第2-1話正義の白① 亜紀side
私は子供の頃、魔法少女というのは、正義のヒロインのように困った人を助け、危険を顧みずに戦う。そんな理想な存在だと私は信じていた......。
とある裏路地。
「全く......美穂はどこへ消えたんだろー」
と、私『神野亜紀(かんのあき)』は冒険を楽しむように、人の通りが全くない裏路地をスキップしながら歩いていた。
なぜ私がここにいるかというと、数分前にいた駅前での話に戻る......。
駅前。
私と美穂と巳子は、一週間最後の登校日を終えてその喜びを謳歌(カラオケ)した。その帰りの出来事。
「あ!そういえば美穂に前借りた漫画返さなきゃ!」
丁度美穂と別れて少ししてからふと思い出す。
するとすぐに自分の鞄の中を探る。やっぱり漫画は返されてなかった。
「そうなんだ、じゃあ急がないとね」
「うん。ってことでミコは先に帰ってて!私、チャッチャチャーって返してくるー!」
と謎の擬音(?)を言いながら駅前から美穂が行った方へと走り出す。
「転ばないように気をつけてね」
ミコの気遣いに私は手を振り返し、そのまま走り続ける......。
本屋ーほんやーっと...漫画大好きみほっちー。
なんて歌と呼べない歌を心で歌いながら軽やかに走っていると、人混みに紛れて美穂の姿を見つけることができた。でもなぜか美穂は、さっき行くと言っていた本屋ではなく、よく分からないお店と美味しい匂いが広がる定食屋の間くらいに立っていた。
「あれ?美穂?」
すると美穂は、二つのお店の間を見つめながら、そのままその間へと入っていった。
全く...あんな所に入ってもし変質者が現れたらどうするの...よし!私が行かなくては!
なんて考え、そのまま美穂の入っていった裏路地へと走っていく。
「みほー!こんなところで何をやって......」
いない......。
というか暗い!こわっ!...こんなところに美穂は入っていったの!?
私は恐怖を感じて、そのまま駅の方へ引き返そうとした。でも、女子高生一人がこんなところに入るのは、さすがに危ないと思いしばらく考える。そして......。
「よし!いくぞー!」
覚悟を決めるように叫ぶ。その声に周りの人達が反応するが、そんなことは気にせず、私は美穂の入った裏路地へと歩いていった。
回想が終わり、再び裏路地。
「こわくなーい。こわくなーい!...私と美穂がいれば百人りきー」
つまりこうやってスキップしたり、変な歌を歌ったりするのは、怖さを紛らわす為。
そう、決して頭がおかしくなったわけではない!...だからお願い!美穂出てきてー!そしてどこ行けばいいのー!?
さらに言うなら、迷子である......。
●●●●●
地下アリーナ管理室。
「姫美華さま!緊急です!」
「どうかしました?今から見なければいけない戦いがあるのだけれど」
私。姫美華は、本日の見処であり、時代が変わるかもしれない大事な一試合を前に、渦巻き模様の仮面を被った男に遮られて、機嫌悪く言葉を返す。
「魔物が四体逃げ出しました......」
「まただわ...本当飼育係は何をしてるかしら?」
とりあえず今控えている戦いを見逃さない為に、試合を直接見れる(窓越しだけど)、オーディエンスルームに向かいながら、今行うべき対処を考える......。
「三人四組で捜索。結界が張られているから表には出られないと思うけど、早急に見つけ捕獲。もし万が一抵抗して一大事になりそうなら、殺してもかまわないわ」
と、仮面の男に指示を出すと、大きなため息が溢れ出る。
さっさと前に要請した発信器が来てくれないと、正直かなり面倒ですわ......。
なんて気持ちが憂鬱になりながらオーディエンスルームにたどり着く。その中は様々な学校から集まってきた女子生徒達が、今まで以上に盛り上がりを見せている。
まあ多少は我慢ですわ。私の...いえ、私達のお祭りの為ですもの。
●●●●●
路地裏。
ヤバい......本格的に迷子だ......。
どこへ行っても人気はなく、町の明かりも見つけることが出来ない。
もはや美穂を見つける所か帰れるかも怪しい......。
「うぅ...どうしよ......」
気づいたら私は泣いていた。だってしょうがないでしょ!暗いし、独りだし、このまま無事に帰れるかもわからないし!
