第1-2話空虚な灰色② 美穂side
オーディエンスルーム。
「うわっ......あれ、ヤバい奴じゃん」
「イカれてるんじゃない?」
恐らく美穂と同じく、ここのマジシャンズの参加者であろう制服を着た女子高生たちが、今美穂と進藤が戦っている部屋の窓を眺めながら、呟いている。
「確かに、イカれているわね」
彼女達の後ろから、一人の優雅なドレスを着た女性が声をかけてきた。
「げっ!ラスボスきた!」
「あっ、キミカ様だ、おっつー」
女子高生二人と高貴そうな女性という、異質な組み合わせが展開される......。
「ふーん。あの子、進藤さんを追い込むなんて、なかなかだわ......名前はなんて言うのかしら?」
「えーと......秋田美穂。ってさ」
その姫美華の問いに、一人の女子高生がマジフォで開かれた本を見ながら答えると、姫美華の目は一瞬見開いた。そしてすぐに不適な笑みを浮かべる。
「ふーん......面白いわね。まさか元魔法少女が出てくるなんて」
「「 えっ!?」」
姫美華のふと、さりげなくこぼした真実に、聞いていた彼女達は思わず動揺する。
「でも、魔法少女と言っても所詮は世間的に言われている、表だけの魔法少女。彼女の魔法が、ここの魔法に通用するとは限らない......」
そして、それはまるで、姫美華の言葉が暗示したかのように、突然戦況は変わり始める......。
地下アリーナ。
戦況は問題なく、こっちが一方的に追い込んでいるのは間違いなかった。大分距離も掴めてきた。水玉の動きもほぼ完璧に読める。でもなぜだろう......上手く行き過ぎてる。
そして、とうとう剣が進藤を完全に捕らえようとした......その瞬間。
まるで体を支えるために必要な骨が一瞬で抜かれたように、全身に力が入らなくなった。
その様子に気づいたのか、さっきまで怒りと焦りで強張っていた進藤の表情は、まるで希望が見えたような...いや、まるで私を出し抜いてやったと言いたそうな、妖艶な笑みへと変わっていた。
「はあ。やっと発動したわ......」
進藤のため息とともに、私の体は抵抗無く、そのまま地面へと平伏せる
「な、何をしたの?」
薄々わかってはいるが、一気に形勢が逆転された状況に困惑してしまったせいで、思わず問いただす。
「うーん......そうねー、一言で言うなら、勝負は会った瞬間から始まってるってね」
淡々と説明をしながら、進藤はうつ伏せで動けない私の上で、水玉を作り始める。
「最初触れたとき。ほら、あんたをここの案内をする時に肩に触れたじゃん?その時仕掛けたのよね......金縛りの魔法。知ってるかな?『ムーヴバインド』って魔法」
「むーぶ...ばいんど?」
魔法名の発音が、やけに気取った感じな言い方。やっぱりこいつ嫌い......。でも、確かにこの拘束魔法は発動時間も長く、相手の体に触れないといけないという、発動条件の難しい魔法。故にこの魔法は遥かに強力で、並大抵の力では外すことはできない......。
そんな魔法を、まだ敵かどうかもわからない私を、初めて出会った瞬間、親しく優しい先輩を演じ油断させた状態で仕掛ける。そして本性を明らかにさせて発動。随分と手の込んだやり方だ。
「しっかり覚えた?まあそういうことで、おやすみ!」
進藤は片手を上にあげ、そのまま振り下ろす動きを見せる。と、同時にゆっくりと水玉が落ちてくる。
恐らくその水玉を喰らえば、一溜まりもない。でも、この時の私には焦りなどは無かった......。
この時の感情はまさに『喜び』と『興奮』。
私にとって魔法少女は、憧れの存在だった。
理由は単純で、ただカッコいいという気持ち。
でも、たったそれだけの理由から、やがてマジシャンズそのものが好きになった。きっと魔法の力そのものが好きだったかもしれない。
ひたすら魔法の勉強をしては、実戦で使い、子供ながらも色々な魔法を生み出していった。
その結果私は憧れであった魔法少女になれた。
しかし、そこには私の求めているものは無かった。
この時代にとって、魔法少女というのはただの名前......。何か待遇されるわけでもない。自分の中で何かが変わる訳でもない。そして何よりも、新しい魔法を生み出す事が出来なくなった......。
なぜなら魔法少女の魔法は、全世界で使われている魔法の模範として形成されていくようになっている為、そう簡単に新たな魔法を編み出すことが出来なくなったのだ。
