第2話 俺と呪いと女の子と肉まん
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はしっれ俺よー。風のごとくー。五寸釘をー。ガツンガツンー」
この時期嫌ってほど耳にする曲調に従って、俺は意気揚々と森を歩く。
「つがいどもをー。地獄の底ー。奈落の果てまでっ突き落とせー」
さーてやるぞー。この右手に持った藁人形と、左手に持った五寸釘が唸りをあげるぜー?
「へい、ジングルベール。ジングルベール。鈴がーなるー」
高校入学を迎えての八ヶ月。全てが徒労に終わった恨みを込めて俺は歌う。
「それがお前らの死を告げる鐘の音だ!」
ここでシャウトのアドリブを織り交ぜつつ、オーディエンスを盛り上げる。
聴いているのは虫さんとかお花さん。なんて良い観客達だ。
「今日はたのっしっいー、(血の)クリスマースー!」
目を血走らせた俺はもう誰にも止められない。
もうここまで拗れてしまった俺を止められるものか!
「何がクリスマスイブだ馬鹿野郎! イチャイチャイチャイチャしやがって! どうせお前ら年が明けたら別れるんだろうが!」
そう、今日は12月24日。
一年で最もラブホテルが忙しいと言われている日。
この日本に於いては、聖人の誕生祭とかいう本来の目的は誰も気にしていない。
今日はカップル達のカップル達によるカップル達だけの日なのだ!
「別れなかった奴らも、将来子供ができたときに、『あれ? 俺の誕生日から逆算したら……クリスマスじゃね?』とか感付かれて嫌な空気になるんだきっと!」
頑張った。
俺は本当に頑張った。
俺こと、
心の底から彼女を欲している。
小学校高学年から中学卒業まで寂しい人生を過ごし、高校入学と同時に一念発起した。
何せ仲の良かった友達は全員彼女持ち。
男子も女子も俺を置き去りにして大人になっていく。
慌てたぜ。なんせみんなとっても幸せそうなのだ。
有り余る体力と底抜けの行動力。ちょっとばかしオタク気質はあるもの、全くモテない訳じゃ無いと自己評価をしていた俺は、すぐにモテる努力を始めた。
髪型を気にして生まれて初めて美容室に行ったり、体育祭を全力で頑張って女子にアピールしたり、文化祭なんかまるで女子の奴隷と言わんばかりに仕事を手伝ってやった。
モテるっていうから某動画サイトでチューバーデビューじみた事もしたし、筋トレをしつつ勉強も頑張った!
だが、モテない!
圧倒的にモテない!
女子から俺に話しかけるときは、何か変わって欲しい仕事があったり頼みごとがある時。
こちらからたわいない話を振ればみんな上の空で聞き流す。
カラオケなんかに参加したら、俺にマイクは回ってこない。
やれもっと盛り上げろと言わんばかりにタンバリンを渡され、飲み物や食事が無くなればドリンクバーと内線電話を行ったり来たり。
やっとマイクが来たと思ったら勝手にネタ曲をリクエストされ、一回歌えばもう用済み。
入り口に一番近い場所でフードメニューが濡れないように管理する係とかになっている。
男子の遊びには呼ばれるのに、女子がいるときは呼ばれない。
呼ばないなら呼ばないで隠してくれれば良いのに、定期的に楽しそうな写真がSNSを通じて送られてくる。
あれ? 友達ってなんだったっけ?
モテないを通り越して若干の人間不信に陥った俺は、ついにモテる努力を辞めた。
その決定的な事件が1週間前。
小学校からの腐れ縁だった女子に言われた一言だ。
『お前さ。本気でモテると思ってんの? お前に彼女とか百万年早いから』
それが、ちょっとした告白じみた俺の言葉に対する返事なのか。
俺はただ、『お前は俺のこと、どう思ってるの?』って言っただけじゃん!
俺はお前の事嫌いじゃ無いって言ったばっかじゃん!
空気読めよ! 断るなら断ってくれよ! 誰が罵倒で返せと言った!
と言うわけで、俺は今藁人形と五寸釘を装備して近所の小さい森に入っている。
何をするかはもう言わなくてもわかるだろう。
これは『カップル死ね死ね団八王子支部』の大事な儀式だ。
構成員、俺。以上。
たった一人でも俺はこの儀式をつつがなく終える事を誓う。誰にも邪魔はさせない。
本来なら白装束にロウソク2本とハチマキも装備するのが正しい正装なのだが、そこまでするとおまわりさんに迷惑かけちゃうじゃん?
それに丑三つ時だと補導もされるし。
なので早朝。朝5時だ。
この時間にここいらで起きてるのは健康的なジジババとマラソンランナーぐらい。
そして俺は地元なのでその人達に見つからないルートを知っている。
ここまで誰にも見つかってない自信があるぜ!
目的地はもう少し奥。
この森で一番大きな木。
『おばけの木』とか昔呼んでた奴だ。
ここいらの言い伝えでは、江戸時代だかに神隠しが頻繁に起こった場所らしく、地元の人間でも滅多に近寄らない。
ああ、呪いのパワーが充満してそう! なんてベストな立地!
