第12話:アイラの過去
アイラによれば、ケージ・エイルという魔法は溜めた魔力に応じて檻の存在する時間が変わるらしい。どこかの駄菓子が練れば練るほどおいしいのと同様に、溜めれば溜めるほど長持ちというわけだ。
そして彼女はそれを三日分も溜めてのけたということだった。
「……そんなに溜める必要なかっただろ」
「そうでもないわよ」
俺の非難の目を受け流しつつのアイラの説明によると、普段は衛兵がダンジョンの各区画を巡回しているのだが、彼らは丸三日ぐらい仕事をサボるなんてことがざらにあるため、盗賊たちを確実に捕まえるにはそのくらい溜める必要があったということだ。
「……ひどい世界だな」
つまり、俺は間接的に衛兵たちに殺されかけたということか。サボり魔集団め。
俺たちは現在、気絶した盗賊たちが監禁されている檻の周辺を探索中だった。なんでも、アイラに探し物があるんだとか。
「それで、さっきから言ってる魔力っていうのは何だ?」
周囲をキョロキョロと窺うアイラに声をかける。
「空気中に漂う物質よ。魔法を発動するときに必要になるの。例えば――」
アイラはそこで言葉を区切り、俺に向き直ってから、右手に持つスティックで左の手のひらをポンポンと二回叩いた。
「アタシのさっき使ってた魔法は、このスティックに魔力を吸収させて、それを原動力にしてたのよ」
「……ああそうか、そういえばその白い棒は魔道具だとか言っていたな」
そこで「白い棒じゃなくて、スティックね」という訂正が入り、アイラの言葉が続く。
「そう、これは魔道具よ。そして、アンタが右腕にはめてるブレイブリングも同じ。これは言ったわよね?」
うすぼんやりとそのことを覚えていた俺は首を縦に振る。
「アンタの場合は、そのリングが魔力を吸収して、身体能力アップの効果を生んでたってわけ。オーケー?」
「ああ。なるほどな」
まとめてしまえば、魔道具にはあらゆる形状があり、その魔道具が空気中に漂う魔力を吸収することで多種多様な効果を発揮する、ということだろう。
魔力ならびにブレイブリングという名の魔道具に感謝。おかげで命拾いした。
「あ、見つけたわ」
探索を再開したアイラは早々に目的だったものを発見したらしく、満足げに何かを地面から拾い上げた。
……ん、なんだ?
透き通るような瑠璃色の石が、彼女の手の中で光った。
「それは――」
盗賊に襲撃される前に見つけた鉱石じゃないか、と俺が言うが早いか、アイラ先生の解説がスタートする。
「これは魔石よ。さっきは腐れ盗賊のせいで拾い損ねちゃったけど、見つかってよかったわ」
「……今度は魔石か。なんだか、『魔』って漢字が付くものばかりだな」
どうでもいい感想だな、と言ってから思った。
「言われてみればそうね。たぶん、どれも根源は魔力に依存しているからじゃないかしら」
説明を返され、俺は「へ、へえ」としか言えなかった。無知なやつが口をはさんでもあまり意味はなさそうだ。
「話を戻すと、魔石っていうのは、空気中の魔力を吸収する力がある石のことよ。それで、魔道具を作る際の必須アイテムってわけ。なんでか分かるでしょ?」
「えー、と。魔力を――」
「そう、魔石を組み込むことで初めて、魔道具は魔力を吸収するようになるのよ」
「……おう」
どうせ最後まで聞かないなら、なんでわざわざ質問したんだよ。
「ほら、右腕のリングをよく見てみなさい。魔石が埋め込まれているはずよ」
アイラの言う通りに体をねじって腕のリングを凝視してみると、確かにそこには瑠璃色の綺麗な石が埋め込まれていた。サイズはかなり小さめだが、それはまるで指輪にはめ込まれた鉱石のように、確固たる存在感を示している。
「ついでに、魔物から魔石がドロップする原理も話しておくわね」
一呼吸入れて、なおもアイラ先生は解説講義を続けるようだ。
「端的に言えば、魔物が息絶える時に、やつらが全身に秘めている魔力が一点に集中することでドロップが起こるのよ。魔力がギューッ、と凝縮されることで、魔石が生成されるの」
身振り手振りを添えて力説するアイラは、『ギューッ』と言う際に、自らの身体までもを丁寧に縮こませた。華奢な体つきにマッチした愛くるしいモーションだ。正直、それを見た俺のハートもギューッとなったりした。
断っておくが、ちゃんと話は聞いている。さっそく疑問を投げかけてみた。
「ふーん、魔物は魔力を持っているのか」
「そうよ。やつらは魔力によって存在を維持しているの。周囲から魔力を取り込んで、体内でそれをエネルギーに変換してるってわけ」
なるほど、魔力は魔物のエネルギー源ということか。
俺がこの世界についてある程度理解した気分になってきたところで、アイラは「ちょっと休憩」とこぼし、手近にあった岩にちょこんと腰かけた。
ん? 休憩?
