第6話羊皮紙に見えました
部室の中は、とても綺麗に整理されており、綺麗な溜まり場と言う矛盾した語句が生まれそうなほどだった。
部屋の広さとしても一般の三、四十人が授業を受けている僕らの教室の広さと大差ない。
しかし、当たり前だが一人で使うには大層広いと思う。
部屋の中央には、長机とパイプ椅子が一つ。
地面にはきれいな赤いカーペットが敷かれているので、パイプ椅子が少し浮いていておかしい。
その長机の上には、ノートパソコンと飲みかけのコーヒーの入ったクマの絵柄の入ったマグカップ。
部屋の隅のほうには、あまり大きくはないがテレビも置いてあり、テレビの前には柔らかそうなソファ、壁際の本棚や戸棚にもびっしり漫画や小説に、何やらわからないファイルのようなもので埋まっている。
よく見ると冷蔵庫や電気ポットも置いてあり、エアコンも完備されていて寒さ暑さにも対応可能だろう。
僕は高校の部活の部室を始めて見たが、これはかなり設備の整ったほうではないだろうか?
「今、椅子を出すわね」
深会先輩が、部屋の隅に掛かっていたパイプ椅子を一つ出してくれる。
「どうもです」
出してくれたパイプ椅子に腰掛けていると、深会先輩が冷蔵庫の方に近づいて行って
「飲み物は何がいい? オレンジとグレープとコーラとサイダーと牛乳とカフェオレとイチゴ牛乳とヤクルトスワローズとコーヒーと紅茶と麦茶があるけど、どれがいい?」
「バリエーション豊富っすね。じゃあオレンジで。あと今、助っ人外国人の当たり率の高いプロ野球球団が交じってませんでした?」
この部室の設備半端ないな。
深会先輩は冷蔵庫からオレンジジュースの紙パックを取り出すと戸棚から新しいウサギの柄の入ったマグカップを取り出して、そこにコポコポッとオレンジジュースを注ぐ。
そのマグカップを持ってきて僕の前においてくれて、深会先輩は元々出されていたノートパソコンの前に置いてあったパイプ椅子に腰掛ける。
「さて、どこから話したらいいのかしら。こればっかりは何度やっても慣れないものだわ。何から聞きたい?」
どこか物憂げな顔の深会先輩は飲み掛けのコーヒーに口をつけて、こちらの様子を伺ってくる。
何から聞きたい?
と言われても何を聞けばいいのかがわからないが、取り敢えず手近なところから聞いてみようと思い、最初に浮かんだ疑問から適当に聞いてみた。
「あの、僕には才能があるっておっしゃってくれましたけど、何の才能なんでしょう?」
これは、まぁ勧誘の為のお世辞のようなものかもしれないので、さほど期待はしているわけではない。
仮にあるとしても、まともに映画を作っていないに映画の才能を見抜けるわけわないと思うし。
だとしたら何の才能だ? と思うぐらいだ。
「そうね。才能というより、素養かしら。最初にあなたが私を部長と思った理由を言ったでしょう。あれは別にお世辞とかではないのよね?」
「はい。別にお世辞とかではないです」
と言うのは、半分嘘で半分本当って感じかな。
確かに只ならぬ雰囲気を持っている人とは思ったが、そんなの独特の人なんて大抵そんな感じだし、オーラが見えるとかは少し大げさな表現だったと思う。
「それならいいわ。では、さっそく核心に触れましょう」
深会先輩は、僕の言葉を確認して安心しようで、そこから本題ですと言わんばかりに背筋を伸ばし、姿勢を正す。
それに釣られて僕も姿勢を正す。
スゥっと息を吸い、形の整った唇をすぼめる。
「私は、大人になれないの」
まるでスローモーションで見ているように、唇の動きが一文字一文字はっきり見えて艶かしい。
しかし、それら一文字一文字を噛み締めて聞いてみるが、全く意味がわからない。
「ハッ?」
おっといかん、いかん。
先輩にタメ口になってしまいそうになった。
だが、それだけじゃあ意味が分からないので致し方ないと思う。
深会先輩は、大して気にした様子もなく続けた。
「私は、今まで三十二回ほど三年生をやっているわ」
「ハッ?」
おっとやばい、やばい。
でも、今のところだけ聞くと誤解しか生まないと思う。
「三十一回も留年してるんですか?」
普通そう思う。
でも三十一回も留年なんて、できるものなのか?
