 元々はワイズメンたら言う組織の残党らしいですな」

「ワイズメンか。その話、聞いたことがある。そしてもっともなことだと思う」

「一佐たちは優秀やよって、生き残るほうに入らはりますやろなあ。

 僕なんかまず淘汰組ですかな。五十億の怨霊に悩まされる自然溢れる地球か」

「わたしが、ではない。わが民族が生き残るのだ。無論日本国内でも過酷で大規模な選別が行われるべきだ。来るべき真の時代に相応しい、目覚めた人々がな」

「……まあええ。ともかく一佐、僕が危険な橋わたっていろいろと根回ししてるんです。

 腹切ったりせんとってくださいよ。僕の面目がなくなるよって。僕かて我が身は可愛い。

 まあ私利私欲の為にやったわけやないことは、みんな判ってます。まったく昔から、歪んだ理想主義ほど厄介なもんはおへんなあ。ほんま悪意がないだけに、始末におえへん」

 田巻は大あくびをすると通信を終えた。東光寺はしばらく運転席で、身動き一つしなかった。やがて両の目から、熱い涙がこぼれだした。

「……すまん、みんな」


 夢見は闇の中で浮いている自分が、夢を見ているのか覚醒しているのか、判らなくなってきている。しかし相手の意志の強い声は、確実に頭に響いてくる。

「君はもどって、確実はわたしを抹殺してくれ、そして……息子、いやいい。

 奴の意識にわたしがのっとられる前に、確実に……頼むぞ」

 エースパイロットは微笑んだ。すると宝辺一尉の姿が、遠ざかっていく。漆黒の闇に宝辺が飲み込まれて消えても、頼りがいのある声はひびいてくる。

「今から君を送りかえす。奴の隙を見て後押しするから、ともかく戻りたいと念じるんだ。多分それしかない」

「ええ、やってみる」

「いくぞっ!」

 闇の中で夢見は、仲間たちの顔を思い浮かべた。同じ訓練と作戦で、苦労した同志達を。

 あの、自分に「けしからぬ思い」を抱いている、世話焼きの斑鳩小夜を。凛々しくも頼りがいのある女古武士、来島郎女隊長を。負けん気が強く、自分に憧れている遊部真由良を。

「みんな…大好き、もどりたい、絶対にっ!

 このままじゃいや……待ってて、もどるわっ!」


「え、なに?」

 小夜は「もどるわ」と言う声に驚いてシートから立ち上がり、天井付近の用具収納庫に頭をぶつけた。声ではない、頭に言葉がひらめいた。

 真由良が夢見の横たわる簡易ベッドに飛びついた。ベルトで固定された夢見は目を見開き、呼吸方法を忘れたかのように口をパクパクさせている。

 真由良は人工呼吸しようと、自分の口で夢見の口をふさいだ。

 それを見て小夜は真っ赤になった。

「ちょっと新入り、なにするのよ! 夢見はわたしの……」

 ほどなく夢見は大きく息をしだしたが、激しく咳き込む。

「水を、水を……ちょうだい」

 来島はベルトを外して夢見を助けおこし、水筒の水を飲めるだけのませた。小夜は栄養補給ドリンクをもってベッドに近寄った。涙声になっている。

「よかった。本当に」

「なにがあった。どうやってもどったんだ」

 夢見は来島の顔を唖然として見つめ、そして思い出した。

「た、隊長、あの………地下に戻らせてください」

 と「あまこまⅡ型改」から飛び出そうとする。驚いた来島は即座に事態を悟り、許可した。

 パイロットがとめるのもきかず、スガル部隊の四人は機体から降り、集積所中央棟へと飛び込んだ。まさに元木二佐と木下特務曹長が大型昇降機のシャフトへむかうところだった。