「なあ、いまさらだが、こんなところでのんびりしてていいのか? ここ、さっきも魔物が出たし、どう考えても危険だろ」
自分でそう口にするうちにも、次第に焦燥感が増していくのを感じる。先ほどの戦闘が脳裏をよぎり、自然と語気が荒くなってしまった。
つい最近とある漫画を読んで思ったのだが、危険な環境下でうつつを抜かすことほど愚かな行為はないのだ。安全だと思い込んでしまう分、注意が散漫し、最大の危機は大抵そこに訪れる。その漫画の結末も例外ではなかった。
「大丈夫。むしろダンジョンの中ではこれでも安全な方だから」
そわそわしだした俺を尻目に、ふあーあ、とアイラはあくびを一つ。
相変わらず呑気というか、肝の据わったヤツだな。これじゃあ焦っている俺がバカみたいじゃないか。
「あのな、安全って言葉の意味知ってるか?」
「そーんなの当然よ。知ってて言ってるの」
アイラの「何言ってんだコイツ」的な視線に少し苛立ったが、ここは我慢だ。この世界にいる間は彼女を刺激するのは厳禁だからな。
「その短剣も、そろそろ返しなさい。魔物が現れたらまた貸すけど、たぶんここにはもう現れないと思うから」
「何故分かる? 確信はあるのか?」
「確信はないけど、理由ならあるわよ。あれだけ魔法を使ったから、この辺りは魔力が薄くなっている、ということね」
ああ、なるほど。
魔物は魔力をエネルギー源にしているということだから、その魔力が薄い場所にわざわざ集まってくるとは考えにくいわけか。
「それに、不安みたいだから一応言っとくけど、ここら辺の区画はアンタでも余裕で倒せるくらいの弱い魔物しか出てこないから」
「なんだ……」
一気に肩から力が抜けた。それをもっと早く言えよ、と思うことが今日はやたらと多いな。
脱力して焦燥感も彼方に消え去ってしまったので、俺は短剣を返却してから、今度は個人的に興味がある事柄について尋ねてみることにした。
「なあ、俺もその、魔法は使えたりするのか?」
俺が興味を引かれているもの、それはすなわち魔法だ。誰しも一度は使ってみたいと思ったことがあるであろう、魅惑の奥義そのものである。
今となっては懐かしいが、とある映画の影響を受け、箒にまたがって公園を駆け回った時期が俺にもあった。あの頃は箒一つで自由に空を飛べる魔法使いに本気で憧れていたんだよな。
そういった憧れは高校二年となった今でも、心の隅にかすかに残っていたらしい。この現実でありながらゲームのような状況に直面し、憧憬の心が再び疼いていた。
しかし、運命の女神はそう甘くないようで。
「アンタに魔法は使えないわ」
俺の野望はあっさりついえた。
「……なんで?」
失望が顔面に出ていたのか、アイラは気の毒そうな表情で話し始める。
「えーと、まず、魔法を使うためには『スキル』を習得しないといけないの」
「スキル?」
今度は片仮名か、とこれまたどうでもいい感想が浮かんだ。
「言葉通り、あらゆる技のことよ。レベルアップした時に習得する可能性があるの。で、そのスキルの中に魔法と呼ばれるものも含まれるんだけど、残念ながら勇者であるアンタは覚えられないってこと」
「はあ、そうか……って――」
そういえば、何故俺は勇者なんだ?
