第3話印象に残れば良いってものじゃない
次の日の朝、登校中に昨日説明聞いて回った部活を思い浮かべてみる。どれもかなり魅力的だったが、やっぱりあの部活の印象が強い。
駄目だな、朝はどうも頭の回りが遅い、元からそんなに早くはないけどね。
「おっす! ビックリ箱! 部活決めた?」
伊勢の声だと振り返らなくてもわかる。
と言うか、ビックリ箱なんて呼ぶのはあいつぐらいしかいない。
家が近所なので、登校中の早い段階でよく合流するのだ。
「朝からテンション高いな。あとビックリ箱いうな」
後ろから声をかけられて、思わず苦い顔になる。朝テンション高いやつって朝テンション低いやつからしたら天敵である。
「まぁ、いろいろ聞いたから迷うよねー」
あと、テンションの低いやつの話を全然聞かないよねー。
「まぁ昨日大抵周ったからな」
二、三十は勧誘の説明を聞いた気がする。
「それより笹箱、あんたあそこ(・・・)の説明は聞かなくていいの?」
急に笹箱なんて呼ばれたから何かと思えば
「……いいんだよ」
色々あるから、全部は周りきれないしな。
伊勢は、それ以上追及せずに別の話題に変えてきた。
「あっ、でも映画部はないよねー。部長が感じ悪すぎ」
……伊勢は、どうやらまだ昨日のことを根に持っているらしい。
体育会系って、文化系よりも、陰湿と言うか根暗なところあるよね。真の根暗は明るいお外にいる!
「そうかー? 割と面白いかもよ」
「ちょっと、あそこだけは許さないからね」
「なんで、お前の許可がいるんだよ。お前はうちの愛犬か」
「……何でワンちゃんに許可求めてるし」
ほら、散歩の時間とか打ち合わせしないといけないし。
多分一番部活を始めて迷惑がかかるのはうちにワンちゃんだと思う。ちなみにワンちゃんと言うのはうちの愛犬の名前であって犬の可愛い呼称の方ではない。ほら世界のホームラン王みたいでしょ?
多分僕は自分の子供とかに期待のかかりすぎた名前とか付けるタイプだと思う。
「とにかく、あそこはやめときなよー」
「少し興味があるだけだから、まだ何とも言えないけどな。って、言うかそういうおまえは何に入るか決めたのか?」
伊勢は何言ってんの? という顔をして
「取り敢えず、あんたに体験入部させまくって良さそうな所に入るわ」
「……最低だな」
げんなりである。それにそれじゃあ結局こいつと同じ部になっちゃうし。僕らは、その後も他愛のない会話をしながら、無事学校に到着したのだった。
新入生の最大の課題と言えば、人間関係の構築にあると思う。これに失敗すると、悲惨な目にあうということは、大抵の人はわかると思う。
僕の場合、伊勢を含め何人か知人がいたから、そこまで大変じゃなかったが、高校は中学と違って義務教育でないので、学生たちは自分で進学する高校を選ばなくてはならない。
そうすると、おのずと中学の知人とはバラバラになっていく。
まぁ、何を重視するかにもよるけど、意外と仲の良い友達が多く行くからって高校選ぶ人もいるって言うし。
僕の場合、家からの近さと学力のバランスで選んだし、……伊勢と同じ高校だと知ったときには、自分の学力が知らない間に下がってしまったのかと疑ってしまったが、どうやら伊勢が頑張っただけのようだ。
で、何が言いたいかというと、僕は今までいまいち机を挟んだ上下左右のクラスメイトと、うまく会話するきっかけがなかったりする。
正確に言えば僕はグラウンドが見える方の窓側の席に座っているので左側の席の人はいないけど。
だが今日は登校して、すぐ右隣の席の確か名前は伊万里さんとか言ったかな。基本的に友達には元気ハツラツって感じの子だが、まだ春先で友達以外とは距離感を掴みかねていたみたいだったんだが、
「ねぇ、ねぇ、笹箱君、昨日映画部の勧誘説明受けてたよね? どうだった?」
