7-5

「どうせあんたのことだ。フライブルクにも来たことがあるんだろ?」

 食事のあと、エリオットとアンナは市場にやって来た。エリオットはアンナに聞く。

「だったら何でわざわざ確認する」

「念のため」

「答えは、あるだ」

 市場では肉、魚、野菜、帽子、手袋、服などの各種装身具に加えて、馬具用品から武器まで揃っていた。

「ここには何をしに来た?」とエリオットが聞く。「買い物なわけないよな」

「お前のような馬鹿な従者は口を開くたびに私を落胆させる」

「従者って」

「私も念のため確認しておく。私はお前に金を貸し、お前は私に金を借りた。そしてお前は返済期限に金を返さず、私をこんな面倒に引き込んだ」

「俺は従者だ。下僕だよ」

「よろしい。では説明してやろう。お前、ヴァレンシュタインの屋敷のことは憶えているか?」

「あの夜か? ハンスがあんたの手首を斬った」

「違う。最初だ。金の話をしたときのことだ」

「あぁ。あのときか」

 景気の良い話をされた。今じゃあのとき約束した報酬すら怪しいものだった。

「あいつ薬を飲んでいたろ。何か色々混ぜたよく効くとかいう薬だ」

「憶えてる」

「あの薬はフライブルクの薬屋から買ってると言ってた。もしヴァレンシュタインがここにいるなら立ち寄っている可能性も高い」

「よく憶えてるな。じゃその薬屋を見つければいいわけだ」

「まるで他人事だ。薬屋を探すぞ。宿屋の女将から幾つか店を聞き出した」

「これから聞き込みか」

「歩くのは嫌か?」

「疲れる」

「じゃ走れ。すぐ終わる」

 ケツを蹴られた。


   ■


「これで十二軒目だ」とエリオット。

 薬屋を出た。陽が暮れようとしている。「本当にこのやり方であってるのか?」

「私のやり方にケチつけるのか。お前は」

「そもそもこいつらが本当のことを喋ってるかもわからないだろ。客の情報をぺらぺら喋る奴なんて稀だ」

 エリオットは言った。

「私は質問をするとき相手の動揺を探ってる。もし何か隠し事をしてそうなら追求するし、そうじゃないならさっさと切り上げて次に行くまでだ」

「結局、あんたの勘頼りじゃないか」

「じゃお前はこの街でヴァレンシュタインを見つけられるのか?」

「組合に加入してる薬屋はあと何件だ」

「残りは三つだ」

「期待薄だな」

「それじゃこのままフライブルクに定住だ。ニュルンベルクには帰れない」

「それは困る」

 エリオットには家族がある。妹のカテリーナだ。必ず名誉を回復し、ニュルンベルクに戻らなくてはいけない。

「やる気を取り戻したな」

 だが残りの三つも、ヴァレンシュタインらしき義手の男に薬を売ったことはないと言った。アンナの見立てでは嘘を吐いているようでもなく、二人は完全に行き場を失う。

 最後の一軒が不発に終わり、店を出た。

 辺りは暗くなっていた。どこかから酔っ払いの野太い歌声が聞こえてくる。

「ヴァレンシュタイン卿はどこだ」とエリオット。

「次は街の宿屋を片っ端から当たるか」

「いっそニュルンベルクに戻ったほうがいいんじゃないか」

「戻ってどうする。監獄送りで話す暇もなく死刑台だぞ」

「あんたは不死身だろ」

「失うものがないとでも思うのか? あそこは私の街だ。財産があるんだ。財産は私の全てだ。こことは違う。そしてヴァレンシュタインが旅に出ている今がチャンスなんだ。ここで奴を捕えて、決着をつける」

「あんたの言うところの踏ん張りどころってやつか」

「もうギリギリだ。私たちは断崖絶壁まで来てるぞ。後ろは海だ。後がない」

「海は見たことあるのか?」

「ロンドンにも行ったと話したろ。お前は?」

「ない。一度も」

「死ぬまでには行けよ」

「そんなに良いのか?」

「知らないより知っていたほうがいい。じっとしてるよりも動いたほうがいい。違うか?」

「そう思う」

 エリオットは伸びをした。「次は宿屋巡りか」

「薬屋どころじゃない。五十軒以上あるだろうな」

 二人は歩き出した。

「なぁあんたら」

 すぐに後ろから呼び止められる。先ほど話をしていた薬屋の主人だった。

「なんだ。何か用か」とエリオット。

「北京人の店は行ったか?」

「いや」と言いながらエリオットはアンナを見た。

 話を聞け、と目で合図してくる。

「どんな店なんだ」

 エリオットは言った。

「北京人の店は組合には入れてないが、薬を扱っておる。東洋の秘薬だが何だかわからんが、そこにお忍びで薬を買いに来る客もいるそうじゃ」

 組合に入れていない理由は聞かない。差別以外に理由はないからだ。エリオットもアンナもその点はよく心得ている。

「悪くない話だ。場所を知りたい」

 エリオットがそう言うと、薬屋の老人は咳払いをした。

「どうした?」

「いや、お前さん。何だが疲れてる顔をしておる。この薬が効くぞ、ほれ」

 老人が黒い丸薬を出した。エリオットもこの老人が自分の体調を心配していないことくらいわかった。食えない奴だ。

「買ってやれ、エリオット」とアンナ。

「幾らだ?」

「一粒一グルテン」

「クソ高いな」

 一週間くらいなら生活できる。「ほら、やるよ。で、その店の場所は?」

 エリオットは丸薬を受け取った。

「街の外れじゃ。大聖堂を越えて、五、六通り南へ行くと小汚い路地がある。物乞いで溢れているからすぐわかる。そこに店はある」

「名前は?」

「名前なんてない。だが赤い看板が下げられている」

「わかりやすいな。ありがとう。助かった」

 薬屋の老人は店に戻った。

「それ飲むのか?」とエリオットが買った丸薬を見てアンナ。

「まさか」

 エリオットは捨てた。「俺の顔が疲れてるように見えるか?」

「間抜け面にしか見えないな」

「聞くんじゃなかった」

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