第七動

「危険です、近づきすぎてはっ!」

 航空自衛隊三等空尉石動いするぎ麗奈は叫んでいた。

 北アルプスの山塊が日本海に落ちようとするあたり。航空自衛隊小松基地と新潟の中間あたりを、イトイ・ポイントと言う。一年を通して雲がわきやすい「空の難所」だった。

 川崎T4練習機「ドルフィン」前部座席で、「アイドルパイロット」は硬直していた。この日は、見事に晴れ渡っていた。気流もよく、飛行日和だった。

「録画するだけだ。あんなのを見たのは二度目だ。心配するな」

 航空自衛隊宝辺たからべ利人としひと一等空尉の操縦席横には、F15のおもちゃを持つ、五歳ぐらいの男の子が笑っている写真が貼られている。

 暗緑色のパイロットスーツ左胸には、子供が描いたらしい飛行機の絵を刺繍した、手作りのエンブレムが取り付けられていた。そしてこのエースパイロットの唯一かも知れない欠点は、豪胆すぎることだった。

 その物体は形状すらよく判らない。円盤ではなく輝く球体だった。

 抜けるような青空に浮かぶそれは、奇妙な違和感をともなっている。まるでその風景に合成されたような、現実感の乏しい飛行体だった。

 それは停まっていた。大きさがわからない。レーダーには写っていない。目測でも、どの程度離れていてどの程度の大きさなのか検討がつかなかった。

 前部座席で若い石動は青ざめた。宝辺は写真と録画に夢中になっている。

「一尉、計器がへんです」

 すでに操縦はできなかった。練習機は、輝く現実感の乏しい球体に引き寄せられていた。それが不可抗力であることは、球体が動き出したことで判った。

 その動きは、不思議なほどゆっくりだった。球体の中でもなにか異常事態がおきたらしい。

「いかん、操縦不能。脱出だ!」

 エースは状況判断も早かった。キャノピーを破壊した。風圧がヘルメットを振動させる。ステンセルSⅢS-3脱出システムはシングルモードである。

「先に行け!」

 前部座席の石動が射出された。だが後部座席は続かない。宝辺はせっかく取った画像とビデオテープの回収を忘れなかった。そのために脱出が少しおくれた。

 操縦席ごと射出された石動三尉は、パラシュートがうまく開き、ゆっくりと降下しつつあった。宝辺一等空尉も脱出装置を作動させた。しかし気体は光につつまれつつある。一切の電気系統が沈黙していた。計器類も動かない。

