第11話:VS盗賊②
「お、おい。さっきよりヤバい状況になってないか?」
思わず声が震える。子分たちから放たれる殺気により、一時的に得ているはずの鋼鉄メンタルはすでに半壊状態だった。そこら辺の魔物よりあっちの方が絶対怖いって。
「確かにまずいかもしれないわ。でも安心しなさい。こっちは奥の手のさらに奥の手、伝家の宝刀を握ってるから」
隣で不敵な笑みをこぼすアイラ。
すごいな。ビビってる俺に比べて、全く怯んでいる様子がない。これじゃあどっちが鋼鉄メンタルなんだか分からないな。
「伝家の宝刀、か。じゃあ後は任せていいのか?」
俺が期待を込めて質問をすると、アイラはかぶりを振った。
「それは無理ね。消費魔力が大きいから、魔力の供給にだいぶ時間がかかるのよ。それまでアンタが時間稼ぎをしなさい」
「はっ⁉ アイツら相手に⁉」
「そうよ。それしか方法がないわ。腐れ盗賊の身動きが自由になるまでになんとかするから、それまで耐えきるのよ!」
「う、うおっ!」
再びアイラに力強く背中を押され、俺は前のめりになりつつもギリギリで転倒を回避し、子分たちの前に躍り出た。
だから力強すぎるって。今転んでたら間違いなく子分たちにリンチにされてたぞ。
顔を上げると、子分二人の鋭い視線が突き刺さった。こいつら、死ね死ねオーラ全開じゃないか。こんな奴ら相手に時間稼ぎなんて、無茶振りにもほどがある。
「オマエ、あの女と何をぶつくさしゃべってたっすか?」
片割れの出っ歯じゃない方が冷静を装って質問してきた。背中に冷や汗が流れる。
時間稼ぎのくだり、こいつらには聞かれてないよな?
「あーあー、あの、それはそれはたわいもない話ですよー。よもやま話と言うのかなー、ああいうのってー。いやーわかりませんなー日本語、難しいですわー。あははー」
俺は果敢にも『なるべく間延びした喋り方で時間稼ぎ大作戦』を決行してみた。
難点は、話している自分自身に対してむかつくところだろうか。
「おい、ハキハキ喋るでやんすっ! 死にたいでやんすかっ!」
「ご、ごめんなさい」
作戦終了。
「こんなヤツ、さっさとぶち殺すでやんす。いくでやんすよ!」
子分二人の鞘からサーベルが抜き取られた。心臓がドクッと派手に脈打つ。
短剣を構えた時には、出っ歯が俺に飛びかかって来ていた。
「……っ!」
剣の軌跡を推測して短剣を突き出すことで、なんとかいなすことができた。
出っ歯の子分がよろけ、そのうちに俺はまたもバックステップで距離を取る。
……危なかった。
真剣に身の危険を感じる。俺の装備は制服で、しかも薄めの夏仕様。一太刀で間違いなく命を散らすことになるだろう。そうなるのも時間の問題だ。
こ、怖すぎる。
途端に膝ががくがくと震え出した。鋼鉄メンタルは完全に崩壊してしまったらしい。
「今度は俺がいくっすよ!」
出っ歯じゃない方がサーベルを構えたままこちらに突進してきた。姿勢を低く保ち、ぐんぐんと加速してくる。
「でりゃああああああああ!」
「くっ!」
俺が反射的に突き出した短剣とその刃が重なり合い、つばぜり合いの形になった。力と力が拮抗し、やがて、互いの動きが止まる。
「ぐぬぬ……なかなかやるっすね」
「そ、それはどうも」
褒めるなら俺じゃなくて右腕のリングを褒めるべきだな。
「チャンスでやんす!」
出っ歯の子分が高らかにそう宣言した。喜々としてサーベルを掲げ、こちらにゆるゆると近づいてくる。
彼の言う通り、相手にとってチャンスであるのは明らかだった。出っ歯じゃない方と競っている俺は全く身動きが取れないのだ。二体一はこれだからずるい。
(アイラ様、俺はもう限界です。そろそろお助けをっ!)