 驚いたことに眼鏡で官僚然とした二佐は、三三式突撃銃を構えている。

 驚く課長に、来島二尉は敬礼した。

「報告します。大神二等曹長の意識が回復しました。宝辺一等空尉の精神と接触した模様です」

 夢見も少しふらつきながら敬礼し、起きたことを簡単に説明した。

「……肉体派変化しても、一等空尉の精神は正常です。この事態を危惧しておられます。

 そして宝辺一尉は、自分の処分を望んでらっしゃいます。それしか方法がないんです」

 元木は「精神だけ正常」と聞いて、いささか慌てた。

「よく判らない。しかし今から地下にある大量の爆薬を、手動タイマーで点火しに行く。君たちは『あまこま』で待機していたまえ」

「あの………爆薬、ですか」

「そうだ。亡くなった所長たちが準備していてくれた」

 そのとき、元木のカード型個人通信端末に石動から連絡が入った。

「爆破準備はできております。脱出に十分は必要ですので、それ以上にタイマーをあわせます。

 爆破指揮は本職が直接行います。それと、大神二曹の意識が回復しました」

 石動は驚いて夢見とかわってもらう。その間、ボブ木下いらつきながら待っていた。早くこんなところは爆破して逃げ出したい。

 しかしこの若く美しい乙女たちは、なにかしら尋常ではない。逆らえないなにごとかを感じていた。そして若い「娘っ子」にしては驚くほど度胸があった。

 そもそもこの地下で光っている怪物の正体すら木下は知ってはならなかった。

「……そう。宝辺一尉はまだ、正気なのね」

「異星人のコピーした意思に侵略されています。まだ理性のあるうちになんとかして欲しいと懇願されました。彼は世界を救いたいんです、自分を犠牲にして。

 その石動将帥。約束したんです。タイマー設置はわたしにやらせてください」

「危険よ。判っているとは思うけど」

「タカラベ、いえヤツと呼ぶ意思が爆薬の存在をかぎつけたら、妨害してくるでしょう。あの、だからこそわたしにしか出来ません」

「夢見は我々が援護します。いえわたしだけでも」

 小夜が元木二佐の掌サイズの通信機器を奪おうとすると、真由良が先に奪ってしまった。

「自分もまいります。大神二曹殿にはわたしの超心理サポートが必要です」

「諸君ら、わたしの端末をかえしてくれたまえ」

 元木二佐は怒ろうとしたが、近づいている若い女性の体臭に、怒りが萎えてしまう。

「元木二佐、彼女たちの意見具申を受け入れます」

「え、では?」

「爆破用タイマーを、来島二尉にわたしてください」

 驚いた元木は、内心ホッとしていた。ボブ木下は不満そうに、掌にのるボールを半分切ったような手動起爆装置を夢見にわたした。

「こんな若いベッピンたちが、なに好き好んで命をかける。たまげたな。

 こいつはもっとも原始的なやつだけど、いちばん確かだ。下の先端を引き伸ばして直接爆薬につっこむ。そして安全レバーはずして、ダイヤルを回す。いいな?