という悲痛な叫びを胸に押し込みながらゆっくり歩く。
「みほー。早く出てきて。もう夜だよ...」
消え入りそうな声で美穂を呼んでいる時だった......。
「ひっ!」
まるで虫が背中を這うような、気持ち悪さと寒気のくる感覚が全身に伝う。そして激しく胸が鳴って止まらない。額から冷や汗も溢れだして、そのまま顎へと流れ落ちる。
それほどまでの嫌な気配が背後から伝わってくる。
「なに?...みほ?」
もちろんこの気配が美穂な訳がないのは分かっている。それでも数秒くらいは現実逃避をしたかった。
でも現実は想像以上に最悪な状況だった......。
「っ!?」
私は思わず悲鳴をあげそうなった。しかし私の手がまるで自分自身のものではないように、反射的に自分の口を抑える。
どうして悲鳴をあげそうになったのか。それはさっきの嫌な気配がした方向を見た瞬間だった。
目線の先に蠢く黒い影。
暗闇の中に潜むそれはあまりにも大きく、姿は見えなくてもそれがあまりにも恐ろしい存在であることはすぐに分かる。
周りに響く呻き声。足音。
それは私の身近にいた生き物とは明らかに存在感が違う。
幸いにもこっちには気づいておらず、周りを見渡している。
とにかくここから逃げないと......。
そう考え、体は止まったまま目だけを動かし辺りを見渡す。そして......。
ゴミ箱の裏にっ!
足音に気を付けながら小走りで、壁際に置かれた大きめのゴミ箱の後ろに隠れる。恐らく業務用なのか私の体を隠すには程よい大きさだ。
そして、ゆっくりと謎の巨大生物がこっちに向かってくる......。
今になって思うのは、どうしてゴミ箱の中に隠れなかったのかという後悔だった。
というよりそんな時間は無かった。だから今更後悔してもしょうがないし、これが最善だと思う...思いたい。
そして、とうとうそいつは私の横を通り過ぎる。
暗くてよく分からないけど、多分そいつの口は私を丸ごと呑み込むのは簡単な程大きな口をしていて、その大きさは明らかだった。
その瞬間、ふともし私の隠れているゴミ箱を通り過ぎる時に蹴り上げてしまったら。と思ったものの、それは私の不安を他所に器用に体を細めて、そのままゴミ箱をすり抜ける。
そして尻尾らしきものが完全に通り過ぎ、そのまま黒い影は通り過ぎていく。
私は人生で一番の胸を撫で下ろす思いを感じていた。
すると影は動きを止めた。恐らくまた辺りを見渡して、獲物を探す動きをするかもしれない。
そう思い、私は急いで今いる位置から、この化け物のいない方へと移動しようとした。
この時私は実感してしまう。人は安心して心に油断が出来た時が一番危険な時だと......。
自分は完全に忘れていた、肩に鞄が掛けられていることを忘れ、立ちながら後ろを振り向くと同時に、鞄は重力に従い、そのまま下へ落ちる事と、肩を軸にして振り子のように後ろから前へと振られる。
その先には、私の身の安全を守ってくれたゴミ箱......。
そのゴミ箱は私の鞄に当たり、そしてそのままゴミ箱は倒れた。その時の衝撃音は、静かな裏路地全体を響かせた。
その瞬間、化け物はこっちを振り向くような気配がした。でもそれを確認する余裕が無い私は、振り向かずにそのまま少し進んだ所の曲がり角へ全力で飛び出す。
「はぁ...はぁ...。おねがいだから、こっち来ないで......」
私はとにかく狭い路地を、どこに向かっているのかもわからないまま走り続ける。まるで命乞いをするように一つの願いを呟きながら......。
そんな願いも虚しく、あの化け物の足音はさっきよりも激しく大きな音でこっちに向かってくる。
今まで生きてきた中でここまで全力で走ったことは無かった。それを証明するような全身に伝わる痛み。足も、お腹も、呼吸をする喉も。苦しい、痛い......。
でももし走ることを止めれば、きっと私の命は無い。だから私は。
そんな強い思いを嘲笑うように、追いかけてくる足音は段々と距離を詰めてくる。そして......。
『ぐるるるぅぅ』
喉を鳴らすような音が真上から聞こえたと思ったときには、すでにそれは私の正面に立ち、逃げ道をふさいだ。
その時、まるで私を希望から絶望に引きずり落とすように、道を照らす街明かりの光を化け物の姿が遮る。そしてその化け物の姿が現れる。
それは一言で言えば巨大な狼。と呼べる姿で、真っ白の毛並に鋭い青い瞳と牙。そして狼にはありえない三本の尻尾。
「うそ...魔物......。なんでここに?......」
私は知ってる、この化け物を。
でもそれは会ったことがあるという訳ではなく、テレビのドキュメンタリー番組とか、魔物園で檻越しに見ていたくらいだ。こんな至近距離で、しかも自分自身の身を守る檻や鎖なども無く、すぐ目と鼻の先に立っている。
野生の魔物は生きている生物から魔力を吸い取り、生活していると聞いたことがある。魔力を吸い取る行為がどういったものかわからないけど、その行為がきっと良くないことだと私は思っている。もしかしたら本当に死んでしまうかもしれない。
逃げなきゃ......早く。
私は自分に言い聞かせ、そのまま魔物のいない後ろへ振り向き走ろうとする。でも身体は思うように動かず、そのまま体勢を崩して倒れる。
それでも私は手を使って体を這いずる。
「助けて......死にたくない......」
魔物はそんな私に構わず、そのまま前足を使って私の体を押さえて動きを完全に固定する。この時、まるで獲物が傷むのを気づかうような、もしくは恐怖のあまり麻痺してるのか、そこまで苦しくなかった。
そして私のすぐ横に大きな口が近づく。
「あぁ。たす......」
もう声が出ない......。私、もう。おばあちゃん。ごめんね......。
私の心が完全に諦めかけた時だった。
「随分と躾(しつ)けのなってないワンちゃんだね」
その声は幼く、緊迫と恐怖の雰囲気を吹き飛ばすほど温厚な口調の声が聞こえてくる。
と、その瞬間。まるで見えないところから狙撃されたように、私を捕らえた魔物の足は突然血を吹き出し、魔物は悲鳴とともに後ろへと下がっていく。
『がぁぁぁ!ぐるるるぅ』
明らかに怒っている。もしかしたら折角の食事を邪魔されたからかもしれない。
「お姉ちゃん。立てる?」
そして私の側に寄って話し掛けてきたのは、私よりも幼い、赤い瞳の少年だった......。
「うん。なん...とか」
さっきまでの全力疾走と、恐怖によって足に力が入らなかったけど、とにかく力を込めようと必死になる。
「大丈夫。無理しないで」
少年は一歩前へと足を進める。
「僕が、お姉ちゃんを守る」
そんな幼さとはかけ離れた逞しい言葉に私は安心と不安の両方が行き来する。
そんな気持ちを他所に、少年は腰から棒のような物を出す。よく警察の人が使う警棒にも見える。
魔物は少年に怒りをぶつけるように、雄叫びをあげながら飛ぶように走ってくる。
少年は棒を前に構えながら魔物を見つめる。そして魔物の鋭い牙が少年を捕らえようとしたその時。
「バーリア!」
まるで小学生が鬼ごっこの時に鬼に追い付かれた時に使う手段を使うような、でも真剣な声で叫び、棒を持ってない拳を握って防御する構えをすると、突然少年の目の前には青白い線で何らかの紋章が描かれた丸い壁が現れる。
そしてそれは本当の壁のように、向かってくる魔物がぶつかると、それ以上少年に近づくことが出来ない。
「見た目の割には弱いね。それともお腹が空いて力が入らないかな?」
すると少年は警棒の握る手に力を入れて、そのまま横に全力で振る。
その棒は魔物の頬に綺麗に当たる。その瞬間の音は肉を潰し、骨を折るような、あまりにも衝撃的な音が聞こえてきた。
『ぐああああああ!』
魔物は鋭い牙の間から赤い血を流しながら叫ぶ。
例えそれが私を襲おうとした化け物だとしても、その光景はまともに見れるものではなかった......。
「もう眠って。これ以上苦しまないように......」
そしてこの少年も、まるで魔物に哀れむように、優しい言葉で。そして悲しみの混ざった静かな口調で次の一撃を繰り出そうとした。しかし......。
