女"ぷりん"とパン屋の水城康太(1)
「いらっしゃいませー」
日本各地に数多の店舗数を誇る、某大手企業のコンビニでは、ゴールデンウィークを前に、涼しげなデザートの新商品がいくつも棚に並べられていて、今も、学校帰りの高校生らがそれを手に取り、レジに持って行ったところだった。
ごった返す事は無いにしても、出入りする客は跡を絶たない。
それらが映るモニターの横で、レジ上に設置された防犯カメラが捉えた映像を、聡と木下が睨みつける様に見つめていた。
聡達は今、事件後直ぐに、捨てられていた自転車の足取りを掴むためにコンビニに来ていた。
犯人が使ったであろう、自転車が見つかったのだ。
その自転車はゴミ集積所に持ち込まれていて、収集の受付を済ませ、粗大ゴミ処理券が使われていた。
収集した場所から、その犯人がインターネットで受付を済ませたことが分かったのだが、受付をした名前も出鱈目で、その粗大ゴミを置かれた場所もまた、とあるマンションだった訳なのだが、そのマンションには勿論、犯人と思われる人物は、一人も住んではいなかった。
だが、その自転車に貼られた粗大ゴミ処理券の番号が、やっとここのコンビニで売られていた物と判明。
その処理券が購入されたと思われる日に録画された映像を、眺め初めて、かれこれ三十分が過ぎようとしていた。
「あ、いた!これじゃないですか?」
モニターの中で映し出されていたのは、店員が一旦レジを離れると粗大ゴミの処理券を手に持って、またレジに戻って来た所だった。
「………これじゃあ、顔がわかりませんね。」
木下が、落胆した声を溢す。
ゴミ処理券を持って戻って来た店員の前には、一人の男の姿があったのだが、キャップを被っていてその男の顔は確認出来ない。
背格好と、声の感じから、その年齢は二十代半ばから後半といった所だろう…と、いう事は見て取れた。
「そうだな…」
「こいつが、ホシなんでしょうか。」
「いや、まだなんとも言えんし、はっきりとは分からないが、その可能性はあるだろうな…。木下、オーナーにこの画像提供の協力。」
「わかりました。」
木下が店内にいるこの店のオーナーに訪ねに行くと、その様子が隣のモニターに映し出された。
聡が再び犯人らしき男に目を移すと、ゴミ処理券と一緒にタバコを購入している所だった。
黒の皮財布から紙幣を取り出し支払うと、店を後にする。
屡々鼻から下の口元が見えただけで、どんな顔をしているのかまでは分からなかった。
その服装も、また、特徴のある服装でもなく、そのモニターには、これと言って犯人を特定できる様なものは映し出されなかった。
「分かったのは、この男が粗大ゴミ処理券を買った事、そして喫煙者だっていう事だけか…」
聡か呟くと、木下がオーナーを連れて戻って来た。
「課長、大丈夫だそうです。」
コンビニを出た聡達は、次に、繁華街の中にあるキャバクラを訪れていた。
「あぁ、居ますよ。ちょっと待って下さい。呼んできますので。」
最初の応対に出た若いボーイから、「責任者を呼んできますので」と、言われて出てきたその男がそう言うと、店の奥に戻って行った。
その責任者の男は、メガネをかけて、ストライプの入った薄いグレーのスーツを身に纏っていて、如何にもこういった業界にいそうな風貌をしていた。
その男が、ドレスで着飾った一人の女を連れてきた。
目つきはきついが、美人と言われる人間の類に入るであろうその風貌は、今時のそれで、事情聴取で金本に聞いた年齢よりも、だいぶ若く見える。
「貴方が、小野裕華さんですか。」
木下がその女に尋ねると、女は腰を捻りその腰に手を添えると「違いま~す。ぷりんで~す。」と言って、首を傾けた。
「………」
聡の思考力が停止する。
「彼女が小野裕華です。ぷりんは源氏名なんです。それじゃ、私は仕事があるので宜しいですか。」
「はい、ありがとうございます。お忙しい時に感謝致します。」
木下が責任者の男にそう言うと、男は再び店の奥へと消えた。
時刻は夕方の六時を回っていて、開店前という事もあり、聡達のいる入り口付近は、出勤してくるホステスや花屋などの業者が、忙しなく出たり入ったりしていた。
しかし乍ら、この小野裕華の年齢が三十五歳だという事は、金本から聞いていたのだが、その年齢よりも何よりも、聡は、その女の源氏名だと言う『ぷりん』に唖然としてしまった。
源氏名とは、なんでもアリなんだな。
なるほど、こう云った人間が、結婚して子供が出来た時、俗に言うキラキラネームというものを付けるのかもしれんな…。
聡は、そう思った。
「で、話しって、何ですか~?」
小野裕華は不機嫌そうに尋ねると、木下が「山田真琴殺害の件で、少し聞きたい事がありまして。」と、答えた。
すると、小野があからさまに顔を顰めたのだ。
「は?私、殺してなんかないから!」
小野は、気性が荒いのか、急に声色を変えてキツめな目つきを、更に鋭くきつくさせた。
「はい。分かってます。ただ…」
「分かってるなら、じゃあ、何?私、話す事ないし、忙しいんだけど!」
小野は、木下の話しの腰を折ると、随分と苛立っている様子を見せた。
この様子じゃあ、今にも店の奥に引っ込んでしまうかもしれんな…
