第4話突然訪問
昼休みになって、モソモソと昼飯の新作菓子パン『メロンアンパン』を食べていた。前々からメロンパンには表面の皮は美味しんだけど中身を何にするかが鬼門だと思っていたが、中々餡子も合うな、革新的かもしれない。
昨今はメロンパンの中身はクリーム系が席巻していたが、これが追い抜く日が来るかもしれない。ただ非常にのどが渇くんだけどな。メーカーはどこだろ。餡の中にデザート用のゼラチンを入れたほうが、さらにおいしくなるって教えてあげよう。 僕はメロンアンパンの入っていた袋の裏のメーカー名を見ていると
「笹箱君! 笹箱君! 廊下に君を訪ねて来ている人がいるよ!」
そこに伊万里さんが嬉しそうな顔をして、こちらに小走りで駆け寄ってきた。
……なんか子犬みたい。
まだ入学したてで、知人が少ないにもかかわらず、僕を訪ねて来る人って誰だろ?
結構大きな声だったので、教室の前の方で仲の良い女子たちと昼飯を食べていた伊勢もこちらに注目する。
ツカツカ、ツカツカ
こちらに向かって歩いてくる上靴の音がする。
学校なんて、ヘビーメタルバンドのライブの次ぐらいには騒がしい場所なのに、この時、この音がなぜか耳に入ってきた。ちなみにヘビーメタル好きの人たちはヘビーメタルをヘビメタと略して言われると怒るらしい。理由は忘れたけど、むやみに怒られたくはないから僕はヘビーメタルと言う。世の中、何でも略したがるの反対!
そんなどうでもいい思考など関係なしに、僕の席がある教室の中央に、その音が近づいてくる。
僕に特別なシックスセンスもなければ、未来から来たのび太甘やかしロボットのような特別な力もないのだが、なぜか誰が訪ねてきたのかの予想と結果が合致した。
いや、それはちょっとした願望だったのかもしれない。
視線をメロンアンパンから視線を来訪者の方に上げると、そこにはやはり深会先輩がいた。
ジーっとこちら切れ長の目を薄っすら細めて見下ろし、無言で佇んでいる。
その佇み方もまた様になっていて、黒いニーソックスとマッチした綺麗な長い脚がピンと伸びていて、まだ少し寒いのか胸元がゆったりとしたVネックの長袖のベージュのカーディガンを着て胸の前で腕組をしている。
無言の深会先輩と周りのざわめきに耐えられず僕が会話の口火を切った。
「あの、深会先輩ですよね。何か僕に御用ですか?」
たっぷり五秒ぐらいおいて
「……部室棟の三階の突き当たって、一番奥に映画部の部室があるわ。興味があるなら、来てみるといいわ」
一瞬、僕と聞き耳を立てていた伊勢の時間が止まった。
周りで聞いていた伊万里さんたちギャラリーは「?」ってな感じだが、僕らからしたら今のセリフは大変処理に困るセリフだ。
なぜなら、それは昨日きいたセリフだからだ。
僕は恐縮しつつも
「……あの、深会先輩。それ昨日も聞いたんですけど」
そのセリフにも、大した動揺も見せず
「いいえ、全然違うわ。部室棟の三階と言うことは伝えていたけど、三階のどの位置にあるのかは伝えてなかったから、もしかしたら来たくても来れないのではないかと思って、伝えに来たのよ」
「へっ?」
ゴクリと「それだけ?」の言葉は、わざわざ来てくれた深会先輩に悪いので、何とか飲み込んだ。
「理解できなかったなら、もう一度行った方がいいかしら?」
「いっ、いや、いいです。いいです。わざわざありがとうございます」
僕は慌てて手をぶんぶん振って誤魔化した。
「そう? 大丈夫? 部室棟の位置分かる?」
「はっ、はい! 大丈夫です」
お姉ちゃんが、歳の離れた弟に言い聞かせてせるみたいな口調に思わず、ピシッと背筋が伸びる。
「中々、部室に来ないから迷っているのかと思ったわ」
この人、実は天然なのか? まだ昨日の今日だし、まだ昼休みなので、そもそも行くタイミングなんてまだないし、まず大前提として僕が興味があったらって話だから、行くと確約したわけではないんだけどな。
「じゃあ、これで迷わず来れるわね。これで私の用は済んだから、これで失礼するわ」
「……別に迷ってないんだけどなー」
深会先輩に聞こえないくらいの声で僕はぼやいた。
深会先輩は、その場で綺麗にターンして、少し明るめ長い髪を揺らしながら教室を後にした。
深会先輩の去った後の現状としては、教室の空気は完全に凍っていて、伊万里さんはにやにや笑っていて、伊勢が自分のクラスで深会先輩が傍若無人に振舞ったのが許せないのか、箸を片手で握りつぶしながら歯軋りしていた。因みに割り箸じゃなくてプラスチックのやつ。
しばらくしたら教室の空気も元通りになり、当然僕は質問攻めにあったよ。
へへっ、今日は友達がたくさん増えたぞ、母ちゃん喜ぶかなー。みんな僕の事なんて名前も覚えてないのか、呼び方に「なぁ」と「君」が目立ったけどね!
