春風 後編

 学校の教室。外であちこちに蒼いビニールシートを被せて捜査をしている警察と、学校の周囲を取り巻くマスコミを無視するかの様に、ツキヤマ先生が二人の不幸を伝え、授業準備の時間になる。

 何であんなにあちこちにビニールシートを張っているのかは想像したくない。で、人気者だった二人の事件の事で当然教室の中は大騒ぎだ。

 私はトモの席へ行った。今日少し遅れて来たトモは授業の準備をしていたが、私に気付くと、

「一寸廊下へ出ましょう」

と、私の手を引いて連れ出した。


 連れて行かれたのはトイレだった。そこの個室。

 トモは話を切り出した。

「二人の事の詳細は聞いてる?」

「テレビで見た情報しか、まだ……」

「そうよね。これ、内緒よ?」

 真っ直ぐにトモの視線が私の瞳を射抜いた。これは三人で内緒話をしていた時と同じだ。

「分かった。何?」

「うちの親戚に、警察に顔が利く人がいるの。今朝、私はミキの事を知って、その親戚に連絡したの。

 そこで少し詳しい事情を聞いて来てもらった。で、分かったんだけど、テレビの言ってる事は、ほんの触りでしかなかったわ。

 ミナ、この話は知っておきたい?」

 相変わらず顔色の悪い私に気を遣ってくれたのか、複雑そうな表情でトモは聞いてくれた。トモが手を握ってくれたからなのか、私は涙が出て来たが、頷いた。

「じゃあ、話すわね。昨日の放課後、イリガキ先生とミキの間に何があったのかは分からない」

 珍しくトモがにゅんちゃん先生を本名で呼んだので、私は一瞬誰の事なのか分からなかった。朝のテレビの時にもそうなったから、私、相当混乱してるんだ。

「で、遺体を診た結果では、これも訳が分からないんだけど、横たわった状態のイリガキ先生の股下……局部からミキが頭を突っ込んで、先生の、丁度鎖骨のくぼみの辺りから皮膚を突き破って、イリガキ先生の唇にキスした状態になっていたそうよ。

 イリガキ先生は内臓破裂とあばら骨がギリギリ折れてないくらいで、ミキが顔を出した時にはまだ意識があったって。

 その状態の二人の首を、何者かがかなり強力な力で引き千切った。

『血だるまだった』

ってニュースで言っていたけれど、その血は引き千切った時に被ったものらしいわ。

 その後、保健室に鍵をかけてから首を屋上に置くまで、数時間の空白がある。その間、どういう風に二人の、まだ血が滴ってるであろう首を隠し通していたのかは検死をした人の話では、首の傷に付いていた土とコンクリートのカスから分かったんだけど、学校正門から昇降口の間に、鯉が泳いでいる池があるでしょう?」

「うん、ミキちゃんが世話係で時たま当番だったね」

「あそこの、草葉の影にどうやら置いておいたみたいなの。一致したのよ、付いてたそれらがあそこのものと。

 偶然なのか、ミキが飼育当番でよくそこにいたのを分かっててやったのかは、犯人に直接聞かないと分からない」

「何それ……ひどいよ……」

 驚愕と、二人がそんなひどい目に遭わされたのだという恐ろしさが混濁して、私は泣きじゃくった。トモの手を両手で掴まずにはいられなかった。

「話を続ける?」

「う、うん……」

「どうやって屋上の鍵を開けたのかは分からないけど、とにかくそいつは開けた。何時もあそこで放課後に応援団の連中が練習してるんだけど、大体午後六時頃に、それを終えて全員が帰ったのを見計らって、そこに置いた。テレビで言ってたみたいに。

 今分かってるのはそれだけ……遺体の状況でそれは大体正確みたい」

 何と言ったら良いか……異常過ぎて上手く言葉が出て来ない。

 でも。

「まるで……ミキちゃんと先生を、物みたいに扱ったんだね」

「そう。馬鹿にしてるわ」

 トモがぼそりと言った。

「昨日、私達が例の相談をしていたあの昼休みに、屋上にはほとんど人はいなかったわよね?」

「うん……離れた所に、別の学年の子達がいたくらい。三人か四人かは忘れたけど……」

「そう。だから、私達がイリガキ先生の所へ相談しに行く事を知ってる人は、その離れた位置にいた人達が聞き付けて誰かにばらしたのでなければ、他に知ってる人はいないはずでしょう?」

