坩堝 前編

 ミキはその日、珍しくご機嫌だった。親友のミナから好きな人が出来たと知らされたのだ。

 ミナは天然パーマでウェーブのかかった髪をおさげにしているのがトレードマークの、美術部をそろそろ引退する三年生で、トモという女の子と自分を含め三人で古くからの幼馴染。

 そして、聞く所によるとその大事な幼馴染の一人は、後輩のエドガワという子が好きであるらしい。


 恋愛に関してはかなりの奥手なミナだが、スタイルもお顔も性格も頭もなかなかよろしいとくれば、男子には良くも悪くも評判になる。中学の三年間もミナはそれなりに告白をされていた。

 しかし、彼女は自分に自信がなく、それでいて時たまミキとトモから

『あんたは実際、かなり可愛い』

と言われ、仰天しつつもそのポイントを事細かく伝えられたのが、逆に警戒心を煽ってしまったのかもしれず、それらを片っ端から蹴っていた。実際ミナのスタイルについて語るおバカな男子はちらほらいたのをミキやトモが目撃しており、

『まあ、心配するほどではないにしても、ああいうのは一寸ね』

と納得していた。

 どうせならミナには自分で納得した子と付き合って欲しいと思ったのもあったので、変なのに引っかからなくてホッとするミキとトモだった。


 それからしばらくして、サッカー部の同学年の男子が彼女に声をかけて、それも何時もの様に

『ごめんなさい』

で蹴ったミナを、少ししてから彼のファンの女子がいびり出した。振られた当人は遠くから、持ち物を隠されたり、机に落書きをされたりするミナを愉快そうに眺めているばかりだったのが、やがてミナに聞こえる所で被害者風に取り巻きの女子達と語らう様になり、それがまず、二人とクラスが同じだったミキとトモの癇に障った。


「……個人的な意見かもしれませんけどさ、トモさんや。あいつ、ダサいぞ」

「……ええ、私も同じ見解。奴め、とてつもなくダサいわ」

「同じ体育会系としてああいうのを基本として見られるとすげームカつきますわよ、私は。サッカーはこう、もっと爽やかにガーッと行くもんなんじゃないの?」

「そうよね。肩を怪我していようと足を怪我していようと、もしくは心臓が止まりかけていようと、そんな現実は切って捨て、華麗にグラウンドを駆け抜け、誇り高く空を舞い、超高高度(成層圏も含まれる)からのヘディングとかで奇跡的なゴールを決めたりするものだと思っていたのに」

「それは現実ではまだ見た事ないけど、まあ、言いたい事は分かる」

「ありがとう。とにもかくにも、」

「はい」

「奴め、果てしなくダサいわ」


 しかし、それでもミキとトモはミナのケアとフォロー側に回った。ミナと一緒にいる事が多い二人は、ミナのその状況に至ってからは更に彼女から離れなくなったのだが、逆にそれが犯行現場を押さえられない大きな原因になっている。

 内心、二人ともこれではキリがないとは思っていた。

 そして、ある日。口を縛っていない使用済みのコンドームをカバンに入れられ、中身がノートや教科書にべったりと付いているのを見たミナが、その光景と匂いにショックで屈み込んだ時には、とうとうミキとトモがいきり立った。

 バレーボール部で体育会系の元気少女のミキはどちらかというとクラスの面々に対しては導火線が短い方だったのもあり、怒るのはそう珍しくなかったから、クラスでも

『またミキを誰か怒らせたよ』

で済むのだが、状況が悪過ぎた。

 更に普段おとなしく、それでいて頭も運動神経も悪くない眼鏡少女のトモが怒るとクラスの気温がずん、と数度は確実に下がった。



「私の大事な友達をいびり倒しているのは誰なのか、今言ってくれたら許すかどうか考えるけど?」




 何の仕事なのかミナとミキは一度も聞いた事はなかったけれど、トモの家はかなりのお金持ちで、当時、彼女らの学校にも多額の寄付をしていた。それを別に鼻にかけるでもなかったトモが何故、怒ると恐ろしいのか。

 それは、彼女の家で働く人々の情報収集力が非常に高かったからに他ならない。

 トモが調べさせれば、

『歩く国家権力』

とミナとミキが密かに知らされているその父親の人脈なのか、かなりあちこちから情報が集められてしまうのだ。ほんの一言何か噂を流せばあっという間に翌日からはいじめのターゲットにされかねない年頃の彼らにとって、それはとても恐ろしい事だった。

 得体の知れないビラ、トイレの落書きなどで、誰であろうとすぐに立場は一変してしまうものだったから、ただでさえ閉鎖的な学校という所において、効果は覿面だった訳だ。


 数日していじめはなくなり、サッカー部の少年は顔を腫らしているのが目撃された。どうやらこちらは三人で校庭で昼食を広げている時にミキが打ち明け話と共に浮かべた意味深な笑みから察するに、体育会系各部に顔の利く彼女のおかげらしい。

「ああいううじうじしてるのイヤなんだよね。何て言うかな、あれよ、女子なら女子で例えばさ、生理とか始まってしんどい時があるじゃない。あたしはそれが頭に浮かぶから、男子も含めてだけど、誰かをいじめようとか思わないんだよね。

 結局自分に返って来るだけだしさ……肌に合わないと言いますか、そもそもそういうの、めんどくさいし」

「善哉善哉。いい意味で姉御肌の友人を持って幸せだわ」

と、トモが柔らかい笑みを浮かべる。ミナも

「二人とも……ありがと」

と言って、涙ぐんでいた。

「ありゃ、どしたの? 一寸、ミナ、どっか痛い?」

「ここ数週間のいじめから開放されて、心細さからの回復と安堵が同時に来たのかもしれないわね」

「ありゃりゃ、それは私が鈍かったです。すいません」

「私ももっと早めに手を打てば良かったわ。ミナ、ごめんなさい」

 食事をストップした二人から頭を撫でられると、ミナは本格的に泣き出してしまったりして、それをおろおろしながらなだめるミキとトモ。

「二人がいなかったら、ひっく……学校、来れなくなってたかもしれないし、えぐっ、い、色々考えちゃって……」

「あー、怖かったよね。よしよし。

 大丈夫、あたしが朝、迎えに行ったげるからさ。ミナのいない学校とかありえないから」

とミキが抱き締めれば、

「そうね、私も行く。それと、ミキばかりにミナの感触を独り占めさせないわよ」

と反対側からトモも抱き締める。

『役得役得』

と、トモが呟いたのが聞こえた様な気がしたが、あえて二人は

「二人ともホントにありがとう」

「いやいや、しかしいい天気だね」

と、それをスルーした。

 彼女らがその日昼食を広げるのに選んだ場所は教室の窓から丸見えだったので、おバカ系の男子のはやし立てる声が聞こえるが、ミキが不敵な笑みを浮かべながら、それを一喝した。

「うるさいよ男子! あたしのスパイク、股間にお見舞いしてやろうか!?」




 そんな感じで、高校生活も来年にはほぼ終わろうという頃まで、かなりの男性恐怖症に陥っていたミナを支えていたのはミキとトモ、そして保健室の養護教諭の、あだ名が『にゅんちゃん先生』と呼ばれる女性だった。

 当初は原因をミナ本人とミキとトモから聞いて、にゅんちゃん先生はミナを保健室登校にさせていたのだが、また偶然にも一年の初めからクラスが一緒になっているミキとトモに

『同じ教室で授業したり、一緒にお弁当食べたいよ』

と、ある日ミナが泣きじゃくりながら言い出したのを見て、

『じゃあ、様子を見ながらという事で。無理しちゃダメよ?』

と、クラスに戻してみてくれたのだ。

 色々な中学校から色々な面子が入学して来る訳で、噂もある程度は広がるが、それで空気が淀んだりする事は、幸いにしてなかった。中には似た様な経験をしている子もいたりして、そこからミナにも人間関係が徐々に生まれて行き、今では当時の事が嘘の様だ。

 男子とは相変わらず距離を置いているが、ミナの本来の笑顔が戻った様で、新しい友達と一緒にいるのを見ていると少し寂しい気がしたものの、トモとミキもそこへ混じり、更に良い流れへと至って行った。


「そんな事もあったわねえ。あんた達三人が保健室でうなっていたのが懐かしいわ」

と、にゅんちゃん先生は、部活で擦り傷を作ったミキの手当てを終えると、自分の机で懐かしげに呟いてから、煎茶をすする。彼女の肩まで伸ばした、ウェーブがかかった髪が滑り落ちるのも絵になるので、それとなく見惚れてしまうミキだった。

