第2-2話正義の白② 亜紀side



 礼奉町、都市部。

 

 

 

 私たちの町。礼奉町はとにかく広い。

 家がたくさん集まる『居住部』。自然がたくさんあり、小さい家や神社が少ししかない『自然保護部』。そして、日本の首都『トーキョー』にも負けない(気持ちだけなら)くらいに色々なお店やビルの並んだ都市部。

 

 そんな三つの地区に分かれている所で最も学生が多いのが、都市部だ。

 駅も沢山あるから、行きたいところにすぐに行けるし、流行りのお店や物も沢山並んでいる。学校からも徒歩3分の駅から10分くらいの合計13分。まさに私達学生の憩い場である。

 

 

 「ってことで、レッツショッピング!」

 「なにがレッツショッピングだよ...20分も遅刻しやがって」

 

 

 情熱的な瞳と引き締まった身体。後ろに結って纏められた髪。獣人の血を受け継いだ赤い毛並みの耳を持つビースト女子。それが私の友達『天海暁美(てんかいあけみ)』だ。

 

 

 「いやーまさかひと駅過ぎちゃうなんてねー、居眠りもほどほどにっと」

 「じゃあ眠気を吹き飛ばす為に一発やってやろうか?」

 

 

 と暁美は拳を鳴らす。

 

 

 「お、おちついてー!今度ドッグフード奢るからー」

 「私は犬じゃねえ!」

 

 

 これが私と暁美の日常。つまり仲良しである。

 最初に出会ったのは中学の頃で、とにかく足が早いのが特徴である。

 私達の出会いは本当に唐突で、休み時間の時にふと目の前にケモノ耳があって、それがなんだかふと気になって思わず触ってしまった。それがビックリのしたのか暁美は思わず「ひぃん!」なんて恥ずかしい声が出てそのまま喧嘩。からの気付いたら仲良し。というのが私達の出会いである。

 

 

 

 「いはぁい!いはぁい!(痛い痛い)」

 「これで目は覚めたかぁー!?」

 

 

 そして只今暁美に頬っぺたつねられ絶叫中......。

 

 でもなんだかその痛みに安心感を感じた。

 

 

 私はこの日、とにかくひたすら遊んだ。昨日の出来事を忘れる為に。例えあれが悪夢であってもあの化け物の事を忘れたかった。良い思い出で塗り潰すように。

 

 でも、あの時助けてくれた少年は一体誰だろう?

 

 

 

 「あきーー、何ぼーっとしてんの?」

 「えっ!?あ、ううん。何もないよ」

 

 

 いけない。昨日の事は忘れようと。

 でもあの少年は、もしかしたら将来の彼氏みたいなーなんてちょっとポジティブに考えるのもありかな......いや、流石に年下は無いか。

 

 

 気付いたらもう日が暮れそうになる。

 暁美は今日夜に家族と会うみたいで、駅前で別れることになった。

 

 

 暁美と別れた後、私はふと駅前にある本屋が目に入る。そしてそこから少し歩いた所にある昨日の路地裏......。

 

 一瞬、私はその裏路地に導かれるように一歩歩きだそうとした。けど私はその誘惑に似た感覚を振り払うように、そのまま後ろを振り向いて駅に向かう。

 

 

 

 はぁ...せっかく忘れるつもりで遊んでいたのに、最後にまたあの場所を見てしまうなんて。

 それよりも、昨日のあれって本当に夢なの?全然あの後の出来事が思い出せない......。

 



●●●●●


 

 アリーナ管理室。

 

 

 「姫美華さま!大変です!」

 

 

 また何かあったみたいだ。全く、せっかくの良い気分が台無しね。

 とため息混じりに、やってくる仮面の男の方へ振り向く。

 

 

 「どうかしたの?緊急の場合は殺しても構わないって...」

 「回収に成功と報告のあった、二体目の『garou(がろう)』が逃げ出しました。それとそちらを追っていた捜索隊も全員負傷」

 

 

 負傷...。

 ここにいる男含め、仮面の軍団は魔法をより戦闘に特化させた、スペシャリストの集まり。

 場合によってはわずか数名だけで、平和ボケをしている現在の警察を壊滅することもできる。

 

 確かに魔物の中で、garouという魔物は、性格は穏便ではあるものの戦闘能力は高く。一度狙った獲物は逃さないという執着性を持っている。

 それでも戦闘のスペシャリストであればどんな魔物でも簡単に抑える事ができる。それがこんなあっさりやられるということは......。

 