かくしてちょっと変わった出来事に脳の容量を占拠され、午後の授業がたいして頭に入らないまま放課後を迎えた。
そして、ここからが問題である。映画部の部室にお邪魔するのかしないのかが問題である。
あそこまでされてしまうと正直行かなくてはならない空気だ。僕が熟考していると、伊勢が近づいてきて若干力強く
「今日も、部活の勧誘合戦見に行くんでしょ?」
半ばそれしか選択肢を用意していない、という雰囲気すら感じられる。
そんな伊勢のセリフから、僕は正門の勧誘合戦の図を思い出しながら、一つあることに気付いた。
あっ、そもそも映画部も勧誘合戦の方にいて、今部室訪ねても誰もいないじゃん、ってことにである。勧誘合戦は夕方の六時まで行うことが可能だから勧誘資材の撤去の時間まで考えれば最大で六時半くらいまで部室に誰もいないんじゃないのか? それとも深会先輩以外の部員が待機しているのか?
とにかく、部室に行かないでいい理由ができてしまった。大義名分を持ってしまうと、人間はどこまでも傲慢になってしまう。今日は行かないでおこうという気持ちが、八割近く締めてしまった時、伊万里さんが横から肩を優しくトントンとたたいて弾んだ調子で声をかけてきた。
「笹箱君、あれ見てよ。あれ」
振り向くと、伊万里さんは教室の後ろのドアを指差していた。
そして、ドアを白くて細く長い綺麗な指でチョコンと掴んで顔を半分だして、こちらを見ている深会先輩がいた。
……なんでいるんですか。
僕はドアの方に近づいていくと、
「……なんでいるんですか」
心の声をそのまんま吐露した。相変わらず深会先輩は、シレっとした顔で、
「場所、ちゃんと分かるかしらと思って、様子を見ていたのよ」
この人のことも少し分かってきたつもりだったが、まだ全然のようだ。色々言いたいことがあるのだが、それを最近の「何々の成分、五百個分!」みたいな怪しいサプリメントぐらいギュッと凝縮して簡潔につっこむ。
「だから、大丈夫だって言ってるじゃないですか! あと、必ずしも今日行くとは言ってませんし‼ そもそも行くとも言ってませんし‼ って言うか正門に勧誘しに行かなくていいんですか⁉」
「笹箱君、リアクションが長いわ」
大分短くしたつもりだったが、長いと深会先輩に言われてしまうとは心外だ。つっこまれることが多い方が悪いのに。僕はそんな抗議の意味をこめた視線を薄目にして精一杯向ける。
すると、表情に変化が少ない深会先輩の顔が僅かに曇り、シュンって効果音が入りそうなほどになる。
「……ごめんなさい。笹箱君は才能がありそうだから、遂うちに来てほしくて焦ってしまったわ」
―この状況に罪悪感を覚えない者が全男子高校生のうち何割いようか。わかっている。相手の方が非常識で、どちらに非があるかと言われれば向こうにある。
でも! 男なら美人に、こんな顔をさせてはいけないと脳内で危険信号が出るのだ。
……あと、それ以上に周りの目が痛いです。
「今日は帰るわね」
深会先輩が、帰ろうと踵を返したので僕は慌てて呼び止める。
「ちょっ、ちょっと待ってください! ちょうど見学させていただこうかと思ってたところだったんです。よければ迷ってしまうかもしれないので連れて行ってもらえませんか?」
ピタッと深会先輩の足が止まる。
少し離れた所から伊勢が「ハーー⁉」と声を荒げる。すぐ近くでは伊万里さんが、「うん、うん」と満足げに頷く。
「そう、それはよかったわ」
深会先輩は、こちらを見て視線でついてきてと促す。慌てて、僕は深会先輩のあとについて行く。遠くから伊勢の咆哮がいつまでも校内に響いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます