第五動

 薄暗い空間の中、黒づくめの完全武装戦士たちは緊張していた。二人ほどは床にころがって鼾をかいている。緊張のしどうしで疲弊していた。

 リーダー格らしいいかつい若者も、固形食糧をかじりつつため息をついた。若く、目つき意外は愛らしい佐伯三尉だけはキャニスターの傍らにしゃがみこみ、小型の機器を操作している。

「景山一尉!」リーダー格が立ち上がって近寄った。

「東京からの最終コードです。しかし解凍はまだ待てとの指令ですが」

「コードが有効がどうか試してみてもいいな。佐伯三尉、拝んでみたくないかね」

 佐伯の顔はこわばった。景山は命じる。

「全員おきろ。簡単に食事をとれ。作業に入る。大崎二尉」

 床でねむっていた痩せた人物がおきだした。

「中を覚醒させずキャニスターだけ開いてみる。中は極低温だ。気をつけてくれ」

「一応一佐に許可をとったほうがいいです」

「外側だけだ。中の棺ははそのままにしておく」

 新燃料開発にかかわる大崎は、理学の博士号をもっている。

「マイナス五十あたりに保つ必要がありますから、外殻の開閉は部分的なものにしてください」

 佐伯は一歩さがって、大崎に場所をゆずった。

「二尉、最終解除コードはいつでも入力します」

「よし、木下と会田は一応出入り口をかためろ。ここは大崎と佐伯にまかせる」

 銀色の巨大カプセルにいくつかともっていたランブが、赤から青に変わった。

「大崎、全ロック解除のコードは、上からもらっているな」

「はい……では一尉、解除します」

 半自動台車にのった銀色のキャニスター両脇から、白いもやがながれだす。

「気をつけて。極低温のミストです。このまま音頭を徐々にあげさせます。

 しばらく時間がかかるな。佐伯三尉、内郭の温度を注意していてくれ」

 大崎はキャニスターにあいた四角いのぞき窓に、顔を近づけた。まさに棺桶のような半透明の内郭には、銀色のパイロットスーツかなにかを着た人物がよこたわっている。

 そして内郭の上には、くすんだモスグリーンのパイロットスーツがかけられている。左胸に奇妙なエンブレムがとりつけられていた。青く丸いそれは、まるで子供の描いたような航空機のイラストである。

 そして下にはF15DJと活字で書かれていた。


 浦木理男所長は、まだ集積所から出ることを許されない。他の職員のうち麻酔弾の後遺症のある副所長ともう一人は、長岡の補給連絡所で検査をうけている。

 また警備兵のうち一人も、衛戍病院だった。今は特派警備兵などで十人以上の重装歩兵が施設を護っている。しかしここにはもう、護るべきものは存在しないはずだった。

 うたたねしていた浦木は顔を洗うと、トイレの個室で個人通信端末をつかった。 一切の通信はしかるべき機関に傍受されているはずだった。浦木は小さなモニターを見て緊張した。発信人不明で「雛は元気だ」とだけあった。

 破棄資材暫定集積所をつつむ「あやかしの森」の中では、次々と山岳部隊が投入され、捜査が続いていた。最新の山岳歩行機械「ヤママヤー」まで導入されていた。これは四本足で急斜面などをのぼる山岳救助、作業「車輌」である。それを三基、ヘリで運んで捜索にあたらせている。しかしキャニスターもそれを奪った五人の黒い武装集団も、痕跡すら発見できなかった。


