2-4

「ドミニクが何か?」

 部屋に着くと、ローレンツが言った。扉を開く。質素な部屋だった。ベッド、机、棚。机の上には、ペン、紙、聖書と水差しが置いてある。

「金を借りて逃げた。あいつは目下、走る金の卵ってとこだ」

 ローレンツがどこまでこの事件を知っているのかわからない。

 エリオットの前で、アンナは適当にはぐらかす。

「彼は女好きだったからな。最近は娼館によく通っていたみたいだし」

「ふーん。出てて貰っていいか? 終わったら声かけるから」

 アンナは財布から一グルテン取り出すと、それをローレンツに握らせた。「誰も中に入れるなよ」

「わかりました」

 ローレンツは出て行く。

「お前の言ったこと当たってたな。感心した」

 ドミニクの部屋で二人きりになった。

「何が?」とエリオット。

「腐ってるってこと。教皇庁だ」

「金をやる必要なかったろ」

「お前の金だ」

「どういうこと?」

「貰った八十グルテンは私とお前で四十グルテンずつ。先にお前の金から消費していくことに決まってるだろ」

「常に折半じゃないのか」

「律儀なことだ」

 アンナが鉄扇を広げる。「そんなの守れるはずがない」

「まだ教皇庁のがマシだ」

「光栄だ」

 アンナは机の引き出しを開く。「お前はそっちの棚を調べろ」

 エリオットは黙って指示に従った。

 棚には祭服、胴着、大きめの皮袋にラテン語の本があった。祭服、胴着を広げて引っ繰り返すが、何も出てこない。皮袋にも大したものは入っていなかった。硬貨が四枚。ラテン語の本をぺらぺらと捲る。昔は読めたが、ほとんど文法や単語を忘れていた。読めない物を眺めても、何も得るものはなかった。

「そっちは?」

 エリオットはアンナに近づいた。

「手紙があった」

「なんて書いてある?」

「父親からの手紙」

 アンナは羊皮紙を広げる。インクが滲んだ文字が並んでいた。アンナはそれを読み上げる。


 ドミニクへ

 お前の弟のゲオルクについて、こうした便りを出すことが、私にとって、どれだけ辛いかわかって欲しい。

 ゲオルクは知ってのとおり、お前が街を出た後、鍛冶職人見習いとなり、アルンデス親方の元で懸命に働いていた。そして二年の見習いを終え、これから遍歴の職人となるべく旅立ちを控えていた前夜、送別会を行っていた居酒屋でエンデルラ・モードラーなる人物と口論となり、その末、胸を刺されて死んでしまった。エンデルラは慈悲をもって打ち首にされることとなったが、これまで偽誓を二度も行っていた悪漢であり、罰として耳をそぎ落とされてもいた。そんな男に慈悲など許されるはずなく、三日後に絞首刑に処された。

 ドミニク、どうかこの便りを読んだなら、ケルンに戻ってきて欲しい。私は打ちひしがれ、この突然の出来事に対して酷く困惑をしている。ゲルオクに、一体どんな非があったというのだろうか。ドミニク、神に仕えているお前にこのようなことを打ち明けるのが正しいのか、私にはわからない。今、私には神の意思というものがわからない。

 ただ、こうなってはゲルオクが正しく天に向かい、間違っても地獄へと行かぬようにと導くことが出来るのは、兄であり聖職に就いているお前以外にはいないだろう。

 どうか早いうちに、ケルンへ戻ってきて、ゲルオクの為に祈りを捧げて欲しい。


                             父 ヴォルフより



「悲劇だな」

 聞き終えるとエリオットが言った。指で棚から見つけた硬貨を弾く。

「誰にでも起こりうる」

 アンナが宙で回転する硬貨を掴んだ。

「これは?」とアンナ。

「棚にあった」

「ケルンペニィヒだ。見覚えがある」

「さすが金のプロ」

 確かにこの辺りではあまり見ない硬貨だと思っていた。

「行き先は決まった」

「ケルンか」

「そこ以外にどこがある?」

 どうやら旅に出ることになりそうだ。

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