第23話:明かされる真実①

 最も驚くべきなのは、昴が俺の名前を憶えていたということだ。さすがに名字までは憶えられていなかったが、それでもすごい。いやだってそんなに仲が良かったわけじゃないし、影の薄さでいえば俺は当時からトップクラスだったんだぞ。

 そんな旨のことを昴に話したら、「普通だと思うけどなあ」なんて言われてしまった。言外に俺は異常に低能だと告げられてるみたいでショック。明日にでも脳トレとか買ってみようかなと思いました。まる。

 俺たちはお互いに聞きたいことがあふれ返っていることを確認した後、アイラの病室の前に設置された椅子まで戻って来ていた。

 そこには当然バカと女王がいるので、「その人誰?」というムードになったわけだが、「小学校の頃のクラスメイトで、神隠しに遭って異世界に連れて来られた奴」的な説明をすると二人ともなんとなく察してくれた。昴本人もうなずいて聞いていたので、俺の説明に目立った誤りはなかったということだろう。

 さて、人心地ついたところでさっそく質問といくか。

 座ったままの姿勢で、体ごと昴に向き直る。

 聞きたいことは掘ればいくらでも出てきそうだが、まずは一番気になっていることから。

「なあ――」

「啓太はどうやってこっちの世界に来たんだい?」

「ぇあっ、えー、ええと……」

 うわ、競り負けた。これよくあるんだよなあ。コミュ障あるあるに登録しておこう。

 ちなみに現在のあるある一位は「ネタを言ったわけでもないのにしらける」だ。つまり何を言っても空気が悪くなるってことだ。

 よくない記憶がよみがえってくる前にさっさと質問を片付けよう。

「えー、今そっちの部屋でぶっ倒れてる、アイラ・リインハートってやつにここまで連れて来られ……ん、もしかしてアイラのこと知ってるのか?」

 アイラの名を出した途端に昴の片目がまん丸になったんだが。

「うん……知ってるよ」

 丸くなった目は次第に細くなっていき、反動がついたのかそれは鋭く細くなった。

 なんでにらんでるんだ。話の流れ的にアイラに良くない印象を抱いているということだろうか。とりあえず俺をにらむな俺を。

「………………」

 昴が言葉を継がなかったので、不自然に会話が途切れてしまった。表情こそ緩んだものの、大きなため息をついて肩を落とすそのしぐさは、怒りの置き場が見つからずに無理やり自分の中で処理しようとしているようにも見えた。

 沈黙が降りる。

 氷月と琥太郎が音沙汰ないなと思って見てみると、氷月は相変わらず壁に寄りかかって天井を見上げたままだった。琥太郎は普通に爆睡していた。

 氷月は置いておくとして、琥太郎はここまでくるともう逆に尊敬したくなってしまう。神経の図太さがクールすぎだろ。日本帰れ。

「……さっき解析したんだけど、啓太は勇者なんだね」

 琥太郎に心内で悪態をついていると、ぽつりと口火が切られた。

 見れば、昴は微笑をたたえている。再会してからまだ何分も経っていないが、彼はこうして微笑をたたえていることが多い印象を受ける。昔はどうだったっけな。

「まあ、一応勇者、らしい。そっちはどうなんだ?」

「僕は『ウォーロック』っていう天職だよ。魔力の消費量が多い代わりに規模が大きい魔法が得意なんだ。例えば、爆裂魔法とかね」

「なんだその強そうな魔法」 

「うーん、簡単に言えば爆発を起こす魔法かな。一発は大きいんだけど、調節をミスると文字通り一発屋になっちゃうんだよ」

 ハハハ、とさわやかに破顔する昴。ふむ、イケメンスマイルダナー。 

 ……おっと、中性的な魅力に惹きつけられてる場合じゃない。

 こんな和やかな雰囲気の中で談笑や思い出話に花を咲かせ始めてしまえば、肝心なことを聞き出せなくなる。昴はあえて話をそらそうとしているのかもしれないが、そうはさせまい。それは逃避でしかないのだ。

