第5話 俺と家と洗面台と寝顔


「いいか? 静かにしろよ?」


「何でだ? ここトールの家なんだろ?」


 説明できないからに決まってんだろ。

 朝早く五寸釘と玄翁を装備して藁人形片手にニヤニヤしてた息子が、帰って来たら全裸にカーテングルグル巻きの銀髪褐色幼女を連れているーーーーーー我ながらヤベェな。

 さっきまで結局彼女を作れずにクリスマスイブを迎えてしまった事でハイになっていた思考が急激に冷める。

 何考えてたんだろうさっきまでの俺。


「ほー、それにしてもこの世界の街は綺麗だな。道路もちゃんと舗装されているし汚れてもいない。妾の城と同じぐらい高い建物がたくさんある。あれ領主か何かの屋敷か?」


「ありゃただの高級マンションだよ。金持ちが住む集合住宅だ」


 何だかトンチンカンな事を言うセンにヒラヒラと手を振る。

 聞きたい事は山ほどあるが、まずは早く家に入って身を落ちつけたい。


「げっ、台所の電気がついてやがる。お袋また無駄に早起きしてやがんな?」


 昔ながらの平屋である我が家は二世帯住宅。爺ちゃんと一緒に暮らしている。

 昔は爺ちゃんが剣道の道場を開いていたこともあって、そこそこにデカイ。

 去年親父の安月給を何とかやりくりしてリフォームをしたんだが、廊下と玄関のバリアフリー化と風呂とトイレを新しくするのが限界だった。


「センこっちだ。裏口から入ろう」


「うん」


 所々穴の空いたカーテンにくるまれているセン。危ういなぁこの格好。

 お腹とか丸見えだもんなぁ。


 そろそろと足音と気配を殺しながら家を迂回し、洗濯室にある裏口へと向かう。

 古めかしい我が家の玄関は引き戸だ。ガラガラと音を立てる例のアレ。

 あの扉って本当煩いんだよな。寝てても起きるぐらいだ。

 もしかしてその為にはあんな音するのか? 泥棒が玄関から入ってきたらすぐ気付くようにとか? なんか鳴子みたいだな。 違うか。

 その点裏口は普通のドアタイプだ。あそこからなら気づかれずに家に入れるはず。鍵は持ってるしな。


「なぁなぁ。トール」


 テクテクと俺の後ろについて歩くセンに呼び止められた。


「何だよ」


 静かにしろって言っただろ?


「もしかしてなんだけど。今の妾ってホイホイと男の部屋に連れ込まれてる頭緩い系女子?」


「お前ほんといい加減にしないと怒るぞ。そのつるぺったんな身体をどうこうする気なんかこれっぽちも無ぇっつうんだよ」


 そう言うのはもうちょっと凸凹でこぼこになってから言ってくんない?

 て言うかなんでこのチビこんなマセてんの? 最近の子ってこんなに性の目覚めが早いもんなの?

 センは見た目的に小学校低学年。それになんか悔しいが結構な美少女だ。

 その頃の俺なんて鼻水垂らしてうんこうんこ言ってたアホガキだったぞ。多分。

 いや、なんか今も変わってない気もしてきた。


「つるぺったんって言うな! ちょっとは膨らんでるもん!」


 静かにしろってば!


「黙れよペッタン子。お袋とかが起きてきちゃうだろ?」


「ペッタン子ってなんだよ! なんか名前みたいじゃんかそれ!」


 ほう。日本式の名前をニュアンスで感じとったか。

 こいつマジで賢いな。


 おっと、到着到着。


「しー。こっからはマジで静かに」


「ぐぬぬ……」


 悔しそうにジト目で俺を見るセンは放っておいて、今は家に入る事だけを考えよう。


 体を前のめりに屈めて、ドアノブを両手で持つ。

 少しの音も出さないようゆっくりと回して、ドアを軽く引いた。


「いない……な?」


 真っ暗な洗濯室の中に誰も居ないことを確認して靴を脱ぐ。

 結構な段差があるんだよねここ。

 洗濯室に上がって振り返り、センを見る。

 ポカンとアホ面をして洗濯室の中をキョロキョロと見回す銀髪褐色ロリ。

 そういやここまで背負ってきてたから気にしなかったが、裸足じゃんコイツ。


「入る前に洗面台で足洗わなきゃならんか」


「ん? 妾の足? 洗ってくれるの? 優しく洗うんだぞ?」


「足ぐらい自分で洗えよ」


 甘えんな。


「妾、一人で湯浴みしたことない」

 

 マジか。

 小学生低学年ぐらいだったら一人で風呂ぐらい入れるだろうに。

 親に甘やかされて育てられたのかな? 

