空虚と正義の魔法少女

@ko-ri

第1-1話空虚な灰色① 美穂side



 魔法文明が発達した世界。

 人々は皆それぞれの魔法の性質を把握し、魔法を利用して生活を送り発展した。そんな世界だ。

 他人事のような言い方をしてしまうけど、昔は他の種族や国々などが対立し、全世界を巻き込む戦争などもあったみたいで、そして現代でもどこかの国では紛争が起こっている。

 そんな世界とはかけ離れた国。現代の日本。

 ニュースではいろんな社会問題や犯罪があり、決して平和では無い、だけど他の国々を見渡すと比較的にかなり平和な国。そして治安も良くて思わず退屈してしまいそうな程の閑静な住宅街。

 ここで私、『秋田美穂(あきたみほ)』は生まれ育った。




 礼奉町(れいほうちょう)、通学路。


  

 日々勉学やスポーツ、将来に向ける準備のため、様々な学生たちが歩いていく。そんな学生の中に溶け込むように歩いている少女。綺麗な白い首が尊重されるような黒いショートヘアに、熱意の一切篭らない黒い瞳。周りと比べて表情の硬めな印象の少女。その少女はただ無心に通学路を歩いていた。






 今日もまた平和な一日がやってくる。

 いつも通りに制服を着て、昨日与えられた宿題と今日の授業に使う教科書をカバンに入れて持ち歩き、歩き慣れたこの道を歩く。そして、いつも通りの......。


 

 「おはよう!美穂ぉぉぉ!」

 


 突然の背後からの圧迫感。暑い季節にはやめてほしい温もり。その感触から誰かに抱きしめられていることが分かった。そして誰が犯人なのかも。


 

 「おはよう。そしてさっさと離れて」

 「もう。相変わらず冷たいなー。そんなだと、男の子にもてないぞー」


 

 私とは対称的な、有り余った元気さと無邪気さを持つ女生徒。

 私と同じ黒色だけど活発的な光が宿る瞳。少し茶色に染まっている肩くらいの長さで左右それぞれに結っている髪。

 まちがえない。私の親友の『神野亜紀(かんのあき)』だ。



 「そう?最近はこういう冷たい性格が人気みたいよ。亜紀も挑戦してみたら?クールな女王様に」

 「なるほど。お尻を蹴り上げて喜ばせるのか......私に屈服しな。って違う!もうちょっと愛想良くしようってことだよ!美穂は可愛いから、笑ったら絶対もてると思うよ」

 

 なんか、勝手に盛り上がっている......。




 恋愛か......正直あまり興味を抱かない。というか、最近は何をやってもつまらない。

 強いて言うなら4年前まで、つまり小学生の時まではすごく夢中になっていたことはあった。それは『マジシャンズ』と呼ばれる、魔法をメインに戦う大人気スポーツだ。



 マジシャンズとは、その人個人の魔力にあわせた衣装を纏い、自分の使える魔法を駆使して、敵の選手とぶつけ合う、いわば魔法の格闘技であるが、必ず衣装とフィールドには安全装置があり、例え炎の魔法で焼かれようが、氷で凍らされようが、怪我をすることなく安全にできる。この日本では、三大スポーツの一つに入る程有名なスポーツだ。



 ふと頭上から、なにか通り過ぎる気配を感じた。それは、本来なら掃除として使われるであろう箒(ほうき)に跨がり、空を飛んでいる女子生徒だ。


 

 「あーあ。私もブルーム(空飛ぶ箒のこと)で通学したいなー。空飛んであっという間に学校なんて、素敵じゃない?」

 「早く免許取れば?十六で取れるでしょ?」

 「いやいや、私おばあちゃんと二人暮らしで、金銭的にやばいから......」


 

 亜紀は羨ましそうな表情を浮かべながら、ブルームで飛び去っていく女子高生を眺める。ちなみにスカートの中は下着じゃなくて、ブルーム用のスパッツを履いている為、期待した男性たちは少し残念がるかな......。



 

 「高校生活はまだ始まったばかりだし、なんか恋とか、部活とかで青春しようじゃないか!」


 

 だらしない気持ちを切り替えるためなのか軽く自分の顔を叩くと、期待に満ち溢れている表情で高々と宣言する。そんな亜紀に私は思わずため息をついた。

 全く...幸せそうだな。

 まるで他人事のように、私は亜紀の他愛のない学校生活の計画を何気なく聞いていた......。




 学校。




 「じゃあね!また放課後!」


 

