ウワサの机

我闘亜々亜

完(犯罪、暴力描写あり)

 クラスメイトが死んだ。

 不穏なニュースはクラス中に広がると同時に、ウワサの真実味を強めた。

 今は使われなくなった教室の机で放課後に勉強をしたら、成績が向上する。死んだクラスメイトも机を利用していたらしい。

 ウワサの出所は一切わからない。クラス1の秀才すらウワサの机を使う姿が目撃されたから、イタズラとは片づけられなかった。

 今では秀才なその人も、少し前はそこまでの成績ではなかった。机の恩恵だと言われている。

 ウワサは、成績の向上だけでは終わらない。

 選ばれない人が机を使ったら、天罰があると言われている。

 今回亡くなった子は、ウワサに選ばれなかった?

 選ばれなかったら、あんな末路がある?

 選ばれたら、秀才なあの人みたいになれる?

 どくりどくりと跳ねる心臓を感じながら、ウワサのある教室に足を運ぶ。

 扉のくぼみに指をいれたら、ひんやりとした温度が伝わった。期待と不安を感じつつ、扉を横にスライドさせる。長い間使われていないはずなのに、扉はすーっと開いた。ウワサがあるせいで、人の出入りが多いのかもしれない。

 少しだけホコリを感じる教室内は、使われなくなった机や椅子が壁に積まれている。その中心に、ウワサの机が鎮座していた。

 これが、ウワサの。

 ごくりと喉を鳴らして、机に近づく。現状、違和感は感じない。怪しい損傷とかもない、ただの机にしか見えない。

 震えそうになる指先を、そっと机にふれさせる。いつも使っている机より、心なしかひんやりしているように感じた。

 ここで勉強をしたら、自分はどうなる?

 秀才に近づけるのか、末路を迎えるのか。

 わからない。

 わからないから、怖い。

 不安と同じくらいに、成績をよくしたい思いがあった。

 クラスのトップ10に入っても、両親は満足してくれない。それ以上の成績にならないといけない。仮に成績がさがったら、両親にどう言われるかわからない。

 そんなことになったら、追い詰められて自殺の道を選ぶかもしれない。だったら、この机を使っても同じ。

 選ばれる。

 選んでください。

 心の中でくり返しながら、ゆっくりと椅子をひく。床とこすれて、小さくきしむような音がした。

 小さなことでもおびえそうになる。でも、やらないと。成績のために。

 大きく、長く息を吐いて、騒ぐ心臓を強引に外に追い出して、そっと椅子に座る。接地面から伝わる冷気で身の毛がよだつ。

 臆したらいけない。もう座ってしまった。戻れないところまで来てしまったんだ。

 詰まりそうな息の中、道具を出して勉強を始める。

 なじみのある学校内にいるとは思えないほど、異世界のような気分。正直、勉強がはかどるとは思えない。それでも、結果にはつながると信じて。

 勉強を始めてどれくらいたっただろう。遮られたのは、扉が開く音がしたからだった。

 見られてはいけない場面を見られてしまったかのような感覚に、ぞくりと振り返る。

 扉を開けたのは、秀才なあの人だった。ここに来たからには、やっぱり机を利用していた?

「こんな場所でお勉強?」

 こっちの恐怖と疑問を気にしない様子で扉を閉めて、するりと歩み寄られた。いつもと変わらない口調は、この場所に一切の恐怖を感じていないかのようだ。

「ごめんなさい。すぐにどきます」

 責められているわけではないのに、反射的にそう答えてしまった。慌ただしくバタバタと勉強道具をしまう。

「気にしないで。勉強に来たわけではないから」

 言いながら、相手はカバンに手をいれた。無意識に視線を吸われて、カバンから出たものに息をのむ。

「消すだけ」

 細い手にギラリと輝く、鋭利な刃物。持っているものと不均衡なほど、やわらかい笑みをたたえている。

 どうしてこんなものを持っているのか、瞬時に理解できなかった。

 鉛筆をナイフで削る話は聞くけど、このご時勢で使う人がいるのか疑問だ。そもそも鉛筆を削るために使うにしては、この刃物は立派すぎる。

「それ」

 刃物を持っている理由がわからなくて、不穏な空気に声が震える。

「あなたを消すの」

 消す。刃物。

 この情報だけで思いつく可能性は、とても考えたくないもので。

「どうして?」

「私を超えられたら、困るでしょう? だから消すの」

 不穏な空気を作る張本人は、そう感じさせないほどのなごやかな口調で言葉を並べる。

「このウワサを流したら、成績のためになりふり構わない人を抽出できる。その中から、本当に私を超えそうな人だけを消したらいい」

 その言葉に、心臓を大きく突かれた。

 亡くなった子は、トップ3に入ることもある成績の持ち主だったから。

「あなたも脅威になる。だから」

 腹部に走った激痛で、それ以上の思考は続けられなかった。

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