第7話:ツインテールの闖入者

 今朝に比べるとやや日差しが弱まった、穏やかな昼下がり。

 徳明高校では四時限目の授業が終わり、昼休みに突入している。昼食を含めて四十五分間いう微妙な時間だが、生徒にとって息抜きをする貴重な時間であることは間違いない。徳明高校は県内でそこそこの進学実績を誇る進学校だから、教師のやる気も高いし、授業もなかなかハードなのだ。

 しかし、今日の俺にとって、授業はたいして苦痛にならなかった。なぜなら、全くというほど授業に集中していなかったからだ。ドヤッ。

 授業に集中できなかったのは、俺がひたすら思い出に浸っていたからである。教師が口にするどんな重要そうな単語も右から左に聞き流し、脳に沈んでいた記憶を引っ張り出しては渡り歩いていた。その延長で、今も弁当を食べながら、どこか別の場所にいるような気分を味わっている。

 あぁ、小学生の頃に戻りたい。

「なあ、啓太。お前、なんかボーっとしてるぞ?」

 琥太郎がコンビニ弁当の卵焼きを突っつきつつ、間の抜けた調子で言った。

「気のせいだろ」

「ふーん、そっかー」

 俺が適当にあしらうと、琥太郎はつまらなさそうに卵焼きを口に放り込んだ。俺としては一応平静を装っているつもりだったんだが、まさかこいつに指摘されるとは……。

 ここのところ、俺と琥太郎は教室の隅っこで昼食を済ませていた。普段はひとけのない屋上でひなたぼっこをしつつ飯を食っているのだが、ついこの間、耐震工事だかが始まったせいで屋上には当分進入禁止になってしまったのだ。

 他に行くあてもない俺たちは、教室で昼食をとらざるを得なくなったというわけ。そして、普段教室で飯を食わない俺たちは隅に追いやられてしまったというわけ。

 隅にいると、疎外感が一層強まって結構つらいものだ。しかし、隅にいる人間というのは、ある意味重要な役割を果たしていると俺は思う。だって、誰かがセンターに立つためには、必ず別の誰かが脇を固める必要があるだろ?

 例えば、写真を撮る時。目立つべき人が目立たなければならず、俺みたいな地味なヤツは、なるべく隅にいなければならない。そういう状況になると、訓練されている俺の体は条件反射的に隅っこに移動し始める。中学校のクラス会で、男子で集まって人生初のプリクラを撮った時なんて、もはや手しか写っていなかったぐらいだ。

 俺、訓練しすぎ。ちなみに、その後俺はクラス会に呼ばれなくなった。悲しすぎ。

 悲壮感を振り払うべく思考を中断すると、意識が目の前の妹お手製弁当に傾いた。しきりに考え事をしながら弁当にむさぼりついていたので、気づかぬうちに残るおかずは卵焼き一つだけになっていた。

 いや違った。赤い悪魔の実トマトも残ってた。

 柚葉のヤツ、気まぐれでお弁当を作ってくれるのは素直に嬉しいんだが、なんでいつもトマトを入れてくるんだよ。俺が苦手だって知ってるくせに。しかも、ミニじゃなくてでかいやつだぞ。鬼め。こんなもの残してやる。

「その卵焼き、なーんかうまそうだなぁ」

 俺よりも一足先に食い終わったらしい琥太郎が、ニヤニヤしながら俺の卵焼きを指で示した。

 うーむ、別に見た目は平凡だと思うが。隣の芝生は青く見えるというやつだろうか。

「別に普通だろ」

「い~や。うまそう。デリシャスそう」

 今度は真剣な顔つきで主張してきた。その眼には何か情熱的なものが宿っているように見えた。

 まあ、所詮ただのそれ欲しいアピールだろ。

「やらねえよ(パクっ)」

「ぬぅうあああああああああああああああ」

 琥太郎が頭を振り回しながら叫びだした「くゥオオオオオオオオオオォ」もとい狂いだした。嘘だろ、卵焼き食べただけだぞ。

「お前、そろそろ精神科行けよ」

「俺は弱き男だ……またしても……逃してしまった……」

「いや、ただの卵焼きだぞ? なんでそんなに欲しがってるんだよ」

 普段から狂っている琥太郎がさらに狂ってしまっても困るので、しょうがないから理由を聞いてやることにした。

「おお、聞いてくれるのか、友よ」

「まあな」

「ありがとう、友よ。でも……ドン引きは勘弁な?」

「……お、おう」

 その前置きにドン引きしそうなんだが。そんなにヤバいことなのか?

「実は、ずっと前から言いたかったんだけどよ……」

 琥太郎が本題を切り出そうとしたその時。

 ガタンッ!

 教室後方のスライドドアが、けたたましい音を立てて開かれた。がやがやしていたクラスがいっせいに静まり、そちらへ注目が集まる。

 そこにいたのは、オレンジ色の髪で、しかもツインテールという、かなり目立つ外見の見知らぬ少女だった。

「おい、あの子ってもしや……」

「ま、間違いねえ……」

 一度は静寂に包まれた教室が再びざわつきだす。

「琥太郎、アイツは?」

「たぶん……たぶんだけど、例の転校生じゃね」

 スター同然の扱いを受ける少女から目を離さないまま、琥太郎が推測を述べる。

 かく言う俺も、彼女から目を離さないでいた。というより離せないでいた。なんせ、相当な美少女だったのだ。身長は低く、スタイル満点というわけではないが、端正な、そしてどこかあどけなさが残る顔だちがチャーミングだった。花も恥じらう乙女と誰かが称えていたが、俺はその言に最大級のシンパシーを感じた。

 その少女は、周囲の好奇の目線などまるで気にしていないという様子で、ゆっくりと歩を進め始めた。人探しをしているらしく、教室全体にきょろきょろと目を配らせている。その過程で、俺ともガッツリ目が合った。俺はなんだか目が合ってしまったことすら申し訳なくなり、すぐに視線を外したのだが……。

「……見つけたわ。アンタが朝霧啓太ね」

 何故か声をかけられてしまった。

「そ、そうだが……な、なにか用かっ」

 声が一オクターブぐらい上擦った。教室中の視線が痛い。とりわけ男子。

「まあ、用件は順を追って説明するから。とりあえずついてきなさい」

 少女はそう言うと、だしぬけに俺の左手を握り、

「おい、えっ」

 突然の出来事に硬直している俺を、無理やり教室から引きずり出してしまった。

 なんだよ、用件って……。

 退室の際、教室全体がちらっと視界に映り込んだわけだが、みんながみんな、「なんでアイツ?」的な顔をしていた。恐らく、俺も今そんな顔をしている。

 なんで俺?


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