だから私はマジシャンズから逃げた......。
でもここは違う......。
皆勝つために必死なんだ。どんな卑怯な手を使っても、わざわざ使い勝手の悪い魔法を使ってまでも、皆勝とうとしている。これこそ、私の望んだ......。
「ありがとう、進藤さん。ここの戦い方を教えてくれて。凄く......楽しい」
私はうつ伏せからそのまま体を回転させて仰向けになると、剣を振り上げた。
「つらぬけ!」
振り上げた剣先から、刀身の灰色よりも黒さを増した薄い黒の光線が一直線に伸びる。その線は、真上にある私の体全身を包める程の大きな水玉を、まるで地球儀の軸のように下から上へと貫いた。そしてその水玉は一気に蒸発し、辺りを真っ白に染めるように噴き上げながら消えていった......。
それから一瞬、沈黙が流れる。
「な、なんで!?なんで、あんた動けんの!?」
進藤は焦りを露わに叫ぶ。
「拘束解除魔法。進藤さんが魔法名を言ってくれたお陰で助かった」
「あ...ああ......」
進藤は明らかに絶望している。それを証明するような真っ青な顔。恐らくもうこれ以上の手は持っていないってことだ。
「魔法名を言うのは、全力で魔法を放つときだけ、それ以外は極力抑えないと、こんな風に簡単に解除されるよ」
進藤は一気に私から距離を取り、今度は小さな水玉に全力を込めて放とうとする。
「わあああああ!」
進藤の叫びとともに、強い魔力を込めた水玉は今までよりも早い速度で向かってくる。
「こんな感じで......暗闇一閃!」
即興で思い浮かんだ魔法名を叫び、さっき破った大きな水玉を貫いた暗い灰色の光線を、進藤に向かって放つ。それはさっき放ったものよりも黒さが濃くなっていた。
そして、黒い光線は水玉を破り、そのまま進藤の胸を貫いた......。
オーディエンスルーム。
「マジかよ、元魔法少女やば......」
「強すぎ......」
女子高生二人は、窓の向こう側にいる美穂に釘付けになる。
姫美華もまた、笑みを浮かべながら美穂の姿から目を離さない。
「あらら、やっぱり元トップは強いわ。というよりは、彼女自身がずば抜けているのかしら......」
姫美華はふと窓を指でなぞりながら、美穂に囁くように、口を開く。
「でも、本当の見処は、ここからよ......」
美穂は勝利の余韻に浸っているように、立ち尽くしている。それを遮るように、進藤翼が倒れている横の壁一面が突然左右に開きだした。
美穂は警戒するように、剣を構えている。いつどんな攻撃をされても問題ないように、どんな魔法も出せる状態で構えているようだ......しかし、その警戒心は一瞬でうち壊される。
開いた先は暗闇。その中には何かがいる......。そこまではきっとわかっていた。だがその何かの一部が光を浴びて、姿を露にした瞬間、美穂の表情は一気に青ざめ、力無く剣を手放す。身体は震えていた......。
「いやあ!助けてぇ!」
今回の試合で初めて聞く進藤翼の命乞い。それはオーディエンスルームにいる少女たちでさえ、見るに耐えない程のものだった。
なぜなら、その暗闇から出てきたのは、一つの巨大な緑色の手。
さらにその形は、丁度男性の人間の手と同じ形であるが、大きさは人一人分あり、より不気味な存在を感じさせる。
「嫌だ!お願い!...食べないで」
美穂は動けない。まるで『恐怖』という名の魔法にかかったように、指先一つ動かせずにいた。
そしてその手は進藤翼の体を、まるで落としたペンを拾うように掴みあげ、そのまま暗闇の方へと吸い込まれていく。
その間も進藤翼の悲痛な叫びが続く。そして開いた壁はゆっくりと閉じてゆく。やがて完全に壁が閉じると、一気に静寂が包まれた。
「うわあ。何度見てもあれはなれないわー」
「あれが自分だと考えたらゾッとするよ」
そんな少女たちを他所に、姫美華は何かを待ち望んでいるかのように、美穂をじっと見つめる。
まるで、それに応えるかのように美穂の表情が動き出す。そして......。
「マジかよ......あいつ」
「笑ってる......」
美穂の瞳は、まるで無邪気で悪い子供のような......純粋で残酷な冷たい笑みを浮かべていた。
そしてその表情につられるように、姫美華も冷たい笑顔を浮かべる。
「ようこそ美穂さん。私達の世界へ......真の魔法少女の世界へ......」
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