「特に異常はありませんが、いささか退屈ですね」

 作戦発揮待機所から、来島くるしま郎女いらつめは中空に浮かんだ仮想三次元モニターに直立不動でそう報告した。

 情報統監部長将帥もさすがに疲れている。

「よろしい。一端第二種待機を解く。官舎での休息その他を許可する。ただし命令しだい、十分以内で完全武装の上、発動待機所への呼集可能な範囲での行動を許可する」

 とっくに小夜も酔いがさめていた。来島以下四人のスガル情報特殊挺進隊員は、敬礼した。

「聞いたとおりだ。少しやすめ。いつ緊急呼称があるかわからない。外へでることを禁ずる」

 シャワーのあと冷たい水をかなり飲んで、人のいい小夜はよみがえっていた。

「エラい目にあったわ。二人ともありがとう。夢見も眠そうね……」

「それにしても、何がどうなっているのかしら。要塞地下には緊張感が漲って。

 その……不安と悲しみを感じる。北の方向に」

「……あやかしの森ね。多分、なにかとてつもないことが起こってるな」


 石動麗奈は薄くらがりの中、一人ですわっていた。平面モニターのあかりが、整った立体的な顔を仄かに照らす。モニターには、文字が現れている。

「第七課情報。東光寺一等佐官は昨日午後より体調不良を理由に臨時休暇申請、受理されている。現在人事局のほかに、統合警務隊が所在確認中」

「東亜黎明協会か。あれを悪用し、この国を飛躍させようと言うの。

 恐ろしいことを」

 石動は少しねむくなった。耳元に男の声が響く。

「……どうだ、いいだろう」

 自身たっぷりの声が、嬉しそうに言った。石動はその日に焼けた笑顔を、思い出した。

「息子の為に特注で作らせたんだ」

 日米合同演習では、F15Jでなんと当時最新鋭のF22を「撃墜」していた航空自衛隊きってのエースパイロットが、石動の臨時教官なのである。政治的配慮らしい。一度その腕前を味わってみろと言われ、特別に共に飛んでもらうことになった。

 そんな彼の唯一の趣味が、子育てかもしれない。彼は箱にはいった、金属製の模型を石動に見せた。

 きわめて精巧な、特注のF15である。しかし就役以来三十年がたっている。

 息子のプレゼントだというその模型を、宝辺たからべ利人一等空尉は、ロッカーにしまった。

「さてとお姫様。今日は君が広報担当アイドル自衛官で終わるのか、正真正銘の『飛び屋』になれるのか、重要な訓練だ。

 覚悟しておけ、新潟と小松のあいだ。難所イトイ・ポイントだぞ」

 宝辺はにこやかに微笑んだ。その微笑みを、石動は二十数年たっても忘れなかった。


 冷たく白い靄が、キャニスターの両脇から漏れ続けている。その古く崩壊しかけたトンネル状の地下壕内部も、急激に冷え込んだ。その場を支配する緊張感すら、凍りかけている。