藁にもすがる思いでアイラの方を一瞥すると、
『なんとかして』
と、彼女の唇は確かにそう動いた。
……いや、それはこっちのセリフなんだが?
「とどめを刺させてもらうでやんすよ」
気が付けば、出っ歯の子分は俺のすぐ隣まで来ていた。持ち上げられたサーベルの鋭利な刃が嫌でも目に移り、脳内の危険信号が真っ赤に染まっていく。
諦めかけた、その瞬間。
ピローン。
謎の電子音がどこからともなく響いたかと思えば、
《勇者》レベル 2 になりました。
という謎の電子音声がそれに続いた。
「くたばるでやんす!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
頭上数センチメートルの辺りで、振り下ろされたサーベルがピタッと止まった。
「ひっ」
「なんでやんすか? 往生際が悪いでやんすね」
「い、今レベルが何とかっていう音声が流れたんだけど……き、聞こえませんでした?」
「レベルが上がったのね!」
盗賊の子分が返答するよりも早く、離れた場所で魔力をためていたアイラが叫んだ。
それを聞いた出っ歯の顔色が、みるみるうちに青ざめていく。出っ歯じゃない方も動揺したのか、つばぜり合いの状態が崩れ、その反動で彼は尻餅をついた。
ど、どうしたんだ?
疑問符を浮かべつつ、拘束から解放された俺は隙をついてアイラのもとへ駆け寄った。
よく分からないが、とりあえず命拾いしたようだ。
「……どうなってるんだ?」
依然として心臓が早鐘を打つ音を聞きながら、俺はつぶやくように疑問を呈した。
それに対し、凛然とした態度のアイラが口早に説明をし始める。
「アタシやアンタみたいな『天職』持ちの人間は、レベルが上がると急に強くなるものなの。それでしたっぱどもはあんなに動揺しちゃってるってわけ。分かった?」
いや、いきなり天職とか言われても分からんって。
ツッコミを入れようとしたが、それは叶わなかった。
「お前らァ、逃げるぞぉ!」
「了解っすよ、おかしら!」
「了解でやんす、おかしら!」
いつの間にか盗賊の頭が復活し、二人の子分を連れて撤退を試みていたのだ。
「逃がさないわよ! 『ケージ・エイル』ッ!」
隣で小さな口がそう声を振り立てると、疾走する盗賊トリオの頭上に堅牢そうな漆黒の檻が出現し、物凄まじい音を轟かせて落下した。
今度は檻を生成する魔法か。なるほど、アイラはこれのために魔力とやらをためていたんだな。
「うぉっ⁉」「へぶっ!」「ぶがっ」
一心不乱に駆けていた盗賊たちは突然現れた檻の一面に身体を強打。その場に倒れこんで動かなくなってしまった。捕獲成功である。
アイラとともに接近して様子を確認すると、どうやら三人そろって気絶しているらしかった。全身ぐったりとして、ぶくぶくと泡を吹いている。
かなり哀れだ。相手は俺の命を狙ってきたやつらだが、それを考慮しても可哀想になってくるレベルだぞ。
「うまくいったようね」
俺がある種の罪悪感のようなものを感じている一方で、アイラは心の底からご満悦そうにほくそ笑んだ。
……やっぱり、こいつはドSだな。
ドSのアイラは盗賊が収容された檻を右手でつかみ、左膝を曲げて何やら気取ったポーズをとると――
「題名は、『死にぞこないの盗人たち』よ」
と、わけの分からないことを口走ったのだった。
その「決まったぜ」みたいなドヤ顔やめろ。全然決まってないし。センスないし。
ってか、一歩間違えば俺が死ぬところだったのに、なんでそんな余裕なんだよ。
俺は心内で埒もない悪態をついてから、「うわー、かっこいい」と彼女を褒めてあげた。
自分の弱さが身に沁みた。
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