「私もトモも、にゅんちゃん先生には感謝してますよ? あたしらだけではどうなったか分からなかったですし」

「それは光栄だわ。あたしの勉強も役に立ったという事か。

 それがなかったとしても、いやあ、やっぱり現場経験って大切よねえ。ケースとして説得力が湧くもの」

「うーむ、あたしら、いいサンプルだぁ」

「んふふふふ」

 不敵に笑っているが、聞いた所ではにゅんちゃん先生は学会へ出す論文をまとめているそうで、それ次第では勤務先が変わるかもしれないとの事。それを口にし、

「あたしらの卒業まではにゅんちゃん先生にいて欲しいなあ」

とミキが続けると、にゅんちゃん先生は言った。

「あー、論文か。まあ、期限はまだ先だし、評価にも時間がかかるし、あんたらの卒業式には出れると思うわよ」

「ホントですか!? やった!」

「あれ? もしかしてあたし、愛されちゃってる?」

「あたしは尊敬してます。ミナとトモもにゅんちゃん先生は大好きだって」

「ほほう、あたし、ピチピチの美味しそうな女学生からモテモテなんだ」

「美味しそうかどうかはさておいて、」

「さておかれちゃったよ」

「他でも、そう、少なくとも女子で悪い噂をしてるのは聞いた事ないですね」

「それは意外。男子は?」

「美人さんなので怪我をして診てもらうのを楽しみにしてます」

「怪我は怪我だから診るけど、不謹慎なのを承知で言えば、実際そういうの、私は激しくつまらんなあ」

「でも、にゅんちゃん先生も同僚の先生からのアプローチは蹴ってるんでしょ?」

「うん、何と言うか、優し過ぎてねえ。あたし、甘えるの下手なんだ。

 かと言って『俺様』風の奴もイヤだし。まあ、その内いいのが見つかるでしょう」

「勿体無いなあ。にゅんちゃん先生美人なのに」

「いやいやミキちゃんよ、変なのに捕まるよりよっぽどいいって。友達にいたんだけど、シャレにならんかったわよ?

 弁護士を彼氏との間に入れたから法的には解決してるけど、友達さ、今は精神病院に通っておられるし」

「あうう、何という説得力。でもまあ、それならそうですね」

「そゆ事」

 にゅんちゃん先生がそう言って、二人で重くなりかけた空気を吹き飛ばす様に笑った。


 夕暮れ時で、他の来訪者もなく、珍しく二人きりであった。そしてトモの合唱部、ミナの美術部もそろそろ終わる時間。

 ラフな長さのポニーテールとバランスの取れたスタイル、そして制服の時はスカートの下、体操着の時には短パンの下にスパッツを履いているその太ももが健康的で、これまたこっそり男子から人気があるミキの噂を他の生徒から聞いているにゅんちゃん先生は、礼を言って立ち上がろうとする彼女に、何となく別の質問をしてみた。

「ミキちゃんさ……ああ、またかけたまえよ」

「はい?」

 座り直す。

「私も何となく聞いちゃうので、君はぼやかしてもいいんだけど」

「ん、何ですか?」

「んー……あなた、ミナちゃんの事、好きでしょう?」

「え!?

 あ、あ、あのう、それはどういう意味で……かな、と」

 明らかにミキが恥ずかしそうに頬を染めたのが先生には分かった。視線が泳いでいる。

「ああ、珍しくもない話だからそんなに緊張しなくてもいいわよ。ただね、あなた達三人を見ていると、

『みんな多分、お互いに同じくらい大好きなんだろうな』

というのが察せられる所がありまして」

「ああ、えーと……う~、幼馴染だし、代わりはいないし……」

「うんうん、いい事よ。社会人になると、利害の絡まない人間関係はなかなか作るのが難しいしね」

「そうなんですか」

「そうよー? 足の引っ張り合いだもの。

 無様としか言い様がないわ。とは言え、生活もかかってるしね。

 なので、うかつに誰かを自分の職場に紹介出来ないんだな、これが」

「ん、それって、どっちかが上司になった場合、友人関係を続けるのが難しくなるから?」

「ご名答。競争相手になっちゃうからね。

 幾つもそういうのを見ててね、これがまた苦い結果になるのよ。結婚適齢期とやらで争う羽目になったりしてたのを見たらさ、何だかアホらしくなっちゃった。

 恋愛したくない訳じゃないけど、あたしにはまだまだ、やりたい事が沢山あるからね。

 なので、何だかアプローチされるけど、丁寧に全て蹴ってる訳なのです」

「なるほど……友達は学生の内に作っておいた方がいい、か……」

「そうね。だから、あなた達の関係はとても微笑ましいし、うらやましい」

 にゅんちゃん先生はそう言って、優しく微笑した。

「そっかぁ……あ、でも、あたしのそれ、その……当たってますけど、」

「何だ、当たりですか」

「です」

「分かりやすいのがまた可愛いな、こんちきしょー。ムラムラさせてくれちゃってさ。

 滅茶苦茶激しく抱き締めたいぜ」

 こういう台詞がポンポン飛び出すにゅんちゃん先生の過去は謎なのだが、知ってる人はまずいないみたいだ。

「あの、でもそれ、トモとミナには内緒でよろしく。

 あの二人と距離を置く様な事になったら、あたし、自分を保てる自信、無くしちゃいます」

「ああ、了解。そこは安心して?

 私はあんた達三人が仲良く卒業して、ずーっと友達でいてくれるのを願ってるからね。

 もし何かでこじれそうなら、私の所に来なさい。で、四者面談だ。

 そこでみんなで言いたい事を言って、解決しちゃおうよ。あたし的にはあんた達三人でくっつく流れもアリだと思ってるしね」

「うう……何というカオス」

「いいじゃない。一緒にいて安らげれば、バカをしない限りは許されると思うわ。

 これは、社会に出て、色々なものが当てにならないんだと知った私からの助言」

「ためになるなー。胸に留めておきます」

「うん、是非ともそうしてちょうだいな。私はあなた達の卒業式で泣きたいので」

 そう言った時には既に、にゅんちゃん先生はミキに背を向けて手をひらひらさせていたので、どんな表情でその言葉を告げたのかは、彼女には分からなかった。




 ミキが二人と決めている待ち合わせ場所は大体昇降口である。部活も終わり、ミナから

『ミキちゃんはリボンとポニーテールがすごくお似合いだと思う』

と褒められている制服のリボンをきちっと締め、着替え終わったミキは三年生の教室のある三階から一階までの道を歩いていた。

「うむ、今日もあたし、頑張ったぜ」

 と、にゅんちゃん先生から聞いた話を二人にも聞かせてやろうとご機嫌で階段を下りていると、聞き慣れた声がした。


「エドガワくんって言ったよね」


……あいつだ。昔ミナを泣かせたサッカー部のヒカル―


 ミキは丁度死角になっていて声のする側―恐らく廊下の端っこで話しているのだろうーからは見えないのを利用し、足音を殺しながら階段フロアの壁に背を預け、耳を澄ました。

 会話によれば話している相手はエドガワとかいう子。ミナの好きな子でないといいな、という期待は次のヒカルの一言であっさり破られた。


「三年生で同じ部の女の先輩で―」

 ミナの名前があっさり出て来た。同じ高校にヒカルが来ているのは知っていたが、サッカー部を追われた彼には当時の爽やかな印象はなく、そこで鍛えた身体を利用してケンカと悪さに明け暮れ、今では相当な評判のついたチンピラと化していたのだ。

 実際サッカーボールに比べれば、人間の身体ほどでかい的はないだろう。日頃硬い皮のボールを蹴り回しているサッカー選手のキック力はかなりの威力があるのだ。

 そしてハイキックもスライディングもボレーシュートもリフティング(つまり膝蹴りだ)もショルダータックルもヘディングも何でもござれである。

 眉唾であるが、

『蹴りを食らって顎を粉砕骨折させられた奴がいるらしい』

などの話も体育会系の先輩の噂話で聞いている。

 しかし、何という嫌な巡り合わせだろう。

「その先輩が君の事、多分気に入ってるんだよね」

「え!?」

 そりゃあびっくりするだろう。してくれないと困るし。

 友達を褒め称えてる場合ではなかったが、混乱する思考の中でミキは聞いた。


「二人の事を引き合わせたいなと思うからさ、明日、部活の時にそれとなく俺が呼んでたって、彼女に伝えてくれる?俺からも君の事を話しておくから」

「あ、はい。でも、何で先輩がそんな事をしてくれるんですか?」

 お、物怖じしない子だ、とミキは思った。

「いや、同じ中学だったんだけどふられちゃってさ。でも、君みたいな子なら安心して彼女を任せられそうだし、俺はこんなになっちゃったけど、二人の幸せを願って、っていう感じかな」