その言葉が喉を通るよりも先に、アイラが補足を入れた。
「その代わり、勇者は他に色々と強力なスキルを覚えるわよ。レベル1の状態で今アンタが発動している《ブレイヴァー・フォース》を覚えるくらいなんだから」
へえ、この身体能力を高める効果、もといスキルにはそんなカッコイイ感じの名前が付けられていたのか。中二心がくすぐられるな。
って、そうじゃない。俺は重要なことを聞き忘れていたんだ。
「それは分かったが、俺が勇者ってのはどういうことなんだ? 選択教室でははぐらかされたが、今だったら教えてくれてもいいだろ」
あの時は「後で説明する」というような旨のことを言っていたはずだ。
「そういえばまだ言ってなかったわね。それは、アンタの天職が勇者だからよ」
「ほお。で、天職ってのは?」
「え、知らないの?」
アイラはアメリカ人よろしく首をすぼめて、両腕を持ち上げた。なんだそのジェスチャー。
「知ってるさ。その人にピッタリな職業って意味だろ?」
「まあ大体合ってるわね。でもね、もともとの意味は『天から授けられた職業』って意味なの。アタシの言いたいこと、分かる?」
「……まあ、なんとなくは」
つまり、天職というのは先天的に決まる職業である、ということだろう。
だとすると――
「俺は生まれた時から勇者だと定められていた、ということか?」
「そうよ。さっきレベルが上がった時のことを思い出してみなさい。勇者レベル2になりました、という音が聞こえたはずよ」
「……確かに」
機械音声のような音が脳に響く感覚がよみがえる。気味が悪くてしばらく忘れられそうにない。
「勇者はレアな職業よ。だからあっちの世界からわざわざアンタを連れてきたの。天職を持たない人だって大勢いるんだから、己の運の良さに感謝することね」
そう言われて俺は考えてみる。果たして俺は本当に運が良かったと言えるのだろうか。
正直、ジャンボでビックなはずれくじを引いてしまっただけのような気もする。勇者だったせいで俺はこんな危険な世界に連れて来られてしまったわけだし。
だが、ここへ来たということはつまり、俺が唯と再会を果たすためのチャンスを手に入れたということでもある。この世界のどこかに唯がいるかもしれないのだ。
まあ、トータルで見れば運が良かった、ということにしておくか。
「でも、天職を持たない人もいるとなると、この世界はけっこう格差とかありそうだな」
ファンタジーの世界では定番だが、やはり奴隷のような人々もいるのだろうか。
「格差は……あるわね。でも、ある程度差を縮めることは可能よ」
「と、言いますと?」
「スキルとは別に『アビリティ』というものがあるの」
またゲームっぽいワードが飛び出したな。そろそろ驚かなくなってきた。
「アビリティはスキルとは違って誰でも習得できる可能性があるわ。何かの拍子に突然習得、なんてこともあるのよ」
「へえ。一応救いはあるのか。それで、例えばどんなことができるんだ?」
「アタシのワームホールを生み出す能力もアビリティの一つよ。かなり希少なの。一度行ったことのある所ならどこでも行けるから、ちょーちょー便利よ」
アイラ様は腰に手を当てて、自慢げなポーズを決めた。はやくも見慣れたな、この絵。まあ、ドヤりたくなるのも無理はないだろう。実際、かなり便利そうだしな。
しかし、一つだけ腑に落ちない点があった。
「確かに便利そうだが、それなら何故アイラは日本に来ることができたんだ?」
今の話だと、ワームホールを使って違う世界に行くためには、それ以前にワームホール以外の何らかの方法で違う世界に行ったことがあらねばならないはずだ。
どうせ異世界へ赴く他の手立てがあったのだろう、と予想しつつ放った質問だったが、返答は意外なものだった。
「それは、よく分からないの」
「え……?」
途端に表情を曇らせたアイラは、訥々と自身の過去を語り始めた。
