第5話:やたらと俺に絡んでくる騒がしい低能
もうすぐ、本格的な夏だ。
俺はあまり夏が好きではない。理由は、寒さなら着込むだけでいくらでも対策ができるが、暑さはたとえ丸裸になったとしても防ぎきることができないからだ。
「アイス食べたりプールで泳いだりすれば涼しいし楽しいじゃん! あんたバカァ?」という意見もあるが、それはつまり、アイスを食べていない時やプールで泳いでいない時は暑くて苦しいということである。よって俺はバカではない。
「いや、クーラーとかがあるじゃん! お前いつの時代生きてんだよ! や~い、昭和ァ!」という意見もあるが、残念ながら俺はクーラーなどの風を受け続けると具合が悪くなってしまう体質なので、エアコンは無用の長物だ。よって昭和人扱いされる筋合いはない。
話が脱線したような気もするが、夏は暑いから嫌いだということは理解していただけただろう。
しかし、夏があらゆるものに魅力を与えるのもまた事実。
甲子園や水泳大会、肝試しや夏祭りなど、夏の恒例行事はみな、その魅力に脚色されて色鮮やかに記憶に刻まれるのだろう。だから夏には楽しかった思い出がたくさんつまっている。暑いから好きではないが、俺にとって、そして恐らく多くの人にとって郷愁を覚える季節だ。
そんなとりとめのないことを考えながら廊下を歩いていると、グラウンド側の窓から威勢のいい掛け声が飛び込んできた。聞き慣れた、野球部の声だ。
(そういえば、もうすぐ甲子園か)
少し気になって窓の外をのぞくと、野球部が朝練に打ち込んでいる姿が垣間見えた。甲子園が近いためか、プレーの一つ一つがいつも以上に熱気を帯びているようだ。
アイツら何時からやってるんだろう、といつも思う。同時に、あれはあれで楽しそうだな、とも思う。青春真っただ中って感じがしていいよな。俺とは正反対だ。きっと、毎日充実してるんだろう。
かつて、俺は野球少年だった。
運動は幼い頃から苦手だったので決して上手ではなかったし、試合にも全然出させてもらえなかったが、それでも毎日素振りぐらいは欠かさずにやっていた。小学生の俺にとっては、それが案外楽しかったりしたのだ。
でも、中学に入ってあっさりと辞めてしまった。純粋にやる気が失せたからだ。
神隠しの事件は、俺を根底から変えてしまった。
あの一件が過ぎてからというもの、何をするのもむなしくなってしまった。お気に入りのゲームをやっても、近所の公園に遊びに行っても、ちっとも面白くなくなった。
俺は消極的で内向的な無気力人間になってしまったのだ。その証拠と言っては何だが、現在は部活動にも委員会にも所属していない。
(なんだかなぁ……)
自分が堕落しているという自覚はあるにはあるが、どうにも行動を起こすことができない。打開できない。最近はずっとそんな感じだ。
重い足取りで教室へ向かった。
「おいっ、啓太。事件だ! 事件が起きたぞっ!」
二―Dの教室に入って早々、何やら物騒なことを大声で喚き散らす、それこそ物騒なやつに出くわした。
……おっと、まとめたらひどくなりすぎた。少しはいいところもある。友人思いなところとか。まあ、こいつの友人俺しかいないんだけどな。そしてその逆もしかり。辛い。
実は、俺も琥太郎も元々ぼっちだったのだが、二年に上がってからぼっち同士交友が深まったため、互いに卒業したという経歴を持つのだ。うるさすぎる琥太郎と、コミュ障であるため口数の少ない俺は、ある意味でいい具合にかみ合っているのかもしれない。
まあそういうわけで、俺と琥太郎は『二人ぼっち』という何とも言えないポジションに落ち着いているのであった。
「三つもあるんだ! ニュースのような、事件のようなやつが!」
「へえ」
俺は話題に関して無関心を装いつつ、窓側の隅にある自席に荷物を下ろした。
まあ、本当は少し気になった。今日の学校がやけに騒がしいことと何かつながりがあるように思えたからだ。
「この事件、歴史に名を残すこと間違いなし! って感じだぜ」
「はいはい、名を残すのは事件じゃなくて偉人な」
「へへ、まあ気にするなって」
琥太郎は白い歯をのぞかせて、短く刈られた頭をガリガリと掻いた。
柚葉といいコイツといい、朝っぱらからテンションが高いヤツにまともな人間はいないのだろうか。
「よし、まず一つ目な。昨夜、女バスの部室にて、セーラー服の盗難があったらしい!」
琥太郎が日に焼けた手を机につき、半ば身を乗り出してしゃべりだす。
ちなみに、女バスというのは女子バスケットボール部のことだ。
「なんか前にもそんなことあったよな」
「そうだっけ?」
「ああ。全校集会でそんなことを言ってたぞ」