 

 「こんにちは、姫美華。ずいぶんと不機嫌そうね」

 「それは一体だれのせいかしら?くみや......」

 

 

 突然部屋に入ってきた女性。

 その顔は狐のように目が細く、笑みで浮かべる口角が不気味に広がる特徴の口。そして濃い化粧。

 きっと男性なら簡単について行きそうなほど色っぽさと美しさはあるものの、同じ女性からしてみたら、嫌悪感に近い感情を抱く雰囲気の女性。それが『久御屋リン(くみやりん)』。

 

 

 「あれー私なにかしたのかなー?」

 

 

 その話方に苛立ちを覚える。

 

 

 「魔物を逃がしたのは貴女よね?」

 「あらら。ばれちゃった?でも、面白いわよ。魔物を人間の世界に放った時の悲鳴。もうたまらないわー!」

 

 

 その瞬間、私の怒りがそのまま魔力へと変換される。そしてそれほ久御屋の周りに纏わり、その魔力が実体へと現れる。

 

 それは西洋にありそうな鋼の鎧と剣を身に付けた兵士が三体。久御屋の動きを止めるように囲い、剣先を向ける。

 

 

 「くみや......貴女が人を嬲ることを喜びとするなら、私は別に貴女の趣味を止めさせるつもりはないわ......でももし私の邪魔をするなら」

 

 

 私は右手をそのまま久御屋の額当てる。その手にはどす黒い影がある。それはただの影ではない。奥の全く見えない闇......。

 久御屋はそれが何なのかわかっているのか、かなり焦っている様子が伺える。

 

 

 「貴女を殺す」

 「わ、わかったわ......まあそんな焦らないで。ちょっとふざけ過ぎたわ...本当悪かったって」

 

 

 久御屋は反省したのか。いや、多分私に抵抗したら逆にやられるという恐怖のせいで、静かになった。

 それは別に彼女が弱い訳ではなく、私が特別強いわけでもなく、ただ相性が悪いだけ。魔法使いというのはただそれだけで強弱が逆転するもの。

 

 だからマジシャンズというのは止められない。

 きっと今日進藤つばさを打ち倒した彼女も同じ事を考えてるに違いないわ......。

 

 

 

 「わかったのなら、さっさと今日逃げた魔物を連れ戻して来なさい...もしこれが原因で組織が崩壊したら、真っ先に貴女を殺すから、覚えてなさい......」

 「ははっ...怖い怖い。まあ何処にいるかは魔力を辿ればすぐにわかるし、すぐ連れ戻して来るから心配しないで」

 

 

 三体の鎧が退いた事を確認すると、そのまま久御屋はさっき入ってきた所へ引き返す。

 

 

 「まあ狙われてしまった子がせっかく希望を手にいれたのに、また絶望に落とされる様を見てから、回収としますわ」

 

 

 その言葉を最後に久御屋は部屋を後にする。

 

 やっぱりあいつは嫌いだわ。

 久御屋リン。人をいたぶることが好き。と勘違いしてる人が多いけど、本当は人の負の感情を味わうのが好きな人間である。

 例えば、人の苦痛や絶望。怒りや悲しみなど、不快を感じる思いを感じることが好きだ。

 だから彼女はわざと私の所へやって来た。本当なら黙って放った魔物を好きなように暴れさせた後に、そのまま処分やら回収などで後処理して終わらせればいいものを、彼女は私の怒りや他の人間が苦労する姿を見たいが為に、私の部下を襲い、魔物を逃がした。そして彼女にとっての一番の見処はこれからかもね。

 

 

 「また絶望に落とされる様を。か......狙われた子もお気の毒ね......」

 


 

 ●●●●●


 

 居住部。

 

 

 

 私、神野亜紀は昨日に続き再び走っていた。

 

 

 「もう!なんで遅れるのー!」

 

 

 理由は、事故の影響による電車の遅れだ。本当なら日が暮れる前に家に着いて、おばあちゃんと夕飯を作る予定。その後見たいドラマを見てから就寝。という予定だったのに......。

 え?なんでそれだけで走るって?

 それは朝食も夕食も全部おばあちゃんが作ったら、後で色々と言われるから、用事が無い日は自分が作らないと面倒くさいのだ。

 

 

 走りながらマジフォで時計を確認する。まだ六時半。

 そろそろお家に着くことを確信し、少しペースを遅めて早歩きと......。

 

 

 私は少し息を切らしながら、お家の門を開ける。

 

 ふと、なにか様子が変だと感じた。

 

 

 電気がついてない?いつもならこの時間帯はつけているはず。

 お昼寝も必ず三時に寝て五時までには起きるようにしている。

 

 私はゆっくりと、玄関の扉を開ける。

 

 おばあちゃんのスリッパは...ある。

 出掛けている訳でもない。ということは......まさか!

 

 

 一瞬だけよぎったのは、病やトラブルで倒れてしまったという嫌な予感をしたが、それを上回るほど最悪な事態が頭に浮かんでしまった......いや、感じてしまった。

 

 昨日のあの悪寒。裏路地の中で蠢くあの大きな影が出てきた時の感覚。

 

 

 魔物...。なんで?どうして?あの時仮面の人達がやって来て連れていったんじゃ......。

 

 違う。それより一番考えるべきことは...。

 

 

 「おばあちゃん!!」

 

 

 思わず叫んでしまった。考えるよりも先に口が動いたように感じた。昨日とは真逆な行動に自分も驚く。

 

 そしてそんな驚いている私を待ってくれず、部屋の奥から物音が聞こえ、その音は段々と大きくなってくる。

 もう逃げ出すことは出来ないと思い、私は急いで玄関横に置かれている箒(ほうき)を手に取り構える。

 

 そしてあの大きな体格と牙を剥き出した魔物が現れ、玄関に繋がる廊下をこっちに向かって走ってくる。

 

 

 「きた!」

 

 

 正面から向かってくる魔物対し私は横に飛んで避ける。

 魔物はそのまま玄関から飛び出して屋外にでる。私はその隙に居間の方へ繋がるドアに入る。居間には二つの入口があり、私が避けた所の廊下と、さっき魔物が走ってきた廊下側のスライド式の扉だ。

 私はそのもう一つの扉の方へ近づくとしばらく立ち止まる。そしてゆっくりと扉を開きながら時を待つ...。

 そして少し待つとさっき私が入ってきた扉の方から魔物の足音が聞こえてくる。

 

 

 まだ。まだだ......いま!

 

 

 魔物が一瞬姿を表したらすぐに廊下に出て、すぐに扉を閉める。

 そしてそのまま奥の部屋、おばあちゃんの寝室に向かう。

 しかし、そこにはおばあちゃんはいない。

 次にあまり使われてない空き部屋に向かう。いない......。

 ってことはお風呂場に......。

 

 

 その瞬間、突然背中に重たいものがのし掛かる。そしてそのまま私はお風呂場の脱衣場の前に倒れる。

 目の前には脱衣場向かいの壁。周りは暗く大きな影が辺りを包んで、身体全身に伝わる圧迫感は、恐らく魔物の足で押さえつけられている。

 

 もう。逃げられない......。

 ここはお家の中だから助けなんて来ないし、そもそも昨日は運良くあの少年が近くにいただけで二度目はもう無い。

 

 本当に終わりなのかな......おばあちゃん。

 

 

 私は唯一自由に動ける首を動かして、脱衣場に振り向く。すると目の前で倒れているおばあちゃんを見つける。

 おばあちゃんはケガはしていないものの、息を荒くしながら苦しそうな様子で倒れている。

 

 その光景を見た瞬間、私の恐怖は一瞬で消え去った。

 

 私のたった一人の家族。たった一人で私を育ててくれた大切な人が苦しんでいる。

 そんな様子を目の当たりにすると、「よくもおばあちゃんを!」という怒り。「守れなかった」という悲しみ。そして、「おばあちゃんを助けなきゃ」という正義感。

 

 そんな様々な感情。それが私の中から込み上げて......。

 

 

 「もう...これ以上。おばあちゃんに触れさせない!化け物!私は黙って喰われるほど甘くないから!」

 

 

 感情は言葉となり、力となり、私の中から爆発した。

 

 さっきまで全く動かなかった身体は、化け物の足を持ち上げゆっくり立ち上がる。

 

 

 「わあああああ!」

 

 

 私は思いっきり叫ぶ。力を込めるように、威圧感を与えるように。

 

 そしてその雄叫びに魔物は危険を察したのか、すぐに私から距離をとった。

 それから魔物は動かずこっちの様子を伺っている。

 

 さっきまで逃げる獲物を捕らえるために真っ先に向かってきた魔物は、立ち止まり明らかに警戒している。

 

 私も動かずに、魔物の目を睨みながら呼吸を整える。

 

 