 亜紀は満面な笑みを私に向けながら自分のクラスの教室に入っていく。そんな亜紀に対して私は軽く手を振ると、そのまま自分の教室へ向かい廊下を歩く。

 ふと掲示板の前に立っている女子生徒二人の会話が聞こえてくる。


 

 「すごいよね、天城先輩。中学では二連続、高校でも一年生で『魔法少女』なんて......」

 「全国でしょ?やばいね。私たちとは次元がちがうわ」

 


 その二人の目線の先は、掲示板に張られている一枚の新聞記事である。

 そこには大きく、一人の少女が魔法を使い戦っている映像と「エルフの血族は伊達じゃない!世界で一番の魔法使い。中学の部で最強の魔法少女は、高校でも最強!?」という見出しの記事だ。


 魔法少女ね......。


 『魔法少女』とは先ほど説明したスポーツ、マジシャンズで女子の小学生の部。中学生の部。高校生の部。のそれぞれの全国優勝者に与えられる称号のようなものだ。


 そしてさっき掲示板に書かれていたのは、この学校の二年生にいる『天城優里乃(あまぎゆりの)』という生徒が女子高生で最強。つまり高校生の部で魔法少女という称号を掴み獲ったという記事なのだが、今の私にとってはあまり興味が無いことだ。


 ちなみに、なぜ魔法少女という称号があるのか。

 それはマジシャンズで最もレベルの高い戦いをできるのが、未成年の女性だからだ。

 魔法の力は、男性より女性のほうが強く、若ければ若いほど魔力の質が良いという性質になっている。それはエルフの血を持つ者も、竜族の血を持つ者も関係なくだ。

 だから若き『少女』たちの戦いは、男性や大人の戦いと比べてもより迫力と白熱のある戦いを繰り広げる。まさに魔法に特化した少女たち。『魔法少女』なのだ。



 授業時間。



 

 「私たちが普段生活している中に必要不可欠な魔力というのは、普段目にしているテレビや冷蔵庫なども、普段貯めている魔力を発力場から供給して作動しており、様々な発明家によって日々進化を続けている......」


 

 『魔学』の教師の授業を聞きながら、私は理解した箇所をノートにメモする。という感じで、中学の頃と変わらない真面目な(自分で言うのもあれだけど)態度で授業を受ける。


 ちなみに魔学というのは学校教科の一つで、普段私たちが利用している魔力や、私たちの身体にある魔法の力について学ぶための教科だ。そして私の一番得意な教科である。

 


 「あっ......」

 


 ふと机の片隅から一つの白い吹き出しが浮かび上がる。そこには、「明日休みだから、放課後カラオケ行こーー!」と書かれている。

 それの送り主は恐らく亜紀だ。

 私はそれを急いで隠すように手で抑えた。


 はぁー、マジフォ...机に同期しているの忘れていた......。


 

 私は机の引き出し部分に手を入れると、女子高生ならほぼ全員が持っている、指輪の形状をしている携帯電話『マージナルフォン』を取り出す。そしてそれをそっとカバンの中へしまう。


 

 まあ、いいか......。

 と自分に言い聞かし、返信は後回しにして、そのまま授業に集中する。




 そして慣れてきた高校生活は流れるように過ぎていき、放課後を迎える......。


 




 「そういえばあの動画みた?」

 「ああ。あれだろ?裏社会で誘拐された女子が魔物とヤっているマジもんのやつ。やばいよな。まあ所詮都市伝説って聞いたけどな」

 「俺が見たのは明らかに作られたゴミエーブイだったけどな」

 


 私がカバンに持ち帰る教科書などを詰めながら、教室で話している男子たちの会話を耳にする。


 

 「ちょっと。そんな話しないでよ。まじキモいから」


 

 その男子グループの近くにいた女子生徒が、少し引き気味な表情を浮かべながら注意する。

 そんな他愛の話を聞き流しながら、私はその教室を後にする。

 廊下に出てそのまま亜紀のいる教室に向かっていると、後ろから肩を軽く叩かれる。

 


 「秋田さんも行くの?亜紀とカラオケ」


 

 後ろを振り向くと、胸まで下ろしたロングヘアに、エルフ譲りの少し尖った耳。ザ・清楚系。見たいな印象のある私のクラスメート『夢瓦巳子(ゆめがわらみこ)』が話しかけてきた。恐らく私とは別に彼女も亜紀に誘われたのだろう。そういえば中学の時は亜紀と仲が良かったような気がする。