 大崎二等技術尉官は小さな弁当箱のような多目的観測機器を見つめて言った。

「もう大丈夫でしょう。外殻をあけます」

 二人の下士官と三人の将校は手袋が凍りつくのに耐え、カプセル状のキャニスターの上部を持ち上げた。電子ロックがはずされていて、比較的軽かった。

 景山が命じる。

「横に下ろせ。手が凍りつく前に」

 蓋になっている上部は、内側を上にして半自動台車の傍らに置かれた。冷たい靄が立ち上る。

 中の棺桶状の半透明容器に、空気中の水蒸気が凍り付いていく。しかしその上にかけられた航空自衛隊時代のくすんだグリーンのパイロット服は、凍り付いても目立っていた。

 すべての徽章、ワッペンが剥がされている。ただ左胸に正規のものではない、手作りらしい丸いワッペンが縫い付けられていた。

 科学者大崎は観測機器を操作した。

「内部温度上昇。蓋をもどしたほうがいい」

 影山はきいていなかった。内郭に近づくと、顔が凍りそうになる。急いで天井かに取り付けた照明灯が、不気味に揺らぐ。

「ア!」下士官の一人の通信機がスパークした。景山は表面に薄く氷の張った角の丸い棺桶を覗き込む。佐伯梓も後から、恐々と近づいた。

「これが、かつて航空自衛隊一の撃墜王と呼ばれた、宝辺たからべ一等空尉ですか」

「そうだ。二十数年前とまったくかわっていない。これが石動三尉事件の主役」

「カッツ博士が欲しがっていたのは、まさにこれなんですか」

「ああ、人類史をかえる至宝だ。しかし連中にわたすつもりはないさ」


 館山から眠ったままもどってきた田巻は、昼食兼夕食をかきこむと、参謀控えの執務机にもどった。もういちど大空健一の経歴を確認したかった。

 特に一部関係者のみに知られる「石動三等空尉事件」前後の発言を。しかし検索していくうちに妙なことに気付いた。

 さきほどは簡単に閲覧できたのに、元特別防衛雇員酒井雅秀の経歴は出てこない。次の瞬間、酒井の名前そのものが突然消えた。

「この文書の閲覧は許可されていない」

 画面にそう赤い文字が出たとたん、画面が真っ暗になった。幸い、情報端末そのものは壊れていなかった。

 田巻は危機を再起動させたが、もう経歴へのアクセスは諦めた。

「……こらやっぱり、エラいもんに触ってもうたな。しかも本命や」


 スガル部隊は正式名称を情報統監直卒武装機動装特務挺進隊と言う。一応の管理は、存在しないはずの第十一課、通称「エルフィン」が行う。

 その新課長たる二等佐官元木定はこの分野ではまさに門外漢だったが、珍しく主計課出身で予算管理が得意だった。そして政治折衝や予算要求などでは、抜群の能力を発揮する。

 初代十一課長の医学博士一等佐官は奔放な女性で、機密開発予算を浪費した。

 さすがに会計監査院に目をつけられ、更迭となった。タブーに近い情報工作予算にも査察が入った。かわりにかつて軍令本部の主計部にいた元木が、こうして送り込まれたのである。

 前任者小林一佐の一部私的流用も含めた無駄遣いをリークしたのは、田巻ではないかと内部でささやかれている。田巻は一応否定してはいるが。元木自身もいまだ自分の任務の性格を理解しきれていない。

 なぜこんな非公開セクションに来たかは、大方わかっていた。

 いわゆる「汚れ役」である。企業で言えば総会屋対策室かもしれない。そんな精神的にもつらいポストを二年もつとめれば、その後の昇進は約束される。

 軍事官僚としての実力はかなりのものだが酒と女で失敗した元木にとっては、最後のチャンスかもしれない。

 休息をとった夢見たちは、市ヶ谷要塞に足止めされている。ほかに任務もなく、ひたすら待機と言うのは疲れるものだった。

 元木は十一課長室に戻ると、待機中のスガル部隊の四人を呼びつけた。

「引き続き第三種警戒のまま、要塞内で待機。つねに位置をしらせること。食事等は適宜とれ」

 四人は本戦備甲の迷彩戦闘服のまま敬礼する。ともかく挺進隊長とともに行動することになった。大きなエレベーターで地上部へ出ながら、滅多に弱音をはかない古武士が、愚痴を言う。

「なにもせずにひたすら待つってのも、辛いな。

 安全で小奇麗な要塞内だと、どうも慣れない」

「あの……わたしもです。なんかその、戦闘服だと目立っちゃって」

 ヘルメットも被っていなければ、武器もない。訓練中にも見えなかった。

 夢見は人の視線が気になる。この四人が集まっていると、周囲の空気がどこか違ったものに見えた。広い廊下を歩くと、すれ違う人々がたいていはふりむく。

「おいおい、極秘特殊部隊があまり目立ったらあかんなあ」

 と、横手から田巻が現れた。

「君ら夕食まだやろ。どや、将校クラブで食わんか。おごったるわ」

 日ごろ「家族への仕送りが大変」ときりつめている田巻だが、夢見たちが相手のときだけ裕福な振りをする。将校クラブはともかく廉く、下町の洋食屋程度の食事は、夜中でもできた。