そもそも、深会先輩は、僕らとさほど年代が違う様には見えない。
その質問にも眉ひとつ動かさずに深会先輩は続ける。
「違うわ。私は永遠と十七歳と十八歳を行き来して、三年生を繰り返しているの。年は取らないの。そういう呪いなの。私が高校三年生の一年間で大人になったと判断された時、呪いは解け、この学校から卒業できるの」
「ハッ?」
ハッ?
この人は、何言ってるんだ?
聞けば聞くほど訳が分からなくなっているぞ。呪い?
そんなものを信じろとからかっているのか?
なんだよ、永遠の十七歳って?
どこのアイドルさんなんだよ。
「いや、いや、何なんですか呪いって! そんなの信じろって言うんですか!」
僕の慌てぶりとは反比例するかのように、深会先輩は落ち着いている。
「……そう。勿論、こんなことを言って普通は信じてくれないわ。でも、私一人ではこの呪いを打ち破るには足りない。それを、私は痛感している。だから毎年、協力者がいるの。だからなるべく理解の早い生徒を探すの。それが、今年はあなただった」
まだ、信じられない。当たり前だ。
「……なぜ、僕が理解が早いと?」
「私を見た初見の感想がすべてよ。同じ上級生たちと比べても、私が違うとあなたは言った。それは私が繰り返してきた三年生の厚みが、その違和感を生んだんだと思うわ」
いや、それはあなたがただ単に変わってる人って、だけな話だけなんじゃないかなと思うんだけどな。
「結局、僕にここに入部しろってことですか?」
口を辛うじで動かして、会話について行っている風に見せているが、頭はパンク寸前なところを整理中で大忙しだ。
「別に入部を強制はしないけれど、できれば入ってくれると助かるわ。さっき言った必要な分の部員っていうのは、笹箱君のことだから、笹箱君が入ってくれないと今年の部員はゼロよ」
そもそも、そんな冗談のような話に本当に付き合わないといけないのだろうか?
「……拒否権は、ないんですか?」
その答えを深会先輩は悩んでいるのか、右手を口元に持っていく。
「……比較的ないと思ってもらって構わないわ。それに、当然見返りは用意するつもりよ」
「見返り?」
こんな言葉にだけ食いついているなんて、存外僕はがめつい人間なのかもしれないな。
「これはある意味、私の呪いの証拠にもなりえると思うのだけど、当然私は卒業できない間も多くの学生たちは卒業していくわ。そして、最初は私の後輩だった人も同級生になり年上になっていく、でも不思議なことに卒業すれば私の呪いの詳細は忘れるのだけれども、卒業生した彼らにとって、私は年下なはずなのに高校時代の恐ろしかった先輩や恩のある先輩と同認識で体は反応してしまう。」
―それってつまり
「うちの学校が、そこそこの進学校ってことは知ってるでしょう? 卒業生の中には政治家、弁護士、医者、教育界なんかに進んで出世していったものもゴロゴロいるわ」
―まさか
「そんな彼らは、私に余り逆らえないの。ちなみにここの今の校長もここの卒業生よ。そしてこんな映画部らしい事なんて、なんにもやってない部に対する明らかに行き過ぎた部屋と内装。わかるわね?」
―ゴクリ思わず生唾を飲み込む。
「さらに補足として、この映画部に入部して卒業していった先輩方の平均年収は千百七十万円よ」
「入部させて下さい!」
気が付いた時には、僕は地面に頭をこすりつけて土下座をしていた。
お望みなら、五体投地でもいいですよ。
なんていうリアルな勝ち組年収なんだ。
そんな僕を深会先輩は大して軽蔑した様子もなく、僕の頭の前でスッと腰を下ろして優しく話しかけるのだ。
「頭を上げて、これが入部届よ。あなたがスルスルっとすんなり入部してくれて嬉しいわ」
僕は顔を上げると、深会先輩のスカートから見える、レースの付いた黒色の綺麗な花の柄があしらわれたパンツを一瞬も見ることなく…本当に目もくれず、明るい未来の約束された入部届を手に取った。
再生紙か何か使っているはずの入部届も、今は金粉の散りばめられた羊皮紙よりも高価なものに見える。
「私の部は、今言った財政上の高い安定感から、密かに私は栄えるに華と書いて栄華部とも言っているわ」
