近づく二人(4)
「初めまして~。ぷりんでーす。指名してくれて、ありがと~。」
猫なで声でそう言うと、男の隣にドカッと座って、小野裕華はその男の顔を覗き込んだ。
「誰からかの、ご紹介~?この店も初めてだよね~?」
自分を指名してくれたのが自分よりも年下で、しかも、そこそこ顔のいい男だった事に小野はご機嫌だった。
「ちょっとうるさい上司がいて、その上司の客で、贔屓にしてくれてる客がいて、そのお得意さんが、ここに来たことがあるんだって。それで、話題作りのために、俺に行って見てこいって頼まれた。」
「そうなんだー。えー誰だろ。そのお得意さんの名前は~?」
「さぁ、聞いてない。」
「そっか~。ま、いいや☆
何飲む~?そういえば、名前教えて~、てか、絶対、私のがお姉さんだよね~。若~い。肌すべすべ~。」
「名前?はると。とりあえず、ビール。」
「ハルト君ね~。オッケー、ビールね~。」
小野が手を上げてボーイを呼ぶと、ビールを頼み、そのはるとと言う男に詰め寄って座った。
「ねーねー。はると君はイケメン君なのに、なんでゴールデンウィークに一人?めっちゃモテるんじゃない?」
小野がはるとの前で徐に顔を傾けた。
「別に、そうでもないけど。」
「うーそーだー!絶対、女何人もいるでしょ?モテないわけないもん!」
小野が耳元で甲高い声をあげると、はるとは目を細めて注がれたビールを飲んだ。
そして徐に溜息をつく。
「はる君っていくつなの?」
「二十八。」
「やっぱ、若~い。かわい~。今日は、お姉さんが沢山可愛がってあげるから~、いっぱい飲みな~。」
小野はそう言うと、はるとの腕に自分の腕を絡ませてくっ付いた。
小野がはるとを見つめ、微笑むと「はる君って仕事何してんの~?」と問いかけてきた。
はるとはまたビールを一口飲むと「ジュエリーショップで、宝石の鑑定。」と答えた。
「えー!すご~い!本当に~~?若いのに鑑定とか出来るの?」
小野が益々興奮すると、「なんか、もろタイプ~。」とはるとの腕に胸を押し当てる。
「別に、大したこと無いと思うけど。」
「あるよ!あるある!」
するとはるとは、小野の方へ顔を向けると、「何か、見てやろうか?」と言った。
「石ならなんでもいいよ…。」
はるとがそう言うと、小野は目を輝かせて「本当に!わーい、じゃあ…」と言って、はるとの腕を離すと指にはめた指輪に手をやった。
「あ、でも、明らかに偽物のやつとか、鑑定書があるのは見る気ないから。」
「え?」
「そんな事に態々時間を割きたくないし。」
はるとは冷たく遇らうように言うと、タバコをポケットから取り出して咥えた。
小野が透かさずライターを出すと、そのはるとの咥えたタバコに火を付けた。
「え~、そうなの~?つまんなーい。明らかに偽物のものじゃなくて、鑑定書が無いもの~?そんな事言ったって…、うーん、あ…。」
小野に思い当たるものがあったのか、何かを思い出したように言葉を詰まらせた。
はるとが小野を一瞥してタバコを吸った。
「なんか、持ってんの?」
はるとが聞いた。
「そういえばあるある!だけど、今日は持ってきて無いんだ~。ダイヤの指輪なんだけど、鑑定書がなくて、しかもブランド物のリングでも無いし、どうなんだろうと思ってたんだけど。」
「…へー。それ、どこで買ったやつ?買った時鑑定書付いてたんじゃないの?」
「……さあ、知らない。貰ったものだし、貰った時から鑑定書なかったから。だけど、それくれた人は、ダイヤは1カラット近くあるし、百万はするって言ってた~。」
「合計で1カラット?それとも一粒で?」
「一粒で。だから、貰った時は絶対、偽物だ~って、思ったんだけどね。だけど、それから色々あって、ひょっとすると、まさか本物なんじゃ…って思って、大切に持ってたんだ~。」
「色々って?」
「うん、ちょっとね…。これくれた昔の彼氏が、色々と訳ありでね。」
小野が笑って誤魔化すと、「…訳あり?」と聞いたはるとに「それより、鑑定してくれるの?」と言った。
「…でも、今持って無いんだろ…。見れないじゃん。」
タバコを灰皿に押し当てて火を消すと、「因みに、どんなデザインのやつ?」と、はるとが問い質した。
小野はポーチから名刺とペンを出すと、名刺の裏にその指輪の絵を描き始めた。
「えっとねー、リングがこんな風にずれて爪が四つの台座でー、リングがそれを挟んでるんだけど、そのシルバーのリングの部分にこんな風な模様のラインが入ってるの。後内側に、T.E.Hって書いてある。」