 この化け物を倒す武器は...なんとかしないと......。

 

 私は一瞬だけ足元を見る。その一瞬を魔物は逃さず、一気に距離を詰めて、さっきまで無かった鋭くて長い爪が前足の先に生えて、その爪がそのまま私に振り下ろされる。

 

 

 やばい!何か剣みたいな。

 

 一瞬思い浮かんだのは、持つところが白く、刃が透明に輝く一本の剣。

 そしてその剣は気がつくと私の右手に握られていて、考えるよりも先に握られた剣を構える。

 その剣は向かってくる鋭い爪を受け止め、魔物の体格の大きさに反して全く動じることがない。むしろ軽く感じる。まるで小学生の男の子と相撲ごっこするような程の軽さ。



 「すごい......私、魔物と戦って......」


 と一瞬心に油断が生まれてしまった。それと同時にさっきまでの力が徐々に無くなっていき、それに比例して魔物の力が強くなっていくように感じる。



 「やば!」



 このままでは力負けすると感じてすぐに横へ飛び、魔物の振り下ろす爪をギリギリで避ける。その時完全に爪を避けきることが出来ず、肩をかすり皮膚が小さく抉れてそこから血が流れ出る。

 でもそんなことは全く気にすることなく、私は魔物の方へ向いて剣をもう一度構える。

 今は丁度脱衣所に立っており、すぐ後ろにはおばあちゃんが倒れている。つまりこの後ろには絶対に魔物を通してはいけない。



 「おばあちゃん。絶対に助けるから...頑張って!」



 苦しんでいるおばあちゃんを励ますと同時に、自分がおばあちゃんを守るという覚悟を決める。

 この覚悟は忘れてはいけない。この覚悟こそ私の......『魔法』の原動力。

 

 

 「覚悟しなさい!化け物!じゃないと私が退治してあげるんだから!」

 

 

 思わず、今日の朝テレビでやっていたアニメの台詞を叫ぶように言う。

 しかし言葉はもちろん通じることなく、威嚇するように牙を剥き出しこっちを睨みつける。

 私も負けずに睨み付けて、その勢いに任せて足と剣に力を込める。そして......。

 

 

 「やあ!」

 

 

 私は一声をあげて一気に前に出る。

 一歩踏み出し脱衣場を抜け、一歩廊下へと踏み出し、そのまま魔物の顔に、昨日の少年が殴った時についた傷らしき跡に向かって斬りかかる...そのつもりだった。

 

 

 突然、まるで風邪で熱が出た時のダルさが全身を重く感じ動けなくなる。

 

 

 「なっ...んで?」

 

 

 その突然の出来事に動揺してしまう。

 さっきまで全然身体に不調はなかったはずなのに、今は身体を動かすことがこんなにも辛い......。

 

 

 「はぁ...はぁ...なにこれ?」

 

 

 その身体の不調に構わず魔物はそのまま私に牙を向けて噛みついた。

 

 

 「きゃっ!え?な、なに?」

 

 

 一瞬噛みつかれる事への恐怖を感じたものの、その恐怖に反して全く痛みとか、全身から吹き出る血とかは全く無くて。鋭い牙のわりにそこまで威力はなかった。

 恐らく魔物は甘噛みをしているのかもしれない。でもその甘噛みは私を完全に拘束するには充分だった。そして私をそのまま噛みちぎらない程度に止められ、それがあまりに不気味過ぎてさらに恐怖を感じる。

 

 

 「なんとか...しないと...あれっ?」

 

 

 

 その瞬間、一気に身体中が不思議な熱が広がっていく。

 温泉に浸かるとか、マッサージとか、眠るとか...あまり経験が無いけど、エッチなこととか。

 そういった気持ちいいことを遥かに凌駕する心地よさは、まるで...学校で教わる危険な魔法ドラッグ。味わったことがないけど、きっとそれくらい、いやそれ以上。そんな危険な快感が脳を溶かしていく。

 

 少し理解してしまった。きっと魔物の唾液には魔法ドラッグとか麻薬みたいな成分の毒があって、餌になる私たちを暴れさせないように、従わせるように、こうやって『ご褒美』をあげているんだ。

 それはさっき肩を切った爪にも含まれていたのだと思う。だから突然身体が動けなくなった......。

 

 

 もし、このまま食われるとどうなるのかな?もしかしてこれより気持ちいいことが起こって、そこから私はゆっくり死んでいくのかな?まあ、それもいいのかな?......。

 

 

 

 

 

 

 「いやだ!!死にたくない!!」

 

 

 なにを思っているんだ、私は。

 私は知っている。おじいちゃんが死んだ日。お父さんとお母さんが死んだ日。お姉ちゃんがいなくなった日。

 誰よりも泣いていたのは、おばあちゃんじゃないか。

 きっと今私が死んだら、おばあちゃんはどうなる?ずっと泣いているかもしれない。悲しみで潰れるかもしれない。

 

 

 そんなことは絶対に嫌だ!だから私は、死にたくない!!

