第13話:ファミレスにて

 アイラが行ったことがあり、なおかつワープしても人目につかないところ、それは徳明高校にほど近い雑木林の中だった。

 そこから徒歩で数分。俺たちは目的地であるファミレスに到着した。

「ここがサイザリヤね」

 安くておいしいファミレス、といえば真っ先にその名が浮かぶ全国規模のチェーン店、サイザリヤ。アイラがこの歳にもなって店内に足を踏み入れたことがないのは、彼女が異世界の人間であることを裏付ける証拠の一つになるだろう。

 ちなみに、俺はワームホールをくぐっても今度は記憶を保ち続けていた。体が慣れた、と考えるのが自然かもしれない。

「それにしても、こんな学校の近くで大丈夫か?」

 本日、俺たち二人は一応学校を早退した身だ。そろそろ放課の時間だから、学校の近辺にいると徳明高の生徒に見つかって教師に報告される恐れがある。二人で元気にファミレス行ってました、という旨のことを。

 報告された暁には――どんな罰が待ち受けているか分からない。何の連絡もせずに早退したというだけでも、罪は重いとみなされるだろうからな。

「ま、大丈夫でしょ。誰か来たらばれないように逃げ出せばいいのよ」

 アイラはそう言うが、かなり心配だ。まず、制服を着てる時点でバレバレだしな。

「……さっさと食ってさっさと帰るか」

 俺は早食いを決め込んで店のドアを開いた。

 間もなく、発生源がよく分からない食欲を誘う香りが鼻腔を満たす。

 昼食時でも夕食時でもない微妙な時間帯なので店内は空いていて、俺たちはすぐに席へと案内された。

「ご注文はお決まりですか?」

「あ、えーと……」

 指定された席についてすぐにウエイターに尋ねられ、少し頭を悩ませる。他のことで頭がいっぱいになっていて、全然考えていなかった。

「ミラノ風味ドリア一択ね」

 連れは即答、俺は閉口。

「うーん……じゃあ、野菜とエビのクリームリゾットで」

 悩んだ末にパッと目についたメニューを選んだ。あまり腹は減っていなかったので、そこまで腹にたまりそうにないリゾットは悪くないチョイスだと思う。

「かしこまりました。ごゆっくりどうぞ」

 ゆっくりしてる暇はないんだよな……。

 そうしてウエイターが店の奥に行ってしまうと、アイラは何か不満があるようで、こっちをじーっと見てくる。

「なんだ?」

「ケイタ、センスないわね」

「どっ、どういうことです?」

 さっきまで勇者と呼ばれていたのに、突然呼び捨てにされたせいで思わず敬語で応えてしまった。

 まあ、こんな公共の場で勇者なんて呼ばれる方が心臓に悪いけど。

「リゾットのどこがいいのよ?」

「いや、普通にうまいだろ。ってかアイラも食ったことあったんだな」

「たまたま一度だけね。でも味が薄くてちょーちょービミョーだったわ」

「ふうん」

 まあ、好みは人それぞれだからな。ただ、その言い方はリゾットに失礼だからリゾットに謝れ、と琥太郎が相手だったら言っていた。今は言えない。俺が謝ることになるから。

「こほん。えー、本題に入ろう」

 生産性のない会話はこれくらいにしておいて、早速気になっていたことを聞く。

「唯に似てるっていうアインスの所在について、何か知っていることはないのか?」

「……ないわけじゃないけど」

 アイラは困っているような悩んでいるような様子で、頬ずえをついた。その目はまるで俺のことを値踏みしているかのようだ。

「まだ話すことはできないわね」

「なっ、なんでだよ⁉」

「だって、今そのことを話したら、アタシに協力もせずそっちにばっかり熱心になっちゃうかもしれないじゃない」

 ジト目で睨まれた。

「そ、そんなことは……」