 ヒカルは笑った。


 ミキには微塵もその言葉は信じられなかった。

 奴のせいでミナはいじめの後、しばらく汁物が食べられなくなっていたのだ。それを楽しげに見ていたあいつが、そんな親切な根回しをする訳がない。

 多分あいつはまだミナの事を諦めてないのだ。具体的にはミナの身体を。

 下手すると、散々脅された挙句、人のあまり来ない空き教室でレイプされてしまうかもしれない。一人で奴が来るかどうかさえ分からないのだ。


 中学生の頃よりずっと魅力的になったミナが、奴にロックオンされていたとしても全然不思議ではなかった。

 ふくよかな胸、三つ編みを解くととても大人っぽい天然パーマの髪、表情豊かなミナは同性から見ても時折うっとりとしてしまう。

 そんな彼女を、あんなチンピラに好きにさせてたまるか。




 ミキはその後、昇降口でミナとトモと落ち合い、下校したが、その際の二人の友達の会話がほとんど頭に入って来なかった。

 返す言葉も生返事ばかりで、二人は

『具合でも悪いのか』

と訊ねて来たが、それも誤魔化して帰宅した。


 その夜、ミキは部のかつての先輩に電話をした。

 ミキ達の先輩であるから言うまでもなく卒業後ではあるが、今も自分を含めた後輩に慕われている。

 たまに顔を出してくれたりもする彼女は幸い中学の頃からの付き合いで、現在は別の運動部だった彼氏がいて、付いてる事に二人とも顔が広い。

 更に、ヒカルの件も良く覚えてくれていたのだ。

『何、するとあいつ、ミナちゃんにまたちょっかい出そうとしてる訳?』

「はっきり聞いちゃったんです。何も知らない二年の子を騙して、ミナを呼び出そうとしてるんです」

『あの野郎……全然懲りてなかったんだね』

 先輩の唸る声がする。

『あ、この話さ、トモちゃんにはしたの?』

「まだしてません。中学の時みたいに大事になってしまうと、ミナもまた体調を崩しちゃうかもと思って」

『あー、そうだったねえ。

 くそう、よりによって明日の放課後か……オッケー、他の部のOB連中と一寸相談してみるわ。先生にもあたしから話してみる。

 幸い中学の時のヒカルの件については証人は沢山いるからね、聞いてくれると思うよ』

 それは避けられないだろう。一部でまた噂になるのだろうが、これまで、誰かが不意に退学する場合、学校はその理由を特に明かした事はなかった。

 そう呟くと、先輩も

『うちの学校って色々いわくがあったからね。その度に誰か死んだりしててマスコミもうるさいから、いちいち騒ぎにしたくないんでしょ。

 亡くなった子には悪いけど、今回の件はこちらには好都合だよ』

と言った。

「あたしに何か出来る事はないですか?」

『そうね……明日はミナちゃんとトモちゃんと帰りなさい。この件の事も話す訳だし、あの子達の部の先生にも話を通しておく』

 気分が軽くなるのを感じた。

「分かりました。本当にありがとうございます」

『いいって。あんたも二人を心配させたくないんでしょ?

 全部終わってから話してあげるといいよ』

「はい」

『全くいい後輩だよね、あんたは。ムードメーカーになってくれてたしさ。

 そういう人員は部に必要不可欠なので、全力でケアするよ』

「はい……ありがとうございます……」

 好きでのめり込んでいた部活であったけれど、真面目にやっててホントに良かった。ミキはそう思うと、涙が出て来た。

『あら、泣いちゃったか。泣くなよう、ミキー。

 あたしがなぐさめてあげるからさあ』

「えへへ……」


『じゃあ、報告は明後日ね。さっきも言ったけど先生達にも相談してみるから、ヒカルの奴だけを締め出す事はそう難しくないと思うし。

 あいつ、札付き過ぎるんだよね。あたしらの中でも評判は響いてるしさ、今回のは墓穴もいい所だよ』

「あたしも知ってるくらいですもんね」

『そそ。まあ、今も部活で鍛えてるあたしらと、途中でやめたあいつとでは勝負にもならないけどさ、ここは絡め手で何とかしてみる』

「お願いします」

『お安い御用だよ。まあ、見てなさいって。

 きちんとご飯食べて寝るんだよ? あたしらは身体が資本なんだから』

「はい。おやすみなさい」

『ん、じゃ、切るね。おやすみ』

 ミキは心の底から救われた気分で電話を切った。




 後日ミキが後輩から聞いた話では、先輩に電話をしたその翌日、ヒカルが自主退学扱いになったとの事だった。

 学校は例によって何も伝えずに。


 これでミナもエドガワくんも、普通にしていられるんだ。

 もう学校ではミナに、何かヒカルの事で心配する事は起こらない。


 後は適当な所でヒカルが何かしでかせば、警察が捕まえてくれるのに。

 その件はトモに相談してみよう、と、ミキは思った。

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