 

 

 再び強い意志を剣に込める。いや、それでは足りない、全身に伝えるんだ。魔物の毒を取り払い、かつ今私から全てを奪おうとしている化け物を倒す為の力を!

 

 

 「やああああああ!!」

 

 

 私は思いっきり叫んだ。全身を震わせるように雄叫びを響かせ、そしてその声と共に力が伝わっていった。

 魔物は私の様子に気付いたのか、すぐに咥えている私を放そうとした。でももう気づいた時には遅い。私は魔物の口に入っている右手に再び剣を持つイメージを頭に描かれ、そのまま口内から魔物の脳の方へ突き刺す。

 

 

 『ぐぅいああああああ!!』



 魔物は断末魔のような叫びとともに私を口から吐き出す。するとそのまま私は床に着地してすぐに魔物へと振り向き直る。

 魔物はしばらく体を痙攣させ、そのまま動かなくなる。

 私は警戒を解かずにさっき作り出した剣を構える。ちなみに最初に出した剣はどこかに落としてしまったけど、まるで私の手元に戻ってきたように消えている。でも今はそんな事はどうでもよかった。

 

 

 『ぐぅ......ぅ......』


 

 まだ息はある。でももう動くことは無理のようだ。

 私は警戒しながらゆっくりと近づく。そして魔物の顔近くまで近づき、いつでも避ける態勢をとりつつ、剣が届く範囲まで近づく。

 ふと、魔物と目が合ってしまう。その瞳はさっきまでの鋭い目付きとは程遠く、哀れにも命乞いをしているような、傷ついて苦しんでいるような、そんな弱々しい瞳に、私は思わず警戒を解いてしまう。

 そして私は剣を握る手を下ろしたその時......。

 

 

 「魔物に気を許したらダメだ!」

 「えっ!?」

 

 

 さっきまで魔物が突撃してボロボロになった玄関の方に、一人の子供が立っている。昨日助けてくれた少年だ。

 

 

 「家族を守りたいなら構えて!すぐにとどめを...」

 

 

 しかし、少年の警告は間に合わなかった......。

 

 魔物は突然最後の力を振り絞るように雄叫びをあげる。するとその魔物の身体から突然熱風が吹き出し、その風は私の肌を焼きながら押し出していく。

 

 

 「あっつーー!な、なにこれ!」

 

 

 熱さのあまり思わず後ろに下がり、私は少年のいる所まで下がる。すると、少年は何かの液体が入った注射器を私の腕に刺した。

 

 

 「いった!ってなにしたの!?」

 「解毒剤だよ。魔物の『悦気(えっき)』という毒を抜き取る薬品。副作用で魔力が荒れやすくなるから気をつけて」

 


 少年はそう言い残すとそのまま後ろを振り向いて、玄関の方へと向かいそのまま外の出ていく。

 

 

 「えっ!?ちょっと!!助けに来たんじゃないの!?」 

 

 

 

 見捨てられた!!昨日は助けてくれたのにどうして!?

 

 そんなことを考えている間に魔物の姿はかなり変化していた。

 私は魔物に振り向き直して、剣を構える。だけどその魔物の姿を見た瞬間、思わず目を大きく広げる。

 

 

 「燃えてる。さっきまで普通の狼みたいだったのに、火を身につけて...」

 

 

 

 思ったことがそのまま言葉に出てしまう。

 それは、普通の四足歩行した大きな狼に炎の鎧を纏ったその姿は、映画やアニメでしか見たことのない、幻の生き物そのものだ。

 

 

 「私、どうすれば......」

 

 

 とにかく考えた。こんな圧倒的な相手にどうやって勝てばいいのか。どうやって奥の部屋で倒れているおばあちゃんを助ければ......。


 そう考えている間に魔物は周りの炎を使い一つの塊を作り出す。そしてそのまま塊はこっちに向かって飛んでくる。


 