 しない、と言い切ってしまいたいところだが、そんな確信は毛頭なかった。俺は幼馴染のこととなると理性が働かなくなるようなことが時々ある。それぐらいは自覚していた。

「ケイタは全然信頼出来ないのよ」

「ちょ、ちょっと待て。多少は信頼してくれてもいいだろ。ちゃんと魔物は倒したし、盗賊の件も協力したぞ? こうして奢ってまでやってる」

 俺としては割合正しいことを言ったつもりだったのだが、ジト目のジト度は増していく一方だ。ジト度というのは文字通りの意味。

「それはそうだけど、アンタは窮地に女の子を差し置いて逃げ出すような男だし」

 ジト度百パーセント。そんなタイトルの漫画を読んだことがあるような気がした。そういえば俺、記憶を失いかけて一回家に帰ろうとしたんだったっけ。

「そ、それについては悪かったと思ってる。でも、記憶を失ってたわけだから……」

「関係ないわ。それも嘘じゃないとは言い切れないし」

「……はぁ」

 思わずため息が漏れる。記憶を失ってた時の俺、何してくれてるんだよ。

「ケイタがアタシの信頼を得ればいいだけよ。簡単じゃない」

 アイラは余裕綽々な態度で言うが、俺はそんなことが本当に可能なのか誰かに詰問してやりたい気分になった。

 だって俺、クラスメイトのほとんどから信頼されてないような存在だもの。



 ほどなくして、注文した料理が運ばれてきた。

「うまい! おいしい! 美味!」

 とはアイラの言。そんなにミラノ風味ドリアが好きだったのか。リゾットはダメなのにこれは大好きだなんて、さすが店の看板メニューなだけはある。

「……ズズーッ」

 俺はというと、出来るだけ早くこの場を去るため、ピッチを上げてリゾットを食しにかかっていた。味わっている余裕はない。今のところ徳明高の生徒は見かけていないが、着実に店内の客は増えてきているし、タイムリミットは近いはずだ。

「…………」 

 それにしても、アイラがおいしそうにミラノ風味ドリアをほおばる様子を見ていると――ついうっかり、昔の唯の姿と重ねてしまう。アイツもこれを好んでよく食べていたものだ。

 唯は、普段はおしとやかでおとなしい性格のくせに、食べ物のことになると突然熱くなるやつだった。好き嫌いはほとんどなかったし、特に甘いものには目がなくて、いつも食事の時間を楽しみにしていた。要するに、食い意地張ってたんだよな。

 唯と食事を共にした無数のエピソードが横切り、心地よい懐かしさに浸りつつも、手にしているスプーンの動きを止めはしない。善は急げ。善か分からんけど。

「ねえ、ケイタ?」

 そんな俺の意思とは裏腹に、アイラは話しかけてくる。

「どうした?」

「なにか話しなさいよ」

「は?」

 あやふやで短兵急な要求に、一瞬食事の手が止まる。が、すぐにリスタート。

「話なんかしてる暇ないだろ。いつ生徒が来るか分からないぞ?」

「それはそうだけど……」

 何故かアイラはもじもじしている。

「い、一応二人でご飯食べてるんだから、アタシのことも少しは気遣いなさいよ」

 何故かアイラは頬を紅潮させている。

「それは分かったけど、さっきからなんでそんな恥ずかしそうにしてるんだ?」

「えっ……だって、アタシたち、なんか、その……」

「その?」

「カップルに、思われないかなって……」

 思いっきり吹き出してしまった。

「なっ、なんで笑うのよ⁉」

 今度はふくれっ面になるアイラ。本当に表情によく出るやつだな。

 でも、笑うしかないだろ。俺とアイラがカップルって、アンバランスすぎて面白いし。

「もーっ! アンタが言わせたんじゃない!」

 俺はひとしきり訪れた笑いの波をなんとかこらえると、ご機嫌斜めになってしまったアイラをどうにかするべく、彼女の要求通りに話題を提供することにした。時間は惜しいが、居心地が悪くなっても困るしな。