ヤル気出て来たぞー。
やるぞー。
呪うぞー。
東京全域とは言わんが西東京ぐらいは俺の呪いで満たすぞー。
「ジングルベール、ジングルベール。鈴がー鳴るー」
俺の呪いのジングルベルも最早何週目かも分からない。
「それがお前らの死を告げる鐘の音だ!」
このフレーズ、結構気に入ってんだよ実は。
「えぐ、ひっぐ」
「ん?」
歌を中断して耳を澄ませた。
木々が風に揺れる音に紛れて、誰かの声がする。
「……こっちか?」
どうやら声は俺の目的地である『おばけの木』から聞こえるようだ。
息を殺して歩く。
おまわりさんだったらどうしよう。
一応、五寸釘を打つための
何せこれ、大工仕事以外で持ち出すと鈍器でしかない。
やばいか? やばいよな?
『おばけの木』の手前の茂みに体を隠しながら、そぉっと覗く。
あれ?
「うぅううううう、恐いよぉ。寒いよぉ。お腹空いたよぉ」
こっわ! 女の子っぽい人影が薄暗い森で泣いてる! 何あれ!
「ふぇええええっ、セリーナー。妾もうダメだよぉ」
あれ、幽霊じゃ無いよね?
ここが幾ら『おばけの木』って言われてるからって、本当に幽霊が出たなんて噂聞いた事ないんだけど。
幽霊じゃなかったら、じゃあ迷子だろ。
なんでこんな早朝にこんな暗い森に女の子が迷子になってんだって言う疑問もあるけれど、とりあえずは保護した方が良いよな?
警察……交番か?
でも俺も今絶賛不審者中だからなぁ。
どうしよっかなぁ。
「って迷う意味無いよな」
子供が泣いてるなら助けなきゃダメだろ。
男としてとかじゃなくて、人として。
そう決めたら早速行動だ。
「あー、君」
「ヒィっ!」
茂みから体を出して声をかけると、女の子はビクッと体を硬直させて俺を見る。
「あー、ごめん驚かせた。怪しい者じゃないんだ」
「あわ、あわわわわ!」
変な声を出しながら、女の子は地面をシャカシャカと這って移動する。
なんだその移動の仕方。ゴキブリみたいだな。てか速い! 慣れてんのか!?
おばけの木の向こう側に隠れた女の子が、顔をひょっこりと出して俺を見る。
あれ? 外人さん?
整った顔立ちに、銀髪? あんな綺麗な銀色の髪の毛、初めて見たな。
その褐色の肌にとても映える髪は、冷たい12月の風に揺れてキラキラと輝いて……輝いて? こんなに暗いのに?
ま、まぁ良いか。
「お、おい。悪かったって。森の外まで出してやるから出てこいよ」
俺の呼びかけに一切答えずに、女の子は俺を涙目で睨んでいる。
「あ、そうだそうだ。腹減ってるんだろ? 俺のおやつで良ければだが、肉まん食うか?」
ここに来る途中のコンビニで買った奴だ。
買ったばかりの時よりは冷めてるが、まだ暖かい。
「ほれ、微糖で良ければコーヒーも」
腕に下げてたコンビニ袋を地面に置いた。
俺の事を警戒してるから、そこから二、三歩離れる。
なんか犬とか猫に餌付けしてる気分だ。
「うぐっ、ぐぬぬぬぬぬっ」
俺の顔とコンビニ袋。
それぞれを交互に見て、女の子は唸った。
葛藤しているのだろう。腹は減ってるけれど、俺は恐い。だけど腹は減っている。
もう見ててモロ分かりだ。なんせさっきから大音量で腹の虫が鳴いているのだから。
「う、えぇええええ」
ついに泣き出した。
葛藤が一周して混乱に変わったのだろうか。
「な、泣くなよ! ほら食っていいってば」
慌ててコンビニ袋を取り、女の子の近くに投げる。
足元に落ちたその袋を泣きながら掴み、膝を抱えて袋の中をモゾモゾと探る女の子。
クンクンと匂いを嗅いで、中に入っているのが美味しそうな物と理解したのだろう。
勢いよく包みの上から頬張った。
「わっ、紙は外せって! 食えないからソレ!」
俺は慌てて駆け寄り、女の子が咥えている肉まんから包装紙を取る。
噛まれた部分だけを残して破れた包装紙をジャケットのポケットに突っ込み、ついでにコンビニ袋からコーヒーを取り出してプルタブを空けてやる。
「うううううう、おいひぃ。おいひいよぉ」
もう空腹が恐怖に完全勝利したようだ。
女の子の視界に俺が全然映ってない。
泣きながらムシャムシャと肉まんを食べ続ける女の子。
ほらほらそんな急ぐなって。誰も取らねーからさ。
それ見ろ詰まっただろ? 肉まんの皮って口の中に残るんだよな。
ほれコーヒー。
あ、ちょっと苦いか? でも美味しいだろ?
俺は女の子が肉まんを食べきるまで、無言で隣に座っていた。
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