 最大一時間、最短五分だ。ダイヤルがまわり終わったら発火する。内部の爆薬が外の特殊火薬に火をつけてドッカン。単純だろ?」

 来島たちは元木二等佐官に敬礼した。

 元木は「あまこま」で待機する。木下は広いエレベーターシュフトの上で見守ることにした。来島は三人の顔を見回す。

「じゃあいくよ。いいね」

 三人は緊張し、しかしどこか嬉しそうに「はいっ!」と声をそろえた。


 情報統監部長石動将帥は、消された小型モニターにうつった自分の顔を見つめた。短くかった髪を栗毛色に染めてはいるが、ほとんど化粧はしていない。

 とても五十前後の女性には見えない。いま、泣くのをこらえていてその表情は険しい。

「………宝辺一尉。わたしの教官。そしてみんなの憧れのエースパイロット。

 まだ精神が生き残っていたとは。最後まで自分の任務をまっとうしようとしている」

 そんな人物を、彼女は情報特務部隊に抹殺せよと、命じたのだ。

「あの人らしい。自分の命よりも、人々のことを。

 これがあの人に対する最高のはなむけね、あの人の望む通りに」

 男嫌いで有名だった彼女が、おそらく生まれてはじめて憧れた男性だった。

「石動君!」

 感傷に浸っている暇もなかった。今は世界的非常事態なのである。国防族のドン、防衛産業界を牛耳っている国防大臣はモニター画面の中で細い目を赤くしている。

「エラいことになったがや。フロギストン爆裂筒が」

 厚木基地の周囲に外国を中心とするメディア、軍事ファンや野次馬が次々と集まってきていると言う。

 あちこちの情報掲示板に「厚木基地で特殊兵器の実験が行われる」との噂が、掲載されていると言う。そのことは知っていると石動は答えた。

「……それだけじゃない。白瀬首相が今になってビビりだしてな。

 環太平洋条約機構加盟各国はともかく、周辺諸国の大使館から問い合わせが続いて、外務省が悲鳴をあげとる。海外のマスコミにもリークされたらしい」

「今は、政治的なやりとりよりも……」

「判っとる。二言はない。いざとなればこの脂肪の多いハラをさばいちゃるがね。そっちはどうかね」

「今、世界最強の決死隊がむかいました。かつての東洋一のパイロットを、抹殺する為に」


 大輪田精機本社は産業遺産として保存されている神戸ポートタワーを望む海辺に建っている。

 この昼間も、営業本部第二営業部副部長の宝辺は一人屋上で弁当を広げていた。空を見上げていると落ち着く。

 空は殉職した父親、宝辺利人一等空尉の魂が帰って行ったところだ。子供の頃からそう聞かされていた。そしていつか自分も、父の待つあの空にのぼって行くのだと信じていた。

「コーヒーいかがですか」

 妻の特製サンドイッチを食べていると、部のOLがマグカップにコーヒーをいれてもってきてくれた。小柄で、人のよさがにじみ出ている。

「また空を見て、食べてるんですか」

「ああ、ありがとう。青空を見ていると、落ち着くよ」

 ふと宝辺副部長は、頭の中で言葉を聞いた気がした。

「どうかしました?」

「……いや、気のせいだ。なんでもない」


 たとえ元木二佐が彼女達を置いて飛び立っても、撤収命令を無視してのちに軍律法廷や軍事裁判にかかっても、夢見たちは平気だった。しかしあの課長にはそんなつもりもない。

 軽量個人装甲パンツァーヘムトも不要だった。夢見は迷彩服にいつものバイザーつき略帽フェルトミュッツェと言ういでたちで、武器は一切持っていない。

 真由良は本格的パンツァーヘムトだけはつけていた。そしてボールを半分にしたような手動起爆装置を渡されて、静かに感動していた。

 そのカーキ色の単純な発火装置を握り締めている。来島がしっかりとした肩に手をおく。

「君に危険な任務を頼んですまない。我々は大神二曹を援護して化け物を防ぐ」

「……新入りの自分に、こんな大役を与えていただいて、感激です」

「それはけっこうだ。君も我々の仲間、頼もしい同志だ。事故で能力が低下したとは言え、斑鳩一曹につぐ能力者だ。そして射撃の腕は抜群。

 格闘術でわたしと拮抗しているのも君だけだ。マル特戦にもまけない戦士だ。

 いいか、我々の目的はヤツを吹き飛ばし、無事生還することだ。そして生還が第一優先目標。

 爆破に失敗しても、必ずフロギストン純粋核融合爆裂筒が使用されるだろう。

 無理も無謀も禁物だ。我々とともに降りてこれを特殊爆薬にさしこむ。わたしが合図したらタイマーを十分に合わせ、安全装置をはずしてピンを抜く。

 そして急いでラッタルをのぼって、『あまこま』にかけこめ。しんがりは私だ。誰も残さない。

 四人いっしょだ。生きるも死ぬも」

 小夜も真由良の頭に手をおいた。暖かい感情が柔らかい手から脳髄に伝わる。

「しっかりな、戦友」

 真由良の心のなかでなにかが解けた。目頭が熱くなった。

「は、はい。最善を尽くし、必ず生還しますっ!」

 夢見がやや躊躇いがちに手をのばした。手の甲を上にむけている。小夜はその上に手を重ねる。つづいて来島だった。

 遊部真由良は左手で起爆装置を握り、ゆっくりと手をのばした。そのとき、勝気そうで大きい目で、正面の夢見を見つめた。いつもは視線を避けるようにしている人見知りのなおっていない夢見は、まっすぐ真由良の目を見つめた。