「本戦備待機? かまへん、今んとこ、動きはない」

 奥まった半ば個室になったテーブルに、五人ははいった。やや狭い。若い女性の体臭で田巻は軽く眩暈がしたが、平然としている。定食は一種類しかなかった。夢見ははじめてだった。迷彩戦闘服のままで、ナイフとフォークは使いづらい。

 田巻はもう夕食はすませた、とビールを注文した。

「今は非番でな。僕は別に第二種警戒も第三種待機もかかってへん。

 酒豪の来島君は……あかんやろな、待機中は」

「ビールなど水みたいなものです。いただきます」

 定食のフライなどが運ばれたあと、田巻は語りだした。

「石動はん、姿見せんやろ。もどってから地下四階の臨時発令所や」

「地下四階? あの、公式にはないことになってる」

 夢見は大きな目を見開いた。

「そこでなにが行われ、君はなんで待機しとんのや。ユメミンはうすうす感じてんのやろ」

「あの…………ええ。あの森でなにかが起こりつつある」

「大声で言えへんけどあの密林の中の集積所。管理は開発本部やけど、監督者の一人はなんとうっとこのボスや。いや実質責任者がな」

「石動閣下ですか?」

「うん。それでいろいろ調べたんやけどな。

 二十年程前に、石動三尉事件と言われる墜落事件があった。当時練習用に使ってた副座のジェット機が、突然墜落した。

 訓練していた石動はんは脱出、特別教官やった当時のエースパイロットは殉職、死体も残らんかったそうや。エンジントラブル言うことになってるけどなあ」

 来島は鋭い視線で、見つめる。

「その話は聞いています。閣下がその後航空自衛隊を辞職されたきっかけです」

「まあ滅多にないことやけど、訓練中の事故。それが事件なんて呼ばれて、記録は今でも厳重に封印されとる。なんでやろう。

 これも古い、自衛隊時代の機密文書で見たんやけど。バラバラになって海中に沈んだことになってる機体の一部は、回収されて念入りに調べられた。

 そのあとが問題や。その機体の一部は、ひそからある場所に移された。いやある機関に譲渡されたそうや。…合衆国空軍特別調査部OSIに。いまはなんて言うんかな。ともかく事故機体を製造会社でも技術系の研究所でもなく、なんで特別調査部なんかにわたしたんやと思う?」

 四人は答えられなかった。少し顔の赤い田巻は、周囲を見回す。

「その前後、北陸で妙な噂がたった。

 光る物体見たとか、UFOと自衛隊機が衝突したとか」

 四人はお互いに顔を見合わせる。やっと夢見が口を開いた。

「あの……UFO、空飛ぶ円盤ってやつですか」

「ユメミン、君はいつの時代の人間やねん。まあそうやけど」

「まさか石動閣下が、そのユーフォーと関係しているのですか」

「正しくはユー・エフ・オーや二尉。まあそんな噂もあったらしい言うこっちゃ。 いや実は僕も二十年前に、インターネットでその噂は読んだことを思い出した。 でもそれと集積所がどう関係するか。機体の一部はアメリカさんにわたした言うけど」

 小夜はよく食べる。夢見の残しそうなライスをもらっていた。

「でも噂なんでしょう。それにそんな古い事件と、いま起きているかもしれないことと、どう関係するんでしょうか」

「まあ……これも推測や。妄想や思うてもかまへん。宇宙機、つまりUFOがもしジェット練習機と衝突したとしたら、相手も無事ではすまんかったやろ。

 恒星間飛行できる科学文明を誇る星の乗り物も、墜落はしなくても部品ぐらい欠けたかもしれへん。いや、実際に地球に墜落した宇宙機も、あるとかないとか」

「確かにその手のヨタ話は、むかしからありますね。生きた宇宙人が回収された、いや宇宙人が地球に基地つくっているとか」

 そう来島は断言するが、一部は信じているようでもある。

「ああ、そらプロパガンダや。宇宙機、つまりUFO墜落回収をごまかすために、ありえへん尾鰭つけてあやふやにしてまう。

 大空センセの得意技。だいたい光の速さで何十年もかかる距離に、人乗せて飛ばすやつあるかい。もしUFO来てたとしても、無人探査機やろ。まあ操縦用のヒューマノイドか、使い捨ての人工生物ぐらいのっとるかも知れんが」