「だめだっ!」

 複座練習機は、エンジンも停止する。それでも光る球体に接近しつつある。

「宝辺一尉!」

 石動は降下しながら目を見開いた。輝く球体は機体の倍程度はありそうだが、遠近感がつかめない。次の瞬間石動三尉は目をとじた。光がはじけたのである。

 衝突したのかその前に自爆したのかわからない。光の球体は砕けて青空に光を撒き散らした。

 練習機はその光をあびて機体が輝いている。球体が消えたとたん脱出装置が作動した。宝辺利人はまだ光が残っている中空へ、座席ごと射出されたのである。


「そのあとのことは覚えていない。わたしは気を失ったらしい」

 地下四層の特殊発令所の空気も、凍り付いていたかも知れない。

「わたしたちの乗った機は墜落、炎上した。光る未確認飛行物体は、跡形もなく消えた。破片すら発見ではなかったわ」

「どこかへ去ったのではないのでしょうか」

 来島は生真面目に問う。彼女に冗談は使えない。

「しかし、はじけるのを見たわ。確かに。爆発ではなかった。音もなく。

 レーダーも機体の分解を確認していたわ。そしてUFOは跡形もなく消えた。当時の判断では、そう言う風に仕組まれていたんだろうと言うことになったの」

 少し夢見が、顔をしかめた。

「またあの声が……」

「あなたはなにか感じるのね。それは一尉の叫びかも知れない」

「仕組まれていたとは、どう言うことでしょうか」

 来島は部隊で唯一と言っていい「常人」だった。しかし恐ろしく勘、特に戦場でのそれが働く。

将 帥石動麗奈は、年を感じさせない整った顔で、小さくため息をはいた。

「恒星間移動手段をもつほどの文明の生物。どこまで発展しているんでしょう。 たぶん我々人類とは違ってほぼ文明的な問題を解決し、物欲すらなくしているかも知れない。

 争いごとも必要なく、貧困や嫉妬とも無縁。多分各種欲望すら超越している。

 そんな人たちが何故、莫大な予算と時間をかけて遠い地球にまで宇宙機を派遣すると思う? どう、大神おおみわ二曹」

「あの……多分、最後にのこった欲望。知的好奇心を満たすためでしょうか」

「そう。きっとそうよ。地球でときどき目撃されるUFOは経済的な、まして軍事的な脅威じゃない。田巻君がいつもそう熱心に言ってるわ。

 たぶん進んだ文明の科学者、民族学者か生物学者が飛ばしているんでしょう。 そして極力、地球文明に干渉しないように注意をしながら。

 でもいくら高度に進化した文明だってミスをおかすわ。地球人がうちあげる探査衛星みたいにね。だからもしもの時のために、処置がしてあったのよ。もしも故障したり捕獲されたりしそうになったら、あとかたもなく消え去るように」

「あの……将帥。乗っていたその宇宙人と言うか、その、登場者はどうなったんですか」

「人と言うか、知的生命体が乗っていたのかしら。

 われわれだって今や外宇宙に観測機を送っている。でもやっと人間が到達しているのは火星ぐらいまでよ。それまで犠牲も出ている。

 たいていは無人の、ロボット探査機でしょう。あの不思議な球体も多分無人だったと思う。でもなんらかの意思によるコントロールは、確かにあった」

「それがはじけたところへ、タカラベ一尉は突っ込んで行ったのですね」

「そうよ来島二尉。はじける光に巻き込まれて………。

 パラシュートは開いて一尉は無事に着地、回収保護されたわ。でもわたしは面会もできなかった。

 そして公式には訓練機とともに墜落、殉職したことになっていた。

 いえ宝辺一尉のことも事件のことも一切がタブーとなったわ。わたしは情報本部に転属させられて、やがて辞めたの。そして連続震災の混乱で、総ては忘れ去られた。でもわたしは予備役ののち統自に入り直して、まだ一尉が生きていることを知った」

「あの……ひょっとしてその、あの集積所にでしょうか」

「…通称クルクス乙号資材。甲号は、発見するはずだったUFOの破片のこと」

 石動以上に冷静な来島も、静かに驚いていた。

「では監察官が検閲しようとしたのは、宝辺一尉の遺体なのですか」

「いえ、遺体じゃない。だから一尉はまだ、一応生きているの、生物学的には」

 スガルの四隊員はもとより、石動周辺にいた全員が驚いた。

「そう。わたしも情報本部にはいって知った。保護された宝辺一尉は意識を回復しないままに少しづつ肉体を変化させた。体温も脈拍も異常だった。そして脳波も。一尉は宇宙機の爆発にまきこまれその光を浴びて、なにかが起きたの。

 当時の政府は、政府の奥の院とも言うべき人たちは恐れた。そして変化しつつある一尉の肉体の覚醒を恐れ、急速に冷凍したの。

 生きているとも死んでいるとも言えない、宝辺一尉だった肉体を」

 宝辺一尉は射出と落下の衝撃でかなりの怪我をしていたが、急速にそれも治っていく。また周辺機器に奇妙な影響を及ぼしていた。

 日本政府はあわてて冷凍した一尉の肉体を内郭、そしてキャニスターにいれて、あの集積所地下に隠蔽したのである。凡てが国家最高機密だった。

「あれは、集積所は元々、二十世紀後半にあった冷戦時代の遺物だそうよ。

 当時の日本は、ソ連の日本侵攻におびえ、さまざまな計画をつくっていた。日本人の重要人物をアメリカに脱出させる『D2計画』や、国内でゲリラ戦をやる『新泉作戦計画』など。

 でも実態は今もよく判ってないな。震災で資料が失ったことになってる。

 そしてあの集積所は当時密かにつくられた、ゲリラ戦用地下基地の一つ。そこにキャニスターを隠蔽し、管理し調査する施設を作ったの。防衛省の頃にね」

 二十世紀末頃まで、冷戦と言う東西のイデオロギー対立があった。思想的対立は表面的なたてまえで、その実、当時最大の海洋国家と、ユーラシア大陸に勢力を伸ばした、最大の大陸国家の地政学的対立だった。

