第26話:土下座と告白

 緊張している。

 まず手汗がやばい。ロングソードを握る柄の部分がじっとり濡れている。

 腹がなんかおかしい。圧迫されているような不快な違和感がある。

 あとは膝に力が入らん。一歩踏み出すごとにリアルにがくがくと音が聞こえそうな勢い。

 作戦を立ててから二日が経った。

 この二日間、俺たちはいつも通り魔物狩りを励行し、できるだけレベルを上げ、様々なスキルを習得した。短い期間で万全の体制を整えたつもりだ。

 しかし、それが不安を払拭することはない。相手は未知の存在なのだ。何が起こるのかは誰にも分からない。

「アンタ、さっきからビビりすぎよ?」

「……そうだな」

 隣を歩くアイラは外見に限って言えば平然としているように見える。内心はどうなんだろう。外見と一致しているなら、相変わらずハートが強いやつだと感心するところだ。ほんと俺とは大違い。

 他の三人もそれほど緊張していないように見える。俺がおかしいのかもと自己不信に陥るレベル。まあ、氷月に至っては見た目だけじゃ何を考えてるのかすらよく分からないんだけどな。

 浮き足立つ心を抑えるため、しっかりと土を踏みしめて歩を進める。

 ダンジョンを歩き始めてからだいぶ時間が経っていた。昴によれば、この世界の地下にアリの巣のごとく広がるダンジョンはあらゆる場所と場所をつないでいるらしく、もうそろそろ目的地である監獄の近くに出るそうだ。

 魔物、出て来るなよ……!

 ここまで一匹たりとも魔物と遭遇していない分、より敏感になってしまう。きっとそれに関してはみんな同じだろう。魔族との戦いに備えるため、なるべく無駄な戦闘は減らしたい。

 だから、それ・・が出てきたとき、過剰に反応しすぎてしまったわけだ。

「でたっ! 魔物だっ!」

 あと少しで出口に差し掛かるというところで、そんな声が上がった。

 琥太郎の得意技である大声がいかんなく威力を発揮し、各々がその存在を察知。張り詰めた空気が漂い、すぐさま戦闘態勢に入った。できることなら手早く仕留めたい場面だ。

 ドタッドタッ。

 俺たちの正面から、言葉通り魔物が疾駆してくる。

 そいつは銀色の毛並みに全身がくるまれており、双眸は真っ赤に染まっていて、犬、ではなく狼に近い……その割にすらっとしていて……あれ?

 もしかして。

「待て! まだ攻撃するなっ!」

 真っ先に飛びかかろうとしていた琥太郎を声で制した。ピタッと動きが止まる。琥太郎はそのままバックステップで狼もどきから距離を取った。

 クエスチョンマークの浮かんだ顔が俺に向けられる。

「なんで待つんだ? パパッと倒しちゃった方が……」

 琥太郎の言葉は完結しないまま空気に吸い込まれていった。

 ピカリーン、と。

 狼の身体が光を放ちはじめたのだ。

「…………………」

 誰もが言葉を失って呆けていることしばし。

 四足歩行の狼は二足歩行の人間へと変貌を遂げた。それも、見知らぬ顔ではない。目は赤く染まったまま、髪も銀色に染まったままだった。

「……やあ、アイラ。久しぶり」

「にっ、兄様っ⁉」

 ニクラス・リインハート。唯や昴、アイラを異世界へと引きずり込み、あげくアイラの兄を騙り続けてきたその人だ。その一方で氷月に唯の写真を提供したり、俺のことを応援しているなどと述べたり、行動は謎に包まれている部分も多い。

「なっ、なぜ兄様がここに……?」

 突如お嬢様然とした口調に切り替わったアイラがおろおろとうろたえる。

 そこに、硬質な言葉が投げかけられた。

「オレはお前の兄なんかじゃない。もう、知ってしまったんだろう?」

「そ、それは……」

「だから、一言だけ言わせてくれ。ずっと前から、言わなくちゃいけないって思ってたことがあるんだ」

 ニクラスはその場で膝を折りたたみ、地面に手を付けて――

「今まで、ほんっとうに、すいませんでしたああぁぁぁぁぁ!」

 渾身の叫喚がダンジョン内にこだました。

 少しして、今度は粛々と涙声の語りが続けられる。

「オレは……リインハートの血筋を継いだくせに、全然弱くて……魔法も下手で、いっつも劣等感を感じてた。だから………ワームホールと、トランスが使えるようになって、うれしくて……父上に認めてもらえると、思って、だから、あんなことを……オレは、ずっとずっと、お前を、だましてたんだ。最低なんだ。オレは、兄失格なんだ……」

「兄様っ!」

 涙で顔をぐしゃぐしゃにした兄ではなかった人物のもとへ、アイラが駆け寄る。妹ではなかった彼女もまた目元を潤おわせ、二人は抱擁を交わした。

「兄様は、何があっても兄様です……アタシの、かけがえのない……」

「……っ!」

 おいおいと涙を垂れ流し、二人はしばらく熱い抱擁を交わし続けていた。


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