「うん……でも、私達は大声で話していた訳じゃないから、聞き取ろうとしなければ、それはかなり難しいよ。少なくとも……目測だけど、五十メートル以上は離れてたと思うし」

「一応その子達にも事情をその人から聞いてもらってみたの」

「……すごいね、その親戚の人」

「ええ。で、聞いた所によると、

『自分達の話に夢中で、そちらの話なんか聞いてなかったし、そもそも気を付けてもいなかった』

んですって」


……じゃあ、犯人は何時何処で、それを知ったんだろう。私達三人しか知らないはずのその話を。


 そこで始業前のベルが鳴った。

「話の続きは昼休みね。ミナ、顔を洗って教室に戻りましょう?」

 そうだ。私はよろけながら、洗面台で顔を洗う。

 ハンカチで顔を拭っている時に、鏡に映った背後のトモの顔が見えた。

 伏目がちだったけど、それは確かに、本気で怒っている時のトモの顔だった。




 昼休み。屋上は勿論入れないので、校庭のベンチで私達はお弁当を広げていた。

 実際食欲なんかなかったけど、無理して食べた。もう二度とご飯が食べられないミキとにゅんちゃん先生の分まで食べてあげるんだ。

 まさかあれが最後になるとは思わなかったけど、ミキの元気そうな笑顔が脳裏に浮かんで、私はまた目頭が熱くなった。

「ミナがきちんとご飯を食べてくれて、一寸安心した。昨日の今日でしょう?

 私もおかしくなりそうだったの」

 そう言いながら、今日はサンドイッチを食べているトモに、私は考えていた事を言った。

「あのさ……第一発見者って、やっぱり用務員さんとかだったのかな?」

「今朝の当番だった別の先生みたい。一人ではなかったらしいから、第一発見者と言えるかどうかは分からないけど」

「誰と誰かまでは?」

「オオノ先生とツキヤマ先生。にゅんちゃん先生が何時までもお見えにならなかったから、オオノ先生が鍵を開けたらしいわ」

 蘇る疑念。

「またツキヤマ先生か……」

「ミナもそう思う?」

「トモちゃんも?」

「何となく引っかかってはいた。担任だから別に気を付けなければ見逃していたかもしれないけど、そもそもミナをあの席へ、今学期、結果的に着かせたのはツキヤマ先生だから。

 ミナが昨日の話をしてくれるまで、その席割りになってからそう経ってないもの」

「そっか。でも、ツキヤマ先生は別に私達を何か嗅ぎ回っている訳でもないでしょう?」

「そうね。これ、内緒なんだけど、学校の関係者にもわたくし知り合いが結構おりまして、何か変わった事があったら、意外とすぐに耳に入って来ちゃうのよね。

 現状、ツキヤマ先生は普通に教師として業務を果たしているのみだわ」

 何という人脈。

「……そうなんだ。トモちゃんと友達で、私、良かったよ」

「ん?ミキやミナに何かするつもりなんか全然ないわよ?」

「そうじゃなくてさ……私、二人と友達じゃなかったら、相当に取り乱していたと思うから。ミキちゃんがあんな事になって、何の情報も一人じゃ得られなかったと思うし。

 ミキちゃんも、トモちゃんと友達で良かったって……きっとそう思ってたと思う」

 私はまたしゃくり上げた。

「……そうね。ミキの弔い合戦をしなきゃあ、あの子も浮かばれないわ。

 私はもう少し色々、親戚から情報を集めてみようと思う」

「うん」

「ミナはそのまま普通に私と生活してて。一人にならない方がいいと思うから」

「教室や部活のみんながいるから、完全に一人になる事ってないと思うけど……」

「ミキもにゅんちゃん先生も、窓にカーテンが引かれてたらしいけど、放課後の、部活をやっているのが見えて声が聞こえる所で、校内にも文科系の部活中の生徒が沢山いる中でやられたのよ?