「申し訳ございません。我々の家畜が大変御無礼を......」
少年の棒は魔物には届かない。なぜなら、さっき少年が使っていたバリアのようなものが突然魔物の目の前に現れて、それが棒を防いだからだ。
「『ヴァーゴ』の奴か」
「なんと!私達を知っているのですね。なんとも光栄な。それにこんな小さなお子様が知っているとは...なんと賢いお子様なのでしょう」
少年は質問をした。
相手は紳士というよりは道化師に似た自分を隠そうとする高い声。それと、顔を塗り潰すような黒い渦の仮面。黒いスーツ。明らかにそれは社会的にヤバい奴だとすぐにわかった。
それに、同じ格好の奴等が他に二人いる。もしコイツらが敵であるなら、今の状況は凄くまずいかも......。
「別に誉めなくていいよ。それよりも、その魔物をどうする気?外来種を飼うのは法律上禁止だけど」
「そうですね。だからもしこれが君たちの手に渡れば我々の立場が危うい...」
仮面の男はゆっくりと近づいてくる。
「だから君たちはここで排除しておかなければ」
男は突然指を弾いて鳴らすと、その指から眩しい光が辺りを照らす。
さっきまで暗闇に慣れていた目が突然光を浴びた為、眩しいというよりも痛みを感じ、思わず目を閉じる。と、その時......。
「えっ!?だれ?」
誰かが私を強く抱き締めている。でもそれは強引に捕まえるというよりは、保護されるような、というより守られるような優しい感じがした。
一体どんな状況なのか全くわからない。わかるのは、私は誰かに守られているくらいだ。
しばらくして私はゆっくりと目を開けていく。
さっきの突然の眩しさと路地裏の暗さで視界が全く見えていない。でも辺りはとても静かだ。
「やられた...証拠を持っていかれた」
静かな雰囲気を壊すように、少年の残念そうな声がすぐ側から聞こえる。
私の目もだいぶ見えるようになってくると、そのまま少年の声の方へ見る。
ゆっくりと視界が良好になりつつ、少年の顔が見えてくる。その顔は幼さのわりに整った顔立ち。可愛さとカッコよさの両方を持ち、私を守った事によりプラスされる印象の少年に思わず胸が高鳴る。
いや、いかん。こんな年下の男の子に惚れるなど。私はもっと身長のある好青年を......。
なんて、さっきまで命の危険があった状況とは思えない呑気な気持ちが出てくる。もしかしたらさっきまでの出来事に感情が麻痺しているかもしれない...なんて事は無かった......。
「ありがと......」
「うん?」
それは今までに無いほど複雑過ぎる感情だった。
年下の少年に守られる情けなさ。助けられたという安心感。恐怖の余韻。仮面の人達や魔物に対する疑問。そして、助けてくれた少年に対する感謝。
その全ての思いがまとめて一気に胸から込み上げてきて、言葉や涙と共に流れてくる。
「本当にありがとう!ありがと!ありがと、ありがと......」
ただ私は同じ言葉を繰り返すしかなかった。でもそんな私を少年は微笑みながら、頭を撫でる。
「うん。もうこんな所は歩いたらダメだよ。約束だからね、お姉ちゃん」
そんな少年の言葉を最後に、私はそのまま意識を失った......。
●●●●●
自宅。
気がつくと、見たことのある天井だった。ということは私は今自分のベッドで寝ていることになるのかな。
つまりさっきのは夢?......。
そしていつも通りに私は壁に掛けられている時計を見る。
その時計には黒猫が歩いている映像と、その体に『8:30』という数字が書かれている。
「やばっ!遅刻!」
私は飛び起きて、すぐに制服に着替えて、忘れ物がないかを早めに済ませてすぐに居間に向かう。
「おばあちゃん!お願いだから、寝坊したら起こしてよ!」
と、理不尽な怒りをおばあちゃんにぶつける。焦ってるとは言え、私はサイテーだな。
するとおばあちゃん、何故か微笑みながらゆっくり歩いてくる。大体こういう場合は、私に何か可笑しな所をイタズラに言うときだ。
でもなにか変なのかな?私......もしかして髪?