そう思った聡は、木下の後方から前へ出ると、目を細めて「ぷりんさん、貴方が犯人だとも思ってもないし、疑ってもないので安心して下さい。ただね、あんたが、山田真琴と親しかったって事を聞いて、山田が殺される前に何か無かったのかだけを、我々は聞きたいんだよ。何でもいい、どんな事でもいいから教えてくれないかな?」と、和らげた口調で言った。
「べ、別に、親しくなんて…」
「金本から聞いたんですよ。知ってるね。金本秀二。貴方、金本に脅されてたらしいね。」
「な!何で、それを!?」
驚いたような声をあげた小野が、顔色を変えて聡の顔を見つめた。
その、小野の目の動きからは、何処か恐れて、狼狽えているようにも見えた。
「大丈夫。金本は詐欺容疑で捕まったよ。その事について喋ったからって、あんたが心配するような事は何にも起こらないから、安心しなさい。」
聡がそう言うと、小野は「え、そうなの?捕まったの?」と言って、悪かった顔色に血色を取り戻していった。
「なんだ~、捕まったんだ、アイツ…。しかも、詐欺って…」
小野が、まるで、いい気味だと言わんばかりの嬉しそうな顔をして嘲てみせた。
「えぇ、色んな手口の詐欺を行っていて、被害に合われた方も五十人近く居ます。」
木下がそう言うと、今度は「そんなに!?信じられない…。人の事散々脅しといて…」と恨めしそうな顔をした小野。
「それでね」と、聡が再び口を開いた。
「殺された山田と、あんたが、親しかった事と、その山田とやってた事で脅されてたんだろ。金本に。そう、金本が…」
「え!?…あいつが…そう、言ったの?」
再び小野が話の腰を折って、目に狼狽した色を浮かべながら聡を見ると、聡は、何も言わずに目を一層細め、眉を僅かに動かしてみせた。
そんな聡を見た小野が、また顔を顰めると「あいつ、知ってて黙ってたんだ…。」と、顔を背けて呟いた。
「………………」
「何か、山田におかしな言動は無かったかい?ぷりんさん、あんたを出し抜こうとしてた素振りとか、一人で行動移してたりとか、逆にあんたを利用しようといった様子とか…」
聡がそう言うと、小野に心当たりがあったのか、「私を?利用…!?」と言い、顔を赤らめ激昂した。
「そうよ!利用されてたって事じゃん!そもそも初めから!山田の奴が、私を使って康太に会って、昔の事を引っ張り出してさ!確かに、一人でコソコソしてたわ!そもそも、もうコソコソすんのがあいつの生き方みたいなもんだったしね。だけど…まさか…康太が?」
小野は、口に手を当てると、暫く黙り混んだ。
聡は、その小野の様子を見て微かに眉を顰めると、賭けに打って出る事にした。
「山田は、一人で会いに行ったり、ぷりんさん、あんたに黙って連絡を取ったりとか、無かったかな?」
「…それは…分からない。私、山田とは仲が良いって訳でも無かったし、だから最終的に脅されてた訳なんだけど。それに、康太とだって、連絡を取ってたのは山田で、私は、もう十何年も前に別れて以来、連絡取ってないし。だいたい、私は関わりたくなかったのに、あいつが…。」
聡は、何処か遠くを見つめながら話す小野をじっと見つめながら次の手を打った。
「そうか…そうだったんだね。じゃあ、山田は一人で、ぷりんさんに黙って彼を強請りに行ったかもしれないんだね?」
「……そうかもしれない。ニュースを見た時、まさか…とは思ってだけど…。どうしよう、やっぱり次は私かも…」
一瞬、顔を強張らせて驚いた表情をした小野が、今度はその顔を蒼白な色ににして、薄らと目に涙を貯めた。
「大丈夫。彼の住所、教えてくれるね?」
山田に脅されていたと言う小野の話しも気になった聡だったが、きっと、今日一度に聞いた所で、山田に脅されてた理由までを小野が話すとは思えない聡は、取り敢えず、今日はその康太と言う男の情報だけに的を絞ると、小野にその男の居場所を訪ねる事にした。
すると小野は、何度も頭を縦に振りその康太と言う男の居る住所を教えてくれた。
「因みに、金本は彼の名前を知らないみたいだったから、彼の名前、苗字を教えてくれないかな、ぷりんさん。」
その言葉にも小野は首を縦に振り、そして答えた。
「水城…水城康太。」
小野から『康太』と呼ばれ、昔付き合っていた事があるらしいその男の名前。
山田と小野が、何らかの理由で強請っていた相手の名前…。
「ありがとう。ぷりんさん。また話しを聞きに来るかもしれないけど、いいかな?」
聡がそう言うと、小野はまたその言葉に頭を縦に繰り返し振った。
見るからに、自分に降り掛かろうとしている火の粉に戦いているようだった。
ま、その火元に油を注いでしまったのは、山田と小野本人だろう。
いずれ、この事件の詳細が分かってくれば、恐喝罪での逮捕となるだろうが、金品にでも目が眩んだか…
小野を見てそう思った聡。
そして、最初と打って変わって黙り込み、首振り人形の様になってしまった小野を、茫然としたまま眺めているしか無かった木下。
踵を返して「じゃあ、行くぞ」と言う聡のその言葉で我に帰った。
「は、はい!それでは、また、伺いますので。ありがとうございました。」
そう言って木下は、駆け足で足早に歩く聡の後を追った。
「それにしても、ほんと、課長には改めて感服です!」
電車から降りた聡と木下は、先程小野に聞いた住所を頼りに、水城康太が何者なのかを一見しに向かっていた。
「金本からは、山田と連んでた小野を、脅してたって事しか聞いてなかったのに、思ってた以上の収穫ですね!