 結局は経済力のおとる「計画経済国家」が軍拡競争に敗れ去った。

「では破棄資材暫定集積所の正体は、異星人によるなんらかな影響を受けた宝辺一等空尉を冷凍保存するための研究所なのですね」

 戦闘服姿の来島は、何故か直立不動になっていた。

「そしてここ三年ほどはわたしが管理している。事件の当事者である私が。

 今そこがなにものかに襲撃され、一尉の眠るキャニスターが奪われた」

 石動は小型モニターにむきなおし、仮想キーボードをうった。

「いえ、無力化される直前の監視カメラの映像や、第七課の調査でほぼ判ってる。この連中のようね」

「……景山一尉ですか。お会いしたことがあります」

 来島は大学校で指導を受けていた。

「そして大崎技術二尉。たぶん小柄な影は、佐伯三尉ね。大崎は二つの博士号を持つ、航空総監部兵站一課課員。

 佐伯梓三尉は確か帝都大学からU幹になったはずよ。いずれも優秀だけど、過激な思想ゆえ警務隊や公安にマークされていた」

 一等曹長斑鳩小夜が、聞いた。

「じゃあ夢見が森で感じた殺意って言うのは」

「いえ、その……人間のものじゃなかった。あれはいったい。まさか……」

 石動将帥は一秒ほど目をとじてから、スガル隊員たちを見回した。

「もう一度、行ってもらうことになるかも知れないね」

「統監部長、キャニスターを、宝辺一尉を奪った連中は、それをどうするつもりなのですか。現代の科学力では解明はおろか、制御すらできないのでしょう」

「さあね、二尉。本当にどうするつもりかしら。そして本当にどこにあるのか、

 今に景山たちのボス、東光寺一佐あたりが政府に接触してくると思う」

 東光寺の名前は、夢見ですら聞いたことがあった。

「あの……統合防衛大きっての俊英と言われた、その、軍令本部の方ですか」

「そう。そして東亜黎明協会の重鎮。もっとも彼自身は、むしろ故・本間将帥補の弟子筋だったらしいけど。国策研究のいく分穏やかな研究会を主導していた」

 東亜黎明協会、通称「東黎協会」は日本を憂う革新官僚や過激な青年将校、選良経済人と称する資産家子弟に加え改革派知識人などによる特殊結社である。

 彼らはまた極東新秩序構築委員会なるものを作っている。

「背後に国際連邦の武断主義を快く思わない、先進国為政者の秘密結社がいるともされている。噂ではトリニタース、三位一体と言う名前のね。でも実体は不明よ。トリニタースなんて本当にあるのかも判らない。

