第5話いらっしゃい

僕は、深会先輩のあとを一歩後ろからついて行っていた。

 僕って大した大和撫子だなと思いました。

 校舎を出て部室棟に向かう。

 部活棟は正門とは真反対にあり、勧誘合戦の声も一歩ごとに小さくなっていく。 そんな音に耳を傾けていると、さっきから湧いていて、まだ処理しきれていなかった疑問を思い出して深会先輩に尋ねた。

「深会先輩、本当に勧誘の方はいいんですか?」

 深会先輩は、一瞬こちらの方見て、

「心配いらないわ。今年必要な分の部員はもう確保できたから、もう店仕舞いにしたのよ」

 なんと。

 それは予想外の回答だった。

 あんな勧誘の仕方で、もうノルマを達成してしまったのか、少し怪しいが元々映画部は部員が少ないらしいし、ノルマ自体もそんなに高く設定していないのかもしれない。

 深会先輩の容姿とかにつられて、案外簡単に入部した部員とかがいないとも言い切れないしな。

「それで、部員ってどれくらい必要だったんですか?」

 素直な疑問だったのだが、そこは何故か秘密らしくて、

「それはモゴモゴよ」

 と言葉を濁されてしまった。

 口でモゴモゴ言っている人を僕は初めて見たが、深会先輩の場合表情もあまり変わらないから冗談かどうか判断に困って、笑うに笑えない。

 そうこうしているうちに、部室棟に到着した。

 全四階建の横に長い、どこの学校にもありそうな鉄筋の建物なのだが、僕には部室棟として使うには少々立派かなという感想を覚えた。

 築百十何年とか、木造校舎いうわけではないのだが、やはりどこか年期を感じた。

 これが長年多くの生徒たちが、使い続けた伝統というやつだろうか?

 かすかに人の気配もする。

勧誘合戦をサボっている部員や部室待機組の人たちかも知れない。

「場所は知ってたけど、結構大きいんですね。これなら、深会先輩が迷うかもと思ったのもわかる気がします」

 正直な感想がついこぼれる。

 なんだかんだで、授業以外で初めて触れる高校の設備なので緊張も少しあったかもしれない。

「でしょう? 中は結構複雑だから、最初は部員が一緒に行かないと迷っちゃう新入生も多いの。うちは比較的分かりやすい方だと思うけど、それでも三階の奥の方にあるから笹箱君が心配でね」

「へー、そうだったんですか。なんか、すいません。色々、気を使ってもらって」

 なんだかよく聞けば、深会先輩の考慮もわからなくはないなと思い、さっき大声をあげてしまった自分を恥ずかしく思う。

「いいのよ、気にしなくて、私がしたくてやっていることだから」

 そんなやりとりをして、いざ部室棟に足を踏み入れる。

 一歩踏み入れたそこにはエントランスのような形式の広い空間になっており、どこかそこそこいいとこのホテルを思わせるのだが、ところどころに、どこの部活の物かもわからない備品が転がっていたり、端に山積みにされたりしている。

「中は流石に、高校生たちが使ってるって感じですね」

「そうね。お世辞にも、綺麗に使っているとは言えないわ」

 深会先輩もあまり同じ感想らしく、ゆっくり首肯した。

 真っ直ぐ進むと、「若いんだからいけるでしょ」と言わんばかりの、うんざりするような傾斜の急な階段の前に着いた。傾斜は急なくせに、横幅はしっかりあるところが余計腹が立つ。

 勿論、もう見慣れている深会先輩にとっては何ともないのだろう。

 普通にさっさと階段を上がっていく。

 僕もそれを見て、慌ててついていく。


 三階に必死の思いで辿り着いたが、もしかして息が切れてる? 嘘? まだ高校一年生なのに! 

 深会先輩はケロッとした顔で勿論息一つ乱してないし、途中何度もちゃんとついてきている確認された時は、情けなくて死にたくなった。

「大丈夫?」

 その上こちらを覗きこんで心配の言葉までかけてくれるもんだから、情けなさも一入ひとしおだ。

「ふっ、全っ然大丈夫です。ヒッヒッフー」

「……ラマーズ法が必要なほどの人は、大抵病院に行くべきなのだけれど」

 あれ、なんだか深会先輩が呆れているように感じるのは気のせいだよね? 

 あとこのラマーズ法は演技だからね。

 ジョークだよ。嘘じゃないよ。

「あとはもう真っ直ぐだから、ちょっとごちゃごちゃしているのだけれど頑張ってね」

 なんで僕は部室に来るだけで、エールをもらっているのだろう。これ入部したら大変かも。

三階の雰囲気は一階のエントランスと大差なく、深会先輩が言ったように各部活の備品やらで、ごちゃごちゃしていた。

廊下を真っ直ぐ歩けば、すぐに映画部と書かれた、少しオシャレな木製のプレートのかかった周りの部室のものより少し古い木製のドア見えてきて、確かに他の部室に比べてわかりやすいなと思った。

深会先輩が部室のドアの前に立って、カーディガンのスリットポケットから鍵らしきものを取り出す。

「今、部室誰もいないんですか?」

「今と言うか、基本的に部室には私以外あまりいないわ。ほとんどは幽霊部員なの」

「へっ?」

 この人、何気に重要なことサラッと言わなかった?

「今なんて?」

「聞こえなかったの? 笹箱君はほんとにおっちょこちょいね。だから部室は私以外あまり誰も使ってないわ。スカスカよ。幽霊部員ばかりですもの」

「えっ? でも昨日片付けの時、他の部員がいるからって」

「いるといっただけで、あとから来るとも、手伝ってくれるとも言ってないはずよ」

 屁理屈だよー(泣)。

「あぁでも言わないと、あなた意地でも手伝おうとしたから」

 別に手伝ってもらえばいいじゃん、と言いたいが、それは深会先輩なりの意地なのだろうと思ってなにもいわなかった。

「じゃっ、じゃあ映画とかどうやって作るんですか?」

 流石に、一人で映画が作れないことくらい素人の僕でもわかる。

「何、言ってるの? 日頃ゴロゴロって言ったでしょ? 映画なんて作らないわ」

 マジで? 

 じゃあ深会先輩ってただ単に映画部を自分の私物化して、部室に溜まり場にしているだけの人? 

 いや一人だから溜まってるって言わないか。

「僕に、才能があるって言ったのも嘘ですか?」

「それは嘘じゃないわ。とにかく落ち着いて部室で話しましょう」

 深会先輩は部室のドアを開けると、チョイチョイっと手招きをして僕を部室に招き入れた。


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