第20話:異世界ギルドの店

 俺は優柔不断だ。むしろ優柔不断が俺だ。

 そんな人間が少ない予算を渡されて、数多の品数を誇る巨大な武器屋や防具屋に足を運んだとき、一体どうなってしまうのか。結果は誰にでも予想がつくはずだ。

 超迷う。

 アイラ風に言うとちょーちょー迷う。

 そんなわけで、俺が矯めつ眇めつして武器と防具を一式選定し抜いた頃には、街中に夜のとばりが下りていた。ギルド内でも閉店しだした店がちらほら見受けられる。

「あーあ、もうすっかり夜になっちゃったじゃない」

 館内の壁面にかかる大時計を見て、アイラががっくりと肩を落とした。すでに七時を回っている。確かに夜だ。

「すまん……」

 長時間買い物に付き合わせてしまった立場の俺は、ただ謝ることしかできない。

 異世界のギルドというのは、スケールが壮大だった。

 地方に圧倒的な存在感を持って築かれる大型ショッピングモールに負けない広大な敷地面積、そして高さ。その中には武器屋や防具屋、道具屋から換金所、案内所に至るまで冒険者の助けになる施設がずらりと立ち並んでいた。

 館内には人も多い。ごった返しまではいかないが、冒険者らしく派手派手しい服装に身を包んだ人々が通りを行ったり来たりしている。

 ちなみに彼らの会話の内容は聞き取ることができなかった。つまり俺はまだバイタシーの習得ができていないということだ。まだ教書を読み始めたばかりだから、そこまで期待はしてなかったけど。

「はぁ、もう疲れた」

 俺がうんうん唸っている横で終始アドバイスをくれたアイラだったが、さすがにお疲れの様子。ふてくされ気味にぺたんとその場に座り込んでしまった。

 かくいう俺もすっかり疲弊している。長時間立っていた上に頭も悩ませたわけだから当然だ。

 でも、その甲斐あっていいものを買えたとは思う。

 武器はできるだけ相手に近づかなくても済むように丈の長いロング・ソードを。

防具はガッチリしたものは値段の都合上手が出なかったため、それならいっそ身軽さを重視しようと動物の皮を用いたレザーアーマーを購入した。

 実際はその中でも細かい違いがあり、そのせいでとことん悩む羽目になったわけだが、それはこの際しょうがない、と思いたい。

「………………」

 しょうがなくない、とばかりに目を細めてこちらをじーっと見上げるアイラ。その目に憎悪がこもっているように見えるんですが気のせいでしょうか。

「わ、悪かったって。ほら」

 若干ひるみつつも、俺は贖罪のつもりで手を差し伸べることにした。

「えっ?」

「……ほら」

 ただの贖罪なんだから意外そうな顔をしないでほしい。恥ずかしくなってくる。

「あ、ありがと」 

 手を取って立ち上がったアイラは、気恥ずかしそうにぼそぼそと口を動かした。

 ――かと思えば。

「で、でも、別にアンタに手を貸してもらいたかったわけじゃないから!」

 頬を染め、ツンデレを地で行くようなセリフをのたまったのであった。



 その後、俺たちは時間的にも疲労度的にもダンジョン探索を諦めざるを得なくなり、日本に帰ることにした。行きはワープの到達地点だった、街の近くにある雑木林からワープ。

 かくして自宅に舞い戻った俺とアイラは、買ったものの整理や着替えなどを済ませ、現在は柚葉と三人で夕食を食べようとしているところである。

「今日は暑いので、熱々のキムチ鍋にしてみましたー!」

 全員食事の準備が整ったところで、柚葉がにこやかに宣言した。

 暑いからこそ熱いものを食べましょう――ときたまそういう宣伝文句を聞くことがあるが、それって寒いからこそ全裸になろう、って言ってるようなものじゃないか? と俺はよく思ってしまう。あまり好まない。むしろ嫌がらせを疑うレベル。

「いただきます」

 まあ、文句を言おうとも時すでに遅しなので、挨拶をして食べ始めた。他の二人も手を合わせて鍋を突っつき始める。

 肉団子をパクリ。

「……ふむ。うまいな」

 さすがは俺の妹。数々の奇行さえ除けば、女子力の塊みたいなやつだ。

 まあ、兄である俺は家庭科の調理実習ですらまともにできないような人間なんだけどな。担当だったほうれん草の和え物を作ったら土の味がするって同じ班の人に言われたし。実際ちゃんと洗ってなかったせいで土入ってたし。口の中をシャリシャリさせたまま班の人たちに頭を下げるのはなかなかきつかった記憶がある。

 それでも、今ではすっかり良い思い出に……なってない。

「ちょーちょーデリシャスよ!」

 俺に続けて向かいの席のアイラも舌鼓を打った。

 暑い中で熱いものを食べるのは癪だが、味の良さを前にそういった細かい条件はあっさりと力を失ってしまうようだ。有無を言わせぬ味の暴力。

「えへへ、ありがとー」

 お客二人の反応を見て、満面の笑みを見せるコック柚葉。

 普段から柚葉の料理を食べている俺はともかくとして、アイラにも料理の腕を認めてもらえたのが嬉しかったようだ。

「さすが、天職が『料理人』なだけはあるわね」

「えっ、そうだったんだ?」

 アイラの言葉に、柚葉だけでなく俺も驚いた。柚葉の天職は聞いてなかったから、てっきり何もないものだと思い込んでいたのだが。

「そういう類の天職もあるんだな」

「ええ。戦闘に向くものばかりじゃないわよ」

「じゃあじゃあ、質問」

 箸でいとこんを挟んだ状態のまま、柚葉が口を挟んだ。

「今の流れだと、天職は特技と関連してたりするってこと?」

「そうね……詳しいことは分からないけど、アタシの感覚だとそういうことって結構あるわ。でも、ここに例外がいるわね」

 アイラ、柚葉の順で俺に視線が集まる。

「まあ、否定はしない」というかできない。勇者とか。

「……残念すぎる」

 盛大にため息をつかれた。あーあ、幸せが二つも逃げてったぞ。

「でもさ、なんかちょっと寂しいなー。本当は私も一緒に戦いたかったんだけど、天職が料理人じゃ無理だよね」

 てへへ、とはにかむ柚葉だったが、言葉の通りその笑みにはどこか寂しげな雰囲気が漂っていた。無理もない。柚葉だって小さい頃は唯にお世話になっていたのだから、今回の件を傍観するだけというのは心理的に抵抗があるはずだ。それが疎外感につながってもおかしくない。

 だけどな――

「おいおい、天職によっては一緒に戦う気だったのかよ。お前は将来有望なんだから、危ない橋は渡らない方が身のためだぞ」

 兄として、心からの忠告だ。

 でも、妹は聞き入れてくれなかった。立ち上がりその身を前のめらせる。

「そんな、そんなこと言ったら、私だってお兄ちゃんを危ない目には合わせたくないよ! 将来がどうとか関係なしにさ」

 後半になるに連れて声のトーンが落ちていく。しまいには俯いて、

「だって、お兄ちゃんの代わりとかいないし……」

「………………」

 嬉しいというよりは恥ずかしくて言葉を失った。

「アンタたちって、ほんとに仲良いのね」

 感心した様子で肉団子をパクつく我が家の居候。「この肉団子も美味ー」

 同席で決まりが悪そうに俯く二人兄妹。「………………」

 なんだかいたたまれない。飯はうまいけど空気がまずい。何が悲しくて妹と甘酸っぱくならなければいけないんだろう。さっさと話題を切り替えなければ。

「なあ、アイラ。学校で戦闘向きの優秀な天職のヤツは見つかったか?」

 ビクッ。

 寒いわけでもないのに、アイラの肩が震えた。

 ……この反応は。

「駄目、だったんだな?」

「ええ。ごめんなさい。学校の目新しさに夢中で、すっかり忘れちゃってたわ」

 ほう、素直に謝るんだな。えらいえらい。

 なんて感想を抱いた矢先、忌々しげな顔をされた。

「でも、アタシとアンタがごにょごにょとかいう、あの滅茶苦茶な噂さえなければきっと思い出してたと思うのよね」

「ああ、『俺とアイラが付き合ってる』とかいう噂のことか?」

「そ、そうよ!」

「アレに関しては、苦労したのはお互い様だ」

 琥太郎のしつこさとうるささに半日耐え抜いたんだから、『がんばったで賞』みたいなのをもらってもいいと思う。

 あとごにょごにょって濁す意味ないだろ。なんとなく卑猥に聞こえるからやめてほしい。

 妹がやかましくなる前に話を進めるとしよう。

「それで、どうするんだ? 明日は土曜だから学校自体は休みなわけだが、ほとんどの部活は校内でなんらかの活動をしている。そこへ行ってめぼしい人材を探すか? それとも目抜き通りで協力してくれそうな優しい人を探すか?」

 途中から焦ってつい早口になってしまった。

 アイラの父親だけでなく唯までも魔族に捕まっていると知った以上、なおさらのんびりしているわけにはいかない。言葉を並べるうち、その実感がわいてきたのだ。

 仲間を見つけて戦闘経験を積み、魔族から二人を救出する。やるべきことは明確だ。それを手早く行えばいいだけのこと。だからこそ、焦りが生まれる。

 しかし、アイラはそういった素振りを一切見せず、ただ一言。

「明日になったら考えればいいわよ」

 澄ました顔でそう言うのだった。

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