 でもスイスに世界的な賢人と、知的な富豪の結社がある、ないしあったのは確かです。我が国政界にもかなり金をまいていた……。

 ともかくその一佐は元々、故・本間忠明将帥補を中心とする新国家戦略研究会との橋渡しだったのに、いつの間にか東黎協会の幹部になっていたそうです」

「その東光寺一佐の行方は」

「統合警務隊が追っているけど、どこにいるやら」


 スガル挺身隊四人は、地下交通線を使い厚木航空基地に降り立った。だが待っていたのは、小型VTOL輸送機『しらさぎ』ではなかった。

 まだ一般部隊には配備されていない「あまこまⅡ型改」が待機していた。ダクテッドファンを三つもつ特徴ある形状の垂直離発着機である。

 乗り込んだ夢見は、見慣れぬ物体がシートをかぶせられ、固定されているのを見つけていぶかしんだ。カーゴ前方の座席に座るとき、小夜にきいた。

「あれあの………特殊爆弾かなにかですか」

「まさか。あの形からすると空中突撃部隊が使う装甲エアロ・トライクよ。偵察なんかにも使える。わたしは乗ったことあるし、監察官捜査の時に見たでしょ」

「ベルトをしめろ、発進する」

 夜中の緊急発進は、秘匿しきれるものではなかった。音の比較的静かな小型垂直離発着機は、夜空に轟音をのこして消えていく。

 そして市ヶ谷周辺のあわただしい様子は、東黎協会のシンパの、当然知ることとなった。


「こちら東光寺だ」

 森に囲まれた洋館の一室。古風な暖炉では火が燃えている。東光寺正光は安楽椅子から立ち上がり、受話器を握り締めた。遠くに潮騒が響いている。

 小さなテーブルの上に仮想スクリーンが立ち上がった。

「一佐、上田国防相のほうは動きそうもないですね」

「小島か。上田の狸親父は、今は亡き本間将帥補と親しかった。それにクルクスの正体を知る数少ない一人だ。心配するな」

 小島正和は東光寺より年上の四十代半ば。外務省情報総局第三課主任分析官である。

「集積所の影山たちと連絡がとれないのですが、発見されたのでしょうか」

「……だとしたら浦木がなにか言って来る。

 そんなことより、上田をなんとしても説得しろ」

 心配するなと言った一佐が、一番心配していた。

「景山も佐伯も連絡がとれない。集積所地下でなにがおきているんだ。

まさかあれが、目覚めたのか」


 ティルト・ダクテッドファン機「あまこまⅡ型改」は、全速力で信州北部を目指す。途中からは多目的支援戦闘機「いぬわし」も二機、付き添って飛行した。

「護衛つきか、なかなか豪勢だな。最新戦闘機ではないにしろ」

 挺進隊長はふりかえった。大柄な新入りがやや青ざめている。

「遊部三曹、少し深呼吸してみろ」

 顔色の悪いのは、夢見も同じだった。隣の小夜が顔をのぞきこむ。

「またあの意思を感じるの?」

「……たぶんおなじものだと思います。でもその……もっと不安な……恐怖?」

「あの森でなにがおきているのかしら」

「みんな、情報統監部長将帥より特別命令が入る。各自の前にあるヘッドフォンをつけろ。スクリーンを立ち上げる」

 四人の前、前の背もたれにとりつけられていた小型スクリーンに石動の顔が写っている。

「そのままで聞いて。これはパイロットにも聞かせられない話です。

やっと特殊保護キャニスターの秘匿場所がわかりました。景山一尉らはキャニスターを奪って運んだんじゃない。盲点でした」

 石動は一つ大きく深呼吸した。

「集積所の使っていない地下三階に、隠されていました」

 来島は少し怒ったように聞いた。

「つまりキャニスター、いえクルクス資材はまだあの集積所にあるのですか」

「ええ。総ては偽装。破棄資材暫定集積所国家特別機密研究施設の、崩壊し使用されていない地下三階。もともとあれを作った陸上自衛隊時代の、機械室と倉庫だったはず。

 そして強奪部隊を導いた裏切り者は……所長の浦木よ。まったくうかつだった。現地最高責任者だったあの男が。さんざ内通者がいると言っていた本人が」

 浦木理男は二十代前半に国費で海外留学し、二つの博士号を持つ俊英だった。 三十代で中央高等研究所第九研究室特別班副班長に抜擢されている。思想的な危険性は報告されていない。