 俺は昴の笑いが収まるのを待ってから、前置きを告げた。

「……話は変わるが、単刀直入に聞かせてくれ」

 少しの間を持たせてから、さらにこう続けた。

「唯は、千堂唯は、魔族の監獄にいるのか?」

「……聞いてくると思ったよ」

 昴の顔から笑みが剥がれ落ち、神妙な面持ちがあらわになる。

「でもね、期待されてるところ申し訳ないんだけど、僕には分からないんだ」

「うん? じゃあ、こっちの世界に飛ばされてから唯には全く会ってないってことか?」

「そういうわけじゃないよ。大体二か月前まで僕たちは監獄の中で一緒にいたんだ」

「なっ、昴も魔族に捕まってたのか⁉」

 真剣な表情のまま、昴はゆっくりとうなずいた。

「……でも、僕は脱出に成功して、こうして今ここにいる」

「じゃあ唯は?」

「言っただろう。分からないって」

 肩を落として、首を横に振る昴。

 その言葉の、しぐさの意味するところは分かった。

 ――つまり、昴は唯を見捨てて一人せこせこと逃げてきた、と。そういうことなんだろう。

 あまり人のことは言えないけど……最低だ。

 そんな俺の視線を感じ取ったらしい昴が、焦ったように弁明を始めた。

「ちょ、ちょっと待ってよ。何か勘違いしてない? 僕は彼女を見捨てたりしたわけじゃないよ?」

「じゃあなんだ」

「……長くなるけど、聞くかい?」

 即刻うなずいた。わけがあるなら聞いてやろうじゃないか。

「まず僕は、監獄にいる間中ひそかに脱獄を企てていて……」

 それからの昴の話をまとめると、大方こんな感じになる。

 日々脱獄の方法を模索していた昴は、ある日、監視役の魔族たちが瓶に入った赤い液体を飲んでいるのを目撃した。それを飲んだ魔族たちに活力がみなぎっていることを確認し、彼はそれが何かに利用できないかと考え始めた。

 出てきた答えは、なんとか瓶を奪い取って中身を飲み干すこと。

 かなり危険な行為ではあるが、うまくいけば魔族並みの身体能力を得ることができて、脱獄も夢ではないと考えたのだ。

 そんな考えをもう一人、昴と同じく脱獄の意志を持つ唯に伝え、しばらく経ったある日、二人の手によってついに作戦は決行された。

 結果は――成功。

 昴が赤い液体を監視の目を盗んで飲み干すことに成功し、予想通り驚異的な身体能力を手に入れたのだ。そのまま唯を連れて監獄の壁を破壊し、脱走。

 しかし、逃げた先で昴の身に異変が起こった。

 突然人を襲いたくなる衝動に駆られたのだ。

 相手は誰でもよかった。だから矛先はそばにいる唯に向けられるわけで。

 一瞬、殴りかけた。

 ――けれど、おびえる唯の顔を見て、昴はなんとか衝動をこらえることができた。

 残っていたほんの少しの理性を必死で働かせて、踵を返し、そのまま逃げ出した。彼女を救うために。全速力で。

「そのあと数日間は人が少ない場所で生活したよ。林の中とか、洞窟の中とかね。そしたらその恐ろしい症状は治まった。……でも、唯とはぐれてしまったんだ」

「元の場所に戻っても、いなかったのか?」

「うん。それきり一度も出会ってないから、恐らくはまた魔族に捕まっちゃったんだと思う」

「そうか……」 

 結局はそこへ戻ってくるのか。思わずため息が漏れた。

 隣で同じようにため息を漏らし、うなだれる昴。彼はきっと多かれ少なかれ罪悪感を抱いていることだろう。おびえる唯を危険なところに置き去りにしてしまったのだから。

 たとえそれが妙な薬のせいであるとしても、心の傷が消えることはない。当時の自分がどんな状態であったとしても、行為を働いたのは他でもない自分自身なのだ。

「……ほら、これ見てよ」

 半ば自嘲気味な薄笑いを浮かべた昴が、自らの右目に施された眼帯を手でのけた。

 現れるはずの眼は、もはや眼ではなくなっていた。余すところなく真っ赤に染まっており、黒目がなかったのだ。

「身体能力は数日で元に戻っちゃったんだけど、こっちは気持ちいいくらいに染まったままなんだよね。後遺症っていうのかな」

「気持ちよくはないだろ……」

 完全にホラーだぞ、それ。

 俺がげんなりしていることに気が付いたのか、昴はごめんごめんと軽く詫びを入れつつ眼帯を元に戻した。

「じゃあ、今度はなんで僕や唯が魔族に捕まっちゃったのかを話すね」

「……ああ。聞かせてくれ」

 アイラの話が正しければ、唯はリインハート家に仕える志願兵として魔族と火花を散らした結果、敗北して監獄行きになったはずだ。昴も一緒にいたということは、きっと同じ道をたどったということなんだろう。そんな予想をしていたのだが、