私はそう考え鏡を見る。
「げっ!前髪立ってる!」
と、なんとか手を櫛(くし)代わりに髪を整える。
「だめだーお願いおばあちゃん!櫛貸して!」
「別に構わないけど、そんなに急いでどこ行くんだい?」
「もう!どこって学校だよ!早くしないと遅刻して......」
するとおばあちゃんは呆れたような笑いで櫛を渡す。
「今日の亜紀ちゃんはいつもより寝坊助さんね」
「えっ?あ、ありがと......」
櫛を受け取りながら、言葉の意味を考える。そしてその答えが頭をよぎるとすぐに、壁に掛けられている日捲りカレンダーを確認する。
「土曜日......」
私の呟きにおばあちゃんは腹を抱えて笑う。
「はははは!もう亜紀ちゃんったら面白いね!そんなに学校が好きなんだねー。でもご飯はしっかり食べていきな」
私は恥ずかしさのあまり体温が急上昇。その熱をそのまま怒りに変えて。
「もう!おばあちゃん!早く言ってよ!」
という何だかんだで仲の良い祖母と孫。これが私の家族。
私は今日が休みである安心感と喜びを感じながら鞄を自分の部屋のドア辺りに置くと、そのままおばあちゃんのいる居間に向かう。
そして居間の角に神壇(かんだん)という亡くなった家族とその人を送る神様を祀る棚がある。
その神壇の上には年老いた男性の遺影が飾られている。そしてその横にも幾つか遺影が並べれている。そこには若くてスーツを着こなす男性。笑顔の明るい顔立ちの美しい女性。そして幼いけどさっきの女性と雰囲気の似た女の子。その三人の写った遺影がそれぞれ並べられている。
私はその棚に向かって手を合わせる。
「お父さん。お母さん。おじいちゃん。おはようございます。今日も一日、おばあちゃんや皆の為に頑張ります。そしてお姉ちゃんも、どこかで元気に暮らせますように」
と言って、そのまま頭を下げる。
私の家族は、おばあちゃん以外誰もいない。おじいちゃんは私が生まれた頃には亡くなっていて会うことはなく。お父さんとお母さんは私が幼い頃に、事故で亡くなった。お姉ちゃんもそれからしばらくして行方不明に。
両親が亡くなった時はまだ物心がつく前で、私は何が起こったかわからなかった。でも側にいたお姉ちゃんが声を出しながら泣いている所を見て、私も一緒に泣いていたらしい。
私とお姉ちゃんは、おばあちゃんが引き取ってくれた。でもそれから数年後。ちょうど私が小学校に上がったころだった。
突然お姉ちゃんが帰ってこなかった。
近所の人達や警察が一斉に捜索しても全く居場所が掴めず、捜索は終了。そしてそのまま死亡扱いとなった。
でも、この時私は泣かなかった。理由はただ、お姉ちゃんは居なくなっただけで、死んでなんかいないと......。
「亜紀ちゃん。亜紀ちゃんの好きなアニメやってるよ」
「うん?」
私達が朝食を済ませると、おばあちゃんがテレビを見ながら私に伝える。
「あれ?魔法少女みりあだ。懐かしー。再放送かな?」
と、今となってはあまり興味も無い(というか子供の頃に見過ぎて飽きた)子供向けのアニメを横目に、私はそのまま食器を片付ける。
「あれ?見ないのかい?」
「いやいや、私もう高校生だから」
まあ、今となってはこういうのより、ちょっと大人の雰囲気が入った恋愛系や、深いストーリーのある漫画のほうが好きになっちゃったかな......うん。誰だってそういうのはあるよね?美穂だってきっとそう思う......あれ?何か大切なことがあったような...。
「あ。美穂から借りた漫画。結局返してない」
と独り言を呟く。
私は食器を片付けると、そのまま部屋に向かう。
そして鞄からマジフォを取り出すと、そのまま起動。
