第24話:明かされる真実②
ガラガラガラ。
昴と話し込んでいると、病室の扉がゆっくりと開かれた。中からアイラがひょこひょこと出て来る。
しかし、様子がおかしい。膝ががくがくと震えている。
「アイラ、大丈夫か?」
「ええ……」
「大丈夫そうに見えないぞ」
「へ、へーきよ。ちょっと、精神的に、きついだけ」
アイラはとぎれとぎれに言葉を発し、氷月の横に腰掛けた。氷月は先ほどから何も発言こそしないものの、どこぞのバカと違って寝ているわけではない。体をずらし、アイラが座る分のスペースを確保した。
「精神的にって……もしかして聞こえてたのか?」
「自覚なかったのね。ぜーんぶ、筒抜けよ」
うつむいてしまったアイラに、俺は思い切って水を向けてみる。
「アイラは、知ってたのか? その、異世界人養成計画とやらのことは」
「知ってるわけないでしょ。アタシは……アタシは黒髪の人たちは志願兵だって、聞いてたから……お父様は、アタシをだましてたのね……」
キュッと結ばれた桜色の唇がプルプルと震えている。泣きたいのをぐっとこらえているのだろう。
分かったふりをする気はないけど、信頼してた人に煮え湯を飲まされるってのは本当につらいことだよな。ともすれば、それは人ひとりの人格を捻じ曲げてしまう可能性だってある。
「アイラさん、久しぶりだね」
「……ツヴァイね。久しぶり」
昴とアイラが極めて形式的な挨拶を交わした。
こっちの世界では、昴の名前はツヴァイというらしい。
「スバルって呼んだ方がいいかしら?」
「ああ、是非そうしてほしいな。僕、ツヴァイって名前は嫌いなんだ」
「そう……」
気まずい沈黙がその場を支配した。昴の口調は決してとがっているわけではないが、言葉の裏に染み込んだ感情は嫌でも読み取れてしまうものだ。
「実は、アイラさんに言わなきゃいけないことがあるんだ。昔はシュテルに口封じされてたから何も言えなかったけど、今なら言ってもいいよね」
「……なに?」
アイラが縮こまってびくびくと肩を震わせている。直感的に、また嫌なことを聞かされると感じているのだろう。それは俺も同じだった。
追い打ちをかけるようで申し訳ないね、という前置きが告げられ、昴はこれまた衝撃的な内容を口にした。
「アイラさん、君はシュテルの拾い子なんかじゃないよ。僕たちと同じ日本人で、異世界人養成計画の被害者なんだ」
空気が固まった。琥太郎を除いてその場にいる全員の口がぽっかりと開く。
アイラも目じりにたまった涙が引っ込んでしまったようで、必死に食い下がった。
「な、何言ってるのよ!? アタシは魔族なんかと戦ってないし、そんなの全然おかしいじゃないっ!」
「なにもおかしくないよ。いいかい? 最初はアイラさんも僕たちと同じ立場だったんだ。でも、いつも通り訓練をしていたある日、君は魔物に襲われて大けがをしてしまった。それで記憶を失い、さらには長時間魔法を使うと倒れてしまう体になった。今だってそれで運ばれてきたんだろう?」
「……それはそう、だけど、そんなんじゃ証拠にならないわ」
「そうだね。じゃあ、質問を変えるよ。――なんで君はワームホールで日本に行くことができたの?」
「そっ、それは……」
追い詰められた犯人みたいに、言葉に詰まるアイラ。
分からない、って言ってたもんな。
「答えは簡単だよ――君が日本にいたことがあるから。これは十分な証拠になりうると思うなあ」
昴の話はにわかには信じがたいが、確かにつじつまは合っていた。
「それで、君のお父さんは地位や名誉、世間体の反応を気にする人だったから、偶然にも君を拾った、ということにしたんだ。優しいとでも思われたかったのかもしれないね」
「そんな……アタシは優しい人だと、思ってたのに……」
アイラが枯れた花のようにしぼんでいくのに対し、昴は水を得た魚のごとく滔々と饒舌に語りだした。
「まあ、そんな君のお父さんも、もうこの世にはいないんだけどね」
「……え」
俺の口から言葉が漏れた。アイラはただ目を見開いている。
「彼は監獄内で首を吊ったんだ。裕福な生活をしていた分、監獄内での生活に耐えられなかったんだろうね。ほんといい気味だよ。一か月も経たないうちに自殺するなんて、彼はとんだ――」
「やめろ!」
気が付けば、俺は叫んでいた。
「それ以上言うな。お前、アイラの父が恨めしいのは分かるが、アイラに罪がないことぐらい分かるだろ。さすがに言いすぎだ」
昴は突然俺が大声を上げたことに驚いたのか、虚を突かれたようにしばらく目を見開いていた。どうでもいいけど、今ので琥太郎が起きた。
アイラの静かな泣き声だけがいやに耳につく。誰も、何も発しない。
座りが悪い。息が詰まりそうだ。
本当に息苦しくなってきた頃、ついに昴が口を開いた。
「……ごめんよ。アイラさんにそこまで言う筋合いはなかったね」
しかし、アイラは何も答えない。というより泣き崩れてしまっていて答えられるような状態ではなかった。
しばらくすると、顔を隠したままやおら立ち上がったアイラは、盛大に鳴き声を上げて逃げるように立ち去って行った。誰も止めることはしない。
今は一人にさせてやろう。
アイラの去り際、申し訳なさそうな顔をした昴が一言つぶやいた。
「僕はまだシュテルのことを許せてなかったみたいだ」
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