それは朝伊万里さんが言ってたし、あんまり密かにできてないようですよと言いたかったが、わかりづらいが、若干深会先輩がドヤ顔だったので言うのをやめた。
「あと、今言った私の呪いのことについては口外しては駄目よ」
「勿論、それはわかっています」
急に呪いがどうとか言いだすやつがいたら、僕だったら痛い奴だと思って心の要注意人物リストに入れちゃうからね。
「でも、具体的には大人になるってどんな事をするんですか?」
「それの話し合いも込みで、活動するの」
なるほど、でも今改めて言われて考えて見ると、大人と子供の境界線ってかなり曖昧というか、なかなか答えの出ない永遠のテーマっていうか、かなり骨の折れる活動になるかもな。
単純に二十歳になれば大人とか言う人もいるにはいるが、成人とみなされる年齢なんて国ごとに違うし成人式に馬鹿やってる奴らを見て「こいつらも大人になったなー」とかは思える人も少ないと思う。
「結構考えてみると大人と子供の境界線って難しいですね」
そんなこと一番深会先輩が分かっているだろうけど、一応自分の頭を整理させる意味で言ってみた。
「……えぇ、ここ何十年も色々試してみているのに、私は大人とみなされないみたいなのよね」
僕なんか見たら深会先輩の落ち着いた口調や佇まいから十分大人の女性に見えるのだが、それは僕のようなガキすぎる奴からの視点なんだろうか?
小学生にとっては中学生が大人に見えるみたいな感じ?
「あっ! でもそれじゃあ深会先輩って実年齢ってごじゅ–」
-ズン-
鈍い音がして、気付いたら僕は腹部に激しい痛みとともに床に転がされていた。
「笹箱君は、何を言おうとしたのかしら。ちなみに私は永遠の十七歳よ」
-あなた、大人になりたいって言ってるのに、十七歳教に入っちゃったのかよ。そこ絶対直したほうがいいよって言いたいけど、腹痛すぎてそれどころじゃない。というか、もう一発食らうのが怖いので、違う話題にしておいた。
「そもそも、その呪いって誰が書けたとかわからないんですか?」
これは最初、話を聞いた時に浮かんできた疑問だ。
誰がそんなことを?
もっともな疑問じゃないだろうか。
「それがわかれば、そんな奴活火山の火口から簀巻きにして、コロコロと落としてやってるわ」
……効果音は可愛いですけど、かなり凶悪なこと言ってますね。
いや、でも長い間、自分の人生を弄ばれているのだ。
そんな事を思っても、仕方のないことかもしれない。
……うん、仕方ない。
「ちなみに、活動は具体的に何曜日とか決まってるんですか?」
これからお世話になることが決まったわけだし、その辺の細部も聞いておかなくてはならない。
「週七シフトよ」
「へー……休日返上⁉」
余りにもサラッと言うもんだからスルーしそうになっちゃったよ。
「……深会先輩、労働基準法って知ってますか?」
「えぇ、知っているわ。部活動って便利な言葉よね。ほら、たまに運動部で地域の人達にイメージアップしてもらおうと美化活動とかしてるじゃない。あんなの実質部活動でも何でもなのに、部活動って名目を置けば、若い労力をタダでジャブジャブと制限なしに湯水のように使えるからすごいわ」
「真っ黒だ! この部活、真っ黒だ!」
ここに、すごいブラック企業があるんですけど!
「輝かしい未来のためには、仕方のない代償でしょう?」
ぐっ、それを言われると辛いな。
「ほら、野球とかサッカーの強豪校なら毎日休みなしなんて当り前でしょう?」
「一体、ここは何の強豪なんですか? ……それに、今時の本当にスポーツの強いところは、適度に休みを取ってガス抜きもさせますよ」
「あら、詳しいのね」
「別に今時、常識ですよ。いつまでもスポ根ばっかりじゃあないですよ」
そんなことばっかりしてたら……あっという間に怪我して終っちゃうしな。
「取り敢えず、今日は帰っていいわ。頭がいっぱいになってるでしょうから整理する時間も必要よね。でも明日からしっかり部活はするからそのつもりで」
「こんなビックリな事態に、一日じゃあ整理はつかないと思うけど善処します」
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