 もしかしてお金持ちの子で、身代金目的で誘拐されてたのかも知れん。逃げ出してる最中だったり。

 それならあんな暗い森で一人でいる事も、まぁちょっと無理やりだけど納得できなくは無い。

 なぜに全裸なのかは置いといてだ。


「しょうがねぇなぁ。よいしょ」


「わっと、トールは抱き上げるの下手だな。脇が痛いぞ」


 偉そうな文句言ってんじゃねぇよ。


 センを持ち上げたまま洗面台まで歩く。

 しかし軽いなー。ちゃんと飯食ってんのか? いや、誘拐されてたら満足に飯も食わして貰えないか。


 何だか俺の中で勝手に誘拐されてたことになっちゃったが、今は足を洗ってやらねば。

 て言うかコイツ、全身埃っぽいな。

 せっかく綺麗な銀髪してんのに、土とか泥とか付いてるじゃんか。


「汚いなお前」


「本当にダメだなトールは。女子に対して言っちゃいけないことぐらい知っておけよ。だからモテないんだお前」


「うるせえよ。実際汚いじゃんか」


「汚いけどさ」


 いやどうしよう。

 流石に風呂に入れたら家族にバレるな。

 あ、タオル。濡らして拭くか。

 まずは足だな。


 カランを捻ってお湯を出す。


「セン、洗面台の中に足入れろ」


「あっつ! お前これお湯じゃんか! て言うか凄いな! もうお湯わかせたのか!? 魔法も使ってないのに!」


 おっと、熱すぎたか。

 ウチの湯沸かし器って旧式なんだよな。ちょうどいい温度を出すのに微調整が必要になる。

 水の方のカランを捻る。


「これでどうだ?」


「あ、良いかも。気持ちいいかも」


 そりゃ良かった。

 洗面台に置いてあるボトルからハンドソープを適量出した。


「ほら、足上げろって」


「こ、こう?」


 俺の肩に右手を置いて左足を上げるセン。


 両手に広げたハンドソープでその小さな足を洗う。


「あー、なにこれ凄い気持ちいい。それになんかいい匂い。妾寝ちゃうかも」


「んな大げさな。ほら右足も」


 右足も綺麗に泥や土を洗い落として、お湯で流す。


「ううぅ、あったかいよぉ」


 目を細めてため息を漏らしながらセンが呟く。その目にうっすらと涙が滲んでいる。

 なんで泣きそうなんだろう。本当に辛い思いしてきたのかな。

 部屋に行ったら一通り話しを聞いてやって、親父とお袋にも事情を説明して警察に連れて行こうか。

 あの砂巨人サンドゴーレムとか言う化け物のせいで混乱していたが、普通はそうするだろう。

 でもなんとなくなんだが、警察でもどうにもできそうに無い事情を持ってそうなんだよなコイツ。


 洗い終えてタオルで足を拭き、もう一度持ち上げて床に降ろした。


「こっちだ。ゆっくり歩けよ?」


「はー気持ちよかったぁ。頭も洗いたいんだけどダメ?」


 ペタペタと足を触りながら上目で俺を見るセン。


「後からな。とりあえず両親に説明するだけの情報をくれ。それからなら自由に動いていいから」


「わかった」


 こくりと頷いたセンを連れて廊下に出る。

 まだ真っ暗な我が家の廊下を歩く。


「へー、わざと廊下を鳴らして侵入者を察知する仕掛けか。凄いな」


 違う。キシキシ鳴るのはこの家がかなり古いからだ。そんな武家屋敷みたいな仕掛けじゃ無い。


 俺の部屋は家の一番端っこ。

 昔は道場として使ってたスペースを区切り、いくつかの部屋として使っている中の一つだ。

 物置とか空室になってる三つの部屋は、正月とかに親戚が来たときに客室として利用している。

 従兄弟とか結構多いんだ俺。


「ここだ」


 部屋の扉を開けてセンを招き入れる。

 部屋の電気をつけて、扉のすぐ横に設置しているリモコンで暖房を点けた。


「狭いなここ。牢獄か?」


「んなわけあるか」


 狭く無いだろ全然。今時都内でこれぐらいの広さの部屋に住むってなったら結構な金がかかるんだぞ?

 マジで土地と家を持ってた爺ちゃんに感謝だ。


「えっと、まずは服だよな」


 タンスを開けて服を漁る。

 もちろん女物の服なんか持っている訳が無い。

 ただまだ小さい従兄弟が家に来た時に置き忘れて行った服が何着かある。これならセンでも着られるだろう。


「ほら」


「わぷっ」


 服をセンに投げてよこしたら顔面にヒットした。


「とりあえずはそれ着とけ。下着は無いから我慢しろ」


「う、うん」


 顔にかかった服を取り、胸に抱くセン。


「台所に行って何か食うもん持ってくるから、その間に着替えろよ?」


「い、良いのか? 助かるトール。ありがとう」


「どういたしまして」


 ヒラヒラと手を振って部屋を出る。

 扉を閉めて廊下を歩き、台所に到着した。


「お袋、おはよう」


 台所に立っていたエプロン姿のお袋に朝の挨拶をする。


「あら珍しい。早起きね透。今日は学校でしょ?」


 髪を後ろでひとまとめにしているお袋が振り返って俺を見た。


「おう、終業式。何作ってんの?」


「お父さんのお弁当。年末で色々と物入りだから、12月のお父さんのお昼は夕飯の残り物を詰めたお弁当を持たせることにしてんのよ。外食なんて贅沢は許さないわ。少しでも節約して貰わないと」


 親父……苦労してんのな。

 昼飯は唯一の趣味だってこの間嬉しそうに言ってたのに。


「ふーん、俺にも少しくれよ。部屋で食うから」


「テーブルの上の奴なら良いわよ。朝ごはんもそれで済ませてくれたら助かるわ。お爺ちゃんの分だけで済むもの」


 やり。あ、でもセンに食べさせたら俺の分が……まぁいっか。


「ん。じゃあ持ってく」


「はいはい」


 えっと昨日の夕飯って言ったらササミフライと煮物だったか。

 白米も持っていくか。

 食器棚からご飯茶碗をとって、炊飯器を開ける。

 炊きたての良い匂いがした。

 一人前を少し多めによそい、小さめのトレーにササミフライの皿を一緒に載せる。


「朝からよく食べるわねー。さすが成長期」


「腹減ってんだよ。んじゃ持ってくわ」


 お袋の言葉に軽く返事を返して廊下に出る。


 部屋の前についてドアを開けた。


「おら、飯持ってきーーーーーー」


 センが居ない。

 あれ? どこ行った?


 部屋の中央のコタツにトレーを置いて、見回してみる。


「ん?」


 足に何か当たった。


「あ」


 コタツ布団が盛り上がっている。

 端っこをつまんで持ち上げると、センが寝て居た。

 俺の渡した服を着て、スウスウと気持ちよさそうに鼻を鳴らしている。


 困ったな。

 話しを聞こうと思っていたんだけど。


「まぁ、しょうがないか」


 疲れてたんだろうな。

 今は寝かせておいてやろう。

 今日は終業式で学校も昼に終わるし、お袋も親父も仕事で俺と同じ時間ぐらいに出る。

 爺ちゃんが俺の部屋に来る用事なんてないだろうし、誰にもバレないだろ。

 出かける前に一回起こして、部屋から出るなって行っておけば大丈夫か。


 気になる事はいっぱいあるけれど、この子供らしい無垢な寝顔の前には些細な事だ。


「……とうさま」


 ん?


「……とうさま。行かないで」


 ……寝言か。

 早いな。もう熟睡してんのか。


 なんか知らんが大変な目にあってきたらしいし、今はゆっくり寝かしておこう。


 コタツ横のベッドに腰を下ろして、寝ているセンを眺める。



 まだ幼いこの子の身に、一体何があったんだろうか。

 そう考えながら、俺は紐を引っ張って部屋の電気を消した。

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