7-8
屋根の上にあがると意外に風が強いことがわかる。視界の奥には未だに建築が続いているフライブルク大聖堂の塔。通行人の数は少なく、エリオットとアンナの姿には気づいていない。
「落ちるなよ」とアンナ。
「落ちたら教える」
エリオットは中腰の姿勢でバランスを取っている。そのまま先へ。
「まるで老人だな」
エリオットの歩き方を見てアンナは言った。
「集中してる。黙ってくれ」
屋根の角度は鋭い。夜で視界も悪く踏み外せば、取り返しはつかない。
「次の屋敷だぞ。頑張れ」
アンナは羽毛のように軽い足並みで先へと進んでいく。こういうことに慣れているのだろう。
「クソ」
双子の天使館の手前まで来た。少し間がある。アンナは軽々と飛び越えた。
「お前の番だ」
アンナは振り返る。
「今、行くから」
地上だったらどうってことない距離だ。大股も必要ないくらいの距離を飛び越えるだけだ。だが屋根の上だと事情が違う。足場も不安定で態勢も悪い。何よりも万が一のことを考えてしまう。
「落ちたか?」
アンナは風で靡いた髪を抑えている。
「その予定はない」とエリオット。
踵を浮かせてつま先に力を込めて飛んだ。
「うぉ」
着地したが、足場が悪い。屋根が滑り、ひっくり返りそうになる。両手を回し、咄嗟にバランスを取ろうとする。
「ほら」
アンナがエリオットの襟を掴んだ。「しっかりしろ」
「助かった」
「それじゃバルコニーから中に入るぞ」
道とは反対側。屋敷の中庭を見渡すことの出来るバルコニーに降りた。中庭の警備兵は談笑し、二人の行動を想像すらしていないだろう。
「ヴァレンシュタイン卿の部屋は?」とエリオット。
「それをこれから聞く」
バルコニーの扉を開き、室内へ。
足音に気をつけて進めば、すぐにベッドがあった。シーツが膨らんでいる。男が寝ていた。
「奴に聞く」
アンナは小声で言った。短刀を抜く。ゆっくりと近づいた。
「絶対に殺すなよ。殴ってもいけない」
エリオットは言った。
「交渉する。脅しじゃない」
「よくわからんけどそれならいい」
「合図をしたら足を抑えろ」
アンナはフードを被った。
「いけ」
二人で飛び掛った。
アンナは上半身に飛び乗った。エリオットは下半身を押さえつめる。
「騒いだら殺す。叫ぶなよ」
短刀を枕に突き刺した。羽が舞う。
アンナの脅しが効いたのか男の足は静かになった。
「お前が正直に話せば、何もしない。正直に話すか?」
「話す。話すから、殺さないでくれ」
怯えた男の出す声は震えて小さい。
「義手の男を捜している。ここに宿泊しているはずだ。どの部屋かわかるか?」
「ヴァレンシュタイン卿か」と脅されている男は言った。
「お前が私に質問するのか?」
「す――、すまん」
「どの部屋だ?」
「隣だ。右隣」
「本当だな」
「約束する」
声が上ずっている。
「おい、こいつを縛っておけ」
エリオットはアンナの指示に従った。縄がないので、シーツを切って捻り代わりにする。男は手足を縛りつけ身動きが取れなくなった。床に転がり、泣きそうな目でアンナとエリオットのことを見ている。
「嘘だったら殺しに戻ってくる」
アンナは言った。「本当に右隣の部屋か?」
「本当だよ。お願いだ。解いてくれ。あんたらのことは誰にも言わない」
「それは嘘だな」
アンナは布を口に突っ込んで男を黙らせた。
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