「少し昔の話だけど、珍しくお父様と大喧嘩になっちゃったことがあってね、そのときに、アタシは家を飛び出して『どこか遠くに行っちゃいたい』って本気で思ったわけよ。でね、そのままひたすら走り続けてたら、いつの間にか未知の世界に迷い込んでたの」
「……それが、日本だったってことか?」
「そう。それ以来ワームホールで自由に行き来できるようになったわ。ま、ただの偶然ってことよ」
言い終わると、アイラは俯いてしまった。
その口調にどこか寂しげな雰囲気を感じ取ってしまったのは、俺が繊細になりすぎているからだろうか。
いや違う。俯く彼女の表情には、間違いなく寂寥の影が差していた。恐らくは過去に惨事か何かがあったのだろう。
一体何が……いやでも詮索するのは失礼かな、と俺が逡巡しているうちに、アイラの方から口を開いた。
「実はね……アタシ、幼い頃の記憶がなんにもないの。お父様に拾われるまでのことは、なんにも……」
その声はか細く、今にも途切れてしまいそうなものだった。
「アタシ、捨て子だったらしいのよね。お父様が拾ってくれたって聞いたわ。……だからね、血はつながってないけど、お父様はアタシの命の恩人なの」
アイラは顔を上げ、ゆっくりと瞼を閉じた。
その瞼の裏側には、恩師の姿が浮かび上がっているのだろうか。
「でもね、そのお父様はもう、アタシのそばにはいない」
目を開けた彼女は、ただ何かを報告するように感情を押し殺した声でそう告げる。
「……どういうことだ?」
思わせぶりな発言に対し、思い切ってこちらから詳細を求めてみる。するとアイラは複雑な表情で俺を見据えた。
「魔族に……連れ去られたの」
それは、悲しみや寂しさ、憎しみが混ざったような表情だった。
学校にいた時のアイラの言葉が脳裏に浮かんでくる。
――魔族は、人類の敵、みたいな存在かしらね。
俺がまだ異世界の存在を信じていなかった時は、その発言に対して中二病だと心で笑ったが、今となってはそんな自分を殴ってやりたい気分だった。
もしもただの中二病なら、こんなに辛そうな表情なんて……出来るはずがない。
「……でも、きっと死んじゃったわけじゃないわ。魔族は悪逆非道だけど、抵抗されなければ人を殺したりしない。労働力にするのよ。だからきっと、お父様もアイツらのもとで重労働をさせられてるんだと思う。それこそ奴隷みたいなものね」
そこまで言い終えるとアイラは立ち上がり、大きく伸びをした。
そして、深呼吸。どうやら気持ちを切り替えているようだ。
「……さて、アタシの目的、もうアンタには伝わったかしら?」
「ああ。だいたいな」
学校では『魔族の討伐』が目的だとアイラは語っていたが、それは真の目的ではなく、目的達成のための手段に過ぎなかったのだ。そして、真の目的とは――
「魔族のもとから父を解放すること、か?」
「ザッツライトよ」
カタコトの英語で肯定しつつ、アイラがこちらに寄ってくる。
「そのためには、やっぱり魔族と渡り合えるくらいの戦力が必要でしょ? だからアンタを呼んだの。さっきも言った通り、勇者であるアンタをね」
「なるほ、ひょっ!」
突然アイラが手を握ってきたので、自分でも初めて聞くほど高い声を発してしまった。恥ずかしい。『ひょっ……ひょっ……ひょっ……』さらにその声がダンジョン内に反響し、一層の羞恥が込み上げた。
「おいっ、真面目な話の最中に何してるんだよ!」
「
「は?」
「アビリティの一つよ。身体に触れることで、その人のステータスを細かく把握することができるの。似たものに
言いながらアイラは俺の手を握りなおす。なんのためらいもないその態度に俺はおどおどするばかりだ。
教室から俺を連れだした時も当然のように手を握ってきたし、コイツはそういうのに免疫でもあるんだろうか。
「こういうアビリティは人間観察をしているうちに習得できるものよ……聞いてる?」
「もっ、もちろん」