「僕たちは、利用されたんだ」

 ――思わぬ言葉が飛び込んできた。

「え……?」

 どういうことだ、と目で詳細を求める。

「実は、僕たちはアイラさんの家族、つまりリインハート家の陰謀に付き合わされたんだよ」

 昴の顔つきが険しくなった。

「『異世界人養成計画』。リインハート家の者はその陰謀のことをそう呼んでいた」

「な……なんだよそれ」

「具体的には、別の世界から優秀な天職の人間をこっちの世界へ連れてきて、訓練して魔族と戦わせるんだ。成功すればリインハート家の者は名誉を得られるし、街の者は平穏を手にすることができる。一見すると良い計画のように思うだろ?」

 問いに対し、俺は何も答えることができなかった。

 昴が語気を強めて主張する。

「でもさ……それって僕たちはどうなるの。異世界から送られてきた人たちは、毎日のように厳しい訓練を強いられて、挙句失敗したら監獄送りになるか死ぬかの二択だ。僕と唯は運よく前者になったけど、他はみんな後者さ。それでも誰も何も悲しまない。ひどいと思わないかい?」

「……そう、だな」

 おかしい。アイラに聞いていた話と違う。 

「同意もなしに無理やり異世界なんかに送られて、そのうえ戦争のようなものを強制されるなんて……僕らの人生はめちゃくちゃだ」

 この世の悲哀を嘆くかのように、そんな言葉が地面に落ちた。

「…………」

 やっぱり、妙だなとは思ったんだ。平和の申し子であるような唯が、自ら魔族との戦闘を申し出るなんて。

それが強制的に迫られた選択であるというのなら、納得がいく。

 昴の話はまだ終わらない。

「実は……計画の首謀者は、アイラさんの父であるシュテル・リインハートなんだ」

「なにっ!?」

 金づちで頭を打たれたような衝撃が走った。

 アイラが必死で救おうとしている人物が、唯を苦しめた計画の首謀者だと……。

 詳しく聞き込む間もなく、事実が淡々と語られていく。

「実行者は、ニクラス・リインハート。アイラさんから見れば、兄にあたる人物だね」

「ニクラス……?」

 聞き覚えがある名前だと思い脳内で検索をかけてみると、すぐさまヒットした。

 ――氷月が唯の写真をもらったという、ニクラスお兄さんだ。

 なるほど、彼はアイラのお兄さんだったということか。確かにそれなら唯の写真を持っていてもおかしくはない。唯が生活していたリインハート家で写真が撮られたと仮定すれば、入手はたやすいだろう。

 そういえばアイラのやつが兄様も家出中だとか言っていたが、まさか日本でふらふらしていたとはな。

「ニクラスは『トランス』という珍しいアビリティと、『ワームホール』のアビリティを持ち合わせていた。しかも彼のワームホールは異世界にまで行ける特殊なものだったんだ。だから彼は、戦闘は苦手だったみたいだけど、皮肉にもこの計画では大活躍した」

 思い浮かんだのは、兄様は良く叱られていたというアイラの言葉。

 普段は役に立てなかった分、この計画では頑張ろうとでも思ったのだろうか。

 ――ふと、そこで俺はあることに気が付いた。

「トランスってことは……まさか、狼になれるのか?」

「うん。彼は狼になって計画の対象者をワームホールへと誘い込んだんだ。少なくとも僕の時はそうだったね」

「そうか。唯の時も同じだ……」

 あの頭の悪そうなお兄さんは、どうやら本当に頭が悪かったらしい。

 俺を応援してるとか言っていたが、あれは挑発だったのだろうか。そう考えると滅茶苦茶腹が立ってくる。

 まあそのことは置いておくとして、唯を失ってから俺を悩ませ続けてきた疑問の答えが徐々に明らかになってきていることに関しては、気が晴れる思いだった。

 様々な過程を経て、ついに俺は今、真実へと一歩ずつ近づいているのだ。

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