黙り込んで額に手を当てる琥太郎。しかし、コイツの残念な記憶力じゃ思い出すことは叶わないだろう。
「ま、まあとりあえず今のが一つ目な」
話題はそそくさと引っ込んでいった。やはり思い出せなかったか。予想的中。
徳明高校のセーラー服は一部のヤバい連中に人気があるらしいから、盗難はもう何度か起きてるんだがな。ほとほと物騒な世の中だこと。
「まあいいや、次どうぞ」
俺が適当に催促すると、琥太郎は再び机に手をついた。
「実は今日、転校生が来るらしい!」
合点がいった。
これか。今日の学校が妙に騒がしかった原因は。
「……マジで?」
「大マジよ」
「このクラス?」
「いや、二―Bだとよ」
「ふ、ふうん」
クラス内に新たな敵が現れるのを想像して、うっかり身構えてしまった。クラスが違うなら問題ない。特に目立たない限り白い目で見られる心配はないだろう。
「ちな~みに、女子! ゥヒイ!」
なんだ女子か。なら接点が皆無だから、なおさら心配する必要はないな。よかったよかった。
「しかも、噂によれば相当な美人らしいぜ! ひョヒョーイ!」
琥太郎がなぜか笑顔でハイタッチを要求してきたので、お望み通り手が触れる直前に避けてやった。「ちょっ、かわすなよぉー」なかなか嬉しそうだ。
いまさらだけど今日は一段とテンション高いな、コイツ。じわじわとウザ指数が上昇している。
「ハードル上げてやるな。あと、たいして興味ない」
「そう言うなよ~。あぁ、二―Dだったらよかったのにな~」
琥太郎の口からため息が漏れた。どうやら彼は本気でショックを受けているご様子。ぼっちのくせによく言うぜ。
………………………………。
ふと自分の立場を顧みちゃったし、なんだか死にたくなってきちゃった。
まあ、頭を抱えていても仕方がないので。
もっとポジティブなことを考えてみようと思い至った。
もし転校生が二―Dに来たら、俺や琥太郎にとって得はあるのだろうか。
「――クラスの人数が増えれば俺たちも少しは浮かなくなるかもな」
浮かんだ考えを口にしてみたら、若干の沈黙。
「……なんだろう。とてつもなく悲しい」
結局、二人で頭を抱える羽目になった。
ネタにならない自虐により静寂が訪れると、周りの会話が耳に入ってくる。どうやら転校生の話でもちきりになっているようだ。
「転校生だって! マジ珍しくね?」
「え、マジ? 唐突すぎね?」
「でもマジっぽいぜー」
人のこと言えないけど、お前らマジでうるさいな。
「男? 女?」
「女の子だってさ。花も恥じらう乙女らしいぜー」
「うわォ! 期待大!」
男子どもの一角が普段ないほどの盛り上がりを見せている。
何の前触れもなく転校生がやってきて、しかも女子と聞けばヒートアップする彼らの気持ちも分からなくもないが、本人を抜きにしてここまで盛り上がるか?
いきなりスポットライトを浴びせられる転校生が、なんだか可哀想に思えてきた。同年代とはいえ見知らぬ人たちの注目の的になるのは恐ろしいことなんじゃないだろうか。きっと望んで転校してきたわけでもないだろうに。
まあ、そう思ったところで俺にできることなど何もないが。
「なあ、啓太。花も恥じらう乙女ってなんだ? ブスってこと?」
「…………」
隣で琥太郎が何か言っているが、無視した。
「啓太ー。啓太くーん。けいちゃーん」
「おい、その呼び方はやめろとあれほど」
「分かったから教えてちょ」
「……美しい女性という意味だ。そういう言い回しがあるんだよ」
「ほおぅ。じゃあやっぱ美人なんだな」
うんうんと頷き、一人で納得する琥太郎。
つくづく思うのだが、コイツはなぜ徳明高校に入ることができたのだろうか。一応進学校なんだけどな、ここは。少なくとも、水筒に毎日のようにカルピスソーダを入れてくるようなヤツが来るところじゃないと思う。
「さて、三つ目のニュースは何だ?」
琥太郎がハッとした表情になった。お前が言い出したんだから忘れるなよ。
「啓太、お前……」
いやに神妙な面持ちで見据えられている、その間数秒。
「もったいぶるな」
「おう、じゃあ言わせてもらう」
そう言って琥太郎は黒板の左端、日直当番が書かれている欄を指しながら――
「お前、今日当番だぞ」
「………………」
「たしか、朝の仕事あるよな?」
「………………」
「ん? なんだ? にらめっこか?」
「……なあ、琥太郎」
「おう?」
「……それ、最初に言えよ」
「あっ、ゴメス。まじゴンザレス。なんつって、ナハハ」
ウザ指数マックス!
ピロリーン。啓太は腹パン券を獲得した。
「グボぁっ」
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