「あの……驚きました。わたしは一尉にスカウトされて挺進隊に入りましたから、PSN方面の第一人者とは思ってましたけど。

 ユーフォ……UFOもお詳しいんですね」

 田巻はコップのビールを飲み干した。来島はユニ・コムで時間を気にしだす。

「僕の経歴、話さなんだか? 京都の私大出たときは空前の就職難。上田先生のつてで、新しくできた防衛省関係の広報会社関西支社になんとかもぐりこんだ。

 それから何年かして、当時の防衛省が一般の論文募集した。これからの防衛のあり方に国民が望むこととかなんとか。

 うちの広報会社でも割り当てが来たんやろな。時の部長から、おまえ文章好きそうやからなんでも書いてええ言われてな。それでまあ、どうせ通らんおもて好き勝手書いたんや」

 原稿用紙にして格三十枚程度。一つは「三自衛隊の統合の必要性について」。

 もう一作は「いわゆる超常現象の専門調査機関の必要性とその応用について」と言うタイトルだった。二つとも佳作にすらならなかった。

「別にオカルト大好きやないけど、SFとかアニメが好きでな。当時はESP言うとったが、そんな力やUFOについての論文やった。

 でもな、その論文つうか提言出して一年ほどした頃、広報会社の関西支社にわざわざ防衛大学校の先生と、航空自衛隊のエラいさんが尋ねてきた。

 僕の書いたことを説明して欲しいって。それと、その手の研究家紹介してほしいともな。

 その時はそれっきり。やがて君らもよう知ってる防衛力統合構想でJUST発足。僕にはむこうから、特別研究部の雇員、軍属にならんか誘ってきおった。やがて情報統監部や。

 そして実技と体育関係免除で正式任官や。それから……」

 田巻は当然言わなかったが、正式任官にあたってはかなりの工作と、有力議員の強力な後押しがあったことは来島たちも知っていた。

「ごちそうさまでした、待機に戻ります」

 来島は「つきあってられるか」と言う顔をして立ち上がった。


 州郡制では中部州下内水しもみのち郡に入る。むかしからマタギや木地師以外は人も近づかず、人をたぶらかす狐狸妖怪がすむとされた「あやかしの森」に、早くも夕闇が迫る。

 しかしこの森が始まって以来の人数が、広い地域に展開していた。各地の山岳部隊、救助チームなどからなる千人近くが奪われたキャニスターを探していた。

 ヘリや偵察機も飛び交う。石動は一個師団でも導入すべきと考えたが、鬱蒼たる森の中でそれだけれ兵力を展開するには時間もかかり、山岳戦になれていない部隊ではかえって混乱してしまう。

 それにマスコミなどの目もごまかせなくなる。

 地中探査機その他を使っての捜査も、進展しない。あの集積所から「クルクス」ないし「特種乙号資材」の秘匿名称をもつ特殊冷凍キャニスターを、なんとしても無事で発見しなくてはならない。

 そのためにいかなる「犠牲」も覚悟する。軍令部総長はそう断言していた。

 捜索責任者の石動は焦っていた。市ヶ谷要塞の地下四階に陣取り、トイレ以外は指揮椅子を動かない。

 ときどき椅子で仮眠をするが、五十前後の身には限界に近かった。

「これほど探しても痕跡すらないとは」

 石動は大胆な「決心変更」を考えはじめていた。

 しかし山々のかなたに夕陽が落ち、森が影のない世界にかわった頃、南方担当の捜索部隊から連絡がはいった。

「森の中に車輌の轍を発見せり。さほど日を経ておらぬもののごとし」

 石動は静止観察衛星に、そのあたりを集中探査させた。すると森の中に地下構造物のようなものが発見された。ひきつづき部隊は連絡してくる。

「山中七八五高地中腹に隠蔽されたる策源らしきものを認む」

 ただちに市ヶ谷にも、画像が送られてきた。東京ではまだ明るいが、信州北部の山の中はかなり暗くなっている。

 存在しないはずの要塞地下第四層の特殊作戦発令所の巨大モニターに、画像処理されたその洞窟陣地のような場所が映し出された。第七課長で、隊内でも石動がもっとも信頼している一人、加川二佐が近づいてきた。