 

 「うん。夢瓦さんも?」

 「そうだよ。でも亜紀もいきなりだよね。カラオケなんて」


 

 私はあまり夢瓦とは話したことはなく、中学の時は同じ学校だったがクラスは別々だ。だから高校に入学してやっと喋りあう仲になる。

 


 「まさにサプラーイズ!」


 

 ここでいきなりの亜紀の登場。なぜか知らないけど、本人のクラスではないすぐ横の教室から飛び出してきた。

 まあ、ただ私たちを驚かすための行動だと思うけどね......ホント頭ぶっ飛んでる。



 

 「さあ!青春を盛大に歌うぞ!」

 


 放課後も相変わらず、亜紀の中身は平和である。



 ふと窓の外を見ると、校舎裏のグラウンドで丁度マジシャンズ部の人達が練習している風景が目に入った。そこには朝の掲示板で見た、完全にエルフの血を受け継いでいるような尖った耳と、藍色の長い髪を揺らしている天城優里乃がそこにいた。

 今は試合形式の練習を行っているらしく、選手同士がぶつかり合うと、爆発が起こったような光が広がり眩しく見える。


 

 「天城先輩ってやばいよね。小学生の頃にはもう全国優勝目指して練習に明け暮れてたんでしょ?ホント尊敬しちゃうね」

 「うん」

 

  

 夢瓦の言葉に、私はあまり感情の入らない空返事で答える。それに対し亜紀は、あまり言葉を発しなかった......。




 その後私たちはカラオケで一週間の学校からの拘束時間を開放するかのように歌いまくった。まあ、私はあまり歌わないから主に二人だけど。

 それでもまあまあ楽しめたし、あまり親密さのない夢瓦とも仲良くなれたから、これはこれで良い思い出だ。


 


 「じゃあね!また月曜日に」

 「またねー!あんまり夜遅く歩かないでよ」


 

 薄く夕焼けに染まる駅前の広場で、私は二人に別れを告げる。


 

 「うん。じゃあまた」

 


 私はそのまま亜紀と夢瓦に手を振ると、二人はそのまま駅の改札口へと向かう。私はそんな二人が駅に入っていくことも確認しないくらいの早さで振り返り、少し早歩きで駅前の本屋に向かう。

 今日は私の好きな漫画の新刊の発売日だ。だから一秒でも早く買いたい。そんな気持ちで私の足がいつもより速く動き出す。

 ちなみに二人には悪いけど、カラオケの付き添いの理由の大半は、これを買うが為にここまで来た。つまり今日のメイン目的は今から。普段の私はあまり気持ちを他人に知られたくない人間の為、表情を堅くしているつもりだが、この時は恐らくにやけていたかもしれない。それほどまで浮かれていた。次の瞬間までは......。




 それは突然だった。  

  

  

 今までに味わったことのないような感覚。恐怖とも好奇心とも呼べるような高鳴る鼓動。一言で言えば、『何かに呼ばれている』感覚。

 私はその感覚を感じる方向を見る。


 様々な魔法具をそろえている雑貨屋と、サラリーマン男性が多用しているような定食屋。そんな街中によくある建物の間に、とても深い暗闇があった。


 街中の路地裏。普段は野良猫が生ごみをあさり、夜は酒に溺れた人が食べた中身を外に吐き出す光景が浮かぶ、汚い印象の場所だが、そんなものが平和に感じるほど深い闇。

 私はゆっくりと導かれる様に、さっきまで欲しかった本を忘れる様に、その闇へと歩いていった。




 その闇は全く見えないほど暗くなかった。でも寒かった。

 あまり良くない。死者の怨念や魔物の瘴気が渦巻いてそうな所。それでも私は歩く。

 想像していたよりも長い路地裏、さっきまでの夕日の明かりは全く届かず段々と暗くなっていく。



 しかしその暗さは突然明るさを見せた。それは表にある街の明るさではない。社会の裏側を映し出すように、建物で覆われた広い空間に少ない明るさの外灯。



 「ようこそ。ダークサイドへ」


 

 その薄暗くも広い空間に一人の男が立っていた。その男は黒いフード付のコートを被り、真ん中に黒い渦が何重にも巻かれた不気味な紋章が彫られた仮面を身に着けている。


 

