第14話:全然話を聞いてくれない妹

 帰路の途中、突如として俺の体に異変が訪れた。

 体中があちこち痛いのだ。全身が全力で悲鳴を上げている。まるで自分にだけ重力が何倍もかかっているようにすら感じて、ぶわっと嫌な汗が噴き出した。

「ほら、がんばりなさい。もう少しで着くんでしょ?」

「……ああ」

 俺は、アイラに肩を貸してもらい、なんとか前進している状態だった。男子が女子の肩を借りるとはなんとも情けない話だが、この期に及んでそんなことを言っている余裕もない。腕がだるく、自分のバックさえアイラに任せている有り様なのだ。

 何故こんなことが起きたのか、アイラによれば、それはリングに溜まっていた魔力が無くなってしまったから、ということらしい。リングに魔力が補充されている間は《パッシブ・ブレイヴァー》の影響で疲れを感じないが、無くなれば一気に反動が来るということだ。普段は出来ないような動きをしていた分、その反動ももちろん大きい。

 俺がこっちの世界に戻ってもうっかりリングを付けっぱなしにしていたせいで、反動が来るタイミングがずれた、ともアイラは言っていた。確かにそれはそうだが、一番の問題はアイラが反動に関する説明をしなかったことだと思う。

 歩くペースが遅いせいで、すでに日は傾きつつあった。

「…………見えた」

 温かみのある色に包まれ、自宅がひょっこりと顔を出す。

 角を右に曲がると視界が開け、さらにその影は大きくなった。

「そこの家かしら?」

 アイラの目線の先にあるのは、一面を薄橙色で塗られた、目立った特徴がない普通の一軒家だった。見紛うはずもなく、我が家である。

 無言で首肯しつつ、足を動かす。

 一歩を踏み出すたびに、膝が笑う。どこに登ったわけでもないのに、下山途中のような疲れようだった。

 しかし、痛みに気をとられている場合じゃない。柚葉をうまくあしらうことを第一に考えなければ。

 当初は柚葉が帰宅するよりも先に家に着いている予定だったのだが、想定外の事態で遅れてしまったため、それは叶わなくなった。柚葉の所属する女子テニス部は平日だと木曜日のみ活動時間が短く、本日は運悪く木曜日。すでに帰宅している可能性が高い。

「到着ね。ピンポン押して」

「インターホンのことか」

「そうそう、それよ」

 アイラの肩から腕を外し、玄関前に正立する。

「なんだ。一人で立てるじゃない」

「まあな」

 全身筋肉痛のようなものだから、頑張ればその程度はできる。

「……よし」

 自宅のインターホンを押すだけなのに、何故か緊張してくる。原因は後ろの転校生で間違いない。チラと振り向いてみると、当人はそんなに緊張しているわけでもなさそうだった。

 震える指先を黒いボタンに近づける。

 ピンポーン。

 両者の距離がゼロになった時、聞き慣れた電子音が鳴った。

 すぐさま「はーい」と返事があり、家の中からドタドタとあわただしい足音が聞こえてくる。その音は徐々に玄関に近づいてきて、間もなくドアから妹が顔をのぞかせた。 

「あっ、お兄ちゃん! もー、遅かったから心配し――」

 フリーズ。恐らく俺の背後に女子が立っていることを認識したからだと思われる。

 まあ、予想通りの反応だ。これならあらかじめ考えておいたセリフが役に立つ。

「柚葉、落ち着いて聞いてほしい。実はこの人は」

「嘘でしょ……彼女さん連れてきちゃったよ……」

 おい、人の話聞けよ。なんで耳をふさぐ必要がある?

「ヤバいよ……柚葉、ピンチかも……」

 ぼそぼそと独り言を垂れ流す柚葉。

 ピンチなのは俺だ。肉体的にも、精神的にも。

 早とちりをして顔面蒼白になる柚葉に対し、今度はアイラが一言物申す。

「か、彼女なんかじゃないから! 有り得ないからっ!」

 なんでそんなに動揺してるんだよ。いや、言ってることは合ってるんだけどさ。

 アイラの大声は耳をふさいだ状態の柚葉にも届いたようで、彼女はますます落ち込んでしまった。え、喜ぶところじゃないの?

「……彼女さん、ツンデレだ……きっと、お兄ちゃんの好みなんだ……しかも、美人だし……うぅ、もう地球はおしまいだーっ!」

「おいっ、だから話を聞け! こんなこと自分で言うのもなんだが、俺が女性とまともにお付き合いできると思うか?」

 今にも泣き崩れそうな柚葉に必死で訴えかける。必死すぎて内容がひどい。

「そんなの無理に決まってるよ。っていうか、だからショックなんだって」

「…………」 

 そこまで言わなくてもいいじゃん。

「詳しい話は、後でゆっくり聞かせてもらうから」

 柚葉は俺の耳元でそう囁いたかと思えば、今度はアイラの方を向いて、

「お騒がせしてごめんなさい。上がってもらって大丈夫ですので」

 と恭しく言い残して中に入っていった。

 他人と俺とで態度が違いすぎだろ、と思うのは毎度恒例だ。柚葉は学校では真面目ぶってるようなヤツだから、他人に対しては基本的に大人しい。なんにせよ、陰日向があるのはあんまりいいことじゃないよな。

「じゃあ、お邪魔させてもらうわよ」

 先に中へ入っていったアイラに続いて俺も中へ入――ろうとしたが、右足のふくらはぎに違和感を覚え、立ち止まった。

 右足の内部でひも状の生物がのたうち回るような感覚。この感覚には覚えがあった。運動不足の俺がよく引き起こす症状の内の一つ、その前兆だ。

 そう自覚した直後、違和感が激痛へ変貌を遂げる。

「いっつぁぁあああああ!」

 自宅の玄関前で盛大に足をつった。足に力が入らなくなり、そのままあおむけに倒れる。

 あー、あと少しでソファーにダイブできたのに……。

 このまま倒れていれば二人のうちどちらかが駆けつけてくれるだろうと思い、足をさすりつつ救助を待ってみたが、結局どちらも現れることはなかった。悲鳴は聞こえていたはずだから、恐らく意図的に無視しているのだろう。無慈悲な連中だ。

 その後、俺は苦痛に顔をゆがませながらも、仕方がないので一人で右足を伸ばすマッサージを行った。家の目の前で何してるんだろ、俺。

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