全然聞いてなかった。やっぱり手がサラサラしてるなー、とか感心してた。しばらくこのまま繋いでいたいなー、とか思ってた。我ながら気持ち悪いな。生きててごめんなさい。
「なんかニヤニヤしてたでしょ。……あっ!」
繋がれていた手が横暴に振りほどかれたかと思えば、次いでアイラの頬がみるみる紅潮していく。なんだなんだ。
「べっ、別に手を繋ぎたくて繋いだわけじゃないから! これは、その、アビリティのためだからっ!」
顔を赤く染めたまま、口早にまくし立ててこちらを睨むアイラ様。
いや、そんな態度されたら逆に勘違いしそうなんだけど。
内心そんなふうに思いつつ、彼女を出来るだけ刺激しないよう「わ、分かった。ごめん」と無難な返事をしておいた。怒らせでもしたら一巻の終わりだからな。
その返事が功を奏したのか、やがて平静を取り戻したアイラが再び口を開いた。
「アンタは今のところ勇者レベル2、アタシは聖者レベル12ね。こっちの世界で戦闘の経験を積めばどんどんレベルは上がっていくから、せいぜい頑張りなさい」
「まあそれなりに頑張るけど、それよりアイラの天職は聖者って言うのか?」
さらっと初耳なんだが。
「そうよ。補助的な魔法が得意なの。勇者と戦っ!闘っ!面っ!で相性が良いと言われているわ」
「へ、へえ」
そんなに「戦闘面」の部分を強調しなくてもいいのに……。
「まあそういうわけだから、関係ないアンタを巻き込んで悪いとは思うけど、協力してもらうわよ」
ダンジョンの壁面に空いた穴に身体を突っ込みつつ、アイラはそんなことを言った。絶対悪いとか思ってないだろ。
「ってか、今度は何をやってるんだ?」
「朝のうちにバックをこの辺に隠しておいたのよ……あ、あったわ」
華奢な身体がよじよじと穴から這い出てくると、続いてバックがその全貌をあらわにし、どすんと地面を震わせた。重量級のサイズだった。
「随分でかいな。修学旅行かよ」
「違うわ、そんなお遊び気分で家出したわけじゃないんだから」
「……え、家出?」
「うーん、そろそろ食料が切れちゃいそうね。どうしようかしら」
俺が予想だにしなかった方向の新情報によりプチパニックを起こす横で、アイラはどうやらバックの中身を確認しているようだった。その耳に俺の戸惑いの声は届かなかったらしい。
仕方がないのでもう一度同じように訪ねてみることにする。コミュ障テクニックの一つ、“無視されたら同じ言葉を繰り返すべし”を実践する時だ。今考えたけど。
「え、家出?」
今度は反応を示してくれた。
「そうよ、言ってなかったかしら?」
「一言も聞いてないぞ」
俺の抗議に対し、アイラは仕方ないでしょ、と口を尖がらせつつ経緯を説明した。
「アタシが『魔族を倒してお父様を助けたい!』って家族に言っても、みんなして『そんなの無謀だ!』って止めるんだもの。『それができればとっくにそうしてる』って。アタシもしばらくは言いつけを守って静かにしてたけど、とうとう我慢できなくなってコソコソ逃げ出したのよ」
「ふむ……魔族ってそんなに強いのか?」
アイラは魔法もある程度使えるし、別に弱くはないはずだ。むしろ強い。特に腕力とか。
そのアイラが家族にストップをかけられるということは、もしかして相当――
「強いわよ。正直言って、今のレベルじゃまともに戦ったって勝ち目はないわ」
やっぱりね。知ってた。
「ちょっと、そんなに落ち込まないでもいいじゃない。レベルを上げたり、仲間を増やせば、なんとかなる――」
その時だった。
アイラの腹部から「きゅー」と間の抜けた音が鳴ったのは。
「…………」
「…………」
考えてみれば無理もない。
俺は昼休みに琥太郎とともに昼食をとったわけだが、彼女もそうだったとは言い切れない。俺を見つけようと様々なクラスを駆け回っていて、そんな暇などなかった可能性もあるし、そもそも残りの貴重な食料はこっちの世界のバックの中に入れっぱなしだったのかもしれない。
いずれにしても身体は正直なもので。