 「だーく?もしかして何らかの組織?ごめんね。今ここで見たことは忘れるから......」

 


 私は急いで振り返り、そのまま走るように帰ろうとした時。


 

 「君は退屈している。君の望んでいることはあまりにも欲深く。だが、以外と手に入る程身近にあった」


 

 男の言葉に私は思わず歩みを止める。


 

 「秋田美穂さん、貴女のことは知ってますよ。不動の魔法少女。小学生の部。連続で魔法少女の座を掴み取り、絶対王者いや絶対女王とも呼ばれていたことも」

   

 

 その言葉に私は思わず歯を喰いしばる。


  

 そう、私は魔法少女だった。でもそれは想像していたよりも真っ白で、何の感情も抱けない。『空虚』だった......。




 「ですがこの世界では上を目指すことこそ真の勝者。真の魔法少女なのです!」


 

 男のトーンの上がった言葉に思わず我に返る。

 


 「あ、えっと......」

 「もしかして、聞いてませんでした?」


 

 表情は見えないが、声から明らかに困っている様子の男に私は思わず苦笑いする。


 

 「ごめんなさい。ちょっと考え事してしまって」

 「まあしょうがないですね。貴女も辛い気持ちだったのでしょう。魔法少女の実態がただの名前ばかりのものなのだと」


 

 すると男は一つの建物の扉を開いた。そして手を差し伸べるように招く。


 

 「ですが我々は名前だけではなく、全てを手に入れることができる。強者こそ全て!さあ、はじめましょう!『ダークサイドマジシャンズ』の開演です!」



 そこはまさに今までに見たことのない世界だった。

 わずかに照らす青いネオンの明かり。そして奥にある不自然に光が流れ込むガラス。それはまるで映画に出てくるような、悪の組織が謎の取引を行うような、いけない雰囲気の所。



 「あれ?新入りちゃん?」


 

 暗闇から現れた、恐らく自分と同じ歳の少女。

 しかしその少女は私より妖艶で色っぽさがあった。恐らくサキュバス辺りの祖先かもしれないが、とりあえず最初に思ったのは悔しさだった。


 

 「これは進藤様」


 

 仮面の男は何かを察するように少女に挨拶をすると、少女は妖しい微笑を浮かべる。それと同時に男はそのまま入ってきた扉へと戻っていった。


 

 「お帰りの際はお待ちしております」


 

 その言葉を残すと、男はそのまま扉から出て行った。


 

 「ようこそ裏の世界へ。私は『進藤翼(しんどうつばさ)』。貴女と同じJKよ。まあ気楽にね」

 


 じぇーけー?まあギャルっぽい喋り方は苦手だけど、自分ひとりだけ疎外されるよりは、こうやって喋ってくれる方が助かるかな。

 


 「はい。よろしくお願いします」


 

 私はまるで親戚の大人と話すような、遠慮がちでよそよそしく話してみる。そんな緊張している私をほぐすように、進藤は背中に回りこんで私の肩を軽く掴んだ。


 

 「まあこんな所でお話しするのもあれだし、まずは見に行きましょう」


 

 そのまま私は進藤に押されていく。そして着いた所は水族館にありそうな巨大なガラス。しかしその中にいたのは魚ではなく、とても広い、白い空間だった。

 そんな何もない空間を見ていると、突然巨大な炎が内部で破裂し、内部で大爆発が起こった。

 それでも目の前のガラスは全く割れず、ただ大きな爆音だけが辺りに響いていた。


 

 「これって、マジシャンズ?」

 「そうよ。でもただのマジシャンズじゃないんだな」


 

 進藤がそういうと、さっきの爆発に恐らく巻き込まれたであろう、一人の選手に指を指す。それを見た私は、思わず絶句する。

 ここまで疲れが伝わるほどの息の乱れ。それに関しては今まで通りのマジシャンズだ。でも、彼女の服はもはや服としての役目を果たしていない程破れ、中の下着が完全に露出している。

 本来、皆が知っているマジシャンズはダメージを受けてもただ点数が引かれていく形式であるため、こんな漫画のサービスシーンのような仕組みではない。


 

 「その名も脱衣マジシャンズ。なんて、男子受けしそうで面白いね」

 


 進藤は静かな笑みでまた再び歩き出す。私はとりあえず後をつけていく。


 

 「まあそれでも皆やりたがるんだよね。何でだと思う?」


 