「特別捜索部隊は、罠にかかって時間を無駄にして損害をだした。これは浦木に任せていたわたしの責任です。今は現地部隊を再編成して集積所を制圧したわ。

 でも地下部はエレベーターが止められ、閉鎖されています。地下三階については正確な図面もなく、詳細はわからない」

 被害を免れた兵士を集め、歴戦の猛者「マル特戦」と呼ばれるボブ木下特務曹長が臨時部隊長となって集積所を護っている。

 だが地下への侵入ルートがわからない。非常階段らしきものはベトンでふさがれていた。

「地下から最後に、悲鳴のような通信があったらしい。

 以後は指揮所との連絡も途切れがちで、なにがおこっているか判らない」

「なにかがあの………目覚めたような気がします」

 夢見がささやくように言ったので、石動の顔が強張った。

「目覚めた。つまり、宝辺一尉がか」

「判りません。遠すぎます。でもだんだん近くなる」

「……やはり一尉は生きている。

 血液を入れ替えることもなく、急速に冷凍したのに」

「でも……恐怖と怒り、そして焦りが。普通の人間の感覚ではないんです」

 小夜も真由良も多少は感じるのか、青ざめていた。


「やっと届きました。自衛隊時代の古い図面です」

 破棄資材暫定集積所の職員は、その画面を印刷した。電波の状態が悪く、なんとか受信できたのだった。

 十年前に日本に再帰化した木下特曹は、広げられた図面を見つめる。坊主頭の中央を走る傷が不気味だが、顔は意外に柔和だった。

「地下三階への出入りは大型昇降機と階段だけか。階段は閉鎖されているな」

「やはり今とはかなり違いますね。地下二階もずっと拡張されています」

「地下三階でとまっている昇降機の天井を破壊するしかないか。

 ほかに通風口などはないのか」

「改築指揮した浦木所長が、改築用図面を処分してしまいました。確か担当した工科中隊にも残っていないはずです。秘密保持の為に処分を求めて」

「その所長が手引きしたとは、元々キャニスターとやらを奪うつもりだったか。

 こりゃ下手に突撃すれば、どんな罠が待ってるか判らない。用意周到だな」

「し、しかし早く見つけなければその……地下ではなにかが起きているし」

 青白い所員がさらに青ざめる。

「キャニスターになにが入っているか判らないけど、早く取り戻さないとヤバいんだろ。その担当した工科中隊が何かわからないか、もう一度調べてくれ」

 元々集積所の護衛だった兵士が報告する。

 「あまこま二型改」が近づいてくると。

「石動将帥の言っていた助っ人か。まったく情報統監部が俺たちを指揮するってのもよく判らんが、助っ人の正体も知っちゃいけないとはな。

 ともかく丁寧にお出迎えしよう」


 夜の黒い森がざわめく。垂直になった三発のファンが排気を大地に叩きつけ、木々を揺さぶり木の葉と土煙を飛ばす。

 あまこまⅡ型改が着陸しエンジンをとめると、後部の大きなハッチが開いた。 迷彩服の兵士たちにむかえられて、完全武装のスガル挺身隊四人が、あやかしの森に降りた。

 強襲部隊と同じく三三式突撃銃に新式軽量個人装甲と言ういでたちである。しかし出迎えた兵士たちは、四人とも若い女性であることに、いささか驚いた。

 目の前の集積所には、先端をカットされたピラミッド状の建物がいくつか並び、周囲を厳重なフェンスで囲まれている。

 しかし警戒システム、自動攻撃システムが故障していると言う。一度はなんとか所員がなおしたのだが、「なかからの不可解な力」で異常をきたしている。

 スガル部隊の美しき四「魔女」が中央の指揮所に入ると、馥郁たるコーヒーの香りがする。ハワイ生まれの木下特曹がたてて待っていてくれた。

「石動閣下から伺っております。正体を知ることもいけない特殊部隊とか」

 夢見は悪い癖で、初対面の押しの強い人間が近づくと、下をむいてしまう。将校である来島も、この「メンコの数の多そうな」ベテランには丁寧に接する。

「よろしく。協力するように命じられている」

「ガードはたいそうだけど、武器は突撃銃だけですか。驚いたな。

 それで地下へ突入しようってんなら、やめといたほうがいい。うちの部隊は、自動戦闘兵器でかなり被害を被りました。

 それに地下になにが待ち受けているか判らない」

「あ……これ」

 と夢見が声をもらした。

「どうしたい、のっぽのベッピンさん。輸送機に酔ったかい」

「いえ。また意思を強く感じる。殺せ、早く殺せと。そして不安と怒り」

「まずい。やつらやはりキャニスターを開けようとしているわね」

 来島は指揮所のモニターで石動に報告した。

「……意思が強まってるのね。行ってもらってよかった」

「これからのご指示を」

「と言われても困ったな。ともかく地下三階の様子を知らなくては。

 さきほど阿部技官が操作プログラムを解析したわ。フラックトゥルムが監察官搭乗特別機を迎撃した時と同じ、仮想作戦命令者『クルクス』を読み解いたの。

 なんとあの浦木博士の極秘コードです。その解除は浦木本人しかできない」

「つまり処置なし、ですか」

「そうでもない。元々地下基地にあった非常階段は封鎖されてるし、エレベーターは地下に降りたまま。そして浦木はどこにもいない。

 つまりやつは地下三階に閉じこもっている。どうやって降りたのか」

「ほかにも地下へ降りる手段があるのですね。まずはそれを探します」

「ああ……」

 夢見が目を見開いて棒立ちになった。

「目覚めてしまう、なにかが」

 真下に不可解で強い意志を感じていた。殺意と不安、恐怖と怒りのまじりあったその意思は、人間のものでありながらどこか違っている。そして奇妙なことに敵意は感じなかった。