「T.E.H…。」
「そう。ショップの名前か何かかなって思って、ネットで調べてみたんだけど、それらしいのは出てこなかった。知ってる?」
「…さあ、知らない。」
はるとがビールを飲み干すと、小野はビール瓶に入ったビールをはるとのグラスに注いだ。
「気になるんだったら、見てやってもいいけど。」
「本当に?嬉し~い!」
飲んでたビールのグラスを置いた小野は、再びはるとの腕にしがみ付くと、「それじゃあ次に会うのは、お店の外でって事ね。後で、番号教えて!てかさー、この指輪も見てくれる?」と言った。
「それは断る。石じゃないし。」
「え、凄い!そこから見ても分かるんだ…。でも、パッと見ダイヤっぽいでしょ。スワロフスキーのだけど。」
小野が手を掲げると、その指にはめた指輪を眺め始めた。
「ま、分かる奴から見れば全然ダイヤじゃないけど。でもそれ、スワロフスキーなの?」
「勿論、そうだよ!そう言われて買ったんだもん!これはこれでなかなか綺麗でしょ?」
得意げな顔をしてそう言った小野に、はるとが呆れて「でもそれ、スワロフスキーのとは光り方が違う気がする。同じジルコニアだろうけど。マーク付いてんの?」と尋ねると、小野は「え、マークって?」と、目を丸くした。
「まさか…、そんな事も知らないで、言われる儘に買ったのか?」
はるとは唖然として、その指輪をした小野の手を取ると確認し始めたが、舌打ちをして「暗くて見づらいし」と言い、ポケットからスマートフォンと小型のルーペを取り出した。
そして、スマートフォンのライトをつけて暫く角度を変えながらその指輪を見ると、「やっぱり、マークもないし、スワロフスキー社とはカットも違うし、ガラスの色が青みが強い。」と言って見るのをやめた。
「え、全然透明だけど…青い?」
「鉛の色を打ち消すための薬品が違うのか、含有量が違うのか俺には分からないけど、ま、刻印のマークもあったりなかったりするし、どこの会社のジルコニアかどうかなんて、見分けは難しいかもね。」
「………よくわかんないけど。だけど、スワロフスキーだって言ってたのに、違うって事!?信じられないあの店!」
小野が「ショック~~!!」と泣き言を口にしながら、はるとの腕に顔を埋めた。
そんな小野を余所に、はるとはテーブルの上から小野の名刺とペンを手に取ると、小野に差し出し「携帯の番号書いて。俺から連絡するから。」と、催促した。
「了~解~。あ、因みに、このネックレスは?」
「もう見ない。暗いし、ペンライトも持って来てないし、面倒。ゾイサイトの熱処理したやつだろ。名前は確かタンザニアの…ああ、タンザナイトか」
「そうそうタンザナイトだって。」
「別に鑑定の必要ないんじゃない?ちゃんと遠目でもタンザナイトに見えてるし、それがイミテーションだとしても。
」
はるとはそう言ってビールを飲み干した。
「えー、ちっとも良くない!偽物とか最悪じゃん!え~、見ーてーよー!」
「いや、もうそろそろ出るから、計算してくれない?」
「え~!もう帰るの!つまんなーい。けち~。」
小野は機嫌悪くボーイを呼びつけると計算する様に言った。
「てか、このルーペ?凄い年季が入ってるね。」
小野がテーブルに置かれたはるとのルーペを見てそう言うと、手を伸ばそうとした。
すると、即座にはるとも手を伸ばし、小野のその手を無言で制止させた。
徐にルーペを手にすると、ケースに仕舞う。
「親の形見だから…」
「へぇ~。」
自分が触れようとした事を拒まれて、不愉快な思いにさせられた小野の横に、計算を頼まれたボーイが膝をつくと、そのボーイに料金を渡してはるとは清算を済ませた。
「ありがとうございました。領収書は宜しいですか?」
そう問いかけるボーイにはるとは頷くと、「じゃあ、こっちから連絡するから」と、先程と同じ事を繰り返し、小野に伝えて席を立った。
「絶対よ!」
「ああ。」
勿論、そのつもりだ。
はるとはそう思いながら店を出ると、エレベーターに乗り込んだ。
「じゃあ、連絡待ってるからね!ダイヤの鑑定も楽しみにしてる!」
エレベーターの前で手を振る小野の姿がエレベーターの扉で遮られると、はるとは数時間ぶりに一人になった。
「やっと、見つかった…」
そう呟いたのと同時に、エレベーターが一階で止まり、扉が開くと直ぐにはるとは足を踏み出した。
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