「こんなところに隠して。周到に用意していたんですね」

「……まだわからないわ」

 増援部隊が特殊センサーで内部を監察した。人の気配はわからない。ただ熱源があり、かなりの重量物かあることが判った。

 なんらかの機械が作動するような音も、観測された。

 つづいて別の部隊からも報告がはいた。森の南西部に使われていない古い林道があり、そこにかなりの重量をもつ車輌の轍を発見した。

 六輪車輌は林道から森の中へ入り、またもどって行っている。そして轍は、山中の地下構造物入り口まで途切れながらもつづいていた。

 森の中の斜面に、自然洞窟が崩れたように穴があいている。その出入り口は伐採された低木、集められた枝葉などで人為的にカムフラージュされている。

 最近なにものかが偽装したらしい。

「まちがいなさそうですね」

 第十一課長補佐でありながら、その課長よりはよほど信頼されている富野三等佐官は、石動以上に冷静である。

 ただ「冷たい」「冷酷」「人間に興味ない」などと噂されている。

「ともかく展開部隊を出来るだけ集めるわ。いえ、増援部隊も」

 大型ヘリやティルトローターの輸送機が次々とやってきて、森の中に強風を吹きつける。木々が揺れて木の葉が吹き飛ぶ。増援部隊は歩兵砲、携帯ロケット砲などの重火器や投光器をおろした。

