第四章

第22話:邂逅

 照り付ける日差しは日に日に光度を増していき、空一面に広がる蒼の濃度はぐんぐん高まっていき、そしてついに。

 夏休みに入った。

 世間一般でいうところの学生諸君は遊びに勉強に遊びに遊びにとわいわい青春イベントをこなしているわけだが、俺含む学生四人パーティーはそういうわけにもいかない。毎日のように異世界に飛んでは社畜のごとくレベリングに専念していた。

 手ごろな魔物が出現するエリアに侵入し、現れたそいつらを一匹一匹手堅く倒していく。それを繰り返すだけ。単純だが、気が抜けない作業だ。一歩間違えれば命に関わってくる。

 しかし人は誰しも、同じ作業を繰り返すと飽きてしまうもので。

 俺たちは本日、より高レベル帯の魔物が凄むエリアにまで足を踏み入れた。

 レベルは順調に上がってきているし、新たに強力なスキルを会得もした。上に行けば行くほど経験値効率は良くなるのだから、実力に合わせてステップアップするのは当然なのだろう。

 けれど、踏み入れた地が未知の場所であるのなら、どうやったって危険は増すものだ。雑魚を蹴散らし尽くして図に乗っていた俺たちは、そんな単純なことすら失念していた。 

 そう、図に乗っていたんだと思う。

 みんながみんな、どうすれば魔物を効率よく倒せるのかを一番に考えていた。一方で、自分たちの身に危険が迫るかもしれないという警戒心はどんどん薄れていった。

 だから、惨劇は起こるべくして起こった。

 具体的に言うと、奥へ奥へとダンジョンを進行していく最中、パーティーの一人が何の前触れもなくぱったりと倒れてしまったのだ。

 薬草も回復魔法も効かなかった。手の打ちようがなかった。

 たまたま近くを通りがかったパーティーのおかげで即座に病院まで運ぶことはできたが、どんな状態なのかはまだ聞かされていない。

 不安だ。不安すぎる。

 病室近くの廊下に据え置かれているベンチに腰掛け、俺はひたすら貧乏ゆすりをすることしかできなかった。

 ――倒れてしまったのは、直前まで俺に指図していた女の子だった。


          ◇◆◇

 

 一分一秒が長く感じる。

 ちらちらと時計を確認しているのがまずいのだろうか。

 動機が早くなるのに反比例して時間の流れが遅くなっていくように感じる。ここへ来てから実際に経った時間は三十分程度だが、体感時間は何時間にも上った。窓から差し込む光がじっくりと赤く色づいていく。

 ああ、どうしてこんなことに……。

 ギルドに隣接する病院の端っこで一人、頭を抱え込んだ。

 隣には同じように抱え込まれた頭が一つ。これは琥太郎の。その隣には壁に寄りかかるようにして力なく天井を見上げる頭が一つ。これは氷月の。

 病室の壁越しにはきっといまだに目を開けられないままの頭が一つ。

 ……それはアイラの。

 そんなことを考えているうちにやるせなくなってきたので、立ち上がって伸びをした。そのまま乾いた喉をうるおそうと、給水所へ向かう。

 背後に二人の視線を感じながら、無言で廊下を歩いていった。意識的に無言だったわけではない。完全に放心していたのだ。

 そのせいだろう。

 何回目かの廊下の角を曲がるとき、俺はこちらへ向かってくる人影を認識出来ず、それに正面からぶつかってしまった。

「あっ、ご……」

 めんなさい、と謝ろうとしたのだが、言葉が喉につかえて出てこなくなってしまった。

 石になったかのごとく全身が硬直し、かろうじて口がエサを求める魚みたいに開閉する。

 その間、相手は戸惑うようにぱちくりと目を瞬かせてこっちを見ていた。

「……ん? 僕、もしかして君のこと知ってるかも」

 先に口を開いたのは俺ではなく、正面衝突してしまった相手側。

「……俺も、お前を知ってるぞ」

 だから困惑してるんだ。

「やっぱりかあ。そうだよね」

 それだけ言うと、男は声を上げて笑った。今の会話に笑える要素あったか?

 男は俺と同じくらいかそれ以下の背丈で(ちなみに俺は百七十センチ)、中性的な面差し。一連の会話で捧腹絶倒、とまではいかないものの高らかに笑っているあたり、とらえどころがない性格をしているとわかる。

 見た目に限って言えば、なかでも一番特徴的なのは、思わず「中二か」とツッコミを入れたくなる隻眼に巻かれた眼帯だろう。中二か。

「久しぶりだね。ちょっとやつれた?」

「なっ……ま、まあ自分でもやつれたとは思うが……」

 再会して早々、明け透けな指摘を食らって鼻白んでしまった。そこは普通「ちょっと背伸びた?」とか「元気してた?」とかだろうよ。

「僕の名前、覚えてる?」

「……うーむ」

 切り出された問いに対し、眉間にしわが寄る。

 彼が俺とどんな関係だったのか、また彼がどんな目に会った人物なのか、それははっきりと覚えている。しかし、名前はその記憶とは遠く離れた位置に飛んで行ってしまったようだ。

「悩んでるみたいだね。じゃあヒントあげるよ。名字の最初は『か』、名前の最初は『す』。これでどう?」

 え。か、す。と言われましても。「カス」「正解!」なんてことにはならんだろう。

 半ば諦め状態の俺だったが、その後も沈黙が望むままに頭をひねり続けると、足りない頭にもついに閃きが走った。

「思い出した」

「お、やったあ。言ってみてよ」

 期待に満ちたまなざしが俺に向けられる。

「……片桐昴かたぎりすばる

 そうだ、間違いない。

 小学六年生のときに俺と同じクラスだった昴だ。

 俺の記憶が正しければ、クラス内で第二の神隠しの被害者となった男である。

 こいつも唯と同じく神隠しに遭って異世界ここに送られた、ということか。

「久しぶりに呼んでもらったなあ。その名前」

 うっとりと目を閉じた彼は、どうやら昔を懐かしんでいるようだった。

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