「悪かったよ。それで、家出中って話だったけど、俺を呼ぶまではどうしてたんだ? 一人でレベル上げか?」

 ふくれっ面モードを解除し、元の表情に戻ったアイラは首を横に振る。

「それができれば苦労しないわよ」

「どういう意味だ?」

「アタシの天職である聖者は一人で戦うのには向いていないの。さっきの戦闘でケイタも感じたでしょ?」

 頷く。実際俺が目にした魔法はどれも攻撃に向かないようなものばかりだった。

「だから、ダンジョンに向かう時はいつも、最初に入れてもらえそうなパーティーを探すことから始めるのよ」

 パーティー、というのは恐らくともにダンジョンに潜る集団のことだろうな。

「普段は案外あっさり組めるものなんだけど、今回はそうはいかなかったのよね。なんといっても、魔族を討伐する、なんて大それた目標を掲げてたから」

「みんな怖がった、とか?」

「んー、それもあるかもしれないけど、一番の理由は達成が難しい割にたいしてメリットがないということかしらね」

 なるほど、ハイリスクローリターンということか。腰が引けるのも無理はない。

「でね、結局二日間もギルドに通い詰めたのよ、アタシ」

 俺昨日一睡もしなかったぜ、というような全く自慢にならないことを自慢をする雰囲気でアイラが返答を求めてくるが、聞き慣れない単語があるせいで反応しづらい。

「ふうん。で、ギルドとは?」

「そうね……手短に言えば、ダンジョンに赴く者、通称冒険者にとっての多目的施設って感じかしら。武器屋とか防具屋とか、そういうのは概ね揃ってるわ」

 武器、防具と聞いて俺は胸の高鳴りを感じた。やっぱりそこは外せないよな。もう制服に果物ナイフっぽい剣を持って戦うのだけは勘弁だ。

 早速頭の中で明日ギルドへ行く計画を企てつつ、アイラの愚痴に耳を貸す。

「二日間、ホントに散々だったんだから。例の腐れ盗賊には目を付けられるし、お金はどんどん減ってっちゃうし……それで最終的に、異世界から人を呼んでくることを思いついたの。その矢先、偶然にも勇者であるアンタを発見したってわけ」

「へえ」

 偶然に偶然が重なった結果だったんだな。運命論は信じないタチだが、こうして偶然が積み重なった過程を聞くと、運命に似た引力みたいなものが働いているんじゃないかと疑いたくなってくるよ。

 話し終えて、お冷を一飲み。

 見れば、俺だけでなくアイラも料理は残り少しとなっていた。ちょっとは意識してくれてたみたいだな。それとも元から早食いなのか。

 いずれにせよ、おかげで互いに短時間で食事を済ませることができそうだった。いまだ店内に制服姿の若者は見受けられない。完全勝利は目の前だ。

 無言でラストスパートをかけ、そして数十秒後、ついに完食。

 アイラもほぼ同時だった。

「ふう、うまかった。さて、じゃあまた明日にでもどこかで落ち合おう」

 飯は食い切ったが、それはまだゴールではない。おうちに帰るまでが遠足であるように、このかくれんぼは家に着くまで終わらないのだ。うかうかしてはいられない。俺はとっとと席を立とうとしたが、

「ま、待って」

 アイラに止められた。

「おい、なんだよ。ここで見つかったらすべて水の泡だぞ」

「それは分かってるわ。でも、その、ね?」

 上目遣いで何かを伝えようとするアイラ。しかし、その意図は汲み取れなかった。

「何が言いたい」

「だから、アタシ、言ってる通りもうほとんど食糧を切らしちゃってるのよ。それだけじゃなくて、宿に泊まるためのお金ももうないし……」

「計画性ゼロだな」

「仕方ないでしょ。二日間もパーティーに入れてもらえないなんて想定外だったのよ。学校関係のお金だって払うことになっちゃったし。だから、ね……?」

 出た。見つめる眼差し。本日二回目。

 これは、目で「泊まらせてください!」と訴えているのだろうか。その辺は不明瞭だが、話の流れ的にそう解釈するべきなんだろう。

「……泊めればいいのか?」

「その通りよ。さすがボンクラね」

 なんで上からなんだよ。しかも褒められてないし。

 ってか、帰ったら柚葉にどう説明すればいいんだよ、この状況……。

 会計を済ませ(もちろん俺の奢り)店を出る頃には、俺の頭は言い訳を考えることでいっぱいになり、もはや徳明高の生徒のことなどどうでもよくなっていた。

 それっぽい制服を着た人が通りすがりに指をさしていったような気もするけど、まあいいや。

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