 空中砲艦とも呼ばれる攻撃ヘリは、中空で照準を合わせる。

 山岳歩行機械ヤママヤーも一基、低い木を倒して出現した。

「現地山岸一尉より市ヶ谷捜索司令部へ。まもなく夜間戦闘準備を行う許可を」

 石動は軽い受話器を取り上げた。

「許可する。挺進偵察隊をだせ。慎重に」

 パンツァーヘムトに完全武装の兵士三人が、カムフラージュされた洞窟に向かった。友軍が援護する中、身を低くして慎重に近づく。

 洞窟内を観測していた兵士が、叫んだ。

「空洞内に動きあり!」


 夢見は突然立ち上がった。夕食はすませたが宿舎には戻れない。地下発動待機所に近い下士官クラブで迷彩戦闘服のまま、小夜たちとコーヒーを飲んでいた。

「どうしたの、またあの声?」

「……いえ。北西の方角であの、戦闘がはじまったかもしれない」

「え? まさか、あの森で」

 夢見は小さくため息をついた。

「遠すぎて判りません。かすかだけど人々の緊張感と恐怖を感じます。

 あの……待機所にいたほうがいかも知れません」


 鬱蒼たる森の中でもいくつかの探照灯が輝いた。数条の光が洞窟陣地のカムフラージュされた入り口を照らす。

 包囲していた機動重装歩兵たちは銃をかまえて緊張する。ヘリやVTOL機の巻き起こす風が、木の葉や土ぼこりを兵士たちにたたきつける。

「来るぞ!」

 誰かが叫んだ。洞窟の入り口をおおっていた倒木や枝が吹き飛んだ。濛々たる砂埃が兵士たちの視界を覆うが、何人かは自動調整暗視グラスをかけていた。

「中からなにか出てくる」

 ほどなく二本足で歩く、二メートル半ほどの巨体が現れた。人間とよぶには不恰好すぎるし、巨大すぎる。

「なに、あれ……」

 市ヶ谷地下の巨大モニターには、頭のかわりに平たい円盤を乗せた機械のゴリラのようなシルエットが映し出された。

 インカムをつけた若い士官がふりむいて、叫ぶ。

「FASに似ていますが、ヤシマ重工の完全自動攻撃装置の試作品のようです」

「ライデン? どうしてあんなところに」

 隣の座席にいた第七課長は、すぐに待機している部下を呼び出した。

 ライデンは二本足歩行の出来る、言わばロボット兵士である。もっともロボットは人間が攻撃できず、厳しく法的規制がかけられている。

 自動攻撃装置はフルオート・ウエポンなどと称される。

 試作ライデン型攻撃装置は、洞窟から出て仁王立ちになった。完全武装の兵士たちは攻撃命令を待っている。しかしライデンは左手に連射小型ロケット砲、左手には電動ガトリング砲をもち、背中に巨大な円形弾倉を背負っている。