 そんないきなりの質問に少し悩みながらも、すぐに答えが出た。


 

 「報酬?」

 「お、さっすがー。そう、この戦いで勝てば、女子高生にとっては良い値段の金が貰える。だから皆生き恥晒しても出たがるんだよね」

 


 すると一つのカウンターの前に立つ。


 

 「さて、私とチュートリアルでもやっちゃう?今ならお姉さんの最高の指導が待ってるわ」

 


 とても甘い囁きに思わず唾を飲み込む。

 そして実感する。

 今の私の気持ち......。それは恐怖と興味。

 その二つのせめぎあいが私の中に暴れまわる。そして......。

 


 「うん。よろしく」



 そして私は進藤の言われるがままエントリーの手続きをさせられた。




 地下アリーナ管理室。

 

  


 「さて、今日はどんな子が私を楽しませてくれるかしら」


 

 それはまるでどこかの要人が遊戯を見て楽しむように、豪華な椅子に腰掛けながら目の前に流れる映像を見ている可憐な紅いドレスの少女が座っている。


 

 「姫美華(きみか)様。今日も進藤様が良い"獲物"を見つけたようです」

 


 姫美華と呼ばれた座っている少女に耳打ちをしたのは、黒い渦の紋章が彫られた仮面を被った、スーツを着た女性だ。

 


 「ふーん。つまり新入りの子が入ってきたってことね。とりあえず見てみようかしら。その子がただの玩具か。それとも期待の魔法少女となるのか......」



 姫美華は立ち上がると、振り返りそのまま歩き出す。




 地下アリーナ。

 



 そこはとても広い空間。恐らく学校の体育館程はあると思う。でもそこにあるのは床と壁と天井に張りめぐられた白いタイルくらいだ。そして不思議なことに、さっきまで外から眺めていた窓がここには無かった。

 


 「ああ。窓はこっちから見えない作りになってるみたいよ。で向こうからはこっちの姿が見えるってわけ」

 


 ぎこちない様子の私を見て察したのか、進藤は説明してくれた。

 それを聞いて思わず安心する。いや、つまりダメージを負えば皆に自分の恥ずかしい姿を晒されるから安心はできないか......。

 今までやってきたマジシャンズとは違う緊張感。思わず手の平から汗がにじみ出る。


 

 「さあ。早く変身しましょ」

 


 そう言うと進藤は自分の指に身に着けているマジフォ(マージナルフォンの略)に手をかざす。

 


 「おねがいします」

 


 私も真似て、自分のマジフォに手をかざす。そして本の形をした四角い物体が手元に現れ、その本をなぞると勝手に本が開かれる。そこには小さな正方形の絵が等間隔に並んでいて、その絵の中からさっきカウンターでインストールした『バトルスーツ装着』というアプリケーションを指でかざして起動する。



 突然風景が変わった。そこは何も無い。さっきまで囲まれていた壁や天井までもが無くなり、灰のような濁った砂と曇った空が地平線まで広がる光景が見える。

 よく見ると私は服を纏っていない。でも寒くは無く、少し生温い感じだ。

 ふと灰色の糸が空から垂れてくる。それは自分の肌を伝い、それが次々と形を作りしっかりとした衣へと変わっていく。そしてそれは灰色と白色を着飾ったドレスへと変わっていく。でもそれは華やかではなく、儚さのある印象の色合いをした衣装。まるで私の心を写しているようだった。



 ふと我に返る。

 前方には進藤が、異性どころか同性からも魅了してしまうほどの露出度。黒いタイツに私よりも一回り大きめな胸を強調させる肌蹴たドレスを身に着けていた。


 「どう?裏のマジシャンズのスーツは?魔法少女の気分が味わえて面白いでしょ?」

 「え?あ、うん」


 どちらかと言うと少し悲しかったけどね......。



 「それは良かったわ、では私がここでのルールを教えてあげる!」

 