「う……うぅ……」
アイラは赤面してその場にうずくまってしまった。コイツ、結構プライドが高そうだし、こういうのは常人より恥ずかしいんだろうな。
俺がどう声をかけるべきかそもそも何もかけないべきか悩んでいると、ぼそぼそとしたつぶやきが聞こえてきた。
「あー、おなか減ったわー。で、でも食料は切れちゃいそうだし、お金も減ってきちゃったわー。あー、どうしようかしらー」
赤みが抜けきらない顔のまま、演技じみたセリフを並べ、しまいにはじーっと物欲しげな目で俺を見つめてくるアイラ様。
いや、お金も食料もたいして入ってないなら、そのでかいバックには一体何が入ってるんだよ……。
若干あきれつつも、俺は最終的に声をかけざるを得なくなった。
「……どうかしたか」
「奢って」
ド直球ですか。
反射的に「嫌だ」と答えそうになったが、何とか踏みとどまった。ここまで来て彼女の機嫌を損ねるわけにはいかない。それに――
「分かった。ただし条件がある」
「いいわよ」
これはある意味でチャンスだ。
「奢るなら、日本の店限定だ」
そう。いち早く日本に帰るチャンスなのだ。
こんな危険な世界には出来るだけ長居したくないし、唯を探すにはまだ情報が足りていない。唯については、まだアイラともゆっくり話ができていない状態だから、まずはそれが先決だろう。
「分かったわ。それで、具体的にはどこに行きたいの?」
意外にもあっさりと条件は飲み込まれ、次なる段階へと話は進む。
具体的に、と言われましても……まあ適当なファミレスにしとくか。
「サイザリヤで」
「了解」
アイラが腕を突き出し集中モードに入ると、ほどなくして彼女の前方にワームホールが現れた。相変わらず不気味な青緑色をしている。
「サイザリヤってお店は行ったことないけど、近くに知ってる場所があったからそこに繋いだわ」
「そうか……ってかサイザリヤのこと知ってたんだな」
自分で頼んでおいてなんだが、異世界の人間相手にまさかサイザリヤの名が通じるとは思わなかった。こちとら「店名だけじゃ分からない」的なツッコミを待ち構えていたのだが。
「その程度なら知ってるわよ。さっき言ったでしょ、以前家出した時に日本に行ったことがあるって。それで色々学んだから、基本的なことは大丈夫よ」
「なるほどな」
「さて、じゃあ行くわよ」
「――ちょっと待った」
今更だが、肝心の金を一銭たりとも持ち合わせていないことに気が付いた。財布を含めたもろもろの貴重品が入っているバックは、学校に置きっぱなしになっているのだ。
「無一文の状態でどう奢れと?」
「財布ぐらいポケットに入れておきなさいよ」
「ぐう」
ぐうの音は出たが正論だ。
「今アンタのバックの近くに人はいると思う?」
突然切り出された質問に戸惑いつつも、記憶の糸を手繰り寄せる。
「恐らくいない。自分のロッカーにしまっておいたからな」
「そう。ならよかったわ」
話が見えてこない。何がよかったんだろう。
疑問に思いながらもアイラの行動を観察していると、彼女は先ほど生み出したワームホールとは別に、もう一つ今度は小規模のワームホールを生み出して、そこに手を突っ込んだかと思えば――
ひょいと俺のバックを取り出したみせたのだった。
「とりよせバックかよ……」
「アンタのロッカーを物色しておいたのがここで効いたわね」
バックを手渡しながら、何の気なしにそんなことを言っちゃうアイラ様、マジリスペクト。さすが、下調べはぬかりないな。
「さて、今度こそ行くわよ」
さっさとワームホールに入っていくアイラの後に続き、俺もその大穴に身体を侵入させた。その感触は行きも帰りも同じものだったが、二回目ともなると気持ちは少しだけ今回の方が落ち着いていた。
まさかとは思うが、また記憶を失ったりしないよな?
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