課長が鎌をかけたところは冷やっとしましたが、本当に凄いです。
よく考えてみれば確かに、金本に脅されていたって事を考えれば、何か、法に触れる疾しい事をしてただろうってのは想像ついたんですが。
だけど、山田と一緒にやってた事で、金本に脅されていたんだろって課長が聞いて、そしてそれを、本人の金本から聞いた様な素振りをして、それに小野が釣られた時は本当鳥肌が立ちましたよ。」
木下は、興奮気味で思いの丈を聡に伝える。
「そうか。」
「はい!感動すら覚えましたから、おれ!だけど、あの小野って人…美人なんだけど、気が短そうだったし、キレて話してくれなくなったらどうしようかと思ってたんですが。課長、よくあんな恥ずかしい名前を呼べましたね。
しかも何度も。何でまた、本名じゃなく源氏名の方で?俺は恥ずかしくてとても口にできません。」
聡は笑った。
「俺も恥ずかしいとは思ったさ。だけど、こっちは情報を提供して貰うんだから、相手が答える答えない以前に、まず、時間を割いてくれた事に感謝の気持ちをもって、相手を敬った上で尋ねなければならない。そう思っただけだ。
源氏名ってのはだいたいが自分が、こう呼ばれたいって思って好きな名前を付けるんだろ?自分のイメージと売り上げに関わりそうだからな。俺らが、"あんな名前"だと思ったとしても、本人たちは一生懸命考えた名前かもしれないじゃないか。それに、最初に小野が、小野裕華じゃなくぷりんだって言ってたしな。」
「確かに……言ってましたけど………。課長、どうやったらそんな風に考える事が出来るんですか?感謝の気持ちって………。そんな簡単に、そうは思えませんよ……。」
「俺だってそうだよ。俺も並の人間だし、出来た人間でもない。だけど、どうやったら目の前の相手から情報を引き出せるかを考えた時に、結局はそこに行き着いたってだけだよ。
ただ、もし孫が出来た日に、沙羽があんなありえないキラキラネーム付けた日には、ブチ切れて、孫の名前すら呼べんかもしれんな。」
いつ来るか分からない未来を想像した聡が、苦笑いを浮かべると木下は笑った。
「どうします?ぷりんとか付けたら。」
「多分、孫の顔見る度に泣くだろうな。不憫に思って…いじめとか心配で、学校付いていくかも分からん。そういえば、お前の所の嫁さん、もうそろそろじゃなかったか、出産。名前は決めたのか?男の子って言ってたな。」
「はい、予定日は一週間後で、いつ産まれてもおかしくはないって言ってました。」
「名前は決めたのか?」
「名前は、泰雅磨(たいがーす)に…」
「辞めとけ!」
「違っ!最後まで聞いて下さいって!俺がそんなDQN付けるわけないじゃないですか~。泰雅磨にされる危機だけどって事ですよ!嫁さんのところの親父さんが、嫁のマタニティーハイ以上に初孫でハイになってて、やばいんですよ。幸いな事に…と言ったらあれですけどね、丁度、うちのが野球興味ないんで、二人で反対してるんですけどね。タイガースは別に嫌いじゃないし、全然悪くはないんですけどね。名前となると…」
「そうか、なんか大変だな。で、お前達はどんなのに決めたんだ。」
「それが、まだ決まってないんですが、俺は磨(す)を外せば泰雅でも良いと思うんですが、親父さんはそれじゃ足りんと言い出すし、嫁さんは明るいの明と兎で明兎(みんと)が良いなんて言ってるし。嫁さん、無類のキティーとミッフィー好きなんですよ…。女の子が出来た時の事考えると…、恐ろしすぎますよ。」
木下が苦笑いを浮かべる。
聡は返す言葉を見失った。
木下が不憫に思えてならなかったのだ。
「………が、頑張れよ。負けるな。」
聡は木下の肩を叩いて、必死に激励の言葉を絞り出した。
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