 化けの皮が剥がれた。まさにその言葉を目の前で表しているように、進藤の表情は豹変し、さっきまでの親切そうな先輩から、悪魔のような笑いの表情を浮かべた。

 すると突然こっちに手をかざし、掌からサッカーボールほどの大きさをした水玉を作り出した。

 その水玉は渦を巻くように回転しながら、そのまま自分の方へ飛んできた。


 「ぐっ!」


 あまりにも突然の出来事で、私は何も出来ないままその水玉が腹部に直撃した。その威力は見た目以上で、まるで巨大な丸太で突き押されたような衝撃を感じた。

 そして、今までのマジシャンズには無かった、痛覚。

 本来マジシャンズは点数制の競技で、ダメージを受ければ点数が引かれるという方式だが、今やっているのは別物。

 恐らく本来なら痛みはこんなものではないくらい、感覚は抑えられていると思うけど、慣れていない人間からしてみたら、ただ素肌にボールを当てられる程度の痛みでも十分な恐怖を感じるものだ。しかし......。

 

 

「どう?効いた?...良い表情してるわよ」

 

 やっぱり、こいつ嫌い......。

 

 なんて、真っ先に嫌悪感を抱いている感じから、思っていたより私は冷静でいられた事がわかった。

 もしかしたら、小さい頃にやってたマジシャンズの経験を活かせているのかもしれない。

 

 

 「となれば、元魔法少女の力......見せてやるよ」

 

 

 右手に一本の剣を握り締める。

 その感覚のイメージを頭に思い浮かべ、右手を強く握る。

 するとそのイメージ通りに、私の右手には一本の剣が握られ、そして自然と私の体に馴染むように、剣を構えた。

 まあ、剣の色が灰色というのは気に入らないけど......。

 

 

 「あら?やる気はあるみたいだね。嬉しい。でもやる気だけじゃダメよ」 

 

 

 進藤は両手を大きく広げると、さっき放ってきた水玉が数えきれない程現れ、進藤の周りを囲んだ。

 

 

 「しっかり先輩のやり方を見て勉強してね......」

 

 

 その言葉には優しさや暖かさなんて無く、人の苦しみをじっくり味わい、喜ぶ。耳元で囁く悪魔にも似た口調だ。

 そしてその冷徹さを乗せて、無数の水玉を一斉に放ってきた。

 

 

 「とりあえず......魔力を込めて、剣にゆっくりと。落ち着いて......」

 

 

 私は進藤のいじめっ子アピールには目もくれず、過去の経験を思い出していた。そして......。

 

 

 「まずは......一刀!」

 

 

 上段からの下へ振り下ろし。灰色の剣は音もなく風を裂いた。

 

 それはマジシャンズと同時に習い事をしていた剣道を真似たやり方で、一番しっくり来る得意技だ。

 だから手で水を放ったり、口から火を吹くよりも、遥かにこの技が強い......。

 

 

 「えっ?」

 

 

 進藤は目の前で起こった出来事に呆然としていた。

 なぜなら、自分の魔力で作り出した無数の水玉は、剣を一振りされただけで全て消されたのだ。それは驚くのも無理はない。

 

 

 「ごめんね、貴女の作ったシャボン玉。全部割っちゃった......」

 

 

 自分の得意技が成功したせいか、思わず相手を挑発しながら、にやけてしまう。

 

 

 「くっ!あまり調子のんな!」

 

 

 黒さが混じった色っぽい声から、焦りの怒鳴り声へと変わる。

 

 進藤はさらに水玉を作り出しては飛ばし、作っては飛ばすを繰り返す。でもそれらは一つ一つが雑に作られた水玉で、魔力が濃かったり、あまり入ってなかったりと、一目で分かるほど乱れていた。きっと私が初心者だからと、たかをくくっていたかもしれない。

 私は剣を構え、そのまま進藤の方へ走り出す。魔力の強い水玉は避け、弱い水玉は剣で弾く。その流れのまま進藤へと一気に距離を詰めていく。

 

 久しぶりのマジシャンズだけど、思ったよりも動けている。感覚も全然衰えていない。

 

 

 「くっそ!来るなよ!」

 

 

 進藤は水玉を飛ばしつつ、私から距離を離そうとするが、そんなことはさせない......狙った獲物はなんとやらだね。

 

 そして、その獲物が私の攻撃範囲に入った。それと同時に私は構えた剣を振り下ろす。剣先は進藤の胸を捕らえ、傷は浅いが確実に切り裂いた。

 進藤の衣装は、胸元から真っ二つに別れ、ただでさえ際どい服がより際どさを増す。

 

 

 「ちょっと浅かったかな......」

 

 

 自分の喜びが押さえきれず、思わず笑みをこぼした。きっとそのせいか、進藤は私を見て怯えていた。

 

 

 「楽しいですね。進藤先輩......」

 

 

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