 手元のモニターをみつめつつ、加川美麗が報告した。

「ヤシマから試作機が盗まれた報告はありません。

 画面分析の結果、破棄された試作機の部品を組み合わせたもののようです」

 確かにあらわれたライデンは、ぎこちない歩き方をする。

 現地包囲部隊から攻撃許可を求めてきた。情報統監部長である石動に命令権はない。現地部隊統括指揮官は、軍令本部の命令を待っている。

 そのとき、組み立てられた鉄の巨人が発砲しだした。小型ロケットが炸裂し、五十口径のガトリング砲が火を噴く。

「撃て!」

 上部機関の命令を待つことなく、現地指揮官の判断で反撃は可能だった。

 包囲部隊は倒木や盾などの遮蔽物にかくれて、一斉に射撃を開始した。寄せ集めの機械兵士は火花につつまれる。

 そしてその防御能力も寄せ集めに相応しいものだった。

 分解されつつも、機械兵士は小型ロケットとガトリング砲を乱射する。大地が吹き飛び、木々がなぎ倒される。轟音と硝煙が周囲に空間で飽和する。

 重武装兵たちは反撃をつづける。ついにライデンの胴体が分解されはじめた。

 モニターを見つめていた加川は、ふと不安げに問う。

「石動統監部長、この奥に例のキャニスターがあるのでしょうか」

「……判らない。でもこれだけ厳重に守っている。相手は何者かな」

 石動は目の前の受話器を取り上げた。

「情報統監部の石動です。現地部隊に無理な突入をさせないでください。重要資材が『人質』にとられています。

 戦闘ロボ・ライデン無力化後は、慎重に偵察をおねがいします」

 美麗は手元のモニターに刻々とはいってくる情報を見つめていた。

「どうも、本土ゲリラ戦用の地下壕のようですね」

「自衛隊時代のね。冷戦の置き土産。あの集積所も元々そんな地下要塞のひとつだったの。そこにあわてて、宝辺たからべ一尉を……」

「いつか聞いた例の事件は、まだ終わっていないんですね」

「ええ。ともかくフロギストン爆弾をつかわずにすみそう」


「ユメミンたちはまだ二種極秘待機か」

 田巻は将校クラブのバーカウンターの隅にいた。他に人はほとんどいない。

 みな第二種警戒準備で待機しているか、業務を終えて官舎に戻っている。

 来島はめったにこんなところへは来なかった。角館の古い武家の家系の長女で、なくなった古風な祖父から武人として育てられた。

 自分を鍛え、部下を立派な戦士にすること以外に、ほとんど興味はない。化粧品はリップクリームぐらいしかもっていない。

 しかし浅黒い精悍な顔立ちは、遠くからでも目立った。筋肉質な体を小さめの迷彩戦闘服で包み、カウンターの横に直立している。

「まだ作戦発動待機のままです。精神的にもつかれていますね」

「それで日頃は避けとる僕に、なにが聞きたい。さっきは突然帰りはったけど」

 来島は周囲を見回し、田巻に近づいた。やや汗の香りのまじる強い体臭が、田巻の鼻を刺激する。

 少したじろいだが、顔の赤い情報参謀は平静を装ってグラスを傾けた。

「出動場所はまちがいなく、あやかしの森」

「破棄資材暫定集積所か。謎の施設やな、ほんま」

「我々がこれからむかう場所がなんなのか、なにと戦わなくてはならないのか」

「まあ石動はんは君らのことを宝物や思てはる。粗略には扱わんから安心し」

「なにがあるのですか。あそこに。まさか…本当にこの世の物ではない何かが」

「……よう知らんのや、ほんまに。昨日からほとんど寝ずに調べたけど。

 やはり二十年前の石動三尉事件にかかわってるらしい。さっき話したやろ」

「そして、集積所の実質的監理責任者は、当の閣下」

「そや。でも事故そのものがなにかの隠蔽、しかも事件そのものはまだ現在進行形なんかも知れん。多分君らも勘付いてはるやろ。

 石動閣下もあの事件以来、ひとつの闇をかかえてはる。いやまこと尊敬すべき人格者やし、若い頃はそらペッピンで……」

「石動統監部長は総てを御存じ。当然昔の極秘事件も、あの集積所の正体も」

「……あの施設な、元々自衛隊時代に本土遊撃戦のためにこしらえた地下基地の一つや。そして石動三尉事件、なぜか宝辺一尉殉職事件とは呼ばれてへん事故の直後に、大掛かりな隠蔽がはじまったみたいや。ちょっと調べてみたんやけど。

 ジャスト発足のどさくさで、完全に秘密施設となった。集積所なんて大嘘や」

 田巻は心苦しそうに言う。

「出動してもうたら、君らのほうが詳しくなるやろ」

「大神二曹が特に不安がっています。あの森のあたりで、殺意を感じる。

 いえ殺意ではない。誰かが誰かの殺害を、強く求めていると」

「物騒な話やな。でも……さもありなん」

「なにがです。なにをご存知なんですか」

「だから判らんて。判っても言えるはずもない。僕は情報参謀やし」

「仮に二十年前の事件が、本当に練習機とUFOの激突だったとして、あの集積所には異星人の遺体などが保管されているのでしょうか。

 またはUFOの残骸とか。なぜ研究開発本部やアメリカのしかるべき機関で調査せず、あんな山の中に隠しておくのですか。ちょっと理解できない」

「それや。異世界の乗り物の一部とか、人類史はじめての異星人の一部とかやったら隠蔽するにしてももっと別の場所で、金かけて研究しとるはずや。

 第一メリケンさんがほっとかへんやろ。それに二十年もかかったら、いろんなことが判ってると思う。僕の想像はとんでもない間違いかもな」

「田巻参謀殿は特殊超常能力のみならず、UFOその他にも詳しいんでしたね」

「別に詳しいわけやないけど。嫌いでもない。元SF少年のアニメ中年………。

 いや、ともかくUFO事件そのものが、なにか大規模な隠蔽の可能性もある。 もっと禍禍しいなにかが起きて、それを隠すためにUFO騒動おこしたんかも知れん。ともかく『あやかしの森』の奥深くに総てが隠されとる。ユメミンやサヨリンしか感じられへんなにかが。

 多分……この国を、いや人類史を変えるかも知れんモンがな」

 田巻はポケットから薄い小型モニターカードを取り出してみた。情報参謀として各所に張り巡らされた情報網のひとつから、文字情報がはいっていた。

「なにぃ?」

「どうかしましたか」

「……トリチウム工場で動きがある。

 フロギストン爆裂筒にトリチウム注入をはじめるもののごとし」

「フロギストンって、あれはまだ公式には存在しないことになってますよ」

「表向きはな。何度か使ってるが。厚木に大型爆撃機準備しだしたら、大事や」

 と立ち上がった。田巻は少しよろめく。

「君も待機所戻って、美しき魔女たちと身構えとり」

 来島は挙手の敬礼をした。田巻は肘をひきしめて答礼する。

「おきばりやす…………ほんまに」


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