「か、景山一尉、あれを」

 腰が抜けたようになりった浦木は、指差した。強い風がふきつける中、浦木を助け起こそうとした影山はふりかえった。

 統合幹部学校生徒監影山克二一等尉官は、父が殉職した警官だった。東光寺達の「憂国サークル」に参加したのは、連続震災の数年あと、ジャスト発足直後だった。しかし時々、一佐の過激な思想にはかねて疑問を呈していた。

「い……いかん!」

銀 色のキャにスターは「ふた」が横倒しになり、その半透明な内郭もひび割れて上部が崩壊している。

 暗緑色のパイロットスーツはキャニスターのすみに落ちている。そしていま、光り輝く人の形をしたものがゆっくりと立ち上がりつつあった。

 景山の前には佐伯三尉が茫然と立ち尽くしている。キャニスターの奥では下士官と大崎義則技術二尉がやはり、光る人影に見とれたように立ち尽くしている。

 古い地下壕の中を拭きぬける風は、奇妙にも立ち上がった光る人の形をしたそれを中心に渦巻いていた。

 景山は全身に奇妙を感覚が走るのを感じた。体中の体毛が焦げていくが熱くはない。ただ立ち尽くす自分の肉体を無数の粒子が貫いていくような感じに、戸惑っている。

 光り輝く「それ」は立ち上がった。人間の形状をしてはいるが、やや歪である。目をこらすと、銀色の宇宙服のようなものをまとっているが、それが光の圧力に耐え切れないのかすこしづつ崩れている。

 やっと吾にかえった景山は、光のむこうにいる大崎たちに叫んだ。

「なんとかならないのかっ!」

「ど、どうしようもない。総ての電子機器が、こわれた……」

 浦木も震えつつ立ち上がった。

「か、覚醒してしまった。だからキャニスターをいじってはいけなかったんだ」

 景山は瞳孔を見開いている。驚きが、恐怖感を圧倒していた。

「あれが……あの人が伝説の撃墜王、宝辺一等空尉か」

 完全に腰を抜かした浦木は、古いベトンの床から立ち上がれない。

「違う。もう人間ではない!異星探査艇との接触で肉体も精神も変化しだした。

 だからあわてて冷凍したんだ! もう、人間の心は失っているんだ」

 素行不良で警務隊からにらまれていた強襲突撃団落ちこぼれの二等曹長が、キャニスターの横を目をつぶって駆け出し、景山たちの脇をとおって大型昇降機の方へとむかった。

「なにをする、本田っ!」

 粗暴な本田二曹は、上下から固くしまっているよろい戸を開けようと、非常用の小さなハンドルを回しはじめた。

「た、助けてくれっ! 化け物だっ!」

 本田の引き締まった背中を、光の圧力とイオン化した風が襲う。景山は叫ぶ。

「よせっ! あけるな! あいつを外にだすと……」

 本田が小さなハンドルを回し付けると、頑丈な鋼鉄製の扉がゆっくりと上下に開きはじめた。

「よせ! 本田! 命令だっ! あいつをここから出すな!」

 景山はたてかけてあった突撃銃をとり、躊躇うことなく発砲した。本田は背中から血をふいて、声もださずに崩れ落ちた。我にかえった佐伯三尉が、叫ぶ。

「い、一尉、なんてことをっ!」

「……あれを外へだせば世界はどうなる。我々の責任だ。

 佐伯っ! 大崎、中野一曹っ!」

 名前をよばれ吾にかえった戦士たちは、突撃銃の銃口をあわてて異形の光る「なにか」にむけた。あいかわらずその輝く物体を中心に、風が渦巻いている。

「撃て、撃てっっっ!」

 しかし光は、人間の形をしている。三人とも人を撃ったことはない。景山もだった。景山一尉は、四三式突撃銃を腰に構えて、自分が撃ち始めた。

「撃てぇ~~~~~~~っ!」


「あ………」

 地上部の指揮所で、また夢見が立ち上がった。

 テーブル状のモニターで図面を見つめていた来島が、深刻な表情で振りかえる。しかし小夜たちもなにも言わなかった。

「……はっきりと頭の中に響いた。殺せ、殺してくれって」



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