今日はいつも友達と話すようなテンションだ。
「えっ、いや、別に特別なことはなかったよ」
だが質問の意図が要領を得なかったので、僕は最低限の愛想笑いと当り障りのないコメントで返した。
「嘘だー。私ね、チア部に入ったんだけど、まず先輩たちに、映画部には関わらないでねって言われたんだよ。理由聞いてもはぐらかされるし、すっごい気になるじゃん⁉ で昨日チアの新入部員確保のための呼び込み手伝ってたら、映画部の説明受けてる笹箱君を見かけたわけ、こりゃ事情を聞きたくもなるよ」
うちの高校では部活動勧誘週間は四月の末に行われ、当然入学前から入部したい部活が決まっている生徒やスポーツ推薦で入学している生徒は、もう上級生に交じって部活動に参加しているわけで伊万里さんもその一人らしい。
ついでに、もう一つ伊万里さんについてわかったことは、どうやら変わった噂話が大好きなようだ。朝から隣席のクラスメイトのことを知れて、実りのある朝だった。
「それにしても、よくあれで映画部だってわかったね」
僕は、あの何の情報も与えてくれていない質素な外装から、よく映画部だと分かったなと、ふと疑問が湧いた。
「あぁ、それね。いや、あんだけ最低限の準備で、勧誘してるとこがあったら気になるでしょ。それで、周りの先輩たちに聞いたら気まずそうに映画部だって言うから、へー、あれがそうなんだって思って。で本当に何もなかったの?」
よっぽど興味があるのか、ズズズッと顔をこちらに近づけてくる伊万里さん。少し釣り上った大きな目が、僕の顔を下から上目遣いで覗き込む。
伊万里さんは女性としては正直反則。
「いや、ホントに何もなかったよ。強いて言うなら、部長さんが独特の雰囲気を持った人だなってくらいで」
その言葉にさらに前のめりになる伊万里さん。後ろに束ねたポニテとそこそこに大きな胸が揺れる。僕も諸になりそう。なんで、スポーツ少女のポニテとのコンボってなんでもエロくなるんだろうな。
個人的には、巨乳か年上属性との相性が最強。強いて言うなら、ポニテを頭の低い位置でなく高い位置でまとめてくれたら完璧なんだけど、割と三次元にはいないんだよね、アレ。
「えっ、それって深会先輩でしょ。その人、すごい有名だよ。映画部って結構大きな部だったんだけど、深会先輩が映画部に入部してから、部員はどんどん減少していったみたいなんだけど、逆に部費はどんどん上がっていったんだって! 不思議だよねー。通称栄華部・・・! 栄える華と書いて栄華! 部費で好き勝手やってるんじゃないかって、みんな言ってるよ。絶対校長とか理事長とかにコネがあるとかも」
「へー、そりゃすごいね」
何、この子? めちゃくちゃ詳しいな。情報屋さん? この調子で各ヒロインのパラメーターとか教えてほしいな。
そうこうしていると、担任のホームルームを終える早さには定評のある、三十路前の鈴原先生が億劫そうに教室に入ってきて
「おーい、ホームルーム始めるぞー」
と眠たそうな眼で締まらない声をだす。個人的感想だが年上女性のだらしのない口調のハスキーボイスが好きだったりする。
ホームルームが始まるので伊万里さんは自分の席に戻る。
「まぁ、どれも噂話ばかりで信用性に欠けるし、また何かあったら教えてよ」
……なんで、僕が映画部にかかわるのが決定事項になってるんだろう? いつの間にか、僕のほうが情報屋になっているじゃないか。不思議なこともあるもんだ。
伊勢には映画部に関わるなと言われ関わりたくなって、伊万里さんに関わって来てと言われたら急に関わりたくなくなってきたよ。人の性なのかな? ただ単に僕が天の邪鬼なだけなのかな?
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