 最後に鍵をかけて帰るまで、先生も沢山いたはず。警備のおじさんもいたわ。

 それでもやられてしまった。冷たい言い方だけど、自分以外の壁があるだけよ。隙間だらけの」

 それは真実だったけど、日頃穏やかな彼女が言うととても凄みがあって、私は怖気が走った。

「う、うん……」

「怖がらせたいんじゃなくて、ミナにも頭に入れておいて欲しいの。ミナもいなくなってしまったら、私も平気ではいられない。

 自分の苛立ちとか怯えとかそういうものをどう抑えたらいいのか分からなくなってしまう。

 何でミキとにゅんちゃん先生がああなったのか分からないけど、学校の中は全然安全なんかじゃないんだって良く分かった。あの二人が死んでしまってからやっと分かった。実際、怖いし腹が立つのよ。

 私はあの二人にあんなひどい事をした奴を、昼の日差しの下に突き出してやりたい。だから、帰りも私はミナの部室で待たせてもらうわ。

 家にもうちの車で送らせるから、家までは一緒よ」

「トモちゃん……」

 実際圧倒されるばかりだった。

 けど、トモがとても頼もしく……そして少し恐ろしく見えた。




 放課後。

『後でね』

と言って分かれたトモは、こちらの部活の終了時間が迫っても、一向に姿を見せなかった。

 エドガワくん達も帰って、終了時間を過ぎて、私が荷物をまとめていても、一向に姿を見せなかった。

 こういう時の美術室は、これはこれでまた恐ろしい。何故なら、あちこちに置かれた彫像や、卒業生の作った彫刻の迫力があり過ぎて。

 窓の外は真っ暗だし、こちらが勝手にここを動いてすれ違いになってしまっては元も子もない。だが、最後まで残った私が鍵を返しに行かないと。

 そのジレンマに私が苦しんでいると、ゆっくりと戸を開けて、トモが顔を見せた。危うく声を上げそうになってしまったが、彼女はすまなそうな表情で言った。

「遅れてごめんなさい。迎えの車が来ていなかったので、家に電話をかけていたんだけど、これまた何故なのか、誰もいなくて」

「そうだったんだ。じゃあ、校門の所で待とうか」

「それが、気になる事があったの。一緒に来てくれる?」

「職員室に寄っていい? 鍵を返さないと」

「分かったわ。行きましょう」


 職員室には数名の先生が残っていた。ツキヤマ先生も机に向かって仕事中。私達に気付いたのか、こちらをチラッと見て、

「今終わり? 気を付けて帰る様に」

と言うと、私達が返事をする前にまた机に向かってしまった。


 鍵を返し、そこを出ると、トモが私の手を引いて歩き出した。暗い廊下に消火栓の赤いライトだけがあって、足音も響いて余計に不気味だ。

 それと彼女の冷たい手。トモの手はこんなに冷たかったっけ?

 それと、何処に向かっているんだろう? 方向的にどんどん昇降口から遠ざかって、こちらにあるのは、多分廊下の端から窓の下に見える体育館。

 そこに繋がる中廊下の手前に保健室があったのも思い出した。理科室も向かいにある。

 あそこの標本、気持ち悪くて嫌だったっけ。そんな事をぼんやり考えながら、わずかに焦って、トモに声をかけた。

「ねえ、何処に行くの?」

「大丈夫、うちの親戚もそこにいるから。学校の知り合いの許可をもらって敷地内に入れてもらったの。

 ひとまず今の時間までに分かった事を話してもらいに行くのよ」

 何かさっきと話が違う気がしたけど、私は彼女の親戚もそこにいると聞いて、安心してしまった。


『そこ』って何処の事なのか、分からないまま。


 着いたのは、トモが合唱部で使っている音楽室だった。中に入ると真っ暗。カーテンも閉めてあるみたいだ。

 それと、変な匂い。すごく臭い。戻しそうだ。

 それに、親戚の人達がここにいるんじゃなかったっけ?何で真っ暗にしたままなんだろう。

 トイレにでも行くのなら、別に電気は消さなくてもいいんじゃないの?


 変だなとは思った。思ったけど、トモが一緒にいるんだという安心感が、この時はまだ勝っていた。それに、分かった事が何なのかも早く知りたかった。

 戸をトモが閉めたのを背後で聞いた私は、大体柱の所にある、電気のスイッチを押した。明るくなる室内……人影。

 視界に入った彼らを見た途端、膝から力が抜けて、私は座り込んでしまった。


 確かにそこにいたよ、トモの親戚の人だっていう人達は。

 結構多い人員を彼女は割いていたんだなと思ったりもした。まあ、それくらいしないと短時間で色々調べられないよね。

 それは分かる。男の人だけじゃなくて、女の人もいる。意外と普通の格好で、これならあちこちに紛れてても分からない。

 トモちゃん、ホントにすごいよ。どういうお金持ちなのかはこれまで別に聞いた事もないし、普通に私やミキと遊んでくれていたもんね。

 でも、何だかみんな強そうで、女の人達は美人だったんだなって分かるし、こういう人達をトモちゃんの頼みだけで動かせるって、あなたの家って、本物のお金持ちなんだ。

 頭の皮膚が全然なくて、筋肉が走っているのが分かる男の人が、目を閉じて伏している。

 股下から、胸の辺りまでかな、裂けてしまって色々はみ出している男の人がいる。

 胴体を思い切り捻られて、胸とお尻が揃ってこちらを向いたまま、今度はどういう風に……ああ、縦に押し潰したんだ、子供みたいな身長になってしまってる女の人がいる。その口からはみ出しているのは、このお姉さんの内臓なんだろうね。

 みんなみんな、どうやったらこんな風になってしまうのか、想像が大変な有り様でひい、ふう、みい……ズタズタ過ぎて、ぐちゃぐちゃ過ぎて、もう何人だか分からないじゃないの。

 そりゃあ臭いはずだよね。壁から窓から天井から、真っ赤でどろどろで、色々な何かが貼り付いてぶら下がっている。

 あ、今何か長いものが床に落ちた。


 跳ねた血が頬に付いた事で、飛んでしまいそうになっていた私の正気が不意に戻った。

「ひ……」

 声も出ないや。胸に重い圧迫感。

 それだけじゃない、誰か……見えない誰かが、大勢で私に抱き付いて口を塞いでいる。

 べちゃべちゃした何かが、胸や太もも、お尻を這い回ってるんだ。

 気持ち悪い、気持ち悪い! そんな臭い手であちこち触らないで!!

「うえっ……」

 胃液が込み上げて来たけど、吐けなかった。

 私はトモを振り返った。それだけスムーズに出来ても、と思ったけど、彼女は彼女で、手首から先がない自分の両腕を持ち上げ、吹き出す血にまみれながら、パニックに陥ってた。




「何……何これ、手がない! 手がないよ、手がない!!

 手がないよおおおおおお!」

 何かびるびるしたものが、そこからぶら下がっていた。

 何時から手がなかったんだろう? さっき彼女の手が冷たかった時? 冷え性とかいうレベルじゃない冷たさだった。

 あんなに冷たい手、握ったの初めてだ。じゃあその手に力を篭めていたのは誰なの?

 トモちゃんじゃないとかいうのは勘弁してよ。目の前のこれだってもう私には許容し難い惨状だ。

 その上で、あの時トモちゃんの手に力を入れてたのがあなたじゃなかったら、一体誰が力を入れてたって言うのよ。

「ひい、ひい……ミナ……」

 トモが私を見て、両腕を伸ばして、フラフラと歩いて来る。

 視界の隅を、何かが動いているのが分かり、それを確認して私はまた気が遠くなりかけた。


 トモちゃん、ピアノにあなたの両手らしいのが這って行くよ。

 血の跡が鮮やか。まだ生きてるんだね、トモちゃんの手。

 あっ、取り付いた。そのまま登って行くんだ。

 トモちゃんの手、元気だなあ。




 鍵盤に取り付いた手が、伴奏を始める。頬にべちゃりと、トモちゃんの腕の先が押し付けられた。そのまま、トモちゃんに抱きすくめられる。

 トモちゃんも泣いていた。

「たす……けて……」

 そうだよね、訳が分からなさ過ぎるよね。ミキちゃんとにゅんちゃん先生もこんな感じだったのかな?

 そりゃあ元気で明るいミキちゃんと、大人なにゅんちゃん先生だって対応出来る事の限界ってものがあるよね。

 こんな状況にどう対応しろって言うのよ。


 さっきから涙がボロボロこぼれ出て来る。そもそも……さっきのトモちゃん、様子がおかしかったよね。頼り切っていた私も私だけれど、何かおかしかった。

 私にミキちゃんの事件の事を色々教えてくれたり、ここに冷静に自分を連れて来たのは、何処から何処までがトモちゃん自身だったんだろう?

 今日の朝は?

 昼ご飯の時は?

 そうだ、今朝遅れて来たよね? 遅刻じゃなかったけどさ、何で遅れて来たの?


 それに答えてくれたのは、トモちゃん自身ではなく、元気一杯の手首が織り成すピアノの伴奏だった。

 鍵盤が出す音ではなくて、かすれ切った何人もの声。喉を焼かれた様な声。


「トモがやった」

「俺達がトモにやらせた」

「人一人操るくらい、みんなでかかれば造作もない」

「そうともそうとも」

「ミキは驚いていたね」

「イリガキも意外と暴れたね」

「そういう訳で、ミキとイリガキはトモにやらせた」

「ミキの悲鳴は俺の割れた頭の苦痛を癒した」

「イリガキの苦しむ姿はあたしの膝の痛みを癒した」

「とても素敵なキスシーンだった」

「とても素敵な血しぶきだった」

「見惚れた」

「俺もだ」

「恋焦がれた」

「家に帰ってから正気に戻ったトモが見てみたかったなあ」

「返り血まみれでさぞかし混乱しただろうよ」

「臭かっただろうなあ」

「そりゃあ親戚に色々聞きたくもなるわよね」

「遅刻もしかけるさ」

「でも指紋は残さなかったわよね」

「まあ、人間、変な時に冷静になるものさ」

「いじめの時とかな」

「しかし、トモもよくそんな後で学校に行く気になれたよな」

「俺ならサボるね」

「俺は自殺したよ」

「私も飛び降りたわ」




 そんな……トモが?

 あの時そんなそぶり、少しも見せなかったトモが犯人だったの?自分で事件の状況を、私に説明する事で、落ち着こうとしてたとか……そういう事?

 トモ自身も何が何だか分からなかったのに、私に説明してくれたの?


……それも、トモなの?




「そういう事」

 ピアノの『声』がご丁寧に証明してくれた。

「面倒見のいい子じゃねえか」

「俺もそんな子がいたら自殺しなかったなあ」

「そうよね。

ミキもいい子だったわ」

「でもさー、改めて考えると、ミキもトモも可愛かったし、一寸勿体無い事したかもなあ」

「もうトモもほとんどぶっ壊れてるしなあ」

「んじゃあ、このお嬢ちゃんで口直ししようや」

「さんせーい」

 私は叫ぼうとした。

「悲鳴など外に届かせるものか」

「何の音も外に届かせるものか」

「この学校の何者も、俺達に逆らえなどするものか」


 そのまま、私は笑い声にまとわり付かれながら、汚らしい床に仰向けで磔にされた。

 飛んで来る。ピアノが飛んでるよ、トモちゃん。その四つの足がべきりと折れたのまでは見えた。

 手首と足首の骨を車輪が砕いたのを、私は聞いた。脳天を貫く激痛に私の身体がびくんと反応する。

 悲鳴を上げようとした。その顎を、さっきの臭い手が、よってたかって無理矢理にこじ開ける。

 外れちゃうよ。

 外れる……外れる!

「あが、が……あああああああああああああああああああああああああああああ」

 その私の口に、トモちゃんが頭から潜り込んで来る。何も見えてない目。

 涙だけがボロボロこぼれている。

「ミナ……何処にいるの、ミナ」

 やめてよ、無理だよ。入る訳が。


……ああ、入ったっけ、ミキちゃんが。

 上か下かの違いなんだ。


……へえ、そう。


「ぐぼ」

 喉奥に強烈な圧迫感を感じて、ピアノが落ちて来るのが見えたのを最後に、私は気を失った。




 ○月○日早朝。

 先日女性教諭と女生徒の変死体が発見された某学校で、今度は口から人体を押し込まれた上にピアノの下敷きになっている○○ミナ○さんと飲み込まれた側の○○トモ○さんの遺体が発見された。

 二人の直接の死因は窒息死。

 現場はまたも血の海で、他に何人かの血液が現場で検出されたが、誰の物なのかは不明。また、ピアノは何者かによって幾度も持ち上げられ、二人に落とされたものと見られる。

 更に、飲み込まれた側の○○トモ○さんの首が未だに発見されていない。


 二人は先日の事件の○○ミキさんともクラスメートで、また、養護教諭のイリガキ○○さんともよく話をしているのを、同校の教諭や生徒が見かけている。


 先日の事件との人間関係や、二つの事件の異常性から、愉快犯の犯行の疑いあり。現在警察が、事件と犯人の行方を追っている。



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