「行こう、いっしょに」

 スガル挺身隊の四人は、来島を先頭にエレベーターシャフトの整備用ラッタルを降りる。続いて夢見。小夜は最後で、一応銃を荷っている。

 シャフトの底から光と風が吹き出している。

「二曹、なにか感じるか」

「……戦っています。一尉が、複製された意思の恐怖心と。全力でとめようとしている」

「よし、地下一階に到着。次の階だ。三階のことはほっておけ」


 課長元木二佐は残っている「あまこまⅡ型改」のコックピット、副操縦士関の後ろで古風だが信頼性の高いインカムをあてて、無線を使っていた。

「すでに集積所の全データは消去しました。あとはスガル部隊の撤収を待つばかりです」

 その後方、防護隔壁でへだてられたカーゴ部には兵員用の座席とコンテナ、そしてシートのかかった移動手段などが詰め込まれている。

 ベテラン戦士であるロバート木下特務曹長、戸籍名称木下正男は、忌々しそうな顔で薄くらがりを見つめていた。とっくに朝が来てもここ深山郷の森は、夜の名残の中にある。

「……不思議な力を持つ正体不明の娘っ子たち。しかもどいつもこいつもむしゃぶりつきたくなるベッピンぞろい。でも危険すぎる香りがする。全くなんてこったい……。

 妙な殺気がビシビシ伝わってくるぜ。そいつらだけが、今わけのわからん化け物退治のために地下にいるのか。我が国きっての歴戦のモサクレは、ここで逃げ出すのを待ってる」

 コックピットへのハッチには小窓がある。元木課長はあのむこうだが、ダクテッドファンが大きな音をたてて、機体の両側で回っている。

 木下は座席の後で、防水迷彩シートにくるまってワイアーで固定され、うずくまっている塊をやや不機嫌そうに見つめた。


 地下二階部の昇降機入り口は、押し開かれている。ミサイルでも破壊できないように丈夫な二重扉である。そのむこうにある大金庫のような防護扉も、大きく開け放たれている。

 来島は下の大型カーゴを気にしつつ地下二階部に降り立った。つづいてスガル部隊が次々と、薄暗い地下二階部へと入る。こここそこの集積所の心臓部、「クルクス」と称されるキャニスターの保管、観察室だった。

「斑鳩一曹は昇降機出入り口で待機。異変があればただちに知らせてくれ」

 地下二階は全世紀末に本土決戦秘密堡塁として作られた弾薬庫だったらしい。大型トンネルによりそうようにして、側防窖室が掘られていた。

 その中に、TNT火薬の五倍の威力があるとされる、藤村式特殊火薬が詰め込まれている。

 この地下二階は下の影響で電子機器がほとんどつかえない。しかし一部の灯りはかろうじてついていた。ところどころなにかが火花を散らしている。

 来島はキャニスターの支持台へ行き、その脇の壁面にハッチを発見した。古い観測機器に隠れるようにしてある。

 鍵がかかっている。中を確かめた木下の部下が、再度閉めたようだが、鍵を開けてもらっている暇はなかった。来島は銃を持っていた。突撃銃である。

「みんな下がれ」

 来島は銃を発射した。保管室内に轟音が響き、鍵が火花を散らして落ちた。来島は大型ナイフでハッチをこじあけた。灯りがない。

「トーチ!」

 夢見はベルトから葉巻大の緊急用トーチを取り出し、渡した。来島はその先端を食いちぎって中の紐をひっぱった。

 低温火薬に火がついて、明るくなる。

 石油カンのようなものが、高さ二メートル幅一メートルほどの細長い部屋にぎっしりと詰め込まれている。人がやっと通れるほどの空間しかない。

「あった。これだ」

「隊長!」

 叫んだのは夢見だった。

「あの……下で、なにかが」

「異変あり。光が強くなります!」

 十メートルほど離れたリフト出入り口で下を監察していた小夜が叫ぶ。

 次の瞬間、メンテナンスハッチから吹き上げていた風が強くなり昇降機シャフトから地下二階へ吹き込み、小夜は飛ばされそうになる。

 丈夫な床が揺れる。キャニスター支持台の前にいた夢見は茫然と立ち尽くしている。足元が大きく振動しだした。

 キャニスター支持台が激しく揺れる。

「二曹、なんだこれは!」

「あれが…宝辺一尉と戦っていたヤツが気付いたんです。異星人の防衛本能が」

 揺れが激しくなり、天井から砂埃が落ちだした。かろうじて残っていた電気系統もスパークし、蛍光電球もふきとぶ。

「危ない!」

 真由良が長身の背中に飛びつき後に引き倒すようにして壁際に二人転がった。

 次の瞬間、丈夫な金属の床に固定されていた、幅広いY字型の支持台の下が崩れ、特殊鋼板の板が折れ曲がりだした。

 その下の厚いベトンの床が崩れ、重い支持台は轟音とともに沈んでいく。太いコードで支持台とつながれていた壁ぎわの各種観測機器も、次々と倒れていく。

 側防窖室から出掛かっていた来島の足元まで、大きな亀裂が走る。夢見は起き上がりつつ、茫然としていた。



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