マジフォを人差し指に身につけると、一冊の雑誌のような大きさの本が現れる。その本に書かれている正方形のアイコンの中から、『音通』と書かれているアイコンに触れると、色々な人の名前が並んでいるリストが開き、その中から美穂の名前を探す。
「美穂は、美穂は、秋田美穂......いた!」
そして秋田美穂という名前と十何桁の番号が書かれているリストをタッチする。
すると名前の書かれているリストは消えて、透明の水晶玉が本の中から現れる。それは家庭のどこにでもある『固定音通(音声通信ができる魔法道具)』と同じ形だ。
その水晶玉の中に小さな波が流れている。私はあまり深く見たことがないけど、相手の声が大きいとその波も大きくなるらしい。
と、音通の説明をしてたら美穂の声が聞こえてきた。
「もしもし」
「お、もしもしー。みほーおはよう!」
いつもと変わらない美穂の落ち着いた口調に少しだけ安心する。というより、少しだけ機嫌が良いかな。多分昨日買った漫画が良かったのかな。
あっ、そうだ、漫画だ。
「美穂ごめん。昨日借りてた漫画返すの忘れてたー。今日空いてる?」
「ううん。別に返すのはゆっくりでいいけど、でも今日は無理かな」
やっぱり美穂は上機嫌だ。その証拠に美穂の返し言葉がいつもより多い。
いつもなら「別にいい」で済ませるからなー。
「そっかー私も明日は無理だから来週返すね」
「うん。よろしく」
しばらくしてふと、昨日の出来事を思い返す。恐らくあれは悪夢の一つなのかもしれないけど......。
「ねえ、みほ。昨日さ、漫画返したかったから、あの後美穂の行った本屋さん行ったんだよね」
美穂は黙っている。
何か隠してる?それともただ私の言葉を聞いているだけかな?
「でもあの時、本屋に美穂はいなかったけど、どうしたの?」
あえて路地裏に入っていったとは言わない。それがまるで友達の秘密を探っているようで気分が悪いけど、直接聞くのがなんだか怖かった。
「ああ。ちょっと言いたくないかな......」
その瞬間、私の昨日の恐怖心が増してしまい、胸の中にある強い思いが込み上げてくる。
「どうして!どうして言いたくないの!?」
しまった......。と思わず後悔してしまう。
美穂はもしかしたら悪気が無く、ただ興味があるだけで路地裏に入ったかもしれない。というより本当に路地裏に入っていったかもわかってない。それなのに......。
「あ、怒鳴ってごめん。私...」
「あ、ううん。ただ言うのが恥ずかしいだけだから」
え?恥ずかしい?
「あーえっと...猫がいてさ」
「ねこ?」
「うん。路地裏に...か、可愛かったからつい」
なにそれ!?超ーギャップ萌え!
「な、なんだー、ねこかー。いやー実は美穂が裏路地入っていくのを見て凄く不安だったんだよねーー。美穂にもそんな可愛い所あったんだねー」
「うるさい。だから言いたくなかった...もう切るよ」
「あ、ごめんね。でも良かった何もなくて」
その時、一瞬だけ美穂が黙っていた。
「うん。別に何もないよ。じゃ切るね」
「うん!じゃあまたらいしゅー!」
そして音通の通信が切れる。
私の胸の中にある引っ掛かりが取れ、すぐに気持ちを切り替えて今日の休日の過ごし方を呑気に考え始める。
「さてと、今日は暁美のとこでも行こかなー」
私は鼻歌を歌いながら食器の片付けの続きをするため、おばあちゃんの所へむかう。
でも、私はこの時の事を後悔する事になる。
なぜ、美穂は一瞬黙っていたのか。
なぜ、猫を追っかけた美穂はあの時いなかったのか。
なぜ、それらの疑問について探求しなかったのか......。
でもきっとそれは運命なのかもしれない。抗うことの出来ない。ただ受け入れるだけの『運命』......。
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