第17話:罰ゲームで俺を誘う羽目になっちゃったパターン?
さんざんだ。
何がさんざんかと言うと、色々とさんざんだ。
反省文の執筆、居残りで廊下掃除。俺とアイラは学校に着いて早々に学年主任の先生に呼び出され、そんなことを命じられた。さらに、俺の場合は当番もやり直しだ。氷月を巻き込む形になってしまった。
これらを全てこなすだけでも意気消沈してしまいそうだが、俺に降りかかった大厄はそれだけではない。クラス内であらぬ噂が立っているのだ。
「あの人が転校生と……」
「えっ、あのジミオが……?」
昼休みになってもまだそんな声がちらほらと聞こえてくる。そこの女子二人、口元を手で覆ったって聞こえてるからな。ってか、俺ジミオって呼ばれてたんだ。べ、別に何とも思わないけどな。影が薄いのは俺の数少ない長所だし。そう、長所なんだよ。色々便利。
「……はあ」
しかし、噂というものはなんて厄介なんだろう。最初の一人がたとえ事実のみを話しても、勝手に憶測や偏見の尾ひれがつき、最終的には誇張された情報のみが独り歩きをしだすと相場が決まっている。それが大きな注目を伴って初めて噂になるのだ。
「ホントに付き合ってるのかな……?」
「……どうなんだろ」
実際、俺は勝手にアイラと付き合っていることにされていた。そんなことあり得るはずもないのに。俺が女性とまともに付き合えないのは自他ともに認める事実だ。
俺たちはな、二人で昼休みに学校を抜け出して、一緒に飯を食ってただけだ!
……怪しい。
「おい、啓太! そろそろ事実を教えてくれてもいいだろっ」
教室の隅、俺の目の前で琥太郎が声を荒げた。
コイツは朝からこの調子だ。情報網をほとんど張れていないコイツですら知っているということは、噂はよほど広範囲に広まっていると考えていいだろう。まあ無理もないのかもしれない。相手は転校してきたばかりのアイラだもんな。
「本当に何でもないんだ。このトマトに誓おう」
高々と掲げたトマトを一思いに口に入れた。滅茶苦茶まずい。でも柚葉に小言を言われるよりはマシだと思い知った、昨夜。
俺たち二人は机をはさんで飯を食っている最中だった。
「でまかせだっ! それ以上嘘つくと、デコピンかますぞ!」
意外と刑軽いな。
「だから本当だって何度言えば分かるんだよ。こっちは当番の仕事もあるし、早く飯食って反省文も書かないといけないし、放課後の掃除もあるし、まあとにかく忙しいんだ。すまんがその話はもう終わりにしてくれ」
アイラに異世界のことは口外するなと釘を刺されていたので、事実を明かすわけにもいかず、今の俺には噂の内容を否定することしかできなかった。
「……ちぇー」
琥太郎はつまらなさそうに眉を寄せた。どうやら諦めてくれたようだ。忙しさアピール作戦がうまくいったな。
そうしてめぼしい話題が引っ込むと、再び食事の手が進み始める。
自分の飯をつまみつつ、なんとなく琥太郎の様子を見ると、ヤツは日の丸のごとく白飯に乗っかった梅干しを何食わぬ顔で丸々一つほおばった。
「それ、すごい食べ方だな」
特に酸っぱそうにしている様子もない。カリカリしてるやつじゃなくて、ぶにょぶにょしてるマジで酸っぱい方のやつなのに。
「梅干しはまるっと一気に食うのが絶対一番だって。コンビニとかでそのまんまうめぼしって商品もよく売ってるじゃん」
「ねえよ。それはレモンだろ」
「あれー、っかしーな。やっぱ俺ってオートプットは苦手だわ」
自嘲気味に笑う琥太郎。まあ間違いは誰にでもある。どんまい。
で、オートプットって何?
「もしかして、アウトプットって言いたいのか?」
「ああそう、それそれ。凡ミスしたわー」
琥太郎はまたまた自嘲気味に笑んで見せた。
お前の脳はもうアウトだな、アウトプットだけに。と言いたい衝動に駆られたが、俺は自嘲気味に笑いたくなかったのでぐっとこらえた。
そうしてくだらない応酬を続ける俺たちのもとに、日直の片割れがやって来た。
無論、氷の女王こと氷月様である。
「…………」
近寄っては来たが、話しかけてこない。微妙な空気が流れる。しかもなんか俺を見てる。
このまま視線をぶつけあっていても仕方がないので、こちらから切り出すことにした。
「何か用か? 当番の仕事?」
「……その残りは私が済ませる」
相変わらず起伏のない口調で昨日と同じような提案をされた。昨日は断ったが、今日は何かと忙しいのでお言葉に甘えさせていただこう。
俺のせいでやり直しになったことを考えると胸が痛むが、やむを得ん。
「恩に着る。で、用はそれだけか?」
「……放課後、公園で会いたい」
リアルにお茶を吹いた。「うわっ」ちょっとだけ琥太郎にかかった。すまん。
え、何これ。なんかの罰ゲームで俺を誘う羽目になっちゃったパターン?
いや、でも氷月に限ってそんなことはないだろうし……まさかカツアゲ? 公園入場料百万円今すぐ払え的な。さすがにないか。じゃあ何、ハニートラップ?
混乱する俺をよそに、氷月は話を続ける。
「……公園は、あなたがよく行ってる公園。……いい?」
首を傾げられても困る。だいたいなんで俺がよく行く公園を知っているんだろう。ストーカーじみていてなんだか怖い。
「うーむ……」
でも、断る理由はないんだよな。当番の仕事は任せちゃってるし、そういえば昨日の朝氷月が言いかけた言葉の続きも聞けていない。
――アナタの、おさな……なじみは……。
そうか、合点がいった。氷月はあの言葉の続きを語ろうとしているのか。人前では話しにくいから公園に誘ったということだな。
ならなおさら、断る理由などない。
「分かった。放課後に公園だな。居残りで掃除を命じられているから少し遅れるかもしれないが、なるべく早く着くように努力する」
俺の言葉に氷月はコクリと頷き、長い髪をなびかせて教室を去っていった。
返事をしたとき、彼女の口角がほんの少しだけ吊り上がったようにも見えたが、恐らくは俺の見間違いだろう。
「……ねえねえ、今の聞いた?」
「聞いちゃった。あの人、公園で葵さんと会うんだってね」
氷月が去った後で、さっきから俺をガン見している女子二人組が思い出したようにひそひそ話を再開しだした。全然ひそひそできてないんですが。
「転校生といい葵さんといい、どうやって知り合ったんだろ」
「ホントだよねー。どんなテクニックを使ったのかな……?」
テクニックって。そんなもの使ってな……いや、使ったな。そういえば。
その名も、秘技・噛みまくる!
なんとなく誇らしくなったので虚空にドヤ顔を放った。ネーミングセンスの無さはこの際無視したい。そのままかよ、というツッコミも受け付けたくない。
「……お茶を吹き出しておいてドヤ顔されても困るぞー」
珍しく鳴りを潜めていた琥太郎から抗議の声が上がった。
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