4-1

 街と違って、城壁の外には光源がない。月明かりだけでは、市内とは比べ物にならないほど暗く、松明の光に頼るほかなかった。

「これでやっと両手が解放だ」

 エリオットは荷物を馬に乗せる。

「嫌味な男だな、お前は」

 二頭の馬は、城壁のすぐ外にある居酒屋に泊めてあった。アンナが買っておいたものだ。

「外に出るのはいつ振りだ、エリオット」

「この居酒屋にはたまに来る。街を出てから一番近いからな」

 熊亭という名の居酒屋だった。

「お前は上品な店ってのを知らないんだな」

 荷物を縄で馬に括りつけながら、アンナは言った。

「市外だから税金が安い分、飲み代も安く済む」

 エリオットは馬の鬣を撫ででやった。

「少し小さいな」

 通常の馬よりもサイズが小さい。だが子供という印象はない。肉も毛並みもよい馬だった。身体は引き締まっている。

「良い馬だろ。七十グルテンした」

「高いな。このサイズなら三十が妥当だろ。それに二頭も買ったら足がつく。貰ったのは八十グルテンだぞ」

「もちろん赤字になるだろう。お前、後で払えよ」

「この小さい馬に?」

「見る目がないな。もう払い戻しは出来ない。買ったんだ」

「クソ」

 何でも自分勝手に決めやがって。

「ちなみにそいつ名前はシュトールだ」

「名前? あんた、馬に名前なんてやるのか?」

「そうだ」

「案外、可愛らしい趣味があるんだな」

 エリオットが笑う。

「くっ」

 アンナは足元の小石を拾い、エリオットに投げつけた。

「なんだよ、むきになるなよ」

「二度と私をからかうな」

 夜なので赤くなっているだろう顔をしっかりと見れなくて残念だった。

「ちなみに、あんたの馬の名前は?」

「ラインハルト」

「昔の男か?」

「知るか」

 アンナは馬に跨った。「出るぞ。主人に金を渡して来い」

「わかった。わかった。待っててくれよ、アンナとラインハルト」


   ■

 

 ニュルンベルクを出で東へ。馬を走らせ、日が開ける前にペグニッツ川とレグニッツ川の合流にある村、フゥルトを通過した。

「休まないのか?」とエリオット。

 馬を走らせ、村に入った。まだ人々は寝ている。霧が立ち込め、葉には露がついたままだ。

「目的地はケルンだろう。ゆったりしてる暇はない」

「泣けるね」

「貴族になった気分じゃなかったのか?」

「細かいことをよく憶えてる」

「商業病だ。これから普通なら十日かけて行くとこを三日で走破する」

「むちゃくちゃだ」

「ドミニクよりも先にケルンに着いて、あいつの父親を誘拐する」

「極悪人め」

「これはマルコの仇討ちでもある。ドミニクの動きを止めるのに他に名案があるか?」

 正面から対峙してもいいが、自分には荷が重い。ドミニクのケルン行きの大きな目的は父親に会うことだ。それだけ家族には情が深い。その父親の身柄をこちらで抑えることが出来れば、非常に有利になる。

「それ以外には何かないのか?」

「ないね」

「わかった。やるよ。その代わり暴力はなしだ」

「平和主義者め。現実を知るぞ」

「約束だぞ。暴力はなしだ」

「決まったな、では今日中にさらに北上してフランクフルトの手前まで行く」

「そんなの無理だ。馬が潰れる」

「こいつはモンゴルの馬だ。プロイセンから流れてきた。普通の馬の二倍速い」

「それでも十日は三日にならない」

 だから小さいのに値段が張ったのか。東洋の馬なら高いわけだ。

「夜も走るんだよ。睡眠時間を削る」

「やっぱあんた魔女だな」

「夜は好きだ。否定しない」

 アンナが微笑んでいるのがわかる。二人は馬を走らせた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る