 「うそ!」



 私は今までにないほど早い反応で横に避ける。そして丁度私は居間のテーブルの上に立つような形になる。魔物とは居間と廊下の間の壁によって遮られるが、次の瞬間、魔物は火を纏った爪を使いその壁を破壊する。



 「まじっ!?こんなのヤバすぎるから!!」


 

 もはや驚愕するとしか言いようがないという感じだ。あの少年がどこ行ったか分からない。でももしかしたら戦って時間稼ぎをしろということかもしれない。これは私の勘だ。


 と、その時私は気づいてしまった。いや、むしろ気づくのが遅いことに後悔してしまった。

 火の魔物の周りはその火によって燃え移り、私たちの家を焼いていく。その燃え盛る火は、さっきおばあちゃんが倒れている脱衣場の方へと火の手が廻り容赦なく燃やしていく。

 

 

 「おばあちゃん!!」

 

 

 私はおばあちゃんを助けようと、魔物の脇をすり抜けようと走る。しかしそれを魔物は許すはずもなく、行く手を阻む。

 

 

 「どけぇぇ!!」

 

 

 私は必死な思いを力に変えて剣を振りかざす。その剣は強い光を放ち、その光が魔物を切り裂く。

 その光は炎の鎧をものともせず、魔物の身体を浮かせてそのまま後ろの方へ飛んでいく。

 魔物がぶつかる衝撃で家の壁が壊れる、でもそんなことは気にせずにすぐおばあちゃんのいる方へと走る。

 

 

 「おばあちゃん!おばあちゃん!」

 

 

 必死で何度も呼び掛けながら走る。

 火が完全に拡がる前に。その火が天井や壁を崩す前に。早く...早く助けて......。

 

 

 その瞬間、私の助けたいという思いと一緒に崩れるように、目の前で天井が私とおばあちゃんの間を塞ぎ、そしてそのままおばあちゃんの方へ崩れる。

 

 

 「お、ば...ちゃん......」

 

 

 その瞬間、思い出が頭の中から溢れてきた。おばあちゃんと一緒に暮らしてきた思い出。

 一緒にご飯を食べた時のこと、一緒に料理や掃除や洗濯をした時のこと。買い物しながら普段は行かないカフェでたくさん話をしたこと。

 

 その溢れてくる思い出が胸を締め付けてくる。

 

 たった一人で私を育ててくれた、とても大切な家族を失った悲しみ。

 

 

 「あ、あ。あああああああああ!!」

 

 

 私の悲しみが胸の奥から溢れかえるように、声が枯れる程叫ぶ。

 

 そして、その悲しみは怒りへと変わった......。

 

 

 

 「おばあちゃんを!おばあちゃんを返せええ!」

 

 

 魔物は立ち上がる。しかし態勢を建て直す前には私の剣は魔物の背中に突き刺す。そして一度剣を抜いてはまた突き刺す。まるで行き場をなくして苦しみの感情をぶつけるように...。

 抵抗するために、魔物は纏う炎を強めて防御を固めるも、何度も突き刺しているうちに分厚い炎は消え去り、無防備になった魔物に追い討ちをかけるように更に突き刺していく。

 完全に我を忘れた私は突き刺す手を止めない。魔物の炎で身体が焼かれても、お気に入りの服が燃えて失っても、その手を止めることはない。

 何度も何度も...それは戦いというよりも一方的な虐殺をしているような様子だったと思う。

 そして......。

 

 

 「うわああああ!」

 

 

 私は怒りの叫びと共に、剣に纏った大きな光で魔物の身体を真っ二つに切り裂いた。

 

 魔物は消えていく炎と共に、力尽きた......。

 

 

 例え魔物が命尽きても、魔物の放った火は燃え続け、そのまま周りを早い速度で焼いていく。

 

 私の、お家が燃えていく。

 

 「...ぇ...ちゃん」

 

 

 私の帰る場所が燃え盛り、灰にしていく。

 

 「...ぇちゃん!」

 

 

 私もこのままここで、焼かれて灰になれば......。

 

 

 「お姉ちゃん!」

 「いっ!?」

 

 

 突然頭に衝撃が走った。

 

 

 「僕もあまり女の子を叩きたくないんだから!早く走って!!」

 

 

 どうやら私はさっきやってきた少年に頭を叩かれたらしい。

 

 そして少年はそのまま私の手を握ると、まるで見えない壁が火や崩れる家の残骸を抑えて導くように、外まで道が出来ていた。その道を少年は、私の手を引っ張りながら